外に出ることが禁じられるなら、内面を探索すればいい。
そうすれば幸福を見つけることができるだろう。
今こそ瞑想を学び、実践する時だ。
今だからやれること
長い連休が始まったので「新しいこと」を始めることにした。例によって幸福になるためである。このブログの読者ならお馴染みの、英国ハートフォードシャー大学の心理学者リチャード・ワイズマンの教えだ。
「法則1-3 運のいい人は、新しいことを積極的に受け入れる」
幸運度が高まると、人生に対する満足感も高まり、幸福となる。俺は幸福になりたい人間なので、新しいことに挑戦することを心がけているわけだ。コロナのせいで長期連休となった現状は、新しいことを始めるのにふさわしい。禍を転じて福となす。状況を変えることはできないが、利用することはできるのだ*1。
そこで「瞑想」である。
瞑想は俺にとって「新しいこと」であり、しかも幸福と密接な繋がりがある。
まずワイズマンの『運のいい人の法則』でも、瞑想は「法則2-2」として取り上げられている。運のいい人は直感と本能を信じて決断をするため、直感を高める手段として瞑想を行うのだ。
また、「世界で一番幸せな人」の称号を持つのは、チベット仏教の僧侶マチウ・リカールである。
彼はダライ・ラマの声掛けにより、脳神経科学者リチャード・デビッドソン博士の研究に参加した僧侶の一人だ。この時の調査は、左右の前頭前野の活性化の度合いを調べるものだった*2。この調査で瞑想の達人であるリカールらは、前代未聞の幸せの測定値を叩き出す*3。瞑想を極めると幸福度が高まることは、定量的に示されているのだ。
最後にもう一人だけ、俺が瞑想をするきっかけとなった人を紹介しよう。『サピエンス全史』の著者である、ヘブライ大学の歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリである。
彼は2000年にヴィパッサナー講習に参加して以来、毎日少なくとも2時間は瞑想しているという*4。瞑想の実践が提供してくれる「集中力」と「明晰さ」があってこそ、『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』を書くことができたと本人は言っている。ゆえに『21 Lessons』において、既存の宗教やイデオロギーをボロクソに批判した後、最後の章に瞑想を持ってきたのだ。
以上の知識があったため、いつかは瞑想に手を出そうと考えていた。そこへコロナに侵されたGWである。時間はたっぷりあるが、外へ遊びに行くことはできない。しかし気候は穏やかで気持ちいい。瞑想を始めるのにこれほど都合のいいタイミングがあるだろうか。
だから瞑想を始めた。
実践しながら読む
俺が瞑想を始めるにあたって使った本は『サーチ・インサイド・ユアセルフ (SIY)』である。
本書はGoogleで行われている瞑想研修の内容を本にまとめたものだ。本書が俺にとって良かった点は3つある。
第一に元Googleのエンジニアが書いているだけあって、宗教色が薄く、科学的な観点から書かれているということ。なぜ瞑想するといいのか、瞑想によってどのような効果が得られるのか、様々な研究を引用しながら説明されているので納得しやすい。納得は全てに優先するのだ。
第二に、様々な段階・目的に応じたエクササイズが掲載されているということ。本書のエクササイズは恐ろしく低レベルな内容から始まる。最初に紹介される「やさしい手法」は、「2分間、穏やかで一貫した注意を自分の呼吸に向ける」というものだ。これでも難しい人のために「もっとやさしい手法」というのもある*5。そこから次第にレベルが上がっていくので、俺のような初心者に優しい構成だ。
第三に、既に本書を持っていたということ。Amazonの履歴によれば、俺が本書を購入したのは2016年9月11日らしい。つまりこれは実質無料だ。瞑想は金のかからない行為であるが、本書を使えば完全にコスト0で始めることができる。使わない理由は無い。
以上の理由から俺は『SIY』を採用し、Kindleで読み始めた。ここでポイントとなるのは、読みながら実践したことである。
先に述べたように、本書には様々なエクササイズが載っている。今回はその一つ一つを実践しながら読み進めたのだ。この読み方は今だからこそできる。
日頃の読書には効率が求められる。平日は仕事があるし、休日はブログがあるからだ。多くの本を読みたいので、スキマ時間を利用したり、音声読み上げを使ったり*6して時間を捻出している。
そのような読み方と瞑想は相性が悪い。「楽な姿勢をとって、心を落ち着けてください」と書いてあるところを読むのは、電車で吊り革を掴みながら立っているときかもしれない。「大きく深く息を吸って」と書いてあるが、それはトイレで読むことを想定されていない。
しかし今は違う。素晴らしいことに時間はたっぷりある。なのでエクササイズが登場するたびに一つ一つこなすことにしたのだ。それこそ「やさしい手法」から。
この読み方は正しかった。まだ1/4も行かないうちに、さっそく1つ悟る。
「これは象使いを鍛えるトレーニングなのだ」と。
象使いを鍛える
「象」と「象使い」の話は2つ前の記事でも書いたが*7、本記事でもあらためて説明しよう。『ファスト&スロー』を読んだ人は、システム1が「象」で、システム2が「象使い」だと認識すればいい。
これはバージニア大学の心理学者ジョナサン・ハイトが提唱した、人間の思考システムを説明する比喩である。彼は感情を「象」に、理性を「象使い」に例えた。Age of Empires IIで例えるならバトル エレファントのイメージである。
象の上にまたがり手綱を手に取る象使いは、一見すると支配者に見える。行き先は全て象使いが決め、象はそれに従うだけだ、と。
しかし象が一度暴れ始めると、象使いにはどうすることもできない。いくら象に対して槍が有効と言っても、1対1ではノーマルなエレファントにすら勝てないのだ。
読者にもこのような状況は覚えがあるはずだ。ダイエット中なのに、ついお菓子を食べてしまう。仕事をしないといけないのに、ネットを見て時間を潰してしまう。どれも象の暴走を止められなかった結果だ。
これを防ぐにはどうしたらいいだろうか。それは象使いのレベルを上げることだ。象使いを鍛え上げ、象に負けなくなれば全ては解決する*8。だから瞑想なのだ。
瞑想を極めた僧侶の象使いを、暴走した象に対峙させてみよう。英雄ユニットにダライ・ラマがいると良かったのだが、残念ながらAge of Empires IIには参戦していない。代わりに贖宥状でお馴染みの教皇レオ10世を配置した。
象使いは見事に暴走した象をおとなしくさせた*9。これが瞑想の力である。
これはただのネタではない。一連の流れは、瞑想によって脳の執行中枢である前頭前野をコントロール下に置き、扁桃体を沈静化させた様子を表している。
瞑想の第一ステップである「やさしい手法」を思い出してもらいたい。あれは自らの呼吸に意識を集中させるものだ。他に余計なことは考えない。ただひたすらに呼吸に意識を集中させ続ける。この呼吸への集中は、瞑想の基本型の一つであり、以降のステップでも登場する。
意識を集中させる瞑想は、前頭前野と扁桃体の関係のような「人間の注意をつかさどる神経回路」を鍛え上げる。だから本来は貧弱で持続力の無い象使いが、瞑想によって暴れる象に対抗できるようになるわけだ。
この「注意の神経回路」は、瞑想によって鍛え上げられる4つ神経回路の1つにすぎない*10。だが、集中力が増し、持続するようになるだけでも、俺にとって瞑想する価値はある。だから今は本気で取り組もうと思っている。
ただ、ここで一つ言っておきたいことがある。それは俺が瞑想の価値を実感したのは、本に書いてあるエクササイズを実践したからということだ。実際に瞑想したことで、「自分の集中力の無さ」を実感したからである。
やったから分かった
今回瞑想を学ぶのに使っている『SIY』は、実を言うと買ってすぐに少しは読み進めていた。だが当時は途中で止めてしまった。その時は瞑想をやる意義を感じなかったのである。前回と今回で何が違ったのかというと、それは「読み方」にある。
上で述べたように、俺は読書をする時に効率を求めがちである。なので前回読んだ時はエクササイズを全て無視。ただ単純に読むだけであった。なので知識としては分かるのだが、どうしても懐疑的になるし、やる意味を感じられなかったのだ。だから途中で読むのを止め、もっと面白そうな別の本に手を出すことにした。
しかし今回は時間に余裕があるので、エクササイズを実践した。すると「やさしい手法」ですら完璧にこなすのは難しいことが分かる。たった2分間であっても、気がついたら意識は呼吸から離れ、連想ゲームのように別のことを考え出す。そして自分の意識が漂っていることに気が付き、これはマズいと思う。瞑想の意義が「言葉」でなく「心」で理解できた。
ゆえに本記事を読んで、瞑想に挑戦しようと思った人に言っておく。必ず実践しながら読むように、と。
終わりに
17世紀にロンドンでペストが流行した時、ケンブリッジ大学は閉鎖となった。アイザック・ニュートンの三大業績は、いずれもこの大学閉鎖による休暇中に成し遂げられている。故郷に戻って暇だったからこそ、自由に思考する時間を得ることができたのだ。
残念ながら俺の場合、着想を得ても思考をするには休暇が短すぎるので、偉業を成し遂げられそうにない。とはいえ瞑想を始めるには十分だ。この連休中に瞑想の習慣を身に着け、幸福への道を歩みたいと思う。
瞑想は家から一歩も出ること無しに行えるし、ストレスへの対処法としても有効だ。特にやることの無い人は、これを機会に始めてみたらどうだろうか。
お題「#おうち時間」
参考資料
例によって本記事を書くのに使った資料を紹介する。
サーチ・インサイド・ユアセルフ
本文中でも紹介した通り、俺が瞑想を学ぶのに使っている本。ブッダの教えとかはどうでもよく、唯物論的に瞑想の効果を欲している人はこれを読むといい。
心と体をゆたかにするマインドエクササイズの証明
瞑想の科学的な効果を知りたい人はこの本を読むべき。SIYのアドバイザーであるダニエル・ゴールマンと瞑想研究の第一人者であるリチャード・デビッドソンによる共著。本書は瞑想の効果について書かれているが、一方で瞑想研究の問題点についてもページを割いている。二人とも長年瞑想について研究しているだけあって、「何にでも瞑想が効く」という風潮に対して厳しく、様々な研究手法の問題点を挙げている。自分達の過去の研究結果にまで文句をつけるほどだ。
だから本書で語られる瞑想の効果は信頼ができる。正直なところ1〜3章は思い出話でダルいが、4章以降は瞑想研究に切り込んでいくので面白い。本当に瞑想に時間を割く価値があるか悩んだらこの本を読んで判断しよう。
運のいい人の法則
俺が瞑想をするきっかけとなった、自分のことを「運が良い」と思っている人と「運が悪い」と思っている人の違いを調べ、特徴をまとめた本。このブログでは何度か紹介している。
21 Lessons
『サピエンス全史』で過去について語り、『ホモ・デウス』で未来について語り、本書では現代について語っているので実質『火の鳥』。最近はコロナ関係で緊急提言をしていたが、あの内容は本書を読めばより深く理解できる。
現代における大きな問題はグローバな規模なのに、既存のシステムはせいぜい国家レベル。しかも科学の発展で宗教どころか、自由意思ですら信じるに値しないのが現代であり、さあどうするとなったところで、オチに瞑想を持ってくる構成が良い。スケールの大きい話から始まって、個人の内面に行き着くのか、と。
一応説明したけど『サピエンス全史』を絶賛した人なら既に読んでいるはず。
スイッチ!
前前前回の記事でも紹介した本。「象」と「象使い」の比喩はここから*11。どうやったら人を動かすことができるか、という本。2つ前の記事で「これからも俺のブログで使えそうな気がする」と書いたが、さっそく使った。
Age of Empires II
象に対抗するには槍か聖職者が有効だと教えてくれるゲーム。バトル エレファントは『Rise of the Rajas』で追加された4文明、クメール、ビルマ、ベトナム、マレーで使うことができる。
ちなみに俺はフランクをよく使っていた。手斧を投げることができるからではなくて、城を簡単に建てることができるから。
幸福になるための記事
*1:法則4-1 運のいい人は、不運のプラス面を見ている。
*2:左の前頭前野の活性化の度合いが相対的に高い人ほどポジティブな情動を多く報告し、逆に右の前頭前野の活性化度合いが相対的に高い人ほどネガティブな情動を多く報告する。
*3:リカールは研究に参加した大勢の僧侶の一人にすぎない。彼以外にも圧倒的に高い幸福度が計測された人はいた。ただ、彼の名前が最初に流出したので、「世界で一番幸せな人」と呼ばれるようになったのだ。
*4:残りの22時間は電子メールやツイートの処理、かわいい子犬の動画の鑑賞に忙殺されている。『21 Lessons』にはそう書かれていた。
*5:2分間ただ座っているだけ。
*6:SiriというKindle読み聞かせお姉さん - 本しゃぶり
*7:会社が進化したので「Teamsの先生」をすることになった - 本しゃぶり
*8:別の方法として、象が暴れないように環境を整えるというのもある。お菓子を手の届くところに置かないとか、はてなブックマークを仕事用のPCから削除するとかだ。
*9:これは教皇レオ10世だからできたことである。通常の聖職者だと象に殺される。なお教皇レオ10世でもエリート象には殺される。
*10:ダニエル・ゴールマンおよびリチャード・デビッドソンによれば、他に「心をかき乱す出来事への反応をつかさどる神経回路」「思いやりと共感をつかさどる神経回路」「自意識そのものをつかさどる神経回路」が鍛えられる。