うち休ませ給へれど、まどろまれ給はず。(増鏡) - 減点されない古文

うち休ませ給へれど、まどろまれ給はず。(増鏡)

〈問〉次の傍線部を現代語訳せよ。

院も我が御方にかへりて、うちやすませ給へれど、まどろまれ給はず。ありつる御面影、心にかかりて覚え給ふぞいとわりなき。「さしはへて聞こえむも、人聞きよろしかるまじ。いかがはせん」と思し乱る。御はらからと言へど、年月よそにて生ひ立ち給へれば、うとうとしく習ひ給へるままに慎ましき御思ひも薄くやありけん、なほひたぶるにいぶせくてやみなむは、あかず口惜しと思す。けしからぬ御本性なりや。なにがしの大納言の娘、御身近く召し使ふ人、かの斎宮にも、さるべきゆかりありて睦ましく参りなるるを召し寄せて、「なれなれしきまでは思ひ寄らず。ただ少しけ近き程にて、思ふ心の片端を聞こえむ。かく折よき事もいと難かるべし」とせちにまめだちてのたまへば、いかがたばかりけむ、夢うつつともなく近付き聞こえ給へれば、いと心憂しと思せど、あえかに消え惑ひなどはし給はず。

増鏡

現代語訳

院もご自身の部屋に帰って、(ちょっと)お休みになっているが、浅くお眠りになることもできない。先ほどの(斎宮の)御面影が、心に引っかかって、ふとお思いになるのは仕方がないことだ。「わざわざ申し上げるようなことも、人聞きがよくないだろう。どうしようか」と思い乱れなさる。(斎宮とは)御兄妹と言っても、(長い)年月離れたところでてお育ちになったので、疎遠になりきっていらっしゃるので、(妹への恋心を)慎むお気持も薄かったのだろうか、ただひたすらに思いも遂げられず終わるのは、不満で残念だとお思いになる。よくない(院の)ご性格であるよ。某大納言の娘で、ご近くに召し使う人【女房】が、あの斎宮にも、ふさわしい縁があって親しく参上し慣れている者をお呼びになって、「(斎宮と)慣れ親しんだ(深い仲になろう)とまでは思い寄らない。ただ少し近い所で、(私の)心の片端を申し上げよう。こういうよい機会(を得ること)もたいそう難しいだろう」とひたむきに本気になっておっしゃるので、(その女房は)どのように計画したのだろうか、(院は)夢とも現実ともわからず(斎宮に)近づき申し上げなさったので、(斎宮は)たいそうつらいとお思いになったが、弱々しく消えてしまうほど【死んでしまうほど】あわてまどうということはなさらない。

ポイント

うち 接頭語

「うち」は「接頭語」であり、特に訳出する必要はありません。

「うち」は「パチンッ」と叩くイメージであり、「単発的・瞬間的」なニュアンスに力点があれば「ちょっと」「少し」などと訳出することもあります。

「目立つ・派手」というニュアンスに力点があれば、「際立って」と訳出することもあります。

ここでは、「ちょっと(少し)お休みになる」などと訳してもいいですね。

す 助動詞

「せ」は、助動詞「す」の連用形です。

ここでは「尊敬」の意味です。

「せ給ふ」「させ給ふ」のかたちになっている「す」「さす」は、多くの場合「尊敬」の意味です。

貴人が誰かに何かをさせているのであれば、「使役」の意味になりますが、ここでは「院」が自らお休みになっているのですから、「院」自身の行為です。したがって、「うちやすませ給へど」の「せ」は「尊敬」の意味です。

「尊敬の助動詞」+「尊敬語」のパターンであり、いわゆる「二重尊敬(最高敬語)」です。

給ふ 動詞(ハ行四段活用)

「給へ」は、敬語動詞「給ふ」の已然形です。

「給へれ」で、「下二段活用」の「給ふ」かな、と迷うかもしれませんが、「下二段活用」の「給ふ」は、限定的なパターンでしか用いられません。

具体的には、

◆会話文などにしか用いられない。
◆「見る」「知る」「聞く」などにしかつかない。

といったものです。

ここはそれに当てはまらないので、「下二段活用」の「給ふ」ではありません。

り 助動詞

「る」は、「存続・完了」の助動詞「り」の已然形です。

助動詞「り」は、「存続」でも「完了」でも訳せることが多いのですが、もともとは「存続」なので、どちらでも訳せる場合には「存続」でとっておきましょう。

まどろむ 動詞(マ行四段活用)

「まどろま」は、動詞「まどろむ」の未然形です。

意味は「うとうとする」「浅く眠る」ということです。

る 助動詞

「れ」は、助動詞「る」の連用形です。

「る」は

受身 ~される
自発 (ふと・自然と)~
尊敬 お~になる・~なさる
可能 ~できる
  *下に打消などを伴い、文としては「~できない」と訳す

などの意味になります。

「可能」の意味の場合、「ず」などを伴い、結果的には「できない」と訳す用例がほとんどです。

また、「ず」を伴っている「る」「らる」は、「可能」の意味で用いられている可能性が高いです。

そのため、「ず」を伴っている「る」「らる」は、ひとまず「可能」の意味でとって、「~できない」と訳してみましょう。その訳がおかしくなければ、そのまま「可能」と決定して問題ありません。

ここでも、「浅くお眠りになることもできない」と訳すことができるので、「可能」の意味で取るのがよいです。

給ふ 動詞(ハ行四段活用)

「給は」は、動詞「給ふ」の未然形です。

四段活用の「給ふ」は「尊敬語」です。

他の動詞のあとに補助的についている場合は、「お~になる」「~なさる」と訳しましょう。

ず 助動詞

「ず」は「打消」の助動詞です。ここでは「終止形」です。