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トピックス

発達障害者の感覚・知覚の特徴(2)予測・推定の障害(国立障害者リハビリテーションセンター研究所)

 発達障害者の感覚・知覚の特徴について、様々な研究が行われています。様々な研究より、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder, ASD)の方では、感覚・知覚について以下の3つの特徴が知られています。

  • 必要のない感覚刺激を無視するのが難しい(順応やフィルタリングの問題)
  • 過去の経験による影響を受けにくい(予測・推定の障害)
  • 感覚刺激同士や空間との結びつけの問題(感覚統合の問題)

このことから「入ってきた感覚情報が、そのまま意識に上りがちである」と言えるのではないかと考えています。

第2回目の今回は、「予測・推定の障害」について紹介します。

 

1.ASD者での予測の障害

 ASD者では日常生活でも突発的な音や光を苦手と感じると話す方が多く、やってくる刺激の予測がつきにくいことで負担を増している可能性があります。

「空が急に暗くなって雨・風が降り出したときには、雷がなることが多い」といった経験にもとづく予測をすることがあるかもしれません。「ある条件Aが生じた時には、現象Bが生じやすい」といった具合に、条件によって生じる確率が変化することを「条件付確率」と呼びます。日常生活に起こる現象も、条件次第でいろいろなことが起こる確率が変化します。条件によって生じる確率の変化を学習して、行動を変化させるといったことが定型発達者では自動的に行われていると考えらる一方で、ASD者では、「条件付確率」の予測が苦手かもしれない、という仮説が提唱されています(Sinha et al., 2014)。

 ある条件下での感覚信号の予測がうまくできなければ、それに対して強い応答が生じることになりますし(感覚過敏)、ボールの動きの予測ができなければ球技など運動の苦手につながります。さらにことばでコミュニケーションをとったり、計画を立てて行動する上でも、状況下に応じた予測が必要となります。これらの問題についても、「条件付確率」の予測の障害によって説明できるかもしれません。

 

2.感覚信号の処理に事前の経験をあまり使わない傾向

 「行きつけのバッティングセンターのボールは、メガネを外しても打てる」、こんな経験はないでしょうか。日常的に事前の経験を活かして行動することは多いと思いますが、コンピュータでも同様で、例えば、ぼやけた画像を認識するには、事前に蓄積した情報を活用します。このようなときに使われているやり方を「ベイズ推定」といいます。脳で行われている感覚信号の予測や推定でも「ベイズ推定」に近いメカニズムが使われていることがわかってきました(Kording & Wolpert, 2004)。神経を通ってやってくる感覚信号にも様々なノイズが含まれているためです。感覚信号が意識に上る過程(知覚)でベイズ推定が働くと考えると、知覚は、感覚信号(観測値)と事前確率(Prior)のかけ算によって生じることになります(図1)。つまり、実際の感覚信号よりも、経験をもとに形成された事前確率に引きずられるかたちで、意識の上での「知覚」が生じるのです(図1上)。つまり、意識に上った感覚信号は、経験の影響を受けており、「ヒトは経験でモノをみている」といえます。

 ところが、ASD者では、感覚信号を処理するときに、経験で得られた事前の情報をうまく活用できておらず、生のままの感覚刺激に忠実な知覚が意識に上っているのではないかという仮説が提唱されています(図1下)(Pellicano & Burr, 2012)。ディスプレイに表示された視覚刺激の印象を答えてもらう心理実験などでも、ASD者は「ベイズ推定」をあまり行っていない可能性が報告されています(Karaminis et al., 2016)。全てではないものの、いくつかの研究でこの仮説を支持する結果が得られており、感覚過敏・鈍麻を含むASDの障害特性を、予測や推定の障害で説明する試みが行われています(Nagai & Asada, 2015)。

図1 知覚におけるベイズ推定の影響とASD者での特徴

定型発達者において、知覚は、観測値と過去の経験(事前確率)の積によって生じる一方、ASD者では、事前確率(prior)の低形成ないし、分散が大きく(hypo-prior)、感覚入力に忠実な知覚が生じる。

 

3.触覚の判断において事前の経験をあまり使わない傾向

 「感覚信号をどのように感じているか」について私たちが行った研究を紹介します。触覚の判断について、どれくらい事前の経験を活用するかを調べました。その結果、次に紹介するように、自閉傾向が高い人やASD者の多くでは、触覚の判断において事前の経験をあまり活用していないことを見出しました。

 実験課題は次の通りです。短い時間差で左右の手に振動(触覚刺激)を与えて、どちらの手が先に刺激されたかを答えていただきました(触覚順序判断)。「右→左」の順で刺激が来た場合、「右」と答えるのが正解です。このとき、「右→左」順の試行が多く提示されると、「右が先」と答える割合が増加し、反対に「左→右」の順が多い時には、「左が先」と答える割合が増加します(図2)。この現象は、脳の中で「ベイズ推定」が使われていると考えるとうまく説明できることが知られています (Miyazaki, Yamamoto, Uchida, & Kitazawa, 2006)。すなわち、わかりにくい順序の刺激が来たときには、事前の経験を加味した上で、よりもっともらしい(より正解する可能性が高い)知覚が生じるのです。

 今回の実験では、自閉傾向の影響を調べました(Wada et al., 2022)。例えば「右→左」の順が多い実験条件にしたときに、自閉傾向の高い人やASD者の多くでは、定型発達者でみられるような回答の変化が生じにくいことがわかりました(図3)。 つまり、自閉傾向の高い人では、刺激の順序の割合といった事前の情報の影響を受けることなく、触覚信号に忠実な知覚が生じていることが示唆されました。この研究は、ASD者の感覚特性を調べるための基礎的なものですが、感覚や運動の問題に関連した障害特性に対応した支援手法の選択や開発につなげていきたいと考えています。

 

図2 ASDの傾向が低い人でみられる触覚時間順序判断でのベイズ推定

それぞれの条件で得られた応答を、刺激の時間差ごとに集計し、プロットした結果から得られたグラフです(Wada et al., 2022)。図の中の⊿PSSの大きさが、どれくらい事前の経験の影響を受けるかの指標となります。]

 

図3 ASDの傾向が高い人ではベイズ較正がみられない

⊿PSSの大きさが、ベイズ推定がどれくらい行われていたかの指標です。ASDの傾向が高い人(高AQ群・ASD群)では、⊿PSSの大きさが小さく、ベイズ推定があまり行われていない可能性を示しています(Wada et al., 2022)。

 

Karaminis, T., Cicchini, G. M., Neil, L., Cappagli, G., Aagten-Murphy, D., Burr, D., & Pellicano, E. (2016). Central tendency effects in time interval reproduction in autism. Sci Rep, 6, 28570. doi:10.1038/srep28570

Kording, K. P., & Wolpert, D. M. (2004). Bayesian integration in sensorimotor learning. Nature, 427(6971), 244-247. doi:10.1038/nature02169

Miyazaki, M., Yamamoto, S., Uchida, S., & Kitazawa, S. (2006). Bayesian calibration of simultaneity in tactile temporal order judgment. Nat Neurosci, 9(7), 875-877. doi:10.1038/nn1712

Nagai, Y., & Asada, M. (2015). Predictive Learning of Sensorimotor Information as a Key for Cognitive Development. Paper presented at the Proceedings of the IROS 2015 Workshop on

Sensorimotor Contingencies for Robotics.

Pellicano, E., & Burr, D. (2012). When the world becomes ‘too real’: a Bayesian explanation of autistic perception. Trends Cogn Sci, 16(10), 504-510. doi:10.1016/j.tics.2012.08.009

Sinha, P., Kjelgaard, M. M., Gandhi, T. K., Tsourides, K., Cardinaux, A. L., Pantazis, D., . . . Held, R. M. (2014). Autism as a disorder of prediction. Proc Natl Acad Sci U S A, 111(42), 15220-15225. doi:10.1073/pnas.1416797111

Wada, M., Umesawa, Y., Sano, M., Tajima, S., Kumagaya, S., & Miyazaki, M. (2022). Weakened Bayesian Calibration for Tactile Temporal Order Judgment in Individuals with Higher Autistic Traits. J Autism Dev Disord. doi:10.1007/s10803-022-05442-0

 

国立障害者リハビリテーションセンター研究所

脳機能系障害研究部 発達障害研究室長 和田真(wada-makoto@rehab.go.jp