上海。乱立する高層ビルやそびえ立つタワー。ネオンの光る都会の夜。そんなイメージを抱いて、去年の夏上海へ飛んでみた。雑誌に載っているような観光名所に行く。でもどうしても、造りこまれた池や黒光りした瓦に真実を感じなかった。なんだか綺麗過ぎた。これだけじゃ、足りない。そこでその寺院を出て、一本脇の道に入る。そこに、それはあった。

光り輝く街は、きっと嘘ではない。でもその裏に、石剥き出しの台所や、電線にびっしりと干された洗濯物があることを忘れてしまったら、この街は虚像しか見せてくれなくなってしまうんだろう。
数日前に神保町の三省堂でうろうろしていたとき、文庫本コーナーで見かけて表紙に一目ぼれ。この写真撮った人にどうやったらあんなにやわらかい写真が撮れるのか訊いてみたい。。。こんな買い方でいいのか?とは思ったけども、買ってしまいましたよ、えぇ。家に帰ってよく見たら直木賞の角田光代のデビュー作を含む短編集でした。
□幸福な遊戯
女一人男二人で同棲を始める。本当の家族が壊れてしまっていた“私”にとってはその生活がたまらなく愛おしかったが、同居人たちはほかの世界を見つけ、出ていってしまう。この“私”の何も無いところとか、世界が狭いところとか、自分の姿が見え隠れして切なし。。。
□無愁天使
母の保険金で豪遊する一家。その金遣いの荒さに残額も少なくなり、少し恐怖を感じた私は売春を始める。そこで出会った不思議な老人や友人の恋人と話すうちに、永遠の幸福とは何かを考え始める。登場人物はみんな狂ってるんだけど、でも激しさはなくて、いってみれば「静かな狂人」といった感じ。ところでこの『無愁天使』という題名、中国の古典に出てくる「無愁天子」という言葉をもじったらしい。無愁天子は昼も夜も遊び狂って、ついには人間を切り裂いて楽しんだ、というその話も恐ろしいけど、そんな話を知ってる角田光代の博学さのほうが恐ろしい。
□銭湯
銭湯に足繁く通う八重子が、銭湯で体を磨くことに命を懸けているようにみえる女に自分の理想の姿を見出し、会社の女上司や銭湯の常連の老婆に自分の将来を見て恐怖する。登場人物は現実にいそうなリアルな人格の人達。八重子は本当に平凡で、これまた自分を重ねて読んでしまったです。
三話とも何か事件が起こってどうのこうの、といったことはないけど、周囲の人との関わりあいを通して主人公の心理状態が少しずつ変化していって物語が進んでいく、という感じ。文は、懲りすぎていないけど、素人には書けない感じの奥行きがあって良いです。いまんとこ文体は一番好きかも。。。
小説・詩・読み物
あるところに普通の子がいました。何でもそれなりには出来る子でした。言われたことはなんでもしました。他人の意見について批評するのが得意でした。受験の壁もなんとなく突破しました。特に障害の無い生活に甘んじていました。そうして19年間生きてきて、ふと周りを見て気づきました。自分より出来ないと思っていた子が、自分より出来る何かを持っている。自分は果たして、これが出来る、と言えることがあるだろうか。これがしたい、と思ったことに実際に取り組んだことはあるだろうか。
何でも出来るんじゃなくて、出来るかどうかわからない、新しいことをしなかっただけじゃないか
新しい世界に飛び込んでいった子達は、その模索の中でそれぞれに何かを見つけていました。自分は何も持っていないし、“自分”すら持っていないということに気づいたその子は、これからどうしたらよいかを、幾日も幾日も考えました。そして、思ったのです。
せめて自分の好きなこと、思ったことを、ちゃんと表現できる人になろう
そうしてその子は、この電子世界で、日記をつけることにしました。