古着屋での革靴の選び方　～路地裏の散歩者～

　私は、休みの日は古着屋をめぐり、掘り出し物の革靴を探しに行くのが趣味なんでございますが、先日、ちと不思議な体験をしました。お時間が許すのであれば、私の戯れ話に付き合っていただけましたら幸いでございます。

謎の老人

それは11月というのに穏やかで暖かい平日の午後のことでございました。私は革靴を買いにO市K区N町へ足を運んだ次第でございます。

読者諸君にはなじみがない方もいらっしゃるので説明いたしますと、このＮ町は戦時中に空襲を免れて昔ながらの建物がそのままの面影を残している区画でございまして、古民家をリノベーションした古着屋や喫茶店などが立ち並ぶ、ハイカラな地域でございます。

今日はどんな革靴と出会うだろうか？と歩いておりますと、突然、お世辞にも身なりがよいとはいえない、無精ひげの伸びきった老人がニッコリと会釈してきたかと思うと、「失礼ですが、ちと道に迷いまして。役所へ行きたいのですがどの辺りでせうか？」と私に尋ねてきたのでした。

私としましては困っている人を無下に扱うわけにもいきません。祖母からも困っている人には親切にしなさいよ、と言われて育ちましたので、役所の場所、それはちょうど私の背後の方角数十メートル先にありましたので、自ずと彼に対して背を向けて、指さして教えてさしあげた次第であります。

今思えばその時に何か背中に違和感を覚えたやうな気がしました。

老人は礼をいうと、私が指差した方へと歩いて行ったのです。

消えた札入れと青年

その後、私がもちあわせのお金を確認するためにズボンの後ろポッケに手を持っていったところ、あろうことか札入れを紛失していることに気づきました。

はて、おかしいぞ。家を出るまえに確かにポッケに入れたはずなのに。もしかして先ほどの老人が？私はそう思った自分をすぐに恥じました。祖母からも、人をむやみに疑うものではありませんよ、と言われて育ったからです。

路地裏で呆然と立ち尽くしていると「何かお困りですか？」と羽織をまとった和装の書生らしき青年が話しかけてきたのです。

「札入れを落としてしまって」

「それは大変ですね。しかし、こんな時は下手に動かない方がいいかも知れません。果報は寝て待て、というじゃありませんか。よろしければ、あすこの喫茶店で時間でも潰しませんか、案外、札入れの方から姿を現してくるかも知れませんよ」

私は青年の聡明な話しっぷりや身のこなしにすっかりと惹きつけられてしまっていたのです。

驚くべき錯誤

私と青年は冷やしコーヒーを啜りながら正対して座って、とりとめもない噺をしました。昨今の世界情勢、我が国日本の行く末、古今東西の探偵小説、など話は多岐に渡り、やがてお互いの共通の趣味である革靴の話へとなっていったのです。

――　古着屋さんで革靴を買った場合、最初のお手入れとして何をすればいいのか？

たとえ履かれていなくても、革の油分は常に抜けていくので、靴クリームによる保革が必要だね。もちろんその前に馬毛ブラシでほこりを払い、クリームを塗る前に靴用クリーナーで表面を洗浄してからだよ。

――　靴と同じ色のクリームを選ばないと駄目なのか？

補色が期待できるので同じ色が望ましいが、なかなか難しいね。黒は黒しかないので選ぶのは簡単だけど、茶色は色幅が広すぎるので大変だよ。慣れないうちはニュートラル(透明)の靴クリームを使用した方が無難だね。

コロンブス×ハンズ　ハンズオリジナル　シュークリーム　各色　990円（税込）
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――　色褪せしており補色したい場合どうすればいいのか？

着色用のクリームを使えばいいのさ。これらのクリームは革用の塗料のようなもので、色付きが良く、塗って半日ほど置いとくと定着する。色移りしないので靴以外の革鞄、革小物、革ジャンなどにも使用できるんだよ。

M.モゥブレィ（M.MOWBRAY）　レザーコンシーラー　15mL　各色　1,430円（税込）
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サフィール　レノベイティングクリーム　各色　1,760円（税込）
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コロンブス　アドカラーチューブ　20g　各色　４４０円(税込)　
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――　革の表面に擦り傷があった場合は隠すことができるのか。

キズの深さによるね。浅いキズなら上記の着色クリームで隠すことができる。深いキズの場合は着色クリームを塗る前に、専用のパテで埋めて平らにしてあげる必要があるよ。

コロンブス　アドベース　25g　440円（税込）
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――　パテで埋めるのなんて、なんだか大変そうだね。

確かにそうだね。私も何回もやって失敗したよ。でもコツさえ掴むと楽しい作業だよ。それに靴に対しての愛着もでるしね。
パテで埋めてから紙やすり(400番～800番)で平らにして、着色のクリームを塗るときれいに隠せるよ。

耐水紙やすり　＃400　85円（税込）
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このブーツのキズを隠してみよう。

ブーツの場合は擦り傷も味になるので無理に隠す必要はないんだけど、説明するために補色してみることにするよ。

着色用のクリームを、

クロスにとって塗るんだよ

キレイに傷が隠れただろ

↓

↓

↓

これらの着色用のクリームは靴クリームより着色が強いので、擦っても水に濡れても落ちないんだよ。

――　古着屋で避けた方がよい革靴は？

革の表面がひび割れしているものは避けた方が良いね。特に履きシワが一番ひび割れしやすいので注意して見た方が良いよ。色褪せや擦り傷は上記で説明したように、着色用のクリームで修復することが可能なんだけど、ひび割れは修復することができないからね。

――靴底がすり減っているものは選ばない方がいいか

靴底がすり減っていても、街の靴修理屋さんで6,000円～12,000円でソールの交換ができるよ。一番大事なのは、最初に見たときのインスピレーションが大切なんだ。その革靴に惹かれるようなものがあれば色褪せてようが、少々の傷(ひび割れ以外)があろううが購入すべきだと思うよ。修復することでより一層の愛着が湧いて、一生大切に履くことができるからね。

「ありがとう。ためになったよ。ちょっとお手洗いに行ってくるが、いいかね？」青年はそう云って、中座したのでした。

寸刻が経ったころでしょうか、向かいの席に戻ってきたのは、あろうことか、私が先ほど道を教えた老人だったのです。そしてテーブルの上に札入れを置いたのです。それは紛れもなく私の札入れでした。

さらに驚く私を尻目に、老人は「僕だよ。僕だよ。逃げなくてもいいよ」と言ったのです。

その声はどこか聞き覚えがありました。

「失敬、失敬」老人はそう言うと、おもむろに顔の皮膚を剝ぎ取ったのです。

すると、なんと云ふことでしょうか、老人の顔の下からは、書生の青年が現れたではないですか！

「驚かせて済まなかった。いやなに、僕は変装が趣味でね。いかにバレないかを人に試してみたく、老人に扮して道を聞くふりをして君の札入れをちょっと拝借してみたんだ。驚かせたお詫びにここの勘定は僕が持つよ。ハハハハハッ」

私は青年の異様な結論を聞いて、思わず身震いしてしまいました。これはなんと奇異な出来事ではありませんか。

青年は給仕を呼んで冷やしコーヒーの代金を二人分支払うと「またどこかでお会いしましょう。さよなら」そう言って愉快に笑いながら去っていったのでした。

狐につままれたまま、喫茶店を出ますと、空は黄金色に染まっていました。

西陽が射した街並みはグニャリと歪んで、まるでパノラマの世界に入り込んだと錯覚してしまうほどでした。

「現世（うつし世）は夢　夜の夢こそ真実（まこと）」

私はその言葉を心の中で呟いて、帰路についたのでした。

この時の書生の青年が、のちに数々の怪事件をそのたぐいまれなる洞察力と推理力で解決する、名探偵の明智小五郎氏だったと、私が知ったのは...随分と後のことでございます。

【終わり】

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