(昨夜投稿した記事ですが、翌日になってもライブドアの新着記事サイトで更新されないので再々投稿となります。ご容赦ください。なんで一向に反映されないのか?)
先日NHK-BSプレミアムシアターでオッフェンバックの「ラ・ペリコール」という珍しいオペレッタの模様を放送していたので録画して鑑賞したのだが、いまひとつ思っていたほどではなく消化不良気味だったので、口直しにやや旧い映像だが同じマルク・ミンコフスキ指揮グルノーブル・ルーブル宮音楽隊の演奏による「美しきエレーヌ(La Belle Helene)」のDVDを取り寄せて鑑賞した。今さらながら…になるが、2000年、パリ・シャトレ座でのライブ映像。
人気の高いオッフェンバックの代表作である「地獄のオルフェウス(Orfee Aux Enfers)」は、幸運にもコロナ前の2019年夏のザルツブルク音楽祭でウィーンフィルの演奏(バリー・コスキー演出)で聴いているが、その時から「美しきエレーヌ」は気にはなっていたが、未聴だったので今回いい機会だった。いやぁ、流石にこの演奏、曲は良いし演出も良いし(ロラン・ペリー演出)、歌手は素晴らしいし、ミンコフスキ指揮ルーブル宮音楽隊の活きの良い溌溂とした演奏も聴きごたえ抜群で、久々に音楽で身体がウキウキとした。もう20年以上も前の映像で、DVDもとっくに廃盤になっていて、中古で探すしかなかったが、たまにはこういう買い物が当たりの時もある。
なにしろ、クライバーの「ばらの騎士」で元帥夫人を歌ったあの、デイム・フェリシティ・ロットがタイトルロールのエレーヌ役である!「美しきエレーヌ」の映像はYoutubeでも他にいくらかあるようだが、フェリシティ・ロット以上のものがあるはずがない!気品のある歌唱はもちろんであるが、このようなオッフェンバックのオペレッタで、笑いを取る演技力も貫禄じゅうぶんで堂々たるものだ。自分のことを「Ah!Beaute Fatalite!」と何度も大袈裟に嘆く演技は、説得力じゅうぶんでクスっと笑えるが、それ以上に実際に色気と品がある。
相手役のトロイ王子パリス役のヤン・ブロンもまさに適役で歌唱力もじゅうぶん。いくらギリシャ神話のパロディだからといっても、やはり実力のある歌手でないと不満が残るが、その点ヤン・ブロンなら不足はない。彼はそれ以前、1997年のリヨンオペラでの「地獄のオルフェウス」(エウリディーチェ:ナタリー・デッセイ、指揮と演出は同コンビ)の映像でもオルフェオ役で聴けるので、まさにはまり役だ。フェリシティ・ロット演じる美女のエレーヌを誘惑するだけの色男ぶりも板についていて、嫌味が無い。
妻のエレーヌをパリスに寝取られるスパルタ王メネラオスは、ここではトロイ戦争の英雄と言うよりはブッファ的な役割で、名個性派テノールのミシェル・セネシャルが好演している。こういう演技と歌唱で観ていると、実に舞台に安定感が増すのを感じる。他にもロラン・ナウリのアガメムノン、預言者カルカスのフランソワ・ル・ルー、オレステスのマリー・アンジュ・トドロヴィッチなども聴きごたえがあるし、ふたりのアイアスとアキレスもコミカルで楽しい。オレステスの愛人のレーナとパルテニスもセクシーで色気がある。
一幕はすっかり倦怠期で満たされない有閑マダムのエレーヌとメネラオスの寝室という設定で、羊飼いに化けたイケメンのパリスが夢かうつつか判然としないなかでエレーヌを誘惑する。もともとギリシャ神話自体が夢かうつつかわからないようなものなので、ましてやオペラや芝居などでは夢かうつつか判じることなど、どうでもよくなる。ヘラ(ジュノー)とアテナー(ミネルヴァ)、アフロディーテ(ヴィーナス)の3美神による〈パリスの審判〉で、パリスはヴィーナスからエレーナを得ることを約されている。メネラオスがミケーネ王アガメムノンや勇者アキレス、二人のアイアスらと言葉遊びのクイズに興じるなか、唯一知性のある羊飼いのパリスが「LOCOMOTIVE」と答えて勝者となる(実際には4000年前のギリシャ時代に蒸気機関車などないが、というパロディ)。パリスは預言者のカルカスを唆して、邪魔なメネラオスをクレタ島へ行けと命じさせる。美男美女のスチュワード、スチュワーデス姿のダンサーたちがキレの良いダンスを披露するのも、さすがにシャトレ座ならではの華やかさとエスプリがあって見応えがある。
二幕もエレーヌの部屋ということになっているが、ここではエレーヌ(ヘレナ)の母レーダのモザイク画がある遺跡ということになっていて、エレーヌが白鳥に化けたジュピター(ゼウス)とレーダの間に生まれた子であることが説明されている。アガメムノンの妻のクリテムネストラがエレーヌの姉であることも台詞で説明されたりもするので、「エレクトラ」や「ダナエの愛」などのR・シュトラウスのギリシャ劇に親しんだオペラファンにはお馴染みの名前が、わかりやすい設定で出て来る。エレーヌとパリスの逢瀬の最中に、クレタ島へ行ったはずのメネラオスが突然戻ってくる。現場を目にした夫は激怒して二人をなじり、他の王たちを呼んで妻の不義を訴える。エレーヌも後に断罪されることにはなるが、逆にメネラオスも礼儀知らずの間抜けだと皆から非難される。パリスも糾弾されて退場する。
第三幕はギリシャのリゾート・ビーチ。冒頭で「Dansons! Aimons!(踊ろう、愛そう)」の合唱とともに先のダンサーたちが水着姿でダンスを披露する。こうした小屋のダンサーはバレエの基礎もあるだろうから、今風でも動きが美しい。アガメムノンの息子オレステスは「無粋者(メネラオス)はレフカディアに行け」と歌う。なぜ「無粋者はレフカディアに行け」と歌われるのか、その意味がよくわからないが、レフカディアというのは今のレフカーダ島のことらしく、小泉八雲のラフカディオ・ハーンという名前の「ラフカディオ」は、彼がこの島の出身であることから来ているらしいということまではわかった。Sapphoという古代ギリシャの女性詩人(レスボス島出身で女性同性愛者の印象が強いらしい)がレフカディアの崖から飛び降り自殺したと言う伝説となにか関連があるのか、これもよくわからない。が、とにかくユニークな歌詞とリズムの良い、印象に残る曲だ。エレーナとメネラオスの口論の歌に続いて、アガメムノンとカルカスは、メネラオスがエレーナをしてパリスを拒絶させたことに対するヴィーナスの復讐により、夫は妻を捨て、妻は夫を捨てて男女が仲違いをするようになり、人々は享楽のみにふけり、ギリシャが戦場になることを憂いて歌う。古典的な踊りが廃れてヘンテコな踊りが流行っていて、このままではギリシャは大変なことになると嘆く。メネラオスは王として犠牲になれと言われ、「j'expire(死にそう、消えそう)」と歌い、「シェイクスピアか」とギャグを飛ばす(もちろん、韻を踏んでいるのだ)。
メネラオスは状況を打破すべく、ヴィーナスに(カルカスとは)別の預言者を送ってもらうように伝えたと言い、その預言者(実はパリス)が「ヴィーナス教団の教祖」を装ってキュテラ(シテール)から到着する。この時歌う「ヴィーナス教団は陽気な教団。明るく迎えろ」は実にコミカルでノリがいい。そしてエレーナ王女にはキュテラ島へ旅をして頂くと偽って、彼女を誘拐する。そして最後の陽気な重唱「キュテラへ行け」でパリスとエレーナを乗せた小舟が宙を飛んで幕、となる。なお、このパリスの誘拐が契機となってトロイとスパルタ間で有名なトロイア戦争が始まり、パリスはアキレスを討つが、トロイア陥落に際してパリスは討ち死にする。
ギリシャ神話やトロイア戦争などを題材に、かくも軽快で面白いオペレッタに仕上げたオッフェンバックとアンリ・メヤック、リュドヴィク・アレヴィの「地獄のトリオ」の、なんという天才的な作品だろうかということを改めて認識させてくれる、シャトレ座とミンコフスキによるエスプリ感満載の舞台演奏だった。
ちなみに比較材料として2014年のハンブルク・オペラの「美しきエレーヌ」(ゲーリット・プリースニッツ指揮/ルノー・ドゥーセ演出/アンドレ・バーベ舞台・衣装)のブルーレイも観た。豪華客船を舞台にギリシャの神々はセレブの客となり、カラフルな衣装とよく出来た舞台セットの面白い公演だった。が、肝心の歌手の印象は上記シャトレ座ライブ映像を観た後では、さすがに分が悪い。オケの演奏もゴージャスだけれども、全体にもったりとしていて軽快さは望めない。悪くはないのだが。
「地獄のオルフェ」初稿が1858年(改訂版1874年)、「美しきエレーヌ」1864年、「パリの生活」1866年、「ラ・ペリコール」1868年、「ホフマン物語」遺作-補筆1881年。ヨハン・シュトラウスⅡの「こうもり」1874年、「ジプシー男爵」1885年、「ウィーン気質」(未完)1889年、そして20世紀に入りレハール、カールマン時代へと続く。1885年といえば、ロンドンの「サヴォイ劇場」でのギルバート&サリバンの「ミカド」の大ヒットも忘れてはいけない。
ちなみにワーグナーでは「トリスタンとイゾルデ」初演1865年、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」初演1868年、「ニーベルングの指環」全曲初演1876年、「パルジファル」初演1882年、でオッフェンバック、J.シュトラウスⅡと同時代。
先日NHK-BSプレミアムシアターでオッフェンバックの「ラ・ペリコール」という珍しいオペレッタの模様を放送していたので録画して鑑賞したのだが、いまひとつ思っていたほどではなく消化不良気味だったので、口直しにやや旧い映像だが同じマルク・ミンコフスキ指揮グルノーブル・ルーブル宮音楽隊の演奏による「美しきエレーヌ(La Belle Helene)」のDVDを取り寄せて鑑賞した。今さらながら…になるが、2000年、パリ・シャトレ座でのライブ映像。
人気の高いオッフェンバックの代表作である「地獄のオルフェウス(Orfee Aux Enfers)」は、幸運にもコロナ前の2019年夏のザルツブルク音楽祭でウィーンフィルの演奏(バリー・コスキー演出)で聴いているが、その時から「美しきエレーヌ」は気にはなっていたが、未聴だったので今回いい機会だった。いやぁ、流石にこの演奏、曲は良いし演出も良いし(ロラン・ペリー演出)、歌手は素晴らしいし、ミンコフスキ指揮ルーブル宮音楽隊の活きの良い溌溂とした演奏も聴きごたえ抜群で、久々に音楽で身体がウキウキとした。もう20年以上も前の映像で、DVDもとっくに廃盤になっていて、中古で探すしかなかったが、たまにはこういう買い物が当たりの時もある。
なにしろ、クライバーの「ばらの騎士」で元帥夫人を歌ったあの、デイム・フェリシティ・ロットがタイトルロールのエレーヌ役である!「美しきエレーヌ」の映像はYoutubeでも他にいくらかあるようだが、フェリシティ・ロット以上のものがあるはずがない!気品のある歌唱はもちろんであるが、このようなオッフェンバックのオペレッタで、笑いを取る演技力も貫禄じゅうぶんで堂々たるものだ。自分のことを「Ah!Beaute Fatalite!」と何度も大袈裟に嘆く演技は、説得力じゅうぶんでクスっと笑えるが、それ以上に実際に色気と品がある。
相手役のトロイ王子パリス役のヤン・ブロンもまさに適役で歌唱力もじゅうぶん。いくらギリシャ神話のパロディだからといっても、やはり実力のある歌手でないと不満が残るが、その点ヤン・ブロンなら不足はない。彼はそれ以前、1997年のリヨンオペラでの「地獄のオルフェウス」(エウリディーチェ:ナタリー・デッセイ、指揮と演出は同コンビ)の映像でもオルフェオ役で聴けるので、まさにはまり役だ。フェリシティ・ロット演じる美女のエレーヌを誘惑するだけの色男ぶりも板についていて、嫌味が無い。
妻のエレーヌをパリスに寝取られるスパルタ王メネラオスは、ここではトロイ戦争の英雄と言うよりはブッファ的な役割で、名個性派テノールのミシェル・セネシャルが好演している。こういう演技と歌唱で観ていると、実に舞台に安定感が増すのを感じる。他にもロラン・ナウリのアガメムノン、預言者カルカスのフランソワ・ル・ルー、オレステスのマリー・アンジュ・トドロヴィッチなども聴きごたえがあるし、ふたりのアイアスとアキレスもコミカルで楽しい。オレステスの愛人のレーナとパルテニスもセクシーで色気がある。
一幕はすっかり倦怠期で満たされない有閑マダムのエレーヌとメネラオスの寝室という設定で、羊飼いに化けたイケメンのパリスが夢かうつつか判然としないなかでエレーヌを誘惑する。もともとギリシャ神話自体が夢かうつつかわからないようなものなので、ましてやオペラや芝居などでは夢かうつつか判じることなど、どうでもよくなる。ヘラ(ジュノー)とアテナー(ミネルヴァ)、アフロディーテ(ヴィーナス)の3美神による〈パリスの審判〉で、パリスはヴィーナスからエレーナを得ることを約されている。メネラオスがミケーネ王アガメムノンや勇者アキレス、二人のアイアスらと言葉遊びのクイズに興じるなか、唯一知性のある羊飼いのパリスが「LOCOMOTIVE」と答えて勝者となる(実際には4000年前のギリシャ時代に蒸気機関車などないが、というパロディ)。パリスは預言者のカルカスを唆して、邪魔なメネラオスをクレタ島へ行けと命じさせる。美男美女のスチュワード、スチュワーデス姿のダンサーたちがキレの良いダンスを披露するのも、さすがにシャトレ座ならではの華やかさとエスプリがあって見応えがある。
二幕もエレーヌの部屋ということになっているが、ここではエレーヌ(ヘレナ)の母レーダのモザイク画がある遺跡ということになっていて、エレーヌが白鳥に化けたジュピター(ゼウス)とレーダの間に生まれた子であることが説明されている。アガメムノンの妻のクリテムネストラがエレーヌの姉であることも台詞で説明されたりもするので、「エレクトラ」や「ダナエの愛」などのR・シュトラウスのギリシャ劇に親しんだオペラファンにはお馴染みの名前が、わかりやすい設定で出て来る。エレーヌとパリスの逢瀬の最中に、クレタ島へ行ったはずのメネラオスが突然戻ってくる。現場を目にした夫は激怒して二人をなじり、他の王たちを呼んで妻の不義を訴える。エレーヌも後に断罪されることにはなるが、逆にメネラオスも礼儀知らずの間抜けだと皆から非難される。パリスも糾弾されて退場する。
第三幕はギリシャのリゾート・ビーチ。冒頭で「Dansons! Aimons!(踊ろう、愛そう)」の合唱とともに先のダンサーたちが水着姿でダンスを披露する。こうした小屋のダンサーはバレエの基礎もあるだろうから、今風でも動きが美しい。アガメムノンの息子オレステスは「無粋者(メネラオス)はレフカディアに行け」と歌う。なぜ「無粋者はレフカディアに行け」と歌われるのか、その意味がよくわからないが、レフカディアというのは今のレフカーダ島のことらしく、小泉八雲のラフカディオ・ハーンという名前の「ラフカディオ」は、彼がこの島の出身であることから来ているらしいということまではわかった。Sapphoという古代ギリシャの女性詩人(レスボス島出身で女性同性愛者の印象が強いらしい)がレフカディアの崖から飛び降り自殺したと言う伝説となにか関連があるのか、これもよくわからない。が、とにかくユニークな歌詞とリズムの良い、印象に残る曲だ。エレーナとメネラオスの口論の歌に続いて、アガメムノンとカルカスは、メネラオスがエレーナをしてパリスを拒絶させたことに対するヴィーナスの復讐により、夫は妻を捨て、妻は夫を捨てて男女が仲違いをするようになり、人々は享楽のみにふけり、ギリシャが戦場になることを憂いて歌う。古典的な踊りが廃れてヘンテコな踊りが流行っていて、このままではギリシャは大変なことになると嘆く。メネラオスは王として犠牲になれと言われ、「j'expire(死にそう、消えそう)」と歌い、「シェイクスピアか」とギャグを飛ばす(もちろん、韻を踏んでいるのだ)。
メネラオスは状況を打破すべく、ヴィーナスに(カルカスとは)別の預言者を送ってもらうように伝えたと言い、その預言者(実はパリス)が「ヴィーナス教団の教祖」を装ってキュテラ(シテール)から到着する。この時歌う「ヴィーナス教団は陽気な教団。明るく迎えろ」は実にコミカルでノリがいい。そしてエレーナ王女にはキュテラ島へ旅をして頂くと偽って、彼女を誘拐する。そして最後の陽気な重唱「キュテラへ行け」でパリスとエレーナを乗せた小舟が宙を飛んで幕、となる。なお、このパリスの誘拐が契機となってトロイとスパルタ間で有名なトロイア戦争が始まり、パリスはアキレスを討つが、トロイア陥落に際してパリスは討ち死にする。
ギリシャ神話やトロイア戦争などを題材に、かくも軽快で面白いオペレッタに仕上げたオッフェンバックとアンリ・メヤック、リュドヴィク・アレヴィの「地獄のトリオ」の、なんという天才的な作品だろうかということを改めて認識させてくれる、シャトレ座とミンコフスキによるエスプリ感満載の舞台演奏だった。
ちなみに比較材料として2014年のハンブルク・オペラの「美しきエレーヌ」(ゲーリット・プリースニッツ指揮/ルノー・ドゥーセ演出/アンドレ・バーベ舞台・衣装)のブルーレイも観た。豪華客船を舞台にギリシャの神々はセレブの客となり、カラフルな衣装とよく出来た舞台セットの面白い公演だった。が、肝心の歌手の印象は上記シャトレ座ライブ映像を観た後では、さすがに分が悪い。オケの演奏もゴージャスだけれども、全体にもったりとしていて軽快さは望めない。悪くはないのだが。
「地獄のオルフェ」初稿が1858年(改訂版1874年)、「美しきエレーヌ」1864年、「パリの生活」1866年、「ラ・ペリコール」1868年、「ホフマン物語」遺作-補筆1881年。ヨハン・シュトラウスⅡの「こうもり」1874年、「ジプシー男爵」1885年、「ウィーン気質」(未完)1889年、そして20世紀に入りレハール、カールマン時代へと続く。1885年といえば、ロンドンの「サヴォイ劇場」でのギルバート&サリバンの「ミカド」の大ヒットも忘れてはいけない。
ちなみにワーグナーでは「トリスタンとイゾルデ」初演1865年、「ニュルンベルクのマイスタージンガー」初演1868年、「ニーベルングの指環」全曲初演1876年、「パルジファル」初演1882年、でオッフェンバック、J.シュトラウスⅡと同時代。