この秋のウィーン国立歌劇場来日公演の三つの演目は、直近のスヴェン・エリック・ベヒトルフ演出の「ナクソス島のアリアドネ」(指揮マレク・ヤノフスキ)と、同じ演出家による「ワルキューレ」(指揮アダム・フィッシャー)、それに相当年期の入ったポネル演出ではあるがムーティ指揮「フィガロの結婚」ということで、いずれもなかなか人気を呼びそうな内容になっている。このうちベヒトルフの新演出の前二者はたしかにここ最近、シーズン中にウィーンを訪れるとしたら迷わず選択したいタイムリーな好演目であることは間違いない。なかでも、「ナクソス島のアリアドネ」は以前にもこのブログで取り上げたことがあるが、2012年のザルツブルク音楽祭でお披露目されたベヒトルフによるまったく独創的な演出で度肝を抜かれた経緯のある作品である(指揮ダニエル・ハーディング、ヨナス・カウフマン、エミリー・マギー他出演)。それまで見慣れ、聴き慣れていて、それまでの「当たり前」の「ナクソス島のアリアドネ」の印象を大きく覆す、非常に独創的で野心的な試みであり、衝撃を受けたものだった。それは、通常上演されている作曲者による改作後の「ナクソス島のアリアドネ」ではなく、初演時の舞台を踏襲し、モリエール原作でホフマンスタールの筆による「町人貴族」(Der Bürger als Edelmann ; Le bourgeois gentilhomme, Op. 60)のなかの劇中劇としての「ナクソス島のアリアドネ」を、オリジナルに近いかたちの通し狂言としてベヒトルフが巧みに再構成し、上演したものであった。ただしこの上演は2012年のザルツブルク音楽祭の為だけの特別な企画であり、通常ウィーン国立歌劇場で上演される「ナクソス島のアリアドネ」は、通常バージョンと同じ改作後の作品の演奏であり、今秋来日公演での演奏もこちらの通常版の演奏と予想される。

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この模様は音楽祭終了後に日本でもNHK-BSのプレミアム・シアターで日本語字幕つきで放送されたので、目にした人もおられることだろう。多くは普段馴染んできた改変後の「アリアドネ」の印象が大きく、組曲としてオペラから分離された「町人貴族」やこうした経緯に関心がない方からは「なんじゃ、これ?」ということになったのではないだろうか。私自身は、第一部に音楽劇として上演された「町人貴族」の芝居部分はまさに目から鱗が落ちる思いで見入ってしまったものだ。改作後の通常演奏版では表に出てこない、劇中劇の「ナクソス島のアリアドネ」の発注者すなわち金主で、成金ではあるが学がなく町人階級の「ジュールダン氏」(人気俳優コルネリウス・オボーニャが演じる)が主人公となり、貴族に憧れて剣の稽古やダンスの稽古、お化粧や所作の稽古などに執事長から加虐的な扱いを受けながらも七転八倒する姿がコミカルに描かれていて、大変愉快。これが付随音楽の組曲「町人貴族」の室内楽的で優雅で上品な曲調と、滑稽さが入り混じった雰囲気に実によく調和していて、観ても聴いても楽しい仕上がりとなっているのだ。それまで何年ものあいだ、当然ではあるが仕事優先でオペラの実演から少し遠ざかってしまっていたこともあって、このオペラを録画で観たのが、再び現在進行形のオペラの世界に誘われるよいきっかけになったのだ。こんな舞台作品を上演するザルツブルク音楽祭はやはり、オペラ好きには避けて通れない必見の地としていずれ近いうちに訪れようと心に誓わせるきっかけにもなり、幸運にもその翌13年の夏に、その地では珍しい「ニュルンベルクのマイスタージンガー」(ガッティ指揮、ヘアハイム演出)を観る機会を得たのであった。

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組曲「町人貴族」のCDではテンシュテットとロンドン響やマゼールとコンセルトヘボウのライブなどもあるが、ケンペとシュターツカペレ・ドレスデンのが演奏も音質も群を抜いていると思う。実に軽快で歯切れがよく、R・シュトラウスらしい優雅でうっとりとした感じはとてもよい。ドレスデンのルカ教会での録音で音質も最高であり、ほかの録音では気づかないような微細な表現までしっかりと伝わってくる。上記の2012年のザルツブルクでのVPOの演奏はこれに近い印象か。これに比べるとマゼールのは無駄に重厚で軽快さに欠け、そういう曲ではないだろう、と感じる。これらの演奏はYoutubeでも取り上げられていて、ケンペのなどは演奏時間約33分程なので40、50分程度軽くジムのウォーキングマシーンでの運動のBGMとしてイヤフォンで聴くのにちょうど持って来いである。


Richard Strauss
Le Bourgeois gentilhomme Suite, Op 60

00:00 Overture
03:53 Jourdain-Minuet
05:33 The Fencing Master
07:08 Entrance and Dance
12:13 Minuet of Lully
14:28 Courante
16:42 Entry of Cléonte
20:59 Intermezzo
24:01 The Dinner

Staatskapelle Dresden
Rudolf Kempe, conductor