金のない人間の一生は長い妄想の中の長い失意にすぎず、人は何かを知ろうにも何かから解放されようにも、そいつを所有してなきゃ適わないことなんだ。
セリーヌ『夜の果てへの旅』
よう、新社会人。就活とかいう地獄を勝ち抜いてきた戦士たち。だからって、そこはゴールじゃねえよ。スタートでもない。いつでもおれたちはだいたい死んでるんだ。一部の金持ちとかいう種族を除いたおれたちは、○と×のドアじゃなくて、絞首刑台へのドアか、ギロチンが用意されてるドアかの二択だ。その二択を延々と開きつづけるだけのことだ。昔の絞首刑は首の骨を外すやり方じゃないから、三十分とか吊るしつづけることもあったらしいぜ。それで、死んだとなったら解剖目的で医者に死体を売りつける業者と家族で奪い合いになったりしたんだとか。おまえの死体に価値があるのか? そもそもおまえに価値があるだろうか。
言うまでもないことだが、おれは価値のない人間であって、社会というもののなかにあれば底辺、あるいはまっとうな社会の外側にいて、そこで価値のない人生を送っている。これが、このものが人生だといえるのならば。そんなおれがおまえらに忠告してやる。いや、おれの言うことを聞いたところでなにかがよくなるわけじゃないから、答えを教えてやる、とでもいうべきか。といっても、もうわかってるだろう。おまえたちに価値はないし、生きていてもいいことなんてまったくない。一年のうちにたった七秒あればマシというくらいだ。
おまえらは労働者として労働とかいう最低のものにかかわらざるを得ないし、それによって死ぬ。人格は破綻し、わずかな賃金からさらに精神科医と薬屋に金を払わなくてはならない。それでも自殺率は高いままだ。予後不良なんだよ。そこから抜け出すために働けば働くほどおまえらは病む。逆に楽な方、楽な方へ逃げたら、今度は金がなくて病む。病む、そして死ぬ。救いはどこにもない。宝くじ売り場にでも行くか? そいつはあんがい賢い選択かもしれない。
いずれにせよ、どこを切り取っても責め苦しかないような人生を、二十年近く生きてしまったんだ。今すぐ後悔しろ。後悔してももう遅い。さらに長くどこを切り取っても責め苦しかないような人生を送らなければいけないんだ。だいたいのやつはそうなんだ。賢くて勇気のあるやつはとっくに死んじまったよ。
もう一度言うが、○もなければ×もない。苦しみ、悲しみ、憎悪、失意の扉を開けつづけることになるんだ。精神はどんどんどす黒いものが染み込んできて、気がついたら汚染されている。肉体はどんどん老いていき、思い通りに動かなくなる醜くなる。幸せのゴールなんてものはどこにも用意されていないし、見えていたとしても、そいつは近づくごとに遠ざかる仕組みになっていて、ただひたすらの後悔のなかで斃れるしか道はないんだ。わかりきったことだ。
息を吸うにも吐くにも金がかかる。そしておれは金が無い。三月に会社から振り込まれた金は五万円だった。おれは家賃五万二千円のボロいアパートに住んでいる。おれは霞を食って生きられない。おれはどんどん金が無くなってきて、もうそこの角で寝っ転がってるおっさんまでもうすぐだ。外で寝っ転がるのにいい季節になってきたかもしれないが、おれは寒くてたまらないんだ。人生はどこを切り取っても責め苦でしかない。不運や不幸というのはほとんどの人間に備えつけられた素質で、いいことなんて一年のうちたった七秒くらいしかない。
労働するというのは多かれ少なかれこういうことだ。自分を殺して生きようが、殺さずに生きようが、結局は殺されているんだ。生命というものは生まれたときから殺されていて、それを修理する装置は残念ながら発明されていない。生きながらにして殺されつづける。地獄だけがそこに、いやここにあって、首吊り用のロープにうまく頭をくぐらせようとするのが人生だ。賢くて勇気のあるやつにはうまくやってのけられることがある。おれは愚かで臆病だからそれができない。それがために、一秒、二秒、三秒、殺されていることから目を逸して、まだ逃げられないかって考えてる。もう逃げ場なんてない。
それはおまえらだって一緒だ。ほとんどのお前らだって一緒だ。浮かれているやつ、おれが地獄に引き込んでやろうか。いや、その必要なんてない。みんな地獄に首まで浸かってるんだ。目を凝らせ、よくものを聴け、触ってみて確かめろ。どこにも望むものはない、福音もない、寝心地のいい布団から出てこないで、そのまま死んでしまったほうがましだってわかるだろう。ずっとわかっていたんだろう。もう気づかないふりなんてやめてしまえ。死ぬ勇気がないのならば、人殺しの顔をして、せいぜい同行者のあたまを踏みつけて一瞬でも長く地獄にいてくれ。おれはもうそろそろおさらばしたいんだ。これからはおまえらの時代だ。忘れないでくれ。
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