■Sultan (監督:アリー・アッバース・ザファル 2016年インド映画)
■あるレスラーの栄光と失墜
かつてレスリング・スポーツの世界で栄光の道を歩みながら、今失意と孤独の中に一人取り残された男がいた。彼の名はスルターン。彼の過去にいったい何があったのか、そして彼は甦ることができるのか。先頃インドで公開され大ヒット中の映画『Sultan』は、そんな彼の愛と栄光、失意と再生を描いた物語である。主演にサルマーン・カーン、アヌシュカー・シャルマー。監督に『Mere Brother Ki Dulhan』(2011)、『Gunday』(2014)のアリー・アッバース・ザファル。なおこの作品はインドで公開ほやほやの作品だが、日本でもSpace Boxによる英語字幕付きの上映会があり、そちらで観ることができた。
《物語》総合格闘技リーグを主催するアーカーシュ(アミト・サード)はインド代表選手を求めてハリヤーナー州の小さな町にやってきた。ここに住むスルターン(サルマーン・カーン)はかつて世界選手権の覇者として知られるレスラーだったのだ。だがスルターンはアーカーシュの依頼をすげなく断る。実はスルターンはつらい過去を背負っていた。8年前、地元に住むアールファ(アヌシュカー・シャルマー)という名の女子レスラーに恋をしたスルターンは、彼女の心を射止めるために自らもレスリングの道を志す。過酷な特訓の末、破竹の勢いで選手権を制覇してゆくスルターンは遂にアールファとの結婚に漕ぎ着ける。だが、数々の勝利に慢心したスルターンとアールファとの間に、ある悲しい事件が起こってしまうのだ。
■娯楽映画の王道的作品
物語は娯楽作品のまさに王道を行くものだ。前半にスルターンとアールファとの出会いを愛おしくもまたコミカルに描き、観客の心を大いに盛り上げる。この前半はロマンス・コメディ・パートだと思っていいだろう。しかしそこに破綻が訪れ、スルターンは自らレスラーの道を閉ざしてしまうのだ。インターミッションを挟んで後半はスルターンの再起を掛けた血の滲むような特訓と、総合格闘技リーグの行方が描かれてゆく。そしてこの戦いのシーンが、とてつもなく熱い!!ここにおける熾烈な戦いの様子は同じく総合格闘技リーグを描く名作インド作品『Brothers』(2015)を思い出さずにはいられないが、『Brothers』が家族の悲痛な断絶を描いていたのに比べ、『Sultan』では愛の再生を願った戦いとなるのだ。
ここには娯楽作品のセオリーが全て詰まっている。それは悪く言えば予測可能の予定調和的な物語ということだが、良く言えばとことん安心して観られる作品ということだ。物語は雄々しく力強く、栄光と失墜があり、そして再生がある。確かな愛と移ろいゆく愛があり、それでも愛は勝利する。笑いがあり涙があり、そしてインド映画ならではの煌びやかな歌と踊りがある。お代の分きっちり楽しませて、上映終了後は晴れやかな顔で満足しながら劇場を出られる。驚きや考えさせられることはないかもしれないが、こと楽しさに関しては格別だ。今回の『Sultan』に関してはそんな映画なのだと思う。そしてオレも十分満足した。しかもこれは天下のサルマーン映画、それを日本でこうして観られる。もうすっかりお祭り気分だ。とても素晴らしいことじゃないか。
■非常にテンポの速い構成と編集
しかし楽しませるための作りは非常にしっかりしている。まずこの作品、非常にテンポの速い構成と編集で、片時も目を離せない。インド映画にありがちな間延びしたシークエンスがまるで存在しないのだ(インド映画の間延びした部分は実は好きだが)。これは特に後半、格闘メインということもあったが、ロマンス展開の前半ですら無駄を一切省いた演出に感じた。IMDbのユーザーレビューを読むと、インド人ファンが満点を付けつつ「唯一の欠点は、ペースが少し速いこと」と苦言を呈していたのにはちょっと笑ってしまった。とはいえ、こんな高密度の編集をしていつつ2時間50分もの上映時間を全く飽きさせずダルさを感じさせず描き切るというのはある意味驚異的なことなのではないかとすら思った。ここだけ注目しても傑作じゃないか。
全く飽きさせなかったもうひとつの要因は、映画全編に流れる情感豊かで表情溢れるサウンドトラックの扱い方にもあったのではないかと思う。兎に角、殆ど音楽が途切れない。それらは作品のその時々のムードを完璧に演出してみせ、さらに音楽だけがでしゃばることが無い。それにより、登場人物たちの感情の起伏に、ぴったりと寄り添いながら映画を鑑賞することができたのだ。いや、これまで意識してこなかったが、多くのインド映画はこの作品と同じように殆ど音楽を途切れさすことなく製作されているのかもしれない。ただ、今回自分が鑑賞したのは音響設備が完備されたシネコンである。当たり前の話だが、家でDVDを観ているのと全く環境が違うのだ。映画は映画館で観ろ、という言い方があるが、こと音響に関しては、今作では映画館で観ることの醍醐味を十二分に感じさせてくれた。今作の音楽担当はヴィシャル-シェーカル。最近では『Happy New Year』(2014)、『Bang Bang!』(2014)、『Fan』(2016)と目覚ましい活躍を見せており、今後も楽しみだ(次作は『Banjo』(2016)!)
■主演のサルマーン・カーンとアヌシュカー・シャルマー
主演のサルマーン・カーンがなにしろいい。自分は彼の『ダバング 大胆不敵』(2010)、『Dabangg 2』(2012)以降の数作がどうも好きになれなかったのだが、『Bajrangi Bhaijaan』(2015)、『Prem Ratan Dhan Payo』(2015)と来て、もはや彼の存在感の素晴らしさを認めざるを得なくなってしまった。そして今作においても「ちょっと単純だが気のいいあんちゃん(まあ既におっさんなのだが)」キャラは大全開であり、そのコミカルな演技に大いに笑わされ、同時に不撓不屈の根性にどこまでも胸を熱くさせられた。最近はちょいと太目になったが、太目だからこそ醸し出される頼り甲斐と安定感に安心させられるのだ。そして今作では踊りもいい。さすがにキレはないが、それでもよく音楽に馴染んだ動きをしている。
一方ヒロインとなるアヌシュカー・シャルマーがまたいい。オレがこれまで観た『pk』(2014)をはじめ『Rab Ne Bana Di Jodi』(2008)、『Band Baaja Baaraat』(2010)、『Ladies vs Ricky Bahl』(2011)といったアヌシュカー作品では、前半のツンツンした現代的なヒロインが、後半にはデレデレのロマンス展開を迎えるものが多く、オレは彼女の事を個人的に「ツンデレの女王」と呼んでいるのだが、今作でも初っ端から怒涛の勢いでツンツンぶりを披露し、主人公スルターンを翻弄しまくるのである。そしてそんな彼女が、いったいどの辺で「デレ」の部分を見せてくれるのかが今作の見所の一つともなるだろう。それにしても今作のアヌシュカーは女子プロレスラーという役柄だが、細身の美人女優であるにもかかわらず劇中では実に女子プロレスラーらしく見えるのは彼女の演技力の賜物なのだろう。
■インド映画上映会の楽しさ
さてインド映画上映会の話を。これは一般のロードショー公開と違う在日インド人向けの上映会であり、英語字幕だし、当然インド人観客が多い。この日は映画上映間もなく、席に付いていなかった大勢のインド人観客が暗い劇場内でスマホのライトを瞬かせながら、多分あっちの席だこっちの席だというような事を言いながらバタバタガヤガヤと入場してきて若干面食らったが、何度もこういった上映会に足を運んでいると、なんだかもう慣れっこになってしまった。上映中のスマホライト点灯もお喋りもしょっちゅうなのだが、インドでもこんなもんなんなんだろ、と思うと気にならなくなってくるから不思議なものである。
それよりも会場の盛り上がり方の半端無さを伝えたい。なにしろ映画の画面にサルマーンが登場した瞬間歓声が上がり指笛の音が飛び交う。「いよ!待ってました!」という塩梅だ。その後もレスリングや格闘技試合でサルマーンが善戦するとまたもや指笛の大コーラス(?)、あんなシーンやこんなシーンでも指笛と歓声、しまいにはサウンドトラックで手拍子、そして映画終了後には大きな拍手が鳴り響いた。もうホント、全然ノリが違うのだ。全身全霊で映画を楽しんでいるのだ。こんなに賑やかだったのは初めてかもしれない。こんな周囲の楽しさが伝染して、オレもなんだか大いに盛り上がった。やはりサルマーン・カーン主演だからなんだろうなあ。あと、美人ちゃんなインド女性も結構来てましたですテヘ。