理系ライターXが行く! vol.3「たまらなく『やりがい』を感じられる研究環境」 #大学生の社会見学
「理系ライターX」がすべての大学生に贈る、企業見学レポート連載! 持ち前の「理系知識」を駆使し、様々な企業に取材! 企業の知られざる一面や、想像もしなかった"あたらしい働き方"が見つかるかもしれないぞ。
日産化学に取材してきたぞ!
材料から製品、または化学から農業、医薬、そしてディスプレイなどの最先端領域まで。日産化学の材料や製品は、さまざまな分野で社会を支えています。そんな同社の何よりの特徴は、並外れた技術力。その技術力を支えているのが、物質科学、材料科学、生物科学の3つの研究所に所属する研究者たちだ。
今回紹介するのは、材料科学研究所・先端材料研究部に所属し、メッキ技術を使った高精細配線形成技術に取り組む星野有輝さん。
研究者とはどのような職種なのか、その仕事のやりがいや日々の働き方などについてお話を伺った。
日産化学株式会社 材料科学研究所 先端材料研究部 星野有輝さん
科学の不思議さにひかれてポリマーの世界へ
そもそものキッカケは、化学反応の不思議さだった。中学時代の理科の実験でのこと。透明な液体に別の物質を加えると、何かが起こって色が鮮やかに変わった。
「なんだこれは!? まるで魔法みたいじゃないか! と、びっくりすると同時に、化学ってとてつもなくすごい世界なんだなと一気に引き込まれました。目の前の液体の中で一体何が起こっているのか。その原理をとことん突き詰めたくて、大学では基礎化学の世界へ進んだのです」
東邦大学理学部に入学した星野さんは、学部3回生のときに高分子材料(ポリマー)と出会う。高分子化学は化学の中でも少し異質な領域であり、それまで学んだ基礎化学とは毛色が異なる世界だ。
「またおもしろいものがある! とワクワクしました。しかも高分子材料は、さまざまなところで使われている身近な材料でもあります。この分野を突き詰めれば、将来活躍できる領域が大きく広がると思いました」
東邦大学大学院の理学研究科に進み、星野さんが選んだのはポリイミド(※)の研究室。実は、そこで日産化学とのファーストコンタクトがあった。
「たまたま私が担当することになったテーマについて、日産化学との産学共同研究が行われていたのです。といっても、私自身が社員の方と特に親しく接する機会があったわけではありません。ただ教授と話をされている様子をなにげなく聞いていると、技術力に優れた人たちが働いている会社なんだなという印象を受けました」
就職活動を始めたときの志望先は材料関係、それもポリマーを扱っている企業だけに絞り込んだ。何社か受けた中で日産化学だけは、面接時の対応が他の企業とはまったく違ったという。
「所詮、修士課程での研究なんて……という感じでまともに相手してくれないところが多かったのですが、日産化学だけは研究内容について真剣に質問してくれました。私の研究に対して興味を持ち、どんどん深堀りしてくれる。この会社は自分を本当に必要としてくれている……。そんな印象を強く受けたのです」
※ポリイミド:イミド結合(-CO-NR-CO-)を含む高分子化合物の総称。高強度、耐熱性、絶縁性に優れている。
望み通り高分子化学の研究者として迎え入れられた星野さん、研究所では、どんな仕事を任されることになったのか?
1年目はチーム内で自由に動き、2年目からはチームとして動く
入社後、星野さんが配属されたのは先端材料研究部、2~3年後ぐらいの実用化を見すえた材料開発に取り組むセクションだ。具体的には有機ELやスマホ関連、半導体に関する材料などを扱っている。
1年目の星野さんに与えられた課題は、新たな材料開発だった。特定製品向けの既存の材料がある、それをまったく別の材料に置き換えるように指示された。
まだ右も左も分からないルーキーに対して何という無茶ぶり、と思うかもしれない。けれども、難しいテーマを与えられるほど“燃える”のが研究者だ。新人への配慮もしっかりなされていて、時間の使い方を含めて自由にやらせてもらえた。
「具体的には一般的な複数の高分子材料のメリットを併せ持つような新たな材料を開発するようにとの指示でした。研究の進め方については一任されていたので、文献を調べては実験を繰り返す日々です。そんなことをしているとあっという間に1年が過ぎていきました。この間は顧客と接することもなく、ひたすらラボにこもっていましたね。今から思えば、研究者のOJTとしてはかなり恵まれた環境だったと感じます」
2年目は市場に近いテーマ変わり顧客との接点もできるようになった。1つのテーマを1人で担当していた1年目とは異なり、チームで動くことが増えた。
ただチームで動くとはいえ、リーダーのトップダウンで動く体制ではない。まだ2年目の社員とはいえ、一人前として扱う。これは同社で長年受け継がれてきた独自の文化である。
「もちろんチームとしてのゴールは設定されますが、自分の分担をどうこなすのかは、各自の裁量に任されるのです。研究の進め方なども、ミーティングの席で自分の考え方を発表しアドバイスを受けたら、あとは自分で考えながら進めていく。入社年度には関係なく、自分も一人の研究者なんだとやる気がわいてくるのと同時に、自然に責任感が芽生えてくるのを自覚しました」
やがて3年目に入ると、顧客と直接やりとりするようになる。相手先を訪問し、当面のテーマについて意見を交わす。顧客との対面は初めての経験である。その場では、単に研究成果をストレートに話せばよいというわけではない。
「何を話すにしても、まずは本社の営業戦略をきちんと理解しておく必要があります。そのうえで顧客との駆け引きとして、その場で出すべきデータを取捨選択しなければなりません。このあたりの見極めは自分だけで判断するのではなく、同行している上司や営業担当に率直に意見を求めるようにしていました。面談後すぐに確認するクセをつけておいたのは、後に大きく役立ったと思います」
※倍率5000倍の顕微鏡で、作製した金属片をチェックする。ラボは「イエロールーム」と呼ばれ、紫外線による化学反応を防ぐため、通常の蛍光灯ではなく黄色い特殊光が使われている。
常に思い描くのはフロンティア、近未来の世界へ
材料科学研究所には、星野さんが所属する「先端材料研究部」のほかにもディスプレイ材料研究部」「半導体材料研究部」「無機材料研究部」「次世代材料研究部」と4つのセクションがある。
「ディスプレイ材料研究部」「半導体材料」は、名前のとおり液晶ディスプレイ、半導体関連およびその周辺分野の材料。
「無機材料研究部」は、日産化学独自の微粒子材料に関するノウハウを活かし、眼鏡レンズから石油やシェールガスの油井開発工程で使用される材料など、応用分野は幅広い。
「次世代材料研究部」がめざすのは、5年から10年先ぐらいに主役となる材料、具体的には再生医療材料、光配線材料、電池材料などだ。
「各研究部とのコミュニケーションが活発なのも、当社の特徴でしょう。何かアイデアを思いついたときは、まずは部内で話をしてみてから、他の部の研究者に相談するよう心がけています。そこでフィードバックをもらい、アイデアがブラッシュアップされていく。アイデアを出すまでは自分で考えるけれど、そのアイデアを実用化まで持っていく過程では、多種多様な視点からの意見を取り入れる。これが当社のやり方であり、その結果として、特徴ある材料が相次いで誕生しているのだと思います」
星野さんがいま取り組んでいるのは、メッキ技術による高精細な金属配線加工を補助する新材料だ。この技術を使うことで、従来の配線加工技術で起こっていた電気信号の劣化(伝送損失)を小さくすることができる。
その成果の具体的な応用先の一つとして想定されているのが、次世代通信規格5Gのアンテナだ。5G規格のアンテナでは、伝送損失が起こりやすい高周波数帯を使用するためこの材料技術が必要になると期待している。
スマホユーザーからすれば、現行の4Gから飛躍的な高速化が実現する5Gへの切り替えが待ち遠しいところ。ただ、その実現には、基地局などインフラ面での整備はもとより、電波を受けるアンテナに加えて内部の配線など、端末側にも大きな進化が求められるのだ。
「その意味では、まさに先端材料、日々科学技術のフロンティアに関わる仕事をしているわけです。もしかすると今日、自分が研究を進めているなかで何か画期的な発見が起こるかもしれない。そう思うと、毎朝仕事を始めるのが楽しみで仕方ありません」
※研究所内には、打ち合わせスペースが所々に設置されている。何かアイデアを思いついたときなど、すぐに話し合いができるようになっている。
研究が好きな人には、たまらなく「やりがい」を感じられる環境。
研究という意味では、大学院時代にも研究に打ち込んでいた星野さん、アカデミアでの研究と企業での研究では、どこが違うのだろうか。
「企業として行う研究の先には、常に顧客が想定されています。だから顧客が『求めている』ものは何かを常に考えなければならない。しかも、この場合の『求めている』には、現時点では顧客は気づいていないけれども、我々が開発した新材料を提案したとき『そうそう、こういう材料を求めていたんだ』と受け入れてもらえるような、顧客の潜在的なニーズも含まれています。一方でアカデミアでの研究においては、顧客は想定されていないので、好奇心の赴くままに研究が進められます。どちらがよい悪いという話ではなく、どちらも大切なのです」
基礎研究と応用研究の違いは確かにある。だからといって基礎研究を無視するわけではもちろんない。
「我々もアイデアの元として、大学の新しい研究成果などをいつも参考にしています」
情報源を集めるためのアンテナは“常に高く、可能な限り幅広く張っておく”のが鉄則だ。星野さんも所属する学会での発表や関連分野の展示会などにはこまめに出かけるよう心がけている。
「基本的に、高分子学会には参加するよう心がけています。また、自分の研究テーマに関する論文が発表されたときは、ひと通り目を通します。加えて、新技術に関するニュースなどもチェックし、気になるテーマは深堀りする。飽きるひまもないくらい、新しい情報が毎日入ってくるので、研究が好きな人には、たまらなく楽しい環境だと思います」
研究者が集い、それぞれが自分のテーマに基づいた研究に打ち込む、日産化学の研究所。そこにいるのは、どんな研究者たちなのだろうか。
「あくまでも個人的な意見ですが、弊社の最大の特徴は、いい人が集まっていることだと思います。研究員同士の仲がとてもよく、他部署の研究員にも、何の気兼ねもなしに相談に行ける。さらに各研究員の出自が、実に様々な研究領域に広がっていることも大きな特徴だと思います」
人のよさは、空気感に反映される。研究所に一歩足を踏み入れたときに感じる、ほっと包み込まれるような安心感は、日産化学ならではの特徴といえるだろう。
「それは、採用面接に研究所員が関わっているからでしょう。つまり、研究者として一緒に働きたいかどうか、という目線で候補者を見ている。だから新たに迎え入れられた研究員も、働きやすいと感じるのだと思います。自分自身が通ってきた道を追いかけてくる後輩たちを見ていると、新入社員のためによく考えられた育成システムを採用している会社だと改めて感じます」
研究を重視する社風は、研究設備に予算をしっかり取ることはもちろん、研究者のモチベーションを高める配慮にもつながる。何にも増して常にフロンティアに関われるのは、研究者にとってはこの上なくやりがいを感じられる環境だ。
※記事内容及び社員の所属は取材当時のものです。
日産化学株式会社 材料科学研究所 先端材料研究部
星野有輝(ほしの ゆうき)
東邦大学 理学研究科化学専攻、修士課程修了後、2015年入社。材料科学研究所 先端材料研究部に配属となり、配線補助材料の研究に携わる。高分子ポリマーの設計、合成から始め、メッキ工程による金属配線加工の研究に取り組んでいる。
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文:竹林篤実
イラスト:TOA
編集:ゆう