ふるさと人材だいじに寄附
将来を担う若い人材を育て、皆が互いに認め合い大切にされる地域づくりに役立てます。
うきはし(ふくおかけん)
うきはブランド推進課ブランド戦略係
0943-76-9029
furusato@city.ukiha.lg.jp
うきはブランド推進課 平日8時30分~17時15分 TEL:0943-77-5739直通 FAX:0943-77-5687
一般社団法人 うきは観光みらいづくり公社
0943-76-9029
furusato@city.ukiha.lg.jp
平日8時30分~17時15分(土・日・祝日・年末年始12/12~1/3休業)
将来を担う若い人材を育て、皆が互いに認め合い大切にされる地域づくりに役立てます。
活力にあふれ、まち全体がにぎわうために、農業・林業・商工業・観光業の振興に役立てます。
高齢者や障がいのある人も、誰もが健康で生き生きと暮らすための健康・福祉対策に役立てます。
美しい自然や街並みを守り、快適に暮らせる安心・安全なまちづくりのための環境整備事業に役立てます。
ふるさと・うきはの発展のために、市長が特に必要と考える事業に使わせていただきます。
うきは市は福岡県の南東部に位置し、大分県との県境にあります。
市の南部には屏風を広げるように東西に連なる耳納連山、
山の麓には果樹園が広がり、
北部には雄大に流れる筑後川など、自然環境に恵まれたまちです。
また、平坦部には江戸時代、豊後街道の宿場町として賑わい、
農産物で財を成した豪商たちによって作られた白壁の街並みが軒を連ね、
情緒あふれる風景が今も残ります。
そんな「自然と歴史のまち うきは」で生産された、
果物、野菜、お米、お水や、お肉、素麺、ラーメン、お菓子をはじめとする食品やガーゼ製品、寝具用品(パシーマ)、本棕櫚箒、木工品、陶芸など、
多種多様な謝礼品を取り揃えており、
なかでも果物(ぶどう・梨・柿・いちじく・桃・いちご)、パシーマは特に人気の商品です!
白壁の町並み
うきは市の中心部の筑後吉井地区は、江戸時代に有馬藩の城下町久留米と日田天領を結ぶ豊後街道の宿場町として大いに賑わいました。江戸中期以降には精蝋、酒造、菜種の製油など農産物加工品の製造が盛んになり、「吉井銀(よしいがね)」と呼ばれる有力商人による金融活動などによって繁栄しました。 明治2年(1869年)の大火が契機となり、、草葺きの町屋に代わって瓦葺塗屋造が普及し、商家や地主は競って火災に耐えられ冨を誇示する豪勢な建築を建てるようになりました。経済の最盛期であった大正期に、ほぼ現在の町並みが形成されています。 現在でも、豊後街道の街路沿いに漆喰塗の重厚な土蔵造りの商家跡が連続する町並みと、災除川と南新川沿いに広がる屋敷群が約250軒ほど、ほぼ当時の姿のまま残されており、1996年には重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。 本保存地区では、町屋や土蔵が連続する町並みと、豊かな緑に包まれた屋敷や社寺建築、さらに吉井の経済基盤を支えてきた河川や水路などが一体となって歴史的景観を形づくり、筑後地方の商業都市として、特色ある歴史的景観を今に伝えています。
浮羽稲荷神社
城ヶ鼻公園内にある浮羽稲荷は、伏見稲荷神社から稲倉魂の神(うがみたまのかみ、通称、稲荷大神(いなりおおかみ))、京都松尾大社から大山咋の神(おおやまぐいのかみ)、太宰府天満宮から菅原道真公の三神が祀られており、商売繁盛、五穀豊穣、酒造と健康、長命長寿、学問の神様と言われています。
うきはの湯
筑後川温泉・吉井温泉の歴史が織りなす「うきはの湯」。 昭和30年頃に湧出し、昭和43年「国民保養温泉地」に 指定された温泉地帯で、源泉かけ流しの温泉を求める、 遠方からの湯治客が多いことでも有名です。
寄付金額8,000円
寄付金額8,000円
寄付金額11,000円
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寄付金額67,000円
寄付金額34,000円
寄付金額10,000円
寄付金額8,000円