小説:
カクヨムコンという公開公募に現在、2つの長編を書いております。
一作は、前回、公開しましたミステリー小説で、もう一方が、ファンタジー作品です。
お読みくださると、とっても、とっても嬉しいです。
〜弱小国家フレーヴァング王国戦記〜
ラトガ辺境国に住む貧乏貴族の娘、クロードにはふたつの顔があった。
絶世の美女という世間に見せる顔と、20才になっても結婚できない家族の厄介者としての顔。
なにより大きな秘密を隠しもっていた。
クロード・デ・ハトートレインは、女ではない。
華奢で女っぽい身体つき、幼い頃は、ひ弱で成人することも危ぶまれた。しかし、誰もが振り返る目鼻立ちが整った容貌《ようぼう》は、女性としてなら絶世の美女にまちがいない。
それでも、何度も不満を言葉にしてきた。
「俺の身体が、細すぎるからか? 弱いからか?」
「俺なんて言葉遣いはやめなさい。いつも言っているでしょ、クロード。女として、あなたは生きるのです」と、母は頭ごなしに否定する。
女である必要は、なぜなのか。理由を聞いても、理不尽《りふじん》にはぐらかされるだけ。
婿養子の父ときたら、母に味方するだけの能《のう》なしで、まったく助けにもならない。そう、世界は、クロードにとってクソでしかなかった。
「俺は俺だ」
「あなたはね、特別な貴種ってことを隠すのですよ」
「特別な貴種?」
「そうよ、クロード。あなたは男であって男でないの。その身体で騎士訓練なんてしたら、死んでしまう。それくらいは理解できるわよね」
彼も9歳くらいまでなら、その言葉を信じた。そんなものだと思ったのだ。今から思えば、なんとまあ、おかわいらしいことか。
13歳の誕生日が過ぎて、ようやくキレた。
女として生きるなんて、頭っから願い下げだ。
彼は顔に傷をつけることで、大げさに言えば運命から逃れようとした。
震える手で尖った石を持ったとき、これで終わると念じた。
「ちくしょう!」
息を整え、「やるんだ、クロード、やれ!」と叫び、上から下へと頬を切り裂いた。ドクドクと流れ落ちる血。焼けるような鋭い痛み。気絶しそうになった。しかし、これで全ては終わる。
「クソッ、痛えぞ、クッソ、俺はバカか! アホか!」
文句をたれ流し、フラフラした足取りで戻ると、母は血相を変えて怒鳴った。
「この愚か者が!」と、おとなしい父まで大声をあげる。
「その顔は宝よ。なんてことを」
「普通の医者じゃ無理だ。すぐに治癒魔法を。どれだけ金がかかると思っている!」
ハトートレイン家は貧しい。治める領地は人口にしたら100人も満たない。
税収は年に1000万ダラールほどで、ここから数名の使用人を養い、給与を支払う必要があった。ふところぐあいは常に乏しいのだ。典型的な貧乏貴族は、みずから野良仕事をして、やっと体面を保っていた。
最高級の治癒魔法は高価そのもの。
彼の治療費のために、次姉が金持ちの一般商人に嫁ぐことになったほどだ。
「あんたのせい」と、次姉は泣いた。
「あんたのせいで、わたしは貴族でさえもなくなった」
さすがにクロードは申し訳ないと思った。
それでも、彼はどれほど普通の男でありたかったか。
うれいは深く、コンプレックスも大きい。だから、女言葉も使わない。他人を拒否するのは、美しすぎて、お高くとまっているからだと思われたが、それは違う。クロードは、ただ、普通でありたかったのだ。
「クロード。そんな美人が男みたいな口を使うな。もったいない」
幼馴染で、誰にでもズケズケと踏み込んでくるカールは、会えば必ずそう言う。事情を知らない他人は勝手なものだ。
「おまえは、もったいないの意味をはき違えてんだよ。もったいないってのは、有用なのに無駄に使っている時に使う言葉だ」
「クロード、意味がわからんぞ」
「俺の顔はな、無用なのに有用に見えるってことが問題なんだ」
「ケッ、小難しいこと言ってやがらぁ。だから、嫁のもらい手がないんだな」
「大きなお世話だ。結婚して、俺に何をさせたいんだ」
そうやって、クロードはいつしか自分の特別を受け入れた。
それは、簡単ではなかった……、簡単ではなかったが、受け入れることで、やっと呼吸ができるようになったのだ。
いったん受け入れれば、もともと素直なクロードは女であることに順応した。なぜ反抗したのか、20歳になった今では理由も忘れた。
日々は、かったるいほど平凡で、これから先も、この村でずっとひとり生きていく。そう漠然と考えた。
その夏、興奮した母に大声で呼ばれるまでの話だったが。
*****************************
この続き。ご興味があれば、カクヨムでお読みいただければ、とても嬉しいです。