【毒親と結婚と離婚7】アマン東京ホテルと映画『ルートヴィッヒ』の耽美で完成された貴族世界にもオババは動じない
《オババ》私の姑、人類最強のディズニーオタク。妹の夫とは同級生
《叔母・勝江(仮名)》オババの妹、ヒステリー性障害を患う。離婚を条件に自宅の譲渡書をもらうが離婚は拒否している
《叔母の夫・あの男》叔母とは10年来の別居中。米国に本拠地を置く会社CEOだが破産、日本で病気療養中
アマン東京
「お泊りですか?」
車を預かったホテルマンがほほえみました。
私、オババの隣りで、無意識に首をぶんぶん振り回してます。
ホテルマン、営業スマイルで微笑みました。
オババも営業スマイルで返しています。
「ここに宿泊している者を訪ねてきたのです」
ここって、アマン東京ホテルです。
スタッフの微笑みが、セレブ御用達ってかもしだしてるし。建物全体が、品格主張してるし。
しまむらファッションで、家からスーパーに買いものに出て来ましたって、来る場所じゃないから。
オババよ〜〜。
今まで、ありがとう。
アメリッシュ、これまで嫁として、けっこう頑張ってきたと思う。
だけど、ここまでだ。
武士の情けじゃ、ここでお別れしよう。それが天下のためだ。
「いくぞ、アメ」
「いやいやいや」
「心頭滅却すれば、火もまたすずし」
間違ってない? その標語。今、それ、ちがくない?
で、『AMAN』って全く目立たない長方形の看板のさき、狭い通路みたいなのが入り口で。拍子抜けするくらい、目立たないの。
ここは、秘密クラブかってくらい、目立たない表札なの。
なぜ? 秘密にしてんのか、存在自体を。
そこからエレベーターで33階まであがり、そして、降りた先には、
「こ、こ、は・・・」
「落ち着け、アメリッシュ」
「ゲッ!」
薄暗い照明に、いかにも、品格、品格、品格って室内の壁が叫んでます。
ここでミュージカル始めるいきおいで、壁が歌ってます。
ヴィスコンティ監督が好きそうだって、ふと思った。
和風ではあるけれど、あの貴族的監督なら、こういう場所で、優雅に美少年を探すんだろうって。
そう思った次第で、
ちなみに、ルキノ・ヴィスコンティ監督とは、戦後に活躍した重厚で貴族的な映画を得意とする名監督で、本物の貴族でもありました。
品の良いブラウン系にまとめられたエントランスロビー。
天井、高いです。むっちゃ高い天井です。
「こら、アメリッシュ、口を大きくあけて上ばかり見ない」って、オババに言われるまで天井を見あげてました。無意識であります。
オババ、叔父の名前を言ってホテルマンに聞いてます。
「はい、お伺いしております。どうぞ、こちらにおいでください」
丁寧な口調で若い女性スタッフは言うと、私たちを案内しながら先に歩いた。体を斜めに傾けながら、階段があると足元を注意したりと、丁寧、この上ない。
「アメリッシュ、気後れするな」
「でも、お義母さん」
「良いか。気後れは経験値の差だけと思え。この場所に来たことがない、それだけのことだ。慣れてしまえば、なんてこともない」
オババは、堂々としていた。慣れてるんだろうか?
えっ! いつも来てるんかい。
「前に来たことがあるんですか」
「ない!」
即答。
「じゃあ」
「経験値だと言ったろう。来たことはないが、場所や状況に萎縮(萎縮)するのが気後れの正体だ。正体さえわかれば、オバケも怖くはない」
な、なるほど・・・
ロビーラウンジには客はあまりいませんでした。
ちょっと、落ち着きました。
午後8時近くで、宿泊客も部屋か、あるいは食事でもしているのでしょう。
ロビーエントランスのど真ん中には、歌舞伎の花道みたいな通路が、一直線に続いています。
海外のリゾートホテルなどにある通路の雰囲気です。
ホテルマン、迷うことなく、そこを登り花道、先に進んで行きます。
扉が二つあって、その一つにはいると、一面が天井まで本で埋められた書斎みたいへ部屋へ通されました。
「よ!」って、叔父。
くつろいでます。
「まあ、くつろいで」
てか、くつろげっか、こんなとこで。
かしこまるわ、むちゃ、かしこまってるわ。
オババ、経験値だって言うが、経験あるように思えっていうが、それさえできないから。
「今日は頼みがあってきました」
「ちょっと、待った。おお、それだ」
なぜか、ホテルスタッフがハシゴに乗っていました。彼は、叔父が支持した場所を見て、頷いています。
叔父、小声で私たちに言いました。
「別に、あの本に興味はないが、手に届かない場所にあるだろ。どうするんだって、スタッフに、あれを読みたいって言ったら、ハシゴを持ってきやがった」
「あなたって人は」
「手に届かないものって、届きたいと思うだろうが」
どうも叔父には経験値は必要ないようです。
経験より先に興味が上回るようで、オババと叔父は方法論が違えど、どこへ行っても、おそらく、気後れとか萎縮とかないんだな。
さて、気の毒なホテルマン、しっかりと手で支えながら、大きくて重そうな、古い墨絵の本をとってきました。
「こちらでございますね」
「ああ、ありがとう」
「他にご用はございますでしょうか」
「いや、もういい」
ホテルマンが去ると、オババが言った。
「相変わらず、いたずらが過ぎます」
「アメちゃんだって、興味があるだろ。ご大層に並んでいる本が本物かって、それに、あんな高いところにある本、どう取るんだって思わないか」
私、緊張して背筋が伸びてましたが、少しほっとしました。
「ホテルの方をからかっちゃいけませんよ。それにしても、破産したわりには、随分と良い生活をしてますね」
「抗がん剤治療の影響で、しばらくは免疫が弱っているからね。米国に帰るまで、人混みを避けたい」
「そうですか。では、もし、勝江が贈与税となれば、助けることができるってことですね」
「そこかね、無理だな。米国の税務関係は非常に厳しくてな。少しくらいなら、なんとかなるが、大きな金は動かせない。悪いがな。・・・ここの料理は自然食で、そこもいいぞ、病気の身にだがね」
オババ、目を眇めてます。
「ほお、あなたが自然食」
「委員長、ここまで嫌がらせに来たか。頼みがあるんだろう」
オババ、茶封筒を机の上にだしてから言いました。
「勝江から、離婚届と譲渡書を奪ってきました。あの子、どうしても手続きしないとバカになってます。このままじゃ、贈与税で土地を取られますから」
「それで」
「夫である、あなたが離婚届を提出してもらえるかしら。勝江の印鑑は押してありますから、あなたが提出すれば、法的に問題がないでしょう」
「なるほど」
叔父、鼻の下を手で擦り、それから片方の口元をあげて、ニッと笑いました。
「いいだろう。ただ、来週には米国へ帰る。後で大騒ぎになっても、俺は知らんがな。いいのか」
「いいです。他に方法が見当たりません」
「よし、わかった」
二人は共犯者のような笑顔でお互いの顔を見つめ合いました。
私、別の意味で緊張しました。
to be continued
映画『ルートヴィッヒ』
第4代バイエルン国王ルートヴィッヒ2世(1845年生まれ)。
狂王と呼ばれ、神話に魅了され芸術と建築を愛した、今の言葉で言えばメンヘラの王です。
ドイツの観光名所であり、建築費で公庫を圧迫したという、いわくつきの名城ノイシュバンシュタインを建設したこと、ワーグナーを支援したことでも有名です。
最後は狂気のうちに水死体として発見されました。
彼を題材に映画を制作したのが、これまた貴族のモドローネ伯爵ルキノ・ビスコンティ監督。
耽美的で退廃的な映画は、他に類をみない芸術性と破滅の美に満ちています。太宰治の『斜陽』の世界に通じるものを感じます。