【婚活 その9 毒親その1】母親が大反対! 結婚は家族なのか、それとも二人のことなのか
《オババ》私の姑、ディズニーオタク。婚活中の姪っ子が結婚詐欺にあったと誤解。
《叔母》ひとり娘をこよなく愛する優しすぎる叔母、娘の婚活に悩むオババの妹。
《優ちゃん》叔母のひとり娘。過保護の39歳。婚活アプリで知り合った太郎と熱愛中。
《太郎》35歳。高校時代に親を亡くし、一人で農家を切り盛する中卒の勤労青年。
シェラトン・グランド・トウキョウベイのレストラン。
窓際の席で、叔母の口から奇妙な悲鳴が放たれています。
「ダメ! ダメ、ダメェーーー!!」
おそらく、そう叫んでいると思われますが、定かではありません。
アメリッシュ、訳がわかりません。日頃の叔母といえば、優しく穏やかという言葉を、そのまま粘土で練って形にしたような女性です。
大声を出す、まして叫ぶなど信じられませんでした。
すぐにホテルのスタッフが小走りで寄ってきました。
もうなんて言うか。その小走りも尋常じゃなかった。
能舞台の役者のような、足音を感じさせないスリ足、人さまの苦しみに対処すること、ベテランです感。この走り技を会得するのに、10年の修練を重ねました感。今こそ、ヒノキ舞台でご披露いたします、ってな勢いです。
まあ、私も周囲の視線を痛いほど感じていましたから、その気持ち、察するにあまりあります。
彼、テーブルに到着するやいなや、
「お客さま、ご気分でもお悪いのでございますか」
感情を抑えたアナウンサーみたいな声で聞いてきました。
レストランの平和を守る、プロ根性、全身で醸し出そうとしてますが、なにせ相手が異様です。
「ダメ、ダメ、ダメ」
もう叫んではいませんが、ずっと同じダメダメを呟いています。何かが外れてしまって、そこにいるのは叔母という名の別人で、ダメダメに固執した不気味な、なに者かでした。
ホテルマン、表情に軽い動揺をみせはじめました。彼の長く輝かしい経歴のなかでも、おそらくトップクラスのトラブルと気づいたようです。
彼、ホテルマンとしての矜持を発揮すべく、目を泳がせています。それから順番に視線をずらしていきます。
叔母
オババ、
優ちゃん、
太郎、
・
・
・
そして、私。
私のところで視線が止まった。
えっ? 私?
ダメダメダメ、思わず視線で返すと、ホテルマンも、いやいやいや、と視線を送ってくるわけです。
でもって、しばらく、無言で意見交換して、私とホテルマンの間に、なんていうか、ある種のシンパシーのようなものが醸し出され
『あなたなら、私の苦境をわかってくださるでしょう』と。
で、こんな叔母のこんな状況を押し付けられても困るから、私も必死で、
『別の人、別の人』てな視線を送るわけです。
しばらく、無言のやり取りを経て、
「奥様は、よろしければ、別室でおやすみなされるのは」と、ホテルマン、私に向かって語りかけてきました。
私? 私、いくらでも別室で休むわよ。
この太郎のいい話を聞いたあとで、優ちゃんの気持ちを知ったあとで、この異常な叔母退治を任せられるくらいなら、いくらでも逃亡するから。
で、私、すっとぼけて立ち上がろうとしました。
ホテルマン、それは違うと、目で合図してきます。
必死の形相で、ここ冗談にするところじゃありませんからと。
「優ちゃん、お母さんの気分が悪いようね」
オババが口を挟んでくれました。
ホテルマンがほっとした表情を浮かべました。
もう、あんたみたいな役立たずに用はないと、見る目がなかったと、速攻でオババに顔を向けました。
「申し訳ないですね。お騒がせしました。暑さで、持病の発作が出たんだと思います」とオババ。
どんな持病の発作ですか。ダメ出し持病って、そんな病名、聞いたこともないですが。
「勝江(仮名)!」
オババがするどく叔母の名前を呼び捨てしました。
低く断固とした声に、叔母はぎょっとした表情をうかべて、口元を抑えます。
その顔は奇妙にゆがみ、普段の優しげな表情は微塵もなく、
シワが寄った顔は一気に10年ほど老けました。
息も乱れてます。
『進撃の巨人』の巨人の一撃を、受けて耐え切ったような、そんな表情です。
ちなみに、私、映画『キングダム』を見終わって納得したので、『進撃の巨人』に戻っております。新アニメ放映中、絶賛・視聴中です。リバイ兵長さま命です。
「ママ?」という無邪気な声に、叔母が優ちゃんの手を掴みました。
「ママ、痛い」
「勝江、ここにいたいの。それとも、出て行きたいの」
叔母はぜいぜいと息を吐き、それから、咳き込みました。
恐る恐る私が水を差し出すと、一息に飲みこみ、それから、呆然と椅子に腰を下ろしたのです。
「もう大丈夫です」と、オババがホテルマンに伝えています。
「お客様、ご気分が悪いようでしたら、すぐに・・・」
「ご心配をおかけしました」
納得していないだろう。しかし、スタッフは慇懃(いんぎん)な笑顔をみせました。次はないぞってな顔です。最後に私を見て、確認のサインを送ってきます。
なんで私よ。
そうして・・・
周囲の観客も、何事もなかったかのように、それぞれの会話にもどっています。おそらく自宅に戻って、「今日ね今日ね」みたいな噂するでしょう。今は黙して、それぞれの食事をしています。
「ママ」
「ママは、ママは、許しません!」
熱愛ふたり組はお互いに顔を見合わせ、それから、私のほうに視線を同時に向けてきました。
私?
また、私?
どうして今日に限って、こんなにモテてるの。アメリッシュ、今日はいきなりのモテ期なのか?
勘弁ですから、こういうの、苦手なんです。
まさか、この私に、この異様な事態を打開せよと。
ムリ! ぜえったいムリ!
オババでさえ手に余るのに、その上、なにか吹っ飛んじまった叔母の対応など、無理に決まっています。
しかし、優ちゃんは期待を込めて、こちらを見ています。
違うから、そういう期待に応えるような人間ではないから。モテ期もいらんから。
と・・・、
そのときですね。口が自由にですね。口だけが自由を謳歌して、私の意思に反して、なにを思ったか、かってに言っちまったんです。
「ねえ、二人で、せっかくだからディズニーで遊んできたら」
え? 私、なにをほざいた。
どの口が言った?
自分の顔の下のほうに無駄についている口が、気ままにやったことで、私、関係ないからって、そんな顔をして、叔母をみたら、ものすごい形相で睨んでます。
やっぱり〜〜。
なんで〜〜!!
もう、私が敵に組したって、味方のふりした二重スパイだって、そんな顔で叔母が睨んでまして。
なぜ、私、渦中の栗を拾ったぁ。
まんま、捨てちまいたい。
ガクブルって、こういう状況を言うんだよね、きっと。
もう一方の、オババの顔を見る勇気ありませんから。
「オレ、あ、僕は、ディズニーランドに来たのはじめてで。来たかったけど、一緒に行ける人がなかったです。それで今日は、嬉しかったス。ここに来れて、はじめてで」
太郎よ。それは地雷だ。オババの前で、その言葉。ものすごく大きな地雷を踏んだ。その自覚のなさが、私は悲しい。
が、今、この瞬間だけにおいて、あんたはエラい!
「行ってきたら、優ちゃん」
私、さらに言ってしまった。言い切ってしまった。
ええい、矢でも鉄砲でも持って来やがれ。すぐ逃げたるから。
バッグを左手で掴み、とっさに逃げる手配をしてから、唇をワナワナさせながら、優ちゃんに向かって微笑んだ。
「うん」
優ちゃん、ディズニーランドに行く気満々で、太郎の手を取りました。
そのとき、絶妙なタイミングで
「じゃあ、後で合流しましょうね」とオババが言ったのです。
あ、あとで合流?
この気まずい席は、まだ終わらないのか。
逃げようとして半腰になった私を、オババが首を横にふって否定しています。
だめだぁーーー!
逃げきれない!
だって世界は残酷だからby 進撃の巨人。
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毒親に育てられた子のデータ
児童虐待の相談件数は103,260件。これは児童相談所に相談された件数であり、実際はさらに多いと考えられる。
虐待のうち心理的虐待は、全体の47%を占め、身体的虐待が27%、ネグレトが23%、性的虐待が1%という相談件数である。
心理的虐待には、愛情という名のもとに、子どもを支配する虐待もある。