210日ぶりに帰ってきた奇跡のネコ ペット探偵の奮闘記 (新潮新書)
- 作者:藤原博史
- 発売日: 2020/02/14
- メディア: 新書
Kindle版もあります。
内容(「BOOK」データベースより)
引っ越しの翌日に、茶トラと三毛の兄妹ネコが消えた。見知らぬ土地で2匹はどこへ?ペット探偵の著者は、依頼を受けて捜索を始める。足取りがつかめないまま季節は遷り、投函した迷子チラシは数千枚に。そこへ入った目撃情報、そして行方不明から210日目に奇跡は起きた―。ペットと家族をめぐる感動の実話7つを紹介、生き物を愛する全ての人に役立つ「万が一のための備え」と「捜索ノウハウ」も惜しみなく明かす奮闘記。
いなくなってしまったペットを探す、「ペット探偵」。
世の中にはけっこうたくさん、いなくなってしまったペットを探している飼い主がいるのだから、そういう仕事があってもよさそうですよね。
でも、「いなくなった動物なんて、そんなにうまく探せるものなのだろうか?」という疑問もあったのです。
著者は、「ペット探偵」として、これまで3000件もの依頼を受けて、全国各地を飛び回り、そのうち7割のペットを見つけています。
僕自信が飼い主として体験したことがある、「いなくなったけれど、翌日には自分で帰ってきた」みたいな事例は、ペット探偵に依頼されることはないでしょうから、難しいケースだけを対象にしながら7割というのは、本当にすごい。
もちろん、うまくいくことばかりではなくて、亡くなった状態で見つかることも少なからずあったそうですが。
この本を読んでみると、ペット探偵というのは、人間相手の探偵と同じように、「対象者の習慣や行動パターンを把握する」ことを重視しているのです。
まず、割れた窓を背にして立ちます。ここを出た、たいちゃん(捜索対象のネコ)がどのように歩いたかを考えることが、捜索の第一歩です。室内で飼っているネコの場合は特に、身体の片側を建物につけるようにして、壁面に沿って移動する癖があります。すると身体の一方が必ず壁で守られる格好になります。これで安心感が持てるようなのです。
道路などを渡ると身体の両面を晒してしまうことになるため、横断を避けながら移動していきます。こうして歩き、縁の下や簡易物置きの下、マンションの1階ベランダ部分と地面のすき間、排水溝の中、茂みの中などを見つけて身を潜め、周りの状況を観察しているのです。
極端に警戒心が強いネコであれば、その状態で動かずに数週間同じ場所にとどまっていることもあります。そこが安心できる場所であれば、その場所を起点にして行動し、何かあればすぐに駆け込むといった行動パターンも見せます。
私も同じようにして、右回りに自宅建物に沿って歩きます。ネコが潜みそうなすき間、隠れ場所を見つけては確認していきます。
ペットを捜すときに「必死になって名前を呼ぶ」「大声を出して捜し回る」というのは厳禁です。「おかしいな、いつもと違う」と感じたペットが、姿を現してくれることは決してありません。物陰に潜んだり、隠れたり、あるいはその場を避けて逃げ出してしまいます。
どんなに不安でも、そこはぐっと堪えながらいつもと同じように名前を呼ぶこと、走って駈け寄ったりしないことが肝心です。
心配や不安から取り乱し、大声で捜し回っても、かえって逆効果になることが多いのです。
「捜しています」のチラシは写真を大きく、文字を少なくすることや、聞き込みのコツなど、この本のなかでは、そのノウハウの一端も惜しげなく公開されています。
ただ、思い入れの強い飼い主とのやりとりを読んでいると、相手の思いに引きずられない冷静さや、うまくいかないときでも粘り強く捜す根気がないと、これを仕事として続けていくのは難しそうです。
この本を読んでいると、ペットがいなくなる理由も「気まぐれに脱走した」というものだけではなくて、人間関係のもつれが絡んでいる場合があるんですよね。
「子どもと同じ」とは言うけれど、著者に依頼する飼い主たちのペットへの愛着の強さには驚かずにはいられません。
藤沢市から大分への出張費込みですから、交通費や宿泊費が捜索費に大きく加算されてきます。ほかのケースに比べてかなり割高、正直に言ってとんでもない料金になっていると言わざるを得ません。ですが捜索を終えて藤沢へ戻ると「もう一度お願いします」という佐藤さんからの依頼が必ず来るのでした。
ある時、電話で佐藤さんの奥さんにこう聞かれました。
「2匹は見つかるでしょうか」
捜索を始めたときと同じ問いでした。私も「見つかると思いますよ」と、あのときと同じように答えました。そう感じていたからです。2匹はかなり遠くへ移動してしまっているだろう。移動を終えて、どこかの地点に定着し出した頃に、捜索の手が「届く」はずだという確信のようなものがあったのです。
とはいえ、いつまでも捜索を続けるわけにはいきません。ひとつのケースにつき、捜索料金の上限は100万円までと私は決めています。かなりの作業を積み重ねてきており、例えば投函したチラシひとつを取ってみても数千枚になっていましたが、この額以上の料金を請求することは私にはできません。
またこれは私の事情ですが、ほかの依頼も相次いでいました。知り合いのツテなどでペットレスキューを知った飼い主さんたちが、精神的に参りそうになりながら順番を待ってもいたのです。
ペット捜しに、100万円、か……
僕はそこまでのお金を出しても、捜してほしいと思えるだろうか……でも、世の中には、それでも著者に自分の大切なペットを捜してもらいたい、という人が大勢いるのです。
これだけのニーズがあるのだから、もっと多くの人がペット探偵を目指せばいいのに、とも思ったのですが、著者もいままで何人も「弟子になりたい」という人を受け入れてきたそうですが、なかなかこの仕事を続けられる人はいないとのことでした。
動物好きであればこそ、必ずしもハッピーエンドにならないことや、飼い主からのプレッシャーが大きいことに耐えられないことも多い。仕事柄、突然の依頼や長時間の捜索もあり、体力的にもきつそうです。
家を引っ越す際に運送業者の出入りがあって、玄関の扉が開いていたすきにネコがいなくなったという相談でした。飼い主はそのすきに逃げたのではと疑いつつも、念のため部屋の中も全部探したそうですが、ネコの性格からすると、まだ家のどこかに隠れているような気がするといいます。
各部屋や台所、浴室などの様子を聞いたところ、ピンとくるものがありました。
「今すぐ、浴槽の下を見てください」
飼い主さんが慌てて見に行くと、排水溝からつながる浴槽の内部のすき間にネコが潜んでいたのです。さすがに驚かれましたが、最近は特に、電話のやりとりでもかなり見つかるようになりました。
著者は、糸井重里さんが運営している犬猫SNSアプリ「ドコノコ」の「迷子探しマニュアルブック」の監修もされています。
捜索は、なるべく早くとりかかるほうが、見つかる可能性が高くなるので、ペットを飼っている人たちは、いざというときのために、一度は目を通しておいて損はなさそうですよ。