Kindle版もあります。
ビジネスパーソンにとって、
行動経済学ほど「イケてる学問」はない。現に世界のビジネス界では、
その影響力はますます強まっている。いま世界の名だたるトップ企業の間で、
「行動経済学を学んだ人材」の争奪戦が、
頻繁に繰り広げられている。
1人の人材獲得に何千万円もの資金が動き、
企業には「行動経済学チーム」までできている。ビジネス界の要請を受けた世界のトップ大学が、
次々と「行動経済学部」を新設し始めている。
MBAのように、多くのビジネスパーソンが
行動経済学を学びに集まっている。もはや行動経済学は、
「ビジネスパーソンが最も身につけるべき教養」
となっているのだ。しかし、行動経済学は新しい学問であるが故に、
これまで体系化されてこなかった。
理論を一つ一つ丸暗記するしかなく、
なかなか「本質」がつかめなかった。そこで本書では、基礎知識をおさえた上で、
「ナッジ理論」「システム1vsシステム2」
「プロスペクト理論」から、
「身体的認知」「アフェクト」「不確実性理論」
「パワー・オブ・ビコーズ」まで、
「主要理論」を初めて体系化するという、
これまでにない手法で、行動経済学を解説する。
ちょうど10年前、2013年に『統計学が最強の学問である』という本が上梓されてかなり話題になり、僕も読みました。
今度は「行動経済学」か……どっちが「最強」なんだろうな、直接対決してみてほしいな、なんて思いつつ今回この本を読んだのです。
日本でも「行動経済学」は、少し前からかなり話題になっていて、扱った本もけっこう出ています。
fujipon.hatenadiary.com
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いま、ビジネスの世界では、行動経済学を理解し、駆使できる人は、高く評価されているのです。
まだ新しい学問なので、需要の割に専門家が少ない、というのも大きいようです。
消費者の行動を分析し、働きかけることによって「行動の変化(購買や消費)をもたらすことができる」というのは、企業にとっては、まさに「最強」。
「もしも行動経済学を専攻していなかったら、グーグルになんか絶対就職できなかった」
こう語るのはペンシルバニア大学大学院で行動経済学を専攻した私の友人です。
アメリカの企業で今まさに起きているのは、「行動経済学専攻の学生の争奪戦」。私の大学時代の友人の多くは教授として学問の世界にとどまりましたが、就職組の多くはFAANG(Facebook、Apple、Amazon、Netflix、Google)で働いています。
これらの世界的なIT企業への就職を目指すのであれば、行動経済学を専攻していると、けっこうハードルが下がりやすい、というのは間違いなさそうです。
その一方で、みんながそう思って行動経済学を専攻する人が増えれば、どこも同じようなことをやるようになって、よほど優秀な人以外は差別化できなくなる、という可能性もあるかもしれません。
いま、流行っているもの、に過剰な信頼を置くのは、それなりにリスクがあるのです。
以前、エネルギー関連の優秀な学生は、当時の主力だった石炭産業に集まっていたのに、あっという間に石油が主役になって石炭産業が斜陽になりましたし、30年くらい前に、僕の高校の同級生たちは人気だった大手都市銀行やマスメディアに就職していきましたが、現在では、IT化による人員削減やテレビ局の広告収入減少に、責任ある立場として悩んでいます。
著者は先見の明があったと思うし、今の時代は「行動心理学を利用した商売に簡単に乗せられない」ために、消費者としても最低限の知識は必要ではあるのです。ただ、これから「就職のために行動経済学を専攻する」べきかは、なんとも言えません。学問として面白そうだし、興味がある、のなら良いのだろうけど。
「経済学」と「心理学」が融合した学問。それが行動経済学です。
「経済学」とはそもそもどんな学問でしょうか。経済学は「経済活動における『人間の行動』を解明する学問です。お金が動く「経済」という枠組みの中で、人はどう行動するのか、それはなぜなのかを、明らかにし理論化しています。
「でもそれは、行動経済学の定義じゃなかった?」
と思った方。鋭いご指摘です。
そうです。元々、行動経済学が誕生する前から、「経済活動における『人間の行動』を科学する学問」はあったのです。それが経済学でした。なのになぜわざわざ、行動経済学が生まれたのでしょうか。
それは、伝統的な経済学では全ての「人間の行動」を解明するには限界があったからです。詳細は後述しますが、人間は常に「合理的に行動する」としているのが伝統的な経済学で、「人は非合理な生き物である」という大前提が欠けていました。
実際、私たち人間は頻繁に「非合理な行動」をします。合理的に考えれば痩せたいならヘルシーであるAランチを頼んだほうがいいのに、太るとわかっていながらこってりしたBランチを頼んでしまいます。将来のためにお金を貯めたほうがいいはずなのに。ついついスーパーのレジ付近の商品を「ついで買い」して無駄遣いをしてしまいます。
経済学は、人間を研究対象としているにもかかわらず、こういった「非合理」である人間の「心理面」が考慮されていなかったのです。
そこで、経済学には足りなかった人間の「心理面」を加える必要が出てきました。それが心理学です。2つの融合により、行動経済学が誕生。経済活動における「人間の行動」全般を解明することができるようになったのです。
僕自身、リアル書店で、買うつもりだった「読みたい本」ではなく「勉強になりそうな本」を買ってずっと本棚に積みっぱなしになっていたり、Amazonのセールで「お得なセール品」を購入したのに、全く使わずにダンボールすら開けない、なんてことが少なからずあるのです。買わないほうがよほど「お得」なのに!
新メニューを試してみるつもりで店に入ったのに、やっぱり「いつもと同じメニュー」をオーダーしてしまいます。
そういう「人間の非合理的な(経済)行動」を解明しようとしているのが「行動経済学」ということなのです。
企業側としては、自分たちの商品を選んでもらう、もっと積極的に利用すれば「その人が本来不要なものも、つい買ってしまう」ようにできる(可能性がある)のです。
著者は、行動経済学がまだ新しい学問であり、さまざまなところで断片的に語られてはいるけれど、初学者やビジネスパーソンが教養として知っておくために、行動経済学全体を体系化した入門書がなかった、と述べています。
そこで、この本では、人間の非合理的な意思決定メカニズムを「認知のクセ」「状況」「感情」という3つの要因に分け、それぞれにあてはまる行動経済学の理論について紹介しているのです。
この3つの要因は、現実にはどれか1つだけが影響するということはほとんどなく、複合的な作用をすることも多いのですが、こうすることで、だいぶ「スッキリした感じ」になっています。
第2章の「状況」には、こんな話が出てきます。
大学選びと同様に、大学卒業後の就職も人生の節目となりますが、そこでも人間が状況に意思決定「させられている」ことがわかります。
競争率が高い求人に対し、10人の学生が集められて順番に面接を受けるとします。もしもあなたが面接を受ける学生だとして選択権があるのなら、あなたは何番目がいいでしょう?
「無難に4番目くらい」と答えたならチャンスを逃す可能性が高く、これは新卒採用面接に限った話ではありません。競合他社がいる場合のプレゼンテーションでも俳優のオーディションでも「一番最初の人」と「一番最後の人」が合格する可能性が高いということがわかっています。
この結果の理由を説明するには、実は一つの理論だけでなく、いくつかの理論をご説明する必要があります。
まずは項目タイトルにもある「系列位置効果(Serial Position Effect)」。系列位置効果とは、人がいくつかの情報を覚えようとするとき、情報の「順番」によって記憶の定着度合に差が出るという理論です。面接を受けるあなたにとっては面接は1回かもしれませんが、面接官からするとものすごい数の人を面接します。面接官の記憶に残っていなければ話になりませんし、「良い記憶」として残る必要があります。
そこで影響するのが、「初頭効果(Primary Effect)と「新近効果(Recency Effect)」という理論です。
「初頭効果」とは、初めに得た情報が印象に残り強い影響を与えるというもので、アメリカの心理学者ソロモン・アッシュが発表しました。
一方で、「新近効果」とは、最後の情報が意思決定に大きな影響を与えるというものです。ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが発表し、ソロモン・アッシュが広めたとされています。人は「順番」によって記憶の定着度合が変わるというのが「系列位置効果」。そしてその記憶は「初頭効果」と「新近効果」によって、最初と最後が頭に残りやすい。
先日(2023年12月24日)に行われた『M-1グランプリ2023』で、決勝、最終決戦ともにトップバッターだった令和ロマンが優勝しました。
「決勝では、まだ会場の雰囲気が温まっていないトップバッターは不利」だというのが「定説」で、それを見事に覆したのです。
もちろん、漫才のコンテストと就職の面接では「状況」が違うのですが、面接も、なんとなく「最後はともかく、最初は嫌だなあ、すぐに忘れられてしまうのではないかなあ。早く終わってくれるのは気分的にはラクだけど」と僕は思っていました。
しかしながら、実際に調べてみると、「トップバッターは印象に残りやすい」のです。M-1に関しても、「トップバッターだったからこそ、スベった(ウケなかった)印象が強く残っていた」可能性もありそうです。
行動経済学に触れてみると、人間というのは、自分で意識しているよりもずっと、「認知のクセ」「状況」「感情」に影響されているものなのだな、と感じます。
それぞれの項目には具体的な事例が挙げられていて読みやすく、「行動経済学って、何?」という人への入門書として、現在の最適解のひとつになりそうです。
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