貧乏国ニッポン ますます転落する国でどう生きるか (幻冬舎新書)
- 作者:加谷 珪一
- 発売日: 2020/05/28
- メディア: 新書
Kindle版もあります。
新型コロナウイルスの感染拡大で危機に直面する日本経済。政府の経済対策は諸外国と比べて貧弱で、日本の国力の低下ぶりを露呈した。実は、欧米だけでなくアジア諸国と比較しても、日本は賃金も物価も低水準。訪日外国人が増えたのも安いもの目当て、日本が貧しくて「安い国」になっていたからだ。さらに近年は、企業の競争力ほか多方面で国際的な地位も低下していた。新型コロナショックの追い打ちで、いまや先進国としての地位も危うい日本。国は、個人は、何をすべきか? データで示す衝撃の現実と生き残りのための提言。
僕がまだ若かりし頃、1985年から1991年までとされるバブル経済の時代には、大勢の日本人がヨーロッパの高級ブランドショップに押しかけて、並んでいるブランド品を「ここからここまで!」と一列買い占めたり、タクシーを拾うために1万円札をひらひらさせたりしている、という話を聞いていました。
そういえば、大学の同級生が、彼女とはじめてのクリスマスを過ごすために、10万円くらいするシティホテルをなんとか予約した、なんてこともあったなあ。
あの頃は、世の中というのはそういうものだ、これが当たり前なんだ、と思っていたけれど、2020年に思い返すと、当時の日本は景気が良くて、みんな、これから先も右肩上がりで経済成長していくことを疑っていなかったのです。
あれから30年、か……
この新書を読むと、世界の多くの国々が、経済成長を遂げているなかで、日本は何十年ものあいだ、停滞しつづけている、ということを思い知らされます。
2019年の年末に、日本経済新聞に「アメリカでは年収1400万円は低所得」という記事が掲載され、ネットで大きな反響を呼んだそうです。
この記事「アメリカでは」というより、アメリカのなかでもとくに富裕層が多いサンフランシスコの話ではあったのですが、「それでも、日本はまだ豊かで恵まれた国」だと思いたい日本人に、大きなインパクトを与えたのです。
日本において年収400万円の人は、単身者であればそれなりの生活が遅れますが、4人家族となるとかなり大変です。これがサンフランシスコの場合には1400万円に相当するわけですが、米国の他の都市はどうでしょうか。
米国勢調査局の調査によると、2018年における首都ワシントンDCの世帯年収中央値は約10万2000ドル(約1120万円)、シアトルは約8万7000ドル(約960万円)、ニューヨークは約7万8000ドル(約860万円)、ロサンゼルスは約7万3000ドル(約800万円)でした。
中央値というのは、年収が高い人から低い人までを順番に並べて、ちょうど真ん中になった人の金額を指します。年収が極めて高い人はごく一部なので、中央値は平均値と比べて低い数個が出ることがほとんどです。
米国の都市部においては、世帯年収の中央値が800万~1000万円ということですから、平均値は1000万~1500万円程度になっていると推定されます。サンフランシスコは特別かもしれませんが、他の都市でも1000万~1500万円の年収がないとそれなりの生活はできないというのが実状です。
ちなみに日本における世帯所得の平均値は約550万円、中央値は約423万円となっています。今の日本で550万円という世帯年収は標準的ですが、東京で家族と一緒に住んでいるという場合には、それほどラクな生活はできません。同じようなことが米国にも当てはまり、都市部の場合には1000万円では生活がラクではないのです。
一連の状況を総合的に考えると、米国と日本を比較した場合、2倍程度の年収格差があると考えてよさそうです。
以前、中国の大手通信機器メーカーのファーウェイ(華為技術)日本法人が、大卒の新人社員に対して月収40万円を提示して話題になったことがありました。日本ではあまりの高さに驚きの声が上がったのですが、これはグローバル企業としてはごく普通の水準です。
OECDが行った調査によると、購買力平価(物価を考慮した為替レート)でドル換算した日本人労働者の平均賃金は約4万ドルですが、米国は6万3000ドル、フランスは4万4000ドル、オーストラリアは5万3000ドルとなっています。これは賃金が安い労働者を含めたすべての平均ですが、日本と諸外国の間にはやはり1.5倍程度の賃金格差が存在しています。
日本の場合、女性の賃金が著しく安いという現実があります。夫婦共働きといっても、妻はパートなど賃金が安い仕事に従事しており、夫ほどお金を稼げないケースが少なくありません。
いまや日本は、少ない収入で、安いものを買って暮らす国になっているのです。
とはいっても、それはアメリカやヨーロッパと比較して、という話だろう、と思ってしまうのですが、アジアの国々も、どんどん日本に追いついてきています。
ディズニーランドに限らず、日本のサービス産業は、安さに惹かれてやってくる外国人観光客なしにはビジネスが成立しなくなっています。高級レストランはその典型ですが、日本人の顧客はめっきり減ってしまい、お客さんの多くはアジア人です。しかも、彼等は決して富裕層ではなく、年1回の海外旅行でちょっと奮発している中間層です。
日本の経済力が高かった時代には、平均的な所得の日本人がアジアに行き、価格差を利用して現地の高級店で豪華な料理を食べるというのが定番でしたが、まさにその逆の減少が起こっているわけです。
ディズニーランドや高級レストランは、いわゆるハレの場ですが、日本の安さは、日常的な買い物や飲食にも及んでいます。
ファストフード大手の米マクドナルドは全世界に店舗を展開し、似たような商品を各国で提供しています。このため、しばしば価格比較の指標にされるのですが、ここでも日本の安さは際立っています。
国際的な価格比較サイト「Numbeo」によると、日本のマクドナルドにおけるセット販売の平均価格は695円となっています。これに対してニューヨークは986円、シドニーは853円、パリは1055円となっており、先進各国は総じて日本よりもかなり高い状況です(2020年2月時点での価格)。
アジアに目を移すと、香港が493円、上海が556円、バンコク(タイ)が617円、シンガポールは651円となっており、もはや日本と大差はありません。
このような「日本が世界のなかで、相対的にどんどん貧しくなってきている」数々のデータが、この本のなかに、イヤになるほど詰め込まれているのです。
僕の記憶では、少なくとも20年くらい前までは「日本は物価が高い」と、海外からの観光客に敬遠されていた、はずだったのです。
現在は「商品やサービスの安さ」が日本の魅力だと考えている人が、たくさん訪れるようになっています。
アジア各国の人件費がどんどん高騰しているのを受けて、生産拠点を日本国内に移す(戻す)メーカーも増えてきているそうです。
日本が停滞している間に、世界はどんどん豊かになっていったのです。いや、今もさらに成長を続けています。
何が悪かったのだろう、と考え込んでしまうんですよ。
僕も、僕の周囲の人たちの多くも、けっこう頑張って働いているはずなのに。
「日本は相対的に貧しくなった」とは言うけれど、多くの人がニンテンドースイッチやiPhoneを持っている国でもあります。
他の国のことを知らないから、相対的に貧しくなっているという実感もない。
アメリカや韓国のような、苛烈な競争社会になって、勝ち組の人たちが総取りするような格差社会にならなかったのは、個人的には、悪くなかったとも思うんですよ。
ただ、「これからどんどん経済が成長して、面白いものがどんどん生まれ、世の中が良くなってくる」という期待感は乏しい。
単に、僕が年を取ってしまっただけなのかもしれないけれど。
著者は、いまの日本の社会を支えている「とにかく安いものを世界各地から持ってくる仕組み」が、新型コロナウイルスの影響でうまく機能しなくなる可能性について言及しています。
仕入れ先が遠く、多くなるほど、人の手に触れる機会が増えるわけですから、感染症の時代には、グローバル化はリスクを高めることにもつながります。
そこで、地産地消が推進されるようになると、食べ物や衣料品の値段は上昇するのだけれど、安い賃金でギリギリの暮らしをしている日本人の生活は、破綻してしまうかもしれません。
日本はモノ作りの国であり、輸出産業が経済を支えていると考える人が多いのですが、それはもはや過去の話であり、単なるイメージに過ぎません。日本はすでに消費と投資で経済を動かす国になっており、これからの日本はこの強みを生かすよう政策を変えていく必要があります。
国内消費で経済を回すことができるようになれば、世界の景気動向を受けにくくなりますし、為替レートを過剰に気にする必要もなくなります。また新型コロナウイルスのような危機が再び発生した場合でも、国内だけで対処が可能です。当然のことですが、インバウンド消費に過度に依存する必要もなくなるわけです。
理屈はわかるのだけれど、いまの時代に、そんな「鎖国」みたいなことができるのだろうか?
もちろん、江戸時代のような鎖国政策をとれ、と著者は言っているわけではないのですが……
人口は減っていくし、経済は停滞しているし、若者は未来に希望を持てないし……
本当に、どうしてこんなことになってしまったのだろう?と思うんですよ。
でも、革命を起こそうという気概もないし、生きていくことに絶望するほど不幸だとも感じてはいない。
激しい競争社会になって、どんどん格差が広がっていくよりも、みんなで停滞していたほうが、「幸せ」なのだろうか。
- 作者:リチャード ウィルキンソン,ケイト ピケット
- 発売日: 2020/04/03
- メディア: Kindle版