- 作者: 田崎健太
- 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
- 発売日: 2018/07/26
- メディア: 単行本
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内容紹介
プロレス界最大のアンタッチャブル――
総合格闘技を創ったタイガーマスクの真実!
1980年代前半、全国のちびっ子を魅了し、アントニオ猪木を凌ぐ新日本プロレスのドル箱レスラーとなったタイガーマスクは、なぜ人気絶頂のまま2年4ヵ月で引退したのか?
UWFにおける前田日明との“不穏試合"では何が起きていたのか? 自身が創設した総合格闘技「修斗」と訣別した理由は?
現在も「21世紀の精神武道」へのあくなき追求を続ける佐山サトルは、その先進性ゆえに周囲との軋轢を生み、誤解されることも多かった。
謎多きその素顔に『真説・長州力』の田崎健太が迫る。佐山サトル本人への長期取材に加え、前田日明、長州力、藤原喜明、中井祐樹、朝日昇ら多数のプロレスラー、格闘家、関係者の証言で綴る超重厚ノンフィクション。
“孤高の虎"の真実が今、明かされる!
僕は子どもの頃、大のプロレスファンで、金曜日の20時からのプロレス中継を楽しみにしていたのです。
タイガーマスクを最初に見たときは、子供心に「なんだこの茶番は……」と大人の事情的なものを思わずにはいられなかったのですが、試合をみて驚きました。
なんだこれは、僕が今までみていたプロレスとは違うスペクタクルだ、と。
ダイナマイト・キッドとの激闘や、宿敵・ブラックタイガーとの死闘、「虎ハンター」小林邦昭との激闘など、毎週ワクワクしながら観ていたものです。
その後、長州の維新軍団と藤波辰爾との因縁の対決も盛り上がり、結局、僕はドロドロしたやつが好きなのかな、と自己分析してもいたのです。
ちなみに、この本のなかで、著者は小林邦昭選手にも取材しているのですが、プライベートではタイガーマスクの「中の人」である佐山サトルさんと小林さんはけっこう仲良しだった、という話が出てきて、読みながら苦笑してしまいました。
この本、佐山さん本人も含め、たくさんの関係者に実際に取材をして書かれているのです。
「タイガーマスク」「UWF」以降の佐山さんは、ミステリアスというか、なんだか自分の世界に籠ってしまったような感じで、僕がこれまで読んできたUWF本でも、「ほとんどUWFの道場には顔を出さなかった」とか、「新たな格闘技をつくろうとしていたけれど、怪しげな人物を傍においていて、お金の管理も杜撰だった」などという「奇行の人」として描かれていることが多かったのです。
結局のところ、僕からみた佐山さんって、「ずっとタイガーマスクをやっていればよかったのに……」という感じなんですよ。
そうすれば、お金も稼げたし、プロレスの世界でも尊敬される存在であり続けたはず。
しかしながら、本人は、それを良しとはしなかった。
歴史上の人物にたとえて言えば、チェ・ゲバラみたい。
革命家としては超一流なのだけれど、革命の結果できた新しい組織や理念を守り育てるという地道な仕事には、物足りなさを感じて収まりきれなくなってしまう。
この本の面白いところは、佐山さんが新しい格闘技、真剣勝負の格闘技をつくった際に集まってきたメンバーたちに、かなり念入りに話をきいているところなのです。
佐山さんは、タイガーマスク時代に、有名であることの弊害やめんどくささにうんざりして、表舞台に出るのを好まなくなったのだけれど、佐山さんの新しい格闘技についてきたメンバーは、最初は理想を追っていても、次第に「お金」や「名声」を求めるようになってくるのです。
そりゃそうだよね。ものすごく厳しいトレーニングに耐え抜いても、生活は厳しく、一部のマニアにしか名前も知られない、という状態に長い間耐えられる人はそんなにいない。
しかしながら、佐山さんは、自分が一度「成功することのデメリット」をこれでもかというくらい体験してしまったがために、弟子たちのそういう野心を認めて、うまく活かすことができなかった。
結果的に、佐山さんの周りから、人は離れていきました。
若い頃、タイガーマスク以前の佐山さんについて、前田日明さんは、こう語っています。
前田は佐山と初めて会ったとき「好青年というのを生きた形にしたらこんな人になる」という印象を持ったという。
「背は低いんだけど、筋肉の塊だった。プロレスラーを見るのが初めてだったからね。それで礼儀正しくて優しい。道場で練習した後、みんなで食事に行ったのだけれど、全部佐山さんが払ってくれた。万札の束を持っていてね、プロレスラーって儲かるんだなと。後から分かるんだけれど、若手レスラーというのはそんなに給料は良くない。でも遠征に出ると飯代が別に出たり、(佐山は)猪木さんに可愛がられていたから、お小遣いをもらっていたと思う。すごく気が利くとみんなから絶賛される付き人だった」
先輩レスラーの北沢幹之は佐山について「真面目で頭のいい男だった」と評する一方、前田には「あいつは真っ直ぐしか見えない奴なんですよ」と手厳しい。
練習熱心で要領もよく、周囲からも愛された佐山さんは、タイガーマスクとして大きな成功をおさめるのです。
佐山さんは、プロレスラーとしての才能もすごかった。
タイガーマスクとして日本に戻ってくる前に、佐山さんはイギリスで大活躍していました。
佐山がイギリスに来た80年頃、プロレス人気は下り坂だった。
民放テレビ局「ITV」が『ワールド・オブ・スポート』という番組で中継していたが、ブリッジによると視聴率は低迷していたという。
「プロレスがブームだった頃、1200万人の視聴者がいると言われていた。サトルが来た頃は、多少落ちて800万程度だった。サトルによって新しい観客が集まった。彼の最初の試合がテレビで流れてから、どこのホールも満員となった。彼の三試合目ぐらいのときに、全盛期と同じ1200万人の視聴者数に戻ったはずだ」
イギリスのレスラーたちは佐山を温かく迎えた。
「当時のトップレスラーはマーク・ロコたちだった。サトルには相手の魅力を引き出す術があった。マーク・ロコたちがサトルと対戦すると、試合内容が明らかに良くなった」
1951年生まれのマーク・ロコは、国際プロレスのリングにも上がったことのあるレスラーだった。この後、マスクを被りブラック・タイガーとして再び日本に向かうことになる。
アントニオ猪木は、全盛期に「箒(ホウキ)とでも名勝負ができる」と言われていたそうですが、プロレスラーが観客を魅了するには、自身の身体能力だけではなく、相手の良いところを引き出す演出力も必要なのです。
そういう意味でも、佐山さんは「天才」でした。
ところが、この天才はプロレスの「演出」がイヤになってしまった。
佐山さんにとって、プロレスはあまりにも簡単すぎて、面白くなかったのだろうか。
世の中、うまくいかないものですよね、本当に。
第一次UWFが経営難に陥った際に、佐山さんと、前田日明をはじめとする他の所属レスラーの亀裂は深まっていきました。
前田はこう振り返る。
「佐山さんは理屈だけなんですよ。やれ、ルールがどうだとか、試合を月に何回やるとか、リーグがどうだとか。それを当時流行っていたワープロで書いて、ルールブックを作った。でも実際に団体の運営に関わることには興味がなかった。若い社員が8ヶ月も給料を貰っていなかった。それなのに、彼らに飯を奢るとか、小遣いをやるとか、全然なかったですよ」
社員の給料が未払いであったことを佐山は知っていたのかと訊ねると、前田は「もちろん」と大きく頷いた。
「貰っていないみたいですよって言いましたよ。でも、ああ、そうか、で終わり。そんな状況なのに試合を減らしたら、どうやって食べていくんだということになりますよね」
前田は語気を強めた。
「あのとき、俺は月給100万(円)。佐山さんはもっと貰っていたから、(月)300万とか500万とか。選手の給料未払いがあったという人もいるんだけれど、そんなん大噓でね、遅れることはあったけど、ちゃんと出ていたんですよ。あの人は道場経営で食えて、サイン会やテレビにも出ていた。たぶん、(年収)2、3000万収入があったんだよね。若いの読んで飯を食わせたり、10万でも20万でも分けてやったら、みんなの見方も変わるのになと思ってましたね」
前田の主張には明らかな事実誤認がある。前述のように佐山はジムから一切の報酬を受け取っていない。
ただ、なぜ社員に手を差し伸べようとしなかったのかは疑問が残る。
その質問を佐山にぶつけると、「えっ」と短く驚いた声を出した。
「知らなかった。それは全く知らないです」
この頃、佐山の生活はスーパータイガージムが中心で、UWFの道場に行くことはほとんどなかった。UWFの経営には全く関心がなかったことは認めた。
「確かに気持ちはそっち(UWF)の方になかった。社員がお金を貰っていなかったというのは初めて聞きました。
前田の話によると貴方は月300万円以上貰っていたそうですねと訊ねると「いやいやいや、そんなはずはないでしょ」と苦笑いした。
「100万円でした。(前田と)同じです」
佐山は自分の口座をきちんと確認したことはないとも言った。
「まともに貰ったのは最初の何ヶ月だけで、(給料を)カットされていたはずです。本当にちゃんと貰っていたかどうかは定かではないですね」
また、スーパータイガージムを開いてからは、サイン会は数回開いた程度だという。
「ぼくは自分の貯金を切り崩しながらやっていました。そんなに貰っていたら、貯金を崩さないですよ」
もちろん、佐山さんが全部事実を話しているとは限らないわけですが、この本を全部読んでの僕の印象では、たぶん、噓ではなさそうです。
佐山さんは、基本的に、自分の興味がないことには無頓着すぎる人で、お金のことも「知らんぷりをしていた」のではなくて、「興味がないので、自分からどうこうしよう、という意思がなかった」だけだった。
もともと、UWFの道場から離れていたこともあり、情報からも遮断されていた佐山さんは、いつのまにか、他のレスラーたちから「あの人が悪い」ことにされてしまっていたのではないでしょうか。
「付き合いが悪いヤツ」が、いつのまにか、みんなの苛立ちの捌け口になるというのは、どこの組織でもありがちな話です。
佐山さんが、とくにお金や経営に関して、信頼できる人を傍に置いていれば、格闘技の世界は大きく変わったのではないか、とも思うのですが。
この評伝を読むと、「悪意なんて全くなく、マイペースでやりたいことをやっているだけなのに、どうしても周囲とズレてしまう天才の悲劇」について、考え込まずにはいられないのです。
ずっとタイガーマスクをやっていれば、と僕は書いたのですが、あのごく短い期間の輝きだったからこそ、タイガーマスクはずっと記憶に残っているのも事実なんですよね。
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