- 作者: 吉田裕
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2017/12/20
- メディア: 新書
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内容(「BOOK」データベースより)
310万人に及ぶ日本人犠牲者を出した先の大戦。実はその9割が1944年以降と推算される。本書は「兵士の目線・立ち位置」から、特に敗色濃厚になった時期以降のアジア・太平洋戦争の実態を追う。異常に高い餓死率、30万人を超えた海没死、戦場での自殺と「処置」、特攻、体力が劣悪化した補充兵、靴に鮫皮まで使用した物質欠乏…。勇猛と語られる日本兵たちが、特異な軍事思想の下、凄惨な体験を強いられた現実を描く。
「あの戦争」とは、従軍した兵士たちにとって、どんな体験だったのか?
「戦争は悪いことだ」と教えられて育ってきた1970年代生まれの僕にとって、戦争の話というのは、本やテレビを通じて知るものでした。
1941年に生まれた僕の父親は、自分が経験した戦後の食べ物がない時代や、父親のお父さん(僕の祖父)が戦争に行って帰ってきた、という話を聞き飽きるくらいにしていたのですけど。
あの頃はバナナを1本全部食べるのが夢だった、とか。
でも、子どもの頃の僕は、バナナにそんなにありがたみを感じることもなく。
祖父から直接戦争の話を聞きはしなかったし、父親から祖父の詳しい話を伝え聞くこともありませんでした。
「あれは、悪い『侵略戦争』だったのだ」と子どもの頃ずっと教えられてきただけに、のちに、小林よしのりさんの『戦争論』を読んで、かなり衝撃を受けたんですよね。この本、1998年に出たのか……もっと前に読んだと思い込んでいました。
戦争はもちろん良いことでも望ましいことでもないけれど、結局のところ、人間の社会には争いが絶えることはありません。
そんななかで、誰かを守るために戦った人たちを貶めても良いのか?
特攻という作戦を「人を無駄死にさせる愚策」と切り捨てることと、国やみんなのために、と犠牲になった特攻隊員たちを愚弄することは、イコールなのか?
当時「靖国で会おう」と言って戦死した人たちを、戦後の価値観で、「洗脳されていた」と判じるべきなのか?
戦争というのは、小説や映画のテーマとしては、この上なくドラマチックな題材であることも事実です。
多くの人は、『永遠のゼロ』を観ると、宮部少尉に感情移入して、あっさりやられる未熟なパイロットや飢え死に、病死する脇役の兵士たちには注目しません。
僕自身もそうなんですけどね。『ガンダム』で、アムロに「じゃまだ!」って蹴られて爆発するザクのパイロットが自分だったら……なんていちいち想像していたら、憂鬱すぎるから。
しかしながら、現実には、宮部少尉やアムロ・レイになれる人よりも、「つまらない死に方」をしてしまう兵士のほうが、はるかに多いのです。
この本には、そういう兵士たち、とくに、太平洋戦争の後半から終盤、日本が圧倒的に劣勢になっていながらも、敗戦を認められずに絶望的な戦争を続けていた時期のことが書かれています。
日本政府によれば、1941年12月に始まるアジア・太平洋戦争の日本人戦没者数は、日中戦争も含めて、軍人・軍属が約230万人、外地の一般邦人が約30万人、空襲などによる日本国内の戦災死没者が約50万人、合計約310万人である。軍属とは陸海軍に勤務する文官などのことをいう。ただし、この数字には朝鮮人と台湾人の軍人・軍属の戦没者数=5万人が含まれている。彼らは日本軍の兵士として動員され戦没したのである。
アジア・太平洋戦争でのアメリカ軍の戦死者数は9万2000人から10万人とされているそうです。
日本人に関しては、この310万人の戦没者の大部分は、サイパン島陥落(1944年7月)後の絶望的抗戦期の死没者だと著者は指摘しています。
ちなみに、日本政府は年次別の戦没者数を公表しておらず、福井新聞社が厚生労働省に問い合わせた際には「そうしたデータは集計していない」という答えが返ってきています(2014年12月8日付)。2015年7月に、朝日新聞社が47都道府県に年次別の戦没者数をアンケートした際にも、岩手県以外はすべて「調べていない」という回答でした。
岩手県は年次別の陸海軍の戦死者数を公表している唯一の県である(ただし月別の戦死者数は不明)。岩手県編『援護の記録』から、1944年1月1日以降の戦死者のパーセンテージを割り出してみると87.6%という数字が得られる。この数字を軍人・軍属の総戦没者数230万人に当てはめてみると、1944年1月1日以降の戦没者は約201万人になる。民間人の戦没者数約80万人の大部分は戦局の推移をみれば絶望的抗戦期のものである。これを加算すると1944年以降の軍人・軍属、一般民間人の戦没者数は281万人であり、全戦没者のなかで1944年以降の戦没者が占める割合は実に91%に達する。日本政府、軍部、そして昭和天皇を中心にした宮中グループの戦争終結決意が遅れたため、このような悲劇がもたらされたのである。
この本では、「絶望的抗戦期」の日本軍の物資不足や兵士の質の低下が数字で示されているのです。
次に現役兵の状況を見てみよう。中国に駐屯していた第六八師団の場合、軍隊生活が長い古年次兵の体重は概ね56キロを示していた。それに対し、1945年3月に現地に到着した現役兵の平均体重は約50キロにすぎず、「その他、胸囲および負担早駆(土嚢などの重量物を担いで疾走させる体力検査)はもちろん、各種体力検査において本年度初年兵は例年の初年兵に比し、著しき遜色を示し」ていた(「衛生史編纂資料」)。
体格だけでなく、入隊するまでの訓練も不十分な兵士たちが多くを占めていたのです。
戦況が悪化するにつれ、補給もままならなくなり、前線の兵士たちは、深刻な食糧不足に悩まされます。
前線部隊に無事に到着した軍需品の割合(安着率)は、1942年の96%が、43年には83%に、44年には67%に、さらに45年には51%にまで低下し、海上輸送された食糧の三分の一から半分が失われた。積み出した軍需品の量自体が現地軍の要求を大きく下回る状況下での安着率のこの低下である(『太平洋戦争 喪われた日本船舶の記録』)。
栄養状態が悪く、高齢・若年の未熟な兵士たちがどんどん送られてくる一方で、補給物資は届かなくなってしまっているのです。その結果として、兵士たちの多くは、戦場で飢えて命を落としていきました。
1944年10月にはじまったフィリピン防衛戦についての1964年の厚生省の調査では、51万8000人の軍人・軍属の戦没者のうち、直接戦闘での死者は35〜40%でしかなく、残りの65〜60%は「餓死」あるいは「病気+餓死」で亡くなっていたと推定しています。
ただでさえ補給も十分でなく、衛生状態も悪いところに、さらに体力が劣る新兵たちを「補充」したらどうなるか……
軍の上層部は、学校で素晴らしい成績を残していたはずのエリートたちのはずなのに、こんなことさえ、想像もつかなかったのだろうか。
戦死のほうがマシ、というのは語弊がありすぎるかもしれませんが、「絶望的抗戦期」には、戦うことすらできなかった兵士が大勢いたのです。
著者は、兵士たちの死に様を叙情的に詳しく描いたり、上層部の無策を声高に糾弾したりするのではなく、兵士たちの体験談とデータを積み重ね、事実を淡々と語り続けています。
1943年、現役兵として歩兵第四五連隊に入隊し、湘桂作戦に参加した川崎春彦は、「行軍中、歯磨きと洗顔は一度もしたことはなかった。万一、虫歯で痛むときは、患部にクレオソート丸(現在の正露丸)を潰して埋め込むか、自然に抜けるのを待つという荒療治である。しかし、この二年半の不衛生な生活は、後年の健康に大きな蔭を落とす結果となった」と書いている(『日中戦争 一兵士の証言』)
元陸軍大尉で第六飛行師団・第一二飛行師団・飛行第一一戦隊の戦闘機パイロットだった四至本広之烝によれば、「空から(船団の)護衛にあたっている私たちの場合、一人が一日平均8〜10時間の飛行が三日も続くと、やはり肉体の疲労よりも、神経的な疲労が重なってくる。護衛にあたっては、一番疲れがでてくるのは、視力の減退であり、両眼が充血し、癒すのにも時間がかかった」。
1943年2月のワウ飛行場に対する攻撃では、四至本たちの部隊は戦隊長と中隊長がともに戦死するという損害を受け、「隊員の士気はガタ落ちにな」り、「沈痛な空気が重く暗くのしかかり、眠れないし食えない」状態となった。このとき、岡本修一・第一二飛行団長は、四至本中尉に、「きさまは、いったい、いつまで生きとるつもりか」と罵声を浴びせた。
四至本は、「戦争が激化する。負け戦が多くなり、戦死者が激増し始める。そうなると、本人の勲功の多少に関わらず、いつまでも生きている将や兵が白い目で見られたり、皮肉や嫌味をいわれたりという奇妙な傾向が現れ始める。恨まれたり、嫉まれたり、どうかすると戦死しなかったというだけの理由で卑怯者呼ばわりされたりもする。(中略)それにしても、きさまはいつまで生きる気かなどと、上官が部下をつかまえて嫌味がましく口にする風潮というものが、はたしてアメリカやイギリス、中国の軍隊内にもあったであろうか」と書いている(『隼 南溟の果てに』)。
戦局の悪化に対するいらだちからの罵倒だとは思うが、このような指揮官が、パイロットの精神的疲労の問題に関心を持つとはとうてい思えない。
大正デモクラシーの影響もあり、満州事変の前くらいまでは、日本軍も兵士が上官に対して一定の異議申し立てができるようになっていたそうです。
そんな時代もあったのに、日中戦争から、太平洋戦争、そして、戦局が悪化するにつれて、「皇軍では上官の命令が絶対」となり、古参兵による理不尽な新兵イジメも常態化していきました。
太平洋戦争の時期の日本軍のありようは、今の僕からすれば、「あまりにも理不尽」なのですが、もしかしたら、昭和のはじめの頃の日本人にとっても「まさかこんなことになるとは……」というものだったのかもしれないな、と思うのです。
逆に言えば、近い将来に、同じようなことが起こらないとはかぎらない。
今だからこそ、ドラマからこぼれ落ち、忘れられようとしている、「本当の戦争の話」を読んでみてほしい。
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