- 作者: 佐々木俊尚
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2018/03/29
- メディア: 新書
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Kindle版もあります。
- 作者: 佐々木俊尚
- 出版社/メーカー: 幻冬舎
- 発売日: 2018/03/28
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内容(「BOOK」データベースより)
新聞記者時代、著者の人間関係は深く、狭く、強かった。しかしフリーになり、リーマン・ショックと東日本大震災を経験して人とのつながり方を「浅く、広く、弱く」に変えた。その結果、組織特有の面倒臭さから解放され、世代を超えた面白い人たちと出会って世界が広がり、妻との関係は良好、小さいけれど沢山の仕事が舞い込んできた。「きっと誰かが少しだけでも助けてくれる」という安心感も手に入った。働き方や暮らし方が多様化した今、人間関係の悩みで消耗するのは勿体無い!誰でも簡単に実践できる、人づきあいと単調な日々を好転させる方法。
元大手新聞の記者だった佐々木俊尚さんでも、こういう生き方ができる時代なのか、という感慨と、佐々木さんだからこそできるのではないか、という疑問が僕にはあったのです。
新聞社時代、私が最初に配属されたのは岐阜支局です。その後、名古屋の中部本社報道部、東京の八王子支局町田駐在、東京西支局と続きました。それから新宿警察署の担当を経て警視庁記者クラブ、最後は遊軍記者という流れです。遊軍記者とは無任所の何でも屋と思ってもらえればいいでしょう。
新聞社はそれぞれの部署がとても小さく、岐阜支局は6人、東京西支局は4人、警視庁記者クラブは9人しかいませんでした。
すると人間関係がかなり濃密になるため、そこでいい人と出会えるか、出会えないかで生活が一変します。かなり徒弟制度的な世界ですので、そりがあわないととことんしごかれたりするのです。私も岐阜支局の支店長とあわなくて、かなり嫌がらせをされた記憶があります。あちこちでそういう話が山ほどあり、みんな苦労していました。
たとえば、初の選抜高校野球は毎日新聞の主催ですので、当然力を入れて取材します。私は岐阜支局の新人時代に担当しましたが、春なので雨の試合が多く、風邪を引く記者が少なくありません。私も甲子園から岐阜に戻った時にかなり具合が悪かったため病院に行ったところ、肺炎になってしまいました。
支局長にその旨を伝えると、「お前、そうやってまた俺を脅すつもりか!」と怒鳴られ、結局、休みをもらえませんでした。現在であれば完全なパワハラですが、当時はそんなことが日常茶飯事でした。
それでも、多くの人は辞めませんでした。現在はマスコミを辞める人など少なくありませんが、当時の新聞記者はエリート職の一つと見なされていましたので、そもそも「辞める」という選択肢がなかったのです。在職中に他社の転職試験を受けると相手方の人事部から連絡が入り、勝手にその話を潰されてしまうことも珍しくありませんでした。
社内でも口を開けば人事の話ばかりです。
何年か上の先輩は手帳に社会部員の名簿を貼りつけていました。「社会部にきてから5年で、こいつとこいつが消えた。あと残るは3人だ」と、自分が社会部長になるための算段をしていたのです。
いま読むと、なんて病んだ組織なんだ……と思うのですが、大きな組織に属するというのは「自分で上司を選べない」ということでもあるんですよね。自分で自分の仕事を選べないことも多い。
ただし、自分の適性というのは、自分自身ではかえってわかりにくい、というところもあるのだと思います。
そして、佐々木さんはこういう組織の中で、それなりの期間生き残れるだけのスキルと社交性があったからこそ、現在のフリーの立場でもやっていけているのではないか、という気もするのです。
昭和の日本企業に比べると、現在は「年功序列の気分」「愛社精神の残滓」みたいなものだけがあって、それと引き換えに得られていた福利厚生や経済的な保証は失われているというのも知っておいたほうが良いと思います。
いまの会社の偉い人たちは、そういう「旧き良き日本企業の時代」に入ってきた人なので、その影響を捨て去るのが難しい。
部活で一年生の頃に受けた「シゴキ」を理不尽だと憤っていたはずなのに、自分が上級生になると「伝統」だと自分に言い聞かせ、なかなか負の連鎖を断ち切ることができないように。
僕自身、けっこう長い間医局に所属していて、その指示通りに動いて生きてきたわけですが、離れてみると、「いままで、医局を離れたらとんでもないことになる、と思い込んでいたのは、何だったのだろう?」と実感しています。
ただし、僕の場合は、事情を説明して了解を得ての円満退社であったのと、もともと、組織の中で偉くなる人材とは期待されておらず、向こうにとってもちょうどいう「お役御免」の時期だったことも否定できませんし、単に上司が良い人たちだったから、という可能性もあるのですが。
転職を試みて、ものすごく緊張しながら、人生ではじめて「就職活動」めいたものを40代半ばになってやってみて感じたのは、こんな自分でも、欲しがってくれるところはあるし、いままでよりも好条件を提示してくれる場所すらあるのだな、という驚きだったのです。
僕はずっと「偉くなりたいわけではないけれど、自分は偉くなれないのを認める勇気がない人間」だったのですが、腹を据えて居場所を変えてみると、仕事漬けよりも、自由な時間と困らないくらいの収入がある今の生活のほうが自分には向いているのだということをしみじみ感じます。
前みたいにすぐに苛立つことや、夜、ハッと目を覚まして携帯電話の画面をみる、でも何も表示されていないのを観て安心するけれど、眠れなくなる、なんてことは、ほとんどなくなりましたし。
これは言っておきたいのだけれど、世の中には、「ゆるくつながって生きる」よりも、大きな組織を動かすことに生きがいを感じたり、上司の指示のままに動くほうがラクだし、心地よい、という人もたくさんいるはずです。
そういう人は、あえて、「広く弱くつながって生きる」必要はないと思う。
大規模な研究とか、官僚として国を動かし、人々の幸福をもたらす、というような仕事には、組織の力が必要だし。
ただ、そういう人たちにも、「自分とは違う適性を持っていて、フリーに近い立場のほうが、能力を発揮できる人がいる」ということがいることを、理解してほしいのです。
距離や立場が近すぎると、かえってやりづらい、勧めづらいことも、ありますよね。
1973年、当時ハーヴァード大学の大学院生だったマーク・グラノヴェッターは、著書『転職』(ミネルヴァ書房)において「弱い紐帯の強み」という有名な理論(ウィークタイズ理論)を提唱しました。
簡単に言うと、家族や親友といった強いつながりよりも、弱いつながりをたくさん持つことの方が、多くの情報を得られるという利点から重要であるとする理論です。
彼は転職時の求人情報をどこから得るのかと、強いつながりと弱いつながりに分けて定量的に調べてみました。強いつながりとは家族、親戚、会社の同僚など。弱いつながりは、年に一度年賀状をやりとりするくらいの関係です。その結果、弱いつながりの方が圧倒的に情報量が多かったのです。
弱いつながりの人がそんな厚意を見せることは不思議に感じますが、ちょっと考えてみると、それが理にかなっていることがわかります。
自分が転職しようという時、同じ会社の人が求人情報を教えてくれることはまずないでしょう。あるいは、会社の中ではだいたい同じ情報を共有しており、臨席に座っている人間が持つ情報は自分もおおむね知っているはずです。そのため、情報の密度が濃くなりすぎて、新鮮な情報が入りにくくなっているのです。 これは家族や親戚でも同様です。
逆に自分の知らない業界にいる人や、日頃接触がない人の方が、自分が持っていない新鮮な情報を持っている可能性が高くなります。また、意外と人間は他者に厚意を見せてあげてもいいと思っているものです。転職口の情報を与えることくらい、自分にとってデメリットはまったくないわけですから、すんなるい教えてくれるのです。
大切なのは、そのような弱いつながりをたくさん持っておくことです。
この『転職」は、1980年代に日本語訳や出版されたのですが、翻訳した社会学者の渡辺深さんが調べたところ、当時の日本では、弱いつながりよりも強いつながりのほうが有効だったそうです。
著者の佐々木さんは、30年以上経った今では、弱いつながりのほうが有効という結論になるのではないか、と予測しています。
そして、年齢差があったり、異なる業界で仕事をしたりしている人たちとつながるためのノウハウについても書いておられるのです。
あらためて考えてみると、他人と「ちゃんとした友人付き合いをしよう」と思うから、人間関係というのは重くなってしまうわけで、やりたいことが合致するときだけ、集まって一緒にやりましょう、と割り切った「弱いつながり」のほうがお互いにラクな場合も多いのです。
「割り切った関係で」とか言うと、誤解されてしまいそうではありますが、インターネットというのは、そういう仲間を見つけるためには、ものすごく便利なんですよね。
「どうして歳下の人とも友だちになれるのですか?」とよく聞かれます。他者との関係性を築く上で重要なのは、ありていに言えば「いい人」でいることです。年齢を重ねてくると、どうしても人間は上から目線になります。私はいま56歳ですが、同世代の男性と話しているといつも「なぜそう一言、二言多いのかな」と感じます。
たとえば、「おいしいレストランに行きました」とフェイスブックに誰かが書くと、「そこもおいしいけど、このお店の方がいいよ」などとコメントをつけたりします。はっきり言って、大きなお世話でしょう。そういう自尊心を満たすためだけのお節介が一番いけません。
大切なのは、自分が備えているある種の知恵のようなものを、求められたら提供することです。「これをやりたいんだけど、どう思いますか?」と聞かれたら初めて「こう思うよ」と答える。求められなければ、何も言わないのが肝要です。
つまるところ、相手にとって必要な人と思われればいいわけです。「困った時は相談してみよう」と思われれば、自然に誰とでも仲良くなれるものです。
私が幅広い年齢の方々から仲良くしていただけるのも、メディアに出ている人だからという評価ではなく、単純にうっとうしくなかったり、何となく役に立ちそうな人に見えるからではないでしょうか。
一例を挙げると、昨年福井県の美浜町で空き家対策をしているNPOのメンバーと空き家ツアーをした後、バーベキューをしました。その時ツアーに参加した若者と話をしたところ、私たちが住んでいる古民家にとても興味を示しました。「遊びにおいで」と誘ったところ、さっそく翌日に訪ねてきました。
彼はもともと自衛隊にいたそうですが、現在は地元の同県高浜町でゲストハウスを作る活動をしているとのことでした。しかし、高浜町にはそういう施設がないためなかなか理解が得られず同志もいない。そこで美浜町のツアーに参加したところ、仲間になれそうな人がたくさんいたので、こちらで物件探しをしようと思うと語ってくれました。
私が協力を申し出るととても喜んで、またすぐにフェイスブックでつながりました。こうしてちょっと手を差しのべるだけでも、新しい人間関係が生まれます。
言い方は悪いけれど、「弱いつながり」だからこそ、「お互いをうまく利用する」というくらいの関係でもうまくいくのではないかな、と思うんですよ。
赤の他人と友だち・親友のあいだくらいの存在を増やすと、だいぶ生きやすくなる。
たしかに「一言多い人、とくに中年男性」って多いですよね。他人事じゃないけど。
全部、佐々木さんの真似をするのは難しい。
でも、ここに書かれていることのなかで、自分にもできそうなものを取り入れるだけで、少し、世界は広くなるのではないかという気がするのです。
せっかく、こういう「弱いつながりを見つけたり、活かしたりできる時代」を生きているのだから、試してみて、損はしないはず。
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