【あらすじ】第2次世界大戦勃発後、ナチスドイツの勢いはとどまることを知らず、フランスの陥落も近いとうわさされる中、英国にもドイツ軍侵攻の危機が迫っていた。ダンケルクで連合軍が苦戦を強いられている最中に、英国首相に着任したばかりのウィンストン・チャーチル(ゲイリー・オールドマン)がヨーロッパの命運を握ることになる。彼はヒトラーとの和平か徹底抗戦かという難問を突き付けられ……。
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注意:音が出ます!
2018年、映画館での10作目。
観客は僕も含めて5人でした。
ゲイリー・オールドマンがチャーチルを演じてアカデミー主演男優賞に輝いたのですが、僕がふだん入っている近場の4か所の映画館では上映されておらず、少し遠くの映画館まで行ってきました。
アカデミー賞効果もあるだろうし、それなりにお客さん入りそうだけどなあ……と思っていたのですが、『チャーチル』と同日に公開された『ペンタゴン・ペーパーズ』の興行収入をみると、日本の観客というのは、あまり海外の歴史上の事件や人物に興味がないのかもしれませんね。とくに現代史ものには。
というか、僕がそういう作品を好んでいるだけなのか。
この『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』というタイトルと予告をみて、「ああ、チャーチルの半生、あるいは、第二次世界大戦中のチャーチルを描いた映画なんだろうな」と思っていたんですよ。
しかしながら、この映画で描かれているのは、ヒトラーの侵攻に対して、対独融和政策を続けてきた保守党のチェンバレン大統領が辞任を余儀なくされ、ウィンストン・チャーチルが首相に就任してから、ドイツへの徹底抗戦を決意するまでの、ごく短い期間なのです。
僕はそれなりに歴史に興味を持ってきたつもりではあるのですが、この映画をみると、自分が「わかっていたつもり」だったことと、イギリスの人たちが、あの時代に感じていたこととは、全然違うのだということに驚きました。
前述したように、保守党のチェンバレン首相は、ドイツの要求をある程度受け入れることで、西ヨーロッパの戦争を回避し、ドイツをソ連の共産主義に対する防波堤とすることを狙っていたのです。
現在の評価としては、この対独融和政策は、ナチスの野心を増幅し、その後の戦争をより大きなものにしてしまった、という観かたが主流なのです。
しかしながら、この映画のなかで、チェンバレンは首相を辞任したあとも保守党のなかで大きな力を持っているし、同じ「講和派」のハリファックス外相とともに、ドイツとの早期講和をチャーチルに強く求めていくのです。
チェンバレンは当時から「お前の弱腰のせいだ!」とみんなに罵倒され、逃げ出すように辞任した、と思い込んでいたのですが、実際は、依然として「対独講和派」が保守党では大きな勢力を保っていたのですね。
僕は2018年を生きていますから、「この戦争」の結果を知っています。
アメリカの参戦もあって、イギリスは苦しみながらも戦い抜き、ドイツを中心とする枢軸国を破り、ヒトラーの野望を打ち砕きました。
「ネタバレ」している観点から、開戦時には、ドイツの電撃戦で一時的に劣勢になっていても、当時のイギリスには、もっと余裕があったのだと思い込んでいたのです。
ところが、この映画で描かれているイギリスでは、ダンケルクで陸軍が全滅の危機に瀕しており、同盟国のフランスも窮地に追い込まれている。そして、頼みのアメリカは、積極的に動こうとはしてくれない。
「良い政治家」とは何なのだろう?と僕は思うのです。
劣勢のなか、とりあえず、国の主権を守り、兵士の犠牲を減らすためにヒトラーと講和しよう、というハリファックスやチェンバレンの主張は、後世の歴史やナチスのホロコーストを知っている僕には「甘いこと言ってるなあ」と感じられます。
でも、当時の人たちにとっては、「まず、このピンチをナチスにひとまず膝を屈しても乗り越えよう、時間を稼ごう」というのは、とても現実的な選択だったのではなかろうか。
イギリスの市民には、ドイツ軍が本土に侵攻してくるかもしれない、という危機的な状況に、「徹底抗戦」を叫ぶ人が多かったようですが、そういう「現実を知らないで、勇ましいことばかり言う庶民たちに、政治的に正しい判断をして、平和をもたらすのが真の政治家」だという主張には、それなりの理もあるのです。
チャーチルは「徹底抗戦」を主張し、やりぬいたことで、「英雄」となり、講和主義者たちは「売国奴」になった。
日本では「徹底抗戦」を貫こうとして、勝ち目がなくなってから、大幅に犠牲者を増やすことになってしまった。
もちろん、両国の潜在的な国力・経済力の差が大きかったのは事実です。戦略の巧拙もあった。
イギリスは攻められて否応なく戦ったのに対して、日本は自ら戦線を拡大してしまった面もある。
チャーチルは言ったのです、「臆病にとりつかれて戦わずに膝を屈する国よりも、たとえ敗れても誇りをもって最後まで戦い抜いた国のほうが、後の時代には栄誉をつかむのだ」と。
これは、結果的に勝利も繁栄もつかんだアメリカとかイギリスの人には、素直に受け止められるし、血がたぎる言葉なのではなかろうか。
でも、あの戦争で大きな犠牲を払って負け、その後、奇跡的といわれる復興と発展を成し遂げた日本に生きる僕は、複雑な気持ちになるのです。
「あの戦争」で、戦い抜いたことが、日本の礎になったのだろうか。
あの戦争の後半の日本は、ただ、偉い人たちが負けを認めるのを引き延ばしていただけなのではないか。
あの戦争は、正しかったのか? やらざるをえなかったのか?
歴史は勝者がつくるものです。
チャーチルという「嫌われ者だけれど、やりぬく勇気を持った政治家」がいたからこそ、連合国が勝ち、ヒトラーの野望をくじくことができたのか。
その逆で、結果的に連合国が勝ったからこそ、チャーチルは「偉人」となったのか。
もし、イギリスが負けていたら、みんな、チェンバレンやハリファックスの言う通りにしておけばよかった、彼らは国民の高揚感に流されない、立派な政治家だったのに、と言ったのではないか。
チャーチルは、ものごとを広い視野でみることができる人物であったのと同時に、ものすごく偏屈で、もっとも大衆を「煽る」ことが上手いポピュリストでもあったのではないか、それが両立していたことが、この人の凄さだったのではないか、とも思うのです。
そして、あの時代だったからこそ、必要とされた人だった。
イギリス国王が、チャーチルに対して、「あなたは人を怖がらせる」と言う場面があるんですよ。
「あなたは気分屋で、次に何を言うかわからない。それが怖い」と。
チャーチルは「自分はそのときの気持ちを隠すことができない、それだけです」と答えています。
そして、そういうチャーチルは、無茶苦茶なんだけれども、すごく魅力的なんですよね。
「どんどん言うことが変わって、自分に正直で、次に何をするか予測がつかない」
……チャーチルって、「メンヘラ」じゃないのか……アルコール依存っぽいし……
その場面をみながら、僕は「ああ、人がメンヘラに魅力を感じてしまうのは、こういうことなのか……」と考えていたのです。
佐藤優さんが、信仰しているキリスト教について、「神は理不尽だからこそ神なのだ」と仰っていたことも思い出しました。
ウィンストン・チャーチルの場合は、「計算の上でのメンヘラ的言動」だったのかもしれませんけどね。
方針の転換をとがめられた際に、「自分の気も変えられないやつが国を変えられるか」なんて言っていますし。
ゲイリー・オールドマンさんの演技は圧巻です。
僕は本物のチャーチルを知らないにもかかわらず、チャーチルってこんな人なんだな、と、わかったような気分になりました(それはそれで良くないことかもしれないけれど)。
DVD派の方も、字幕でみて、演説の口調や声を、ぜひ聴いてみていただきたいと思います。
ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男 (角川文庫)
- 作者: アンソニー・マクカーテン,染田屋茂,井上大剛
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