【読書感想】がん消滅の罠 完全寛解の謎 ☆☆☆ - 琥珀色の戯言

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【読書感想】がん消滅の罠 完全寛解の謎 ☆☆☆

内容(「BOOK」データベースより)
治るはずのないがんは、なぜ消滅したのか―余命半年の宣告を受けたがん患者が、生命保険の生前給付金を受け取ると、その直後、病巣がきれいに消え去ってしまう―。連続して起きるがん消失事件は奇跡か、陰謀か。医師・夏目とがん研究者・羽島が謎に挑む!医療本格ミステリー!2017年第15回『このミステリーがすごい!』大賞・大賞受賞作。


 2017年・第15回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作。
 『このミス』大賞で医学ものといえば、海堂尊先生の『チーム・バチスタの栄光』が、まず頭に浮かんできます。
 その他にも、料理とか音楽とか心理学とか、最近のミステリの受賞作って、「専門家もの」がけっこう多いですよね。
 DNA鑑定とか、監視カメラとか、車のナンバーをモニターできるNシステムとか、完全犯罪が成立しにくい時代ですし、携帯電話が普及してから、完全な密室というのは「大雪が降ったスキー場の山小屋」くらいしかなくなってしまいました。


 この『がん消滅の罠』なのですが、「進行がんがいきなり消えてしまった患者さん」と、その治療をしている病院の謎を臨床医や研究に従事している医者たちが探っていく、という内容なのですが、読んでいると、ミステリというよりは、最近のがん治療の動向の説明を聞いているような気がしてきます。
 その病気と縁がなければ(もちろん、ないほうが良いんですけど)、なかなか知る機会もないと思うのですが、抗がん剤の治療というのは日進月歩で、その治療効果や副作用というのは、10年前に持たれていたイメージとは全く違ってきていますし、進行がんの患者さんも、薬がうまく効いてくれれば、長く生きられることを期待できるようになりました。


 僕は冒頭の「癌が消えた人」の話から、けっこう「なるほどなあ」と思ってしまったんですよね。
 至極単純で、ある意味、バカバカしささえ感じるトリックなのですが、病院というのは、「診察する人もされる人も善意に基づいている」というのが前提で動いているのです。
 保険証も、多くの自治体では、写真もついていませんから、赤の他人が使ってもわからないのです。


 このミステリのトリックなのですが、正直、現実の少し先を行っているというか、こういうこともできる可能性はあるけれど、少なくとも現状では技術的に難しいと思います。
 でも、「だからこんなトリックは荒唐無稽」だと言うつもりもなくて、「近未来SFの範疇」ということで、良いのではなかろうか。
 もしこれから、人間を誰かの都合で病気にしたり治したり自由にできるような世界がやってきたら、「命」を人質にとる人が、出てくる可能性はありますよね。
 今でも、「医療と経済」というのは、かなり問題になっていますし。
 命はお金では買えない。
 でも、もし買えるようになったら、その適正な価格というのは、誰が決めるのか?


 この本のなかの、こんな話も、読んでいて考えさせられました。

「患者さんの知る権利、選択する権利を尊重するという今の医療の基本的な方向性は間違っていないと思う」羽鳥は一呼吸置いてから続けた。「でも僕たちはその方向性を無批判に受け入れすぎなんじゃないだろうか。昔はその辺に溢れていた「大丈夫。きっとよくなりますよ」という言葉は医師の間では今や絶滅危惧種だよね。これは正確な情報を患者に伝えるという社会的コンセンサスの下では必然的に起こってくる問題で、別に医師が悪いわけじゃない。でも患者さんはそのせいで不安になる。昔は医師の『きっと大丈夫』の一言で多くの不安が消し去られていた。気休めかもしれないけど、とても重要なことだよ。何しろ気休めがなければ気が休まらないからね。なにかその代わりになるものが必要だとは思わない?」


 ちょっと研究や科学に対する予備知識を要求されるところはありますが、なかなか興味深い本ではありました。

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