【読書感想】ひらめき教室 「弱者」のための仕事論 ☆☆☆☆ - 琥珀色の戯言

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【読書感想】ひらめき教室 「弱者」のための仕事論 ☆☆☆☆


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
コミックスの売上が累計二千万部を超える『暗殺教室』の漫画家、松井優征。デザインオフィスnendoを率い、プロダクトから建築まで、デザイナーとして世界的に高い評価を集める佐藤オオキ。「ものづくりに関して考えることが、ほとんど共通している」という二人のクリエイターの対話から明らかになる、創作活動でのひらめきの法則と、仕事や人生における問題解決のスキルとは?「才能」ではなく、自分の「弱さ」を自覚することから始まる、あらゆる職業に通じる驚きの仕事論。


 『暗殺教室』の松井優征さんと、nendoの佐藤オオキさん。
 今をときめく「クリエイター」のふたりの共通点は「ネガティブ思考」なことだった!
 そうか、じゃあ僕でも松井さんや佐藤さんみたいになれるかもしれない……というわけでもなく、正直「ネガティブなのは同じでも、ネガティブな天才とネガティブな凡人を比較しても、しょうがないよな……」という感じではありました。
 でも、ネガティブな人には、それなりの考え方、生きやすい方法、みたいなものはあって、この対談本は、それを探るヒントにはなりそうな気がします。
 というか、このふたりの共通点って、ネガティブというか、日頃のルーティンワークを大切にしているところ、なのではないかと。

佐藤オオキ:普段の生活では、毎日同じことを繰り返します。毎日同じ喫茶店に同じコーヒーを一日何回か飲みに行って、毎日同じ道に犬を散歩に連れていき、毎日同じ蕎麦屋さんに通って同じメニューを頼んでいます。


松井優征それはどういう狙いが?


佐藤:淡々と同じことを繰り返すことで、たぶん脳がリラックスするんですよ。服も同じ白いシャツを20枚、同じ黒いパンツを20枚持っています。選ぶとき、考えなくていいから。普段の仕事が変化ばっかりなので、私生活では変化を嫌いますね。客観的に見て、相当つまんない人間だなと思います(笑)。


 松井さんのほうは、どういう日常生活かというと、こんな感じだそうです。

佐藤:連載が終わってしまったときも不安にならないんですか?


松井:全然不安にならないですね。むしろ廃人生活に憧れがあって、連載していない時期はただ食事をして、ただ排泄する、ぬいぐるみのような存在になりたい(笑)。今でもヒマなときは、ヤフーのトップページに行って、ページが更新されるまで、更新ボタンをクリックし続けますから。いや、仕事中もしてますね。昨日も一日だけで20回ぐらいクリックしたんじゃないかな。


 クリエイターって、もっとアクティブに世界中を旅行したり、取材したり、多くの人と会ったり、というイメージがあったのですが、この二人の場合、「仕事に使うために、日常の創造力はすべて温存している」かのようです。
 これを読んでいると、毎日走り続けている村上春樹さんとか、毎朝カレーを食べるイチローさんのことを思い出さずにはいられません。
 そういえば、藤子不二雄A先生が、藤子・F・不二雄先生を評して「多くの漫画家は実体験をふくらませて描くのだけれど、彼は自分が見たことがないものでも想像で描くことができた。ああいうのが『天才』なんだな、と思う」と仰っていました。
 日常生活においては、たくさんの遊び仲間に囲まれてアウトドアに興じていたA先生と、仕事場と家の往復でルーティンワークを続けるのが常だったF先生というのが知られています。
 すぐれたクリエイターは、必ずしも日常生活もクリエイティブとは限らないのです。
 だからといって、日常生活が平凡な人は必ずクリエイターとしての才能を持っている、というわけでもないのが残念なところではありますが。


 これを読んでいると、松井さんの「あまりにキチンとしていて、計画性をもって仕事をすすめているところ」に驚かされます。
 漫画家のなかには、「先のストーリー展開は、あまり考えずに描いていく」という人も少なくないようですが、松井さんは『暗殺教室』のクライマックスだったこの対談の時点で、「最終回までどういうふうに進めていくか、もうすべて決めている」と仰っています。

松井:たとえば『暗殺教室』で、暴力教師が現れて、生徒を一方的に殴る蹴るという話がありました。その時、連載開始以来一番というぐらい(人気アンケートの)評が下がったんです。そこで評が落ちないよう、暴力教師に生徒が軽く仕返しして、読者の溜飲を下げる手もあるんですよね。でもそれをやると、ピークを持っていきたいとき、最大ジャンプ点が低くなります。


佐藤:そうなんですね。ストレスをマックスに溜めないといけない。一回しゃがまないと高く跳べないんですね。


松井:暴力教師が暴れる回が何のためにあるかといえば、その後、主人公が勝つコマで一番すっきりさせるため。だから前フリになるところは、たとえアンケート票が落ちても、中途半端にしてはいけないんです。覚悟をした上で抑えた方が、後で必ず跳ねるわけですから。


佐藤:何週か先を見越した上で、このあたりにピークがきて、ここは抑えどころで……とイメージして、数週間のプランを立てるんですか?


松井:それは完全にイメージできています。正確に言えば、もう最初から、線の太さ、細さ、大体のメリハリはわかっているわけですね。それに合わせて、計画的に上げていく。
 ただこの方法の弱点は、最初から天井が決まっていて、それ以上には爆発しないこと。逆に、やりたいことがあって感覚で取り組んでいる漫画家さんは、次の週がどうなるか、自分でもわからずに描いていたりするんですね。そうすると、どんどん加速度的に盛りあがっていって、結果的にとんでもない高さに到達することがある。それは羨ましいです。


 ここまで作者に「計算されている」のか……と読者側としては、ちょっと気味が悪い感じもするのですが、こういうタイプの漫画家もいる、ということなんでしょうね。
 というか、今の時代、このくらいの自己プロデュース力や計画性がないと、長期連載を維持していくのは、難しいのかもしれません。


 また、「運やチャンスについて」という項で、松井さんは、自分の性格と仕事に関して、こう仰っています。

松井:そうやって日常的には運が悪いと思って暮らしているんですけど、仕事人としてはまあまあ運がいいのかなと思いますね。というのも、才能も授かった時点で運じゃないですか。


佐藤:大丈夫ですか。多くの人を敵に回すような発言が飛びだしてませんか(笑)。


松井:「俺は才能に満ちあふれている」という話ではなくて、自分の内向的な性格や判断の遅い性格を、中学生ぐらいのころは非常にダメなものだと悲観していたんですよ。でも判断の遅さは、漫画家としては熟考できる能力につながっているし、ネガティブな思考は、自分に慢心せず油断しない姿勢にもつながっている。使いどころが変われば、役に立たなかった能力も一気に才能に変わる気がしまして、それを含めて運があるんじゃないかなと思うんですよね。


 自分の短所だと思っていたところも、うまく利用すれことができれば、長所になりうるのです。
「公務員になりたかった」という松井さんは、対極の仕事のようにみえる漫画の世界で自分の特性を活かして、成功することができきました。
 絵はうまくても、計画性がなかったり、連載を安定して続けることができない人よりも、結果的には「漫画家として食べていく才能があった」のです。


 「弱点だと思っていたところが、長所になる」ことは、けっして少なくありません。
 逆もまた、よくみられることではありますが。

 「自分には才能がない」と諦めかけている若い人は、一度読んでみてください。
 「自分には才能がない」と思えることこそが、もしかしたら、あなたの「才能」なのかもしれません。

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