【読書感想】真実の10メートル手前 ☆☆☆☆ - 琥珀色の戯言

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【読書感想】真実の10メートル手前 ☆☆☆☆


真実の10メートル手前

真実の10メートル手前


Kindle版もあります。

内容(「BOOK」データベースより)
高校生の心中事件。二人が死んだ場所の名をとって、それは恋累心中と呼ばれた。週刊深層編集部の都留は、フリージャーナリストの太刀洗と合流して取材を開始するが、徐々に事件の有り様に違和感を覚え始める…。太刀洗はなにを考えているのか?滑稽な悲劇、あるいはグロテスクな妄執―己の身に痛みを引き受けながら、それらを直視するジャーナリスト、太刀洗万智の活動記録。日本推理作家協会賞受賞後第一作「名を刻む死」、本書のために書き下ろされた「綱渡りの成功例」など。優れた技倆を示す粒揃いの六編。


このミステリーがすごい!』国内編の1位になった、長篇『王とサーカス』に続く、「大刀洗万智シリーズ」の短編集。
 ひとつ間違えれば「イヤミス」というか、間違えなくてもそんな感じの、後味が悪い作品が揃っています。
『王とサーカス』もそんな作品だったのですが、米澤穂信さんという人は、もう、この時代に「謎解きのための作品」を書くことに限界を感じていて、「人間の心の思い込みとか偏見が、現代に残った最後の『ミステリ』なのだ」と考えているのではなかろうか。
 最近の『このミス』をみていても、人が殺されて、その謎を解決する、というようなミステリは、書くことが難しくなってきていて、ちょっと前の時代の話にしたり、かなり特殊な状況を設定したり、警察組織のドラマにしたりしないと、「人が死ぬ本格ミステリ」は書きづらくなっているようにみえるんですよ。
 DNA鑑定とか、街中の監視カメラとか、nシステム(自動車ナンバー自動読取装置)の時代には、迷宮入り殺人というのは、かなり難しいのもわかります。
 それはまさに、「人が死なない、日常の謎」を描きつづけてきた、米澤穂信さんの時代になった、ということでもあるのでしょうけど。

「自分の問いで誰かが苦しまないか、最善を尽くして考えたつもりでも、最後はやっぱり運としか言えない。わたしはいつも綱渡りをしている。……特別なことなんて何もない。単に、今回は幸運な成功例というだけよ。いつか落ちるでしょう」
 記者として質問することが綱渡りであるのなら、彼女はこれまで一度も落ちたことがないのだろうか。
 おそらく、そうではないのだろう。大学を卒業してから十年も記者を続けてきて、全てが上手くいくはずがない。彼女はこれまで幾人もかなしませ、幾人も憤らせてきたのだろうし、これからも何度も何度も悲鳴と罵声を聞くことになるのだろう。

 この作品集の探偵役の大刀洗万智は、「真実」に近づくことに囚われている人、でもあります。
 そして、そのあまりにもストイックな姿勢は、読んでいるこちらも、少し息苦しくなってくるほどです。
 これを読んだ人の多くは、こう思うのではないでしょうか。
「今の日本のマスメディアは、万智を見習え」
 僕もそう感じていました。
 でも、よく考えてみると、医療という仕事に対する世間の反応というのは、この「マスコミの人への世間の見方」に近いものがあるんですよね。
 『Dr.コトー』みたいな善意のかたまりみたいな医者はほとんどいないけれど、巷間で語られるような「金の亡者」「薬漬けにして稼ぐ」みたいな医者も、ほとんどいない。
 多くの医者は、それなりの善意と、稼ぐための職業としての医療のバランスをとりながら、暮らしているのです。
 以前、ある雑誌で、若い女性アナウンサーが、新人時代を振り返って、「仕事をはじめたとき、殺人事件の被害者の家を訪問するのが、本当につらくて、何度も仕事をやめようと思った」と言っていました。
 こういう作品を読むと、つい、「大刀洗万智を見習え!」と感じてしまうけれど、実際は、「マスゴミ」なんて叩かれている人だって、自分の「良心」と、「多くの人に伝えるという仕事」の狭間で、悩んでいるはずで、「大刀洗万智的なもの」を、多くの人が抱えているのではなかろうか。

 僕は、そういう「伝える側の苦しみ」への共感、みたいなものが、米澤さんの最近の書く動機になっているんじゃないか、と思うのです。
 考えてみれば、ずっと、「わかりやすい正義やハッピーエンドの人」ではなかったのだし。
 

 「古典部シリーズ」を読むたびに、少し悲しくなるのです。
 折木奉太郎は、千反田えると将来的には離れていくであろうことが、ずっと暗示されつづけているから。


 米澤穂信という人は、人生がそんなにハッピー・エンドにならないことを知っている。
 そして、ハッピー・エンドにならない理由は、大きな事件などではなく、世間のしがらみや、人の心の変化や偏見であることも。
 
 

氷菓 (角川文庫)

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氷菓<「古典部」シリーズ> (角川文庫)

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