- 作者: イアン・グレイハム,松田和也
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2014/08/22
- メディア: 単行本
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内容紹介
現実はなりすましで溢れている!
妻にさえ正体を知られていなかった、ニセモノの大富豪。
見破られないように独学で勉強しつづけ、いつしか信頼を得てしまったニセ医者。
足が速すぎて、どんな職業を詐称しても、いつも走る姿でバレてしまう長距離ランナー。
巨額のカネを稼ぐため、なりたい職業に就くため、生活に刺激を得るため、戦争に行くため、差別を逃れるため・・・・・・
職業・性別・年齢・人種・血統・学歴を詐称し人びとを欺く、それぞれの理由。
多種多様な「なりすまし」たちの、笑いも感動もひっくるめた実話集。
歴史上の「他人になりすました人」たちのさまざまなエピソードを集めた本。
これを読むと、世の中には、こんなにたくさんの「なりすました人」がいるのかと、驚かずにはいられません。
けっこうボリュームがあるので、読むのも一苦労ではあります。
「なりすます」という理由にも、実にいろいろなものがあるんですよね。
王位とか財産を狙って、行方不明の王族や大富豪の忘れ形見になりすまそうとする人もいれば、昔は「女性にはなれない職業」であった、前線で戦う軍人になるために男装を続けた女性もいたのです。
僕などは、なぜ好きこのんで、行かなくても良い戦場に行こうとするのか?と疑問になるのですが、世の中には、「男社会のようなところのほうが、生きやすいと感じる女性」もいるのです。
逆もまた然り、なのでしょうね。
今の世の中では、「どちらかの性別でないと、絶対になれない職業」というのは、あまり多くないような気がします。
水着モデルとか、男性しかプロ化されていないスポーツ、なんていうくらいではないでしょうか。
実際は、それは「名目」にしかすぎなくて、「女性、とくに若い女性が就くことが暗黙の了解となっている仕事」というのも、少なからずあるわけですけれども。
著者は、冒頭でこう述べています。
この歴史には、他人になりすました人間の事例が溢れ返っている。ほとんどの場合、彼らの多くの、そしてさまざまな動機は、僅か四つ、四つの「E」に要約できる。
羨望(Envy)、エゴ(Ego)、逃亡(Escape)、そしてスパイ行為(Espionage)である。
この本のなかには、「大学も出ていないのに、独学で知識を身につけ、高名な大学教授になりすまして、学生に講義をし、周囲からも認められていたひと」の話や、医者やパイロットになりすまして、実際にその仕事をこなしていた人なども出てきます。
正直、これを読んでいると「そんなまわりくどいことをしなくても、独学でここまでのことをやれるのなら、普通に勉強して学校へ行き、資格をとったほうが手っ取り早いんじゃないのかな……」とも思うのです。
でも、彼らはそんな「順路」を選ばない。
そして、いちど「なりすまし」がうまくいった人というのは、よせばいいのに、バレるまで同じ手口を続けて、結局、捕まってしまうことが多いようです。
ただし、訳者も仰っているのですが、こういう「なりすましの人」って、「完全犯罪」を成し遂げてしまうと、「なりすまし」だったこと自体が知られないわけです。
ということは、ここに紹介されている事例の何倍、何十倍も「なりすまし遂げた人」がいるのかもしれません。
あるいは、「そんなにうまくいくものじゃない」のか。
「ずっと性別を偽って生きていく」とか「ロマノフ王朝の生き残りとして名乗りを上げる」なんていうのは、それなりの覚悟と度胸が必要なものだと思われますが、こんな話を読んで、僕はちょっと驚きつつ、苦笑せざるをえませんでした。
エリート部隊や特殊部隊は、特に詐称者の垂涎の的である。2002年、合衆国海軍シールズ(訳注:上陸作戦時に偵察、海中障害物の除去などを行う特殊部隊)の一員を自称する千人以上の男たちが調査を受けた。その中で、本当のことを言っていたのは僅か三人だけだった! つまり、本物の海軍シールズ一人に対して、詐称者は三百人以上いたということになる。ブライアン・レナード・クリークマーとジョン・スミスもそうした詐称者だ。クリークマーは退役した元海軍シールズで、二十年以上も軍務に就いており、その間二つのシールズ・チームに所属していたと主張していたが、彼がこの話で気を惹こうとしていた女性が疑念を抱いた。そして彼女から連絡を受けた本物の元シールズ隊員によって、クリークマーが偽物であることが暴かれてしまった。スミスもまたシールズで、ヴェトナムでヘリコプターを撃墜されて捕虜にされたと主張していた。海軍の記録を調べると、彼は確かに海軍には所属していたが、シールズではなかった。
堺雅人さん主演の『クヒオ大佐』という映画のことを思いだしながら、これを読んでいたのですが、それにしても、こんなに「シールズ」の偽物が多いなんて!
人生を賭けた大芝居レベルじゃなくて、「自分を特別な人間に見せるために、ちょっとした経歴詐称というか、話を大きくしてしまう」というのは、ありふれたことであり、とくに、異性のこういう話に関しては、疑ってかかったほうが良さそうです。
でもまあ、こういうのって、相手の女性のほうが「シールズって、何? ブルック・シールズ?」とかいう反応を示しがちでもあるのですけど。
人というのは、「私は○○です」という自称に対して、あっさり信じてしまいがちみたいなんですよ。
「あなたは偽物でしょ?」と、疑いをかけるのは、勇気が要るのです。
スタンリー・キューブリック監督を自称する「偽物」は、キューブリック監督がほとんど公の場に顔を出さなかったこともあり、さまざまな場所で「あのキューブリック監督」として、VIP待遇を受けていたそうです。
また、ある俳優が行った「実験」についても紹介しています。
2001年5月、サンフランシスコのカリフォルニア医学協会(CMA)が主催する会議に出た医者や弁護士たちは、アルビン・アヴゲール博士のランチタイム・トークでもてなされた。遺伝学者アヴゲールは、医者や弁護士やその他の高等教育を受けた専門家は、その患者やクライアントに対して冷淡になるように遺伝的に決まっている、と説明した。言い換えれば、彼らは無礼にならざるを得ない――そういうふうに遺伝学的に刻み込まれているというのだ。アヴゲール曰く、これらの専門家たちは染色体に欠損を持つことが多く、他の人が彼らに言っていることを処理する能力が鈍っている。その結果、彼らに話しかけようとする人を巡り、話の主題をそらせ、質問に対しては回避的で曖昧な答えをすることになりやすい。彼はさまざまな研究や統計を引用し、OHPのスライドで参加者を感嘆させ、この説の遺伝学的根拠について語った。聴衆である内科医、眼科医、麻酔医を初めとする有力な「〜医」たちはすっかり魅了された。中にはノートを取っている人もいた。
だが、アルビン・アヴグール博士は遺伝学者ではなかった。実際には彼は全く実在しない人物だったのである。本物の彼は俳優で劇作家のチャーリー・ヴァロンだったのだ。ヴァロンはサンホセ州立大学で遺伝学を教えている教授ジョナサン・カープフの協力を仰いで、如何にもそれらしく見えるがその実は全くの嘘である科学理論をでっち上げてもらった。それから彼は典型的な会議の演説者の役を演じた――ぎこちないジョーク、愛嬌のある逸話、取り澄ました人格、全て。彼は自分が話している類の人間になっていた。聴衆は釣り針から餌まで全てを呑み込んだ。そして遂に担がれていたことに気づいた時、心から感心した。会合の主催者の一人は言う。「やるべきことをやり、言うべきことを言う。そして正しい統計を投入すれば、誰にだって何だって売れるということですよ」――詐称者なら、何世紀も前から知っていたことだ。
これなどは、たしかにそのとおり、だとしか言いようがないのです。
人は「肩書き」に騙される。
その一方で、「肩書き」がアテにならない世界で、話の内容だけから真贋を判断する、というのは、よほどそこで述べられていることに精通していないと、難しいのです。
ただし、著者は2015年に「有名人へのなりすまし」を行うことの難しさについて、こう述べています。
「いまは、スマートフォンで検索すれば、すぐにその人物の顔写真を確認することができる」と。
「他人の人生に興味がある人」にとっては、なかなか興味深い一冊だと思います。
これほどまでの努力をして、他人になりすまそうとするのなら、自分の人生を変えるほうがラクなんじゃないかと思うのだけれど、そうはしない(できない)のもまた、人間なんだよなあ、と。
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