明石家さんまの眠らない哲学 - てれびのスキマ(2008/7/27)
↑のエントリでは、「ほぼ日刊イトイ新聞」に連載されていた「さんまシステム」の内容の一部が紹介されています。
僕もこの「さんまシステム」、楽しみに読んでいたのですが、原文はもう読めなくなっているみたいで残念。
週末の『FNS 27時間テレビ』では、「ひょうきん族世代」の意地を見たような気がして、僕は笑うというより応援してしまった感じなのですが、明石家さんまさんの「眠らない伝説」では、以前、ラサール石井さんが著書でこんなことを書かれていました。
笑いの現場―ひょうきん族前夜からM‐1まで (角川SSC新書)
- 作者: ラサール石井
- 出版社/メーカー: 角川SSコミュニケーションズ
- 発売日: 2008/02/08
- メディア: 新書
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さんまさんは楽屋の空気を大事にしている。できるだけ楽屋と本番の境界線をなくそうとしている。よく芸人は舞台を降りたら気難しいという噂がある。確かにそういう人もいる。しかしそうでない人でも本番と楽屋とでは多少のテンションの差があるのが普通だ。ところがさんまさんにはそれがない。とにかく自分以外の他人がいるところでは、ほとんどずっと同じハイテンションでいるのである。
だから楽屋のトークがそのまま本番に反映する時もある。視聴者の中には、「さんまはいつも人の噂話しかしないじゃないか。他人のネタで稼ぐな」という人がいるが、では見も知らないマネージャーの話などで、あれほど観客をウケさせられる人がいるだろうか。その脚色力や表現力こそ、さんまさんの持つ芸でなくて何であろう。
彼が楽屋でも本番でも常に変わらない、常に明石家さんまのイメージそのものである事実を示すいい例がある。
彼は他人がいるところでは寝顔を見せない。忙しい芸人はただでさえ睡眠不足である。楽屋で一瞬仮眠するということはよくある。しかしさんまさんはけっしてそれをしない。いつも何人かのスタッフに囲まれ、必ず笑いの中心にいる。
移動中のロケバスの中でもそうだ。たとえ全員が寝てしまっても、鼻歌を唄いながら無理やり起きている。一度打ち上げを兼ねて泊りがけでゴルフに行った時も、次の日が早いにもかかわらず寝ようとしない。「さあそろそろ寝るかあ」と立ち上がりかけて「うっそでしたあ」とすかしてまたそれで笑いをとる。
なぜ寝ないのかと聞くと、「俺が寝てるとこって、キャラクターにないやろ」という答えだった。つまり彼はいついかなる時でも、四六時中明石家さんまであり続けているのだ。
さんまさんは、もともと「睡眠時間が短くても大丈夫な体質」なのでしょうけど、このエピソードを読むと、それに加えて、「カメラが回っていないところでも、明石家さんまであり続けること」を自分に課しているように思われます。どこまでが「素」で、どこからが「努力しているところ」なのかは、自分でもわからなくなっているのかもしれません。
昨日はさすがに生放送が終わったあと、ぐっすり眠られたのではないかと思うのですが……
でも、打ち上げで「うっそでしたあ」とかやっていたような気もするなあ。