劇団☆新感線の最新作いのうえ歌舞伎『バサラオ』は、劇団☆新感線の44周年興行であり、生田斗真生誕39年を記念してのサンキュー公演です。さらに、新感線40周年であった2020年4月、新型コロナウイルスの影響で涙を飲んで生田主演『偽義経冥界歌』の全公演を断念し、「必ず帰ってこよう!」と誓った博多座へのCOME BACK公演でもあります。
『バサラオ』は、「ヒノモト」と呼ばれる国で幕府と帝が相争う時代を舞台に、自分自身の美しさを武器に天下取りを目指す男、そんな男の参謀としてバディとなる元・幕府の密偵の男、そしていきすぎた自分の信念のために裏切り裏切られる人々の物語。コロナ禍以降、意識的に明るい作品を上演してきた新感線が、久しぶりに楽しいばかりではない、今までとはひと味違ったダークなトーンの作品を上演します。とはいえど、そこは新感線。物語はキッチリ展開しつつ、ショーの要素もふんだんに、歌って・踊ってガッツリショーアップしたエンターテインメントをご覧に入れます!
「劇団☆新感線44周年興行」と銘打たれた、「いのうえ歌舞伎『バサラオ』」福岡・博多座での公演は、2024年7月7日(日)~8月2日(金)で、今週末で博多座での千秋楽を迎えます。
僕が観に行ったのは7月11日、まだ幕があいて1週間も経っていない時期でした。
僕は舞台や生の公演を観に行くのは大好きなのですが、劇団☆新幹線にとくに思い入れがあるわけではなく、これまでの人生で、何かタイトルは忘れたけれど、もう1作くらいは観たかな、という程度です。
今回は、「ああ、なんだかよくわからないが、舞台が観たい!」という気分になって、ちょうどこの公演の予約抽選開始のメールが来ていて、キャストも豪華だし、博多座は比較的行きやすいし、行ける日の公演もあるし、ということで応募したら当選したので観てきたのです。
当日は朝から別のけっこう気が重い予定があって、気乗りしなかったら、あるいは、間に合わなかったら舞台はキャンセルかな、というくらいネガティブな状況だったのですが、観終えての感想は、「観てよかった!楽しかった!」に尽きます。
僕が演劇を観はじめたのは、中島らもさんが主宰していた『リリパット・アーミー』がきっかけでした。
舞台はちょっと張り詰めた感じがする空間で、敷居が高い、と思っていたのだけれど、こんなに楽しいものなのか、と思ったんですよね。
その後も、個人的な当たり外れはあったものの、逆に言えば、その「当たり外れを確かめる楽しさ」みたいなものにハマり続けているのかもしれません。
この『バサラオ』の主役「顔の美しさで天下を取ろうとする男・ヒュウガ」を演じているのは生田斗真さん。これだけの売れっ子が、舞台の仕事のために稽古も含めたらかなり長い期間拘束されているというのは、すごいことではあります。
そして、このヒュウガという男が、ものすごくイヤなやつなんですよ本当に。とにかく自分がいちばんで、自分の野心のためなら、他人を捨て石にするのも厭わない。それを罪として背負うのではなく、「こんなに美しい俺のために犠牲になれたやつらは幸せだったろう」と本気で思っている。
「己の美しさ、美学」がすべての「バサラ」という生き方を選んだ男。
そんなヒュウガの「軍師」として、中村倫也さんが元幕府の間諜だった「カイリ」を演じています。
古田新太さんが演じる「ゴノミカド」など、鎌倉幕府滅亡から南北朝時代が始まるくらいまでの日本史を下敷きにして描いているのですが、史実に沿ったというよりは「幕府と朝廷の勢力争いと権謀術数の時代」として、脚本家の想像力で作られた物語(フィクション)です。
ほんと、ひどいやつなんですよヒュウガって、ネタバレ的なところには触れませんが、「卑怯」な振る舞い満載です。
その他の主要登場人物も一癖も二癖もある人ばかりで、人間関係や幕府側と朝廷側の勢力図もくるくると入れ替わります。
キャストの歌や踊り、殺陣の場面など、見せ場もたくさんあるし、衣装も煌びやか。客席の通路を使った演出やスクリーンでの状況説明などもあって、このキャストにこの舞台装置なら、入場料が1万7000円くらいでもしょうがないな、と納得せざるをえません。
同じく博多座の『千と千尋の神隠し』のときは、ものすごく凝った舞台装置に豪華キャストで入場料が高くなるのなら、わざわざ舞台化しなくても、アニメで「宮崎駿監督が描きたいように描いたもの」を観ればいいのでは、とも思ったのですが(舞台1回分のお金で、映画館なら10回くらい観ることができるし)、この『バサラオ』に関しては、キャストの熱量が伝わってくる場面が多くて、「客席との距離が違い舞台らしさ」と「エンターテインメントとしてのサービス精神」が高度に融合していたのです。
パンフレットを読むと、脚本の中島かずきさんが「自分の美学に殉じて世界征服をたくらむ主人公のピカレスクロマン」の魅力を語っておられて、生田斗真さんだからこそ、そういうキャラクターに人間としての説得力をもたらしているのではないかと思います。
ものすごく感じ悪い、そしてたまらなく魅力的なんですよね、ヒュウガって。
僕自身、50年以上生きてきて、なんで自分はこんなに真面目で仕事もしていてあなたを傷つけるようなこともしないのに、絶望的にモテないのか、なぜみんな、僕よりもずっと不誠実でお金にも仕事にも異性にもルーズに見える人を選んでしまうのか?と憤りを感じていた時期があったのです(いや、今もちょっとそう思っているけど)。
でも、そういうものじゃないんだよね。
人が人を好きになったり嫌いになったりするのは、「真面目だから」とか「優しいから」とか「お金を持っているから」じゃない(お金に関しては、歳を重ねればあった方が有利になっていくとは思うけど)。「カッコいい!」「なんだかよくわからないけれど、好き!放っておけない!」「私がいないとダメなところがいい!」
なんじゃそりゃ!!!!!!!!!!!!!
理由なんて、後から付けられるものでしかないんだよね、たぶん。好きなものは好き。なんかもう、フェロモンが出ているとか、そういう世界なんだよな。
ああ、世界って理不尽だ。
いかん、舞台の感想を書いていたのに、個人的な怨嗟を吐き出す文章になってきた。
でも、生田斗真さんのヒュウガには、そんな理不尽に諦めを抱かざるを得ない説得力があったのです。
そして、この舞台で僕が「いいなあ!」と思ったのは、最後まで、脚本家・演出家が「いい話」や「感動」に安易に逃げなかったことでした。
人って、思い入れがある相手がやる「ひどいこと」は、許せる回路があることにも気付かされました(もちろんこれはフィクションだから、でもあるけれど)。
終演後、客席はすごい盛り上がりとスタンディングオベーションで、たぶん予定外の終演のアナウンスの後の1回を含む、合計4回のカーテンコールが終わった後も、しばらく熱気が残っていました。
「すごく良かった!ただ、最後がちょっとねえ……」と連れと話していた中年女性、「はじめて舞台を観たけど、面白かった!1秒も眠くならなかった!」と興奮しながら配偶者らしき人に嬉しそうに語っていた中年男性。
ひどい話だった、でも本当に楽しかった、最高!
ちょっと精神的にキツい中だったけど、観てよかった。
たまにでもこういう舞台を観ると、生きていれば悪いことばかりじゃないな、と思える、そんな極上のエンタメ作品でした。
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