「生娘をシャブ漬け戦略」と、僕にとってのオアシスだった『吉野家』と - いつか電池がきれるまで

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”To write a diary is to die a little.”

「生娘をシャブ漬け戦略」と、僕にとってのオアシスだった『吉野家』と


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xtrend.nikkei.com


吉野家の株持ってます」(本当に少しだけ持っているから呆れているのと同時に呪っている)
……明石家サンタで合格できるのではなかろうか。なんなんだこの人。


もう30年以上前になりますが、僕が通っていた高校に、自民党の大物議員が講演にやってきたときのことを思い出しました。
その大物議員の話はけっこう面白かったのですが、途中で、共産党の生真面目さを揶揄していて、後日、地方新聞の小さな囲み記事に採りあげられていたのを思い出します。もともと「歯に衣着せぬ発言」で知られている人で、たいした問題にはならなかったし、会場では、ほとんどの人が笑っていたのですが(僕は「こんなこと言ってだいじょうぶなのかな?」と心配になっただけでしたけど)。
ああいう場では、「講師や演者が笑わせようとして発したフレーズに対して、内容に疑問を抱きながらも「笑ってあげる」人が一定数はいるのです。

このニュースをはじめてきいたとき、ああ、70代とか80代くらいの名誉なんたらくらいの立場の人が、昭和の感覚で「聴衆にサービス」するつもりで、こんなバカなことを言ってしまったんだな。2022年に「オフレコな場所」なんて存在しないのに、と思ったんですよ。

続報では、僕と同じくらいの年齢(50歳くらい)で、P&Gなどの外資系で長年マーケティングをやってきた人なのだとか。
冒頭のプロフィールのなかに、こんなくだりがあります。

Q:商品・サービス、事業開発で重要だと思うことを3つ挙げてください

① 自分・社員が誇りを持てる良いモノ・サービスであること
② お客様の好き嫌いだけを理解するのでなく、その人が意識的・無意識に行う意思決定を支える価値観の理解
③ 確信と勇気


 自分が誇りを持っているものを、シャブ(覚醒剤)に例えるとか、ありえないだろ……

 いまの「ネット社会」についていけていない上の世代の人なのかと思いきや、僕と同世代であることに驚いたのですが、あらためて考えてみると、僕と同世代で、「ネットがない時代」と「ネット社会」を跨いで生き、仕事をしてきた人だからこそ、これまでの成功を台無しにする、こんな醜態をさらしてしまったのではないか、という気もするのです。

 インターネットって、「インパクトがある表現」や「下世話な言い回し」が「バズる(流行る)」というか、「真面目な人が、真面目に声をあげても、面白くないと誰も耳を傾けてくれない」ということを浮き彫りにしたのです。
 「悪名は無名に勝る」というのも「稼ぐ」という意味では、まぎれもない事実ではあります。
 ただし、この「生娘をシャブ漬けに」という発言は、ネガティブなインパクトが超強力で、まったく面白くもないというか、不快なだけであり、正直、「あまりにも非常識かつ何の利益にもならなさすぎて、なんでこんなことを言ったのか理解できない」としか言いようがありません。それこそ、家族を人質にでも取られて言わされた、というほうが納得できそうなくらいです。


fujipon.hatenadiary.com

 この本の著者の森岡毅さんは、業績不振に陥っていたUSJ再建の立役者で、『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』という著書もあります。
 森岡さんもP&Gに勤務経験があり、そこではかなりつらい経験もされたそうです。

 私は20代の半ばに自分自身をブランド化することを思いついた。最初から不安や緊張を解消する目的で始めたわけではない。社交性に欠ける自分が、周囲から市民権を得やすくするために始めたのだ。

 君もよくわかっているとおり、世間の常識から見ると私はかなりの”変人”である。世間と折り合いをつけるのは子供のときから難しかった。自分が良いと思うことをやればやるほど、世間と衝突し、世界は私に罰を与え続けた。私のポジティブな意図が周囲にはなかなか理解されない、そういう星に生まれついている。私は空気を読むのも得意ではない。珍しく空気が読めていたとしても、その空気に従うことはもっと苦手だ。

 P&Gの14年間で、最後の上司から言われた最大の改善点は、最初の上司から言われたものと全く同じ「人と仲良くすること」であり、それは小学校の担任が通信簿に書いたことと全く同じだった。「人と仲良くすること」は私の人生の目標にはなりえないので仕方がない。私の母親は幼少期の私を「非常識!」と非難したし、小学校から私を知っている君の母親も「もう、昔からずっと社会性がない!」と昨晩も私を非難した。もはやつける薬はない。

 そんな私がP&Gでの忙しい日々、多くの人を巻き込みながら働く中で苦労したのは想像に難くないだろう。相手に好かれるために、あるいは自分の評価を高めるために、誰と話すにも相手に気を遣って向き合って、自分をカスタマイズして見せることはとても難しかった。その弱点が随所に自分のキャリアに災いすることを頭ではわかっていたが、人に合わせることがもともと苦手なので、そういう努力に時間や精神力を割くことは非常に面倒に感じて苦痛だった。どれだけ私が気を遣って努力しようが、どうせ上手くはならない。それがイノシシの習性であり、同時に良さでもあるから難しいのだ。結局は、私は目的のために遠慮なく人と衝突することを選ぶだろう……。


 後半、著者が自らの仕事での「うまくいかなかった体験」について語り始めると、様相は一気に変わります。
 能力は有り余っていて、仕事で成果も出しているのだけれど、周囲とうまくいかない、というなかで、著者は「どう考えてもうまくいかない仕事」の責任者を押し付けられたり、「抜擢」されたはずの海外の本社でイジメのような扱いを受けたりしていくのです。

 最初に就職した会社P&Gに入ってから2年目の夏、私は物理的に電話が取れなくなってしまった。情けないことに、文字通り電話が取れないのだ。電話が鳴るとドキドキして、頭が真っ白の思考停止状態になって、汗が出て、電話を取ろうとした手が止まる。頭では受話器を取ろうとしているのに、手が、なぜかそれ以上は動かない。心療内科の御世話にこそならなかったが、今考えるとあの頃の私は半分病んでいたのかもしれない。


 スーパービジネスマンのようにみえる著者にも、さまざまな挫折があり、分岐点があったのです。
 もし、「自分はいま、苦しくてたまらない」ということを、当時の上司に言葉にして訴えることができなかったら、著者のキャリアは終わっていたかもしれません。
 その上司は、朝から晩までずっと会社で仕事をしていて、休日にもあれこれ仕事の話を電話してくるような人だったそうなのですが、著者の「あなたのやり方には、もうついていけません」という訴えに「君も僕と同じタイプなのだと思っていたよ」と意外な顔をして、その後は、著者への仕事の振り方も変えてくれたそうです。
 相手に「悪気」はなかったのです。

 森岡さんが海外で体験した「厳しい洗礼」の話には、「これに耐えられた著者はすごかったけれど、『賭け』だよなあ……」と考え込んでしまったんですよ。

 森岡さんは、あるブランドの立ち上げでの失敗から、「結果を出せなければ、誰も守ってくれないし、誰も守ることはできない」と悟った、と述べています。

 ならばリーダーとして成さねばならないことは何か? それは、誰に嫌われようが、鬼と呼ばれようが、恨まれようが、何としても集団に結果を出させることである。自分の周囲の仕事のレベルを引き上げて、成功する確率を上げることに、達すべきラインを踏み越えることに、一切の妥協を許さない。そういう厳しい人にならねばならないということだ。

 私は、ナイスな人であろうとすることをやめた。森岡さんってどんな人? と聞かれた部下や周辺の人が、もうどれだけ罵詈雑言を述べたってかまわない。ただ一言、「結果は出す人よ」と言われるようになりたい。人格の素晴らしさで人を惹きつける人徳者である必要もない。ただ「ついて行くと良いことがありそう」と思ってもらえる存在であれば良い。結果さえ出せば、彼らの評価を上げることができるし、彼らの昇進のチャンスも獲得できるし、給与もボーナスも上げることができるのだから。大切な人たちを守ることができるのだ!


 「外資系企業の成果至上主義」がもてはやされがちなのですが、そういう生き方、企業としての在り方が、本当に「正しい」のかどうか?
 そうは言っても、経営側からすれば「稼いでくれる人や部門」を重んじるのは致し方ない面はあるのです。
 汚れ仕事であっても、誰かが稼がないと、潰れてしまうのだから。

 数々のネットニュースを配信する会社や、ネットメディアは「ちゃんと取材をして、社会のマイノリティの声をすくいあげているけれど、PV(ページビュー)を稼げない記事」と、「芸能人のゴシップや釣りタイトルなど、うんざりしつつも、ついクリックしてしまう、PVがラクに稼げて、お金につながる記事」のあいだで、悩み続けています。


 僕はずっと地方都市で生活してきたので、『吉野家』は『キン肉マン』やテレビのCMで知りました。
 いまの若者には信じられないと思うのですが、40年前の吉野家って、「あの値段で『牛肉』が食べられる!」というだけで、「すごい!ほんとうに『牛肉』なのか?」というくらいのインパクトがあったのです。
 なんのかんの言っても、この数十年で、日本の食生活のバリエーションは拡がったり、食卓は豊かになった。
 
 身近なところに『吉野家』ができて、はじめてそこで牛丼を食べたのは、25年くらい前でした。
 研修医時代、仕事でくたびれはてた夜中に、あのオレンジの看板を見ると、なんだかとてもホッとしたものです。
 コンビニでは、味気なさすぎる。ファミレスでは、気を遣いすぎる。だから、吉野家

 吉野家は、狂牛病も、なんとか乗り越えてきた。
 30年前は「ひとりで外食すること」そのものが白眼視されてきた(とくに地方では)けれど、吉野家は、当時から、ひとりでも入りやすい店でした。
 近年は、女性の「おひとりさま」も珍しくなくなっています。
 あんなオッサンの世迷言で、これまで吉野家が積み上げてきた信頼がぶち壊されるのは、本当に悲しい。
 4月19日、12時30分の時点での吉野家の株価をみると、市場はネガティブに反応してはいるものの、現時点ではそれほど壊滅的な下げ幅にはなっていないようです。
 でも、これまで利用したことがない人、あまり思い入れがない人は「それなら『すき家』か『松屋』にする」のではなかろうか。

 
 世の中の「サービス」って、多かれ少なかれ、繰り返し利用してもらうために、「顧客をそのサービスに依存させる」ことが求められる面はあるのです。
 ソーシャルゲームの課金システムやパチンコなどに比べれば、どんなに重く見積もっても、吉野家の牛丼の「依存性」は、はるかに良性かもしれません。どんなに好きでも、月に100杯牛丼を食べる人なんてそんなにいるとは思えないし、それでも5万円もかからない。パチンコなら1日でそのくらい負けるし、ソーシャルゲーム重課金者もそれ以上の金額を使っています。食べ物だから、あまりにも偏食だと身体のバランスを崩す可能性はありますが。

「まず触れてもらい魅力を伝えて、コアなファンになってもらう」というのを、なぜ、そんなバカげた言葉で伝えようとしてしまったのか?
「『ナニワ金融道』脳」なの?
 いや、「バカげた言葉」だからこそ、インパクトがあって、「バズる」「聴衆にウケる」と考えてしまったのか。
 たしかに、僕が大学で講義を受けていた30年くらい前は、講義での「不謹慎なジョーク」は、講師と生徒との「ちょっと後ろめたいような緊密さ」に繋がってもいた記憶があります。
 もしかして、30年前からタイムトラベルしてきた人なのか?

 伊東さんは、なんでこんな発言をしてしまったのだろう、と思うのですが、僕自身、ネット依存中年なので、ネットで使われがちな「強い言葉」「偏りがちな思考」が、実生活で顔を出してきそうになって、「これは危ない……」と我に返ることがあるのです。
「炎上ビジネス」は、不特定多数の、顔が見えない関係であるからこそ成立するのです。自分や相手を心の底から尊重していれば、できない手法でしょう。
 日本を代表する外食企業の役員、しかも、マーケティングの専門家がこんな人なのか……


 それでも、僕は吉野家を応援しています。夜中に患者さんを看取ったあとに食べた牛丼に、今でも恩義を感じているのです。
 まん延防止条例のときも、テイクアウトでかなりお世話になったし。
 謝罪すべきところはきちんと謝罪して、美味しい牛丼を作り続けてほしい。


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