ああ、また長谷川豊さんか……それにしても、BLOGOSはまた、扇情的なタイトルをつけるものだな……と思いながら読んだのですが……
「公式ブログ」もこのタイトルなのかよ……ごめんBLOGOSさん、濡れ衣でした。
暴言とか露悪的な言葉=本音、だと勘違いしてしまいがちなのですが、それにしても、この「ある医者」の個人的な見解を「多くの医者の意見」として拡散してしまう長谷川さんの思い込みの強さには驚かされます。
どこの世界にも、極論、暴論を吐きたがる人というのは存在していて、「みんなも本当はそう思っているんだ」って言いたがる。
「ある報道人」が、「人がたくさん死ぬような大事件が起きてくれないと、視聴率が取れなくて商売上がったりなんですよね」って飲み会でクダをまいているのを「多くのメディア関係者は、こう考えている!」って伝えられたら、悲しくありませんか?
そもそも、このエントリには事実誤認というか、もうちょっと調べてから書けばいいんじゃないか、と思うところが多すぎます。
ブログひとつ書くのに、専門家の意見を確認しろ、とまでは言いませんが、Googleくらい使えますよね、長谷川さん。
このサイトの記述によると、
日本透析医学会の調査によると、最新の透析患者数(2011年12月末現在の数値)は、前年から6,340人増え30万4,592人となり、はじめて30万人を超えた。
一方、昨年1年間の導入患者(新たに透析を導入した患者)数は3万8,893人で前年度より1,381人増加した。導入患者数は2009年、2010年と2年間続けて減少していたが、今年度は増加に転じた。
新たに透析を導入した患者のうち、原疾患(透析導入の原因となった病気)が糖尿病腎症だった割合は44.2%(前年比0.6%増加)で全体の第1位だった。第2位は慢性糸球体腎炎で20.4%(前年比0.6%減少)、第3位は腎硬化症で11.7%(前年と同じ)となっている。
糖尿病腎症は、原疾患については1998年に慢性糸球体腎炎との間で首位の座が入れ替わってた。患者数は年々増加しており、糖尿病腎症が原疾患で透析療法を受けている総数は10万7,985人(36.6%)に上る。腎症は治療の開始時期が遅れると進行しやすいので、早期診断・治療は非常に重要となっている。
とのことです。糖尿病による患者さんは透析患者中の37%くらいで、その割合は年々増加傾向にあるのです。
もちろんこれは予防するに越したことはない。
あと、高血圧・動脈硬化からの腎硬化症なども含めると、生活習慣病由来の透析患者さんはそれなりの数にはなりますが、8〜9割というのはあまりにも高すぎる(「原因不明」というのもけっこう多いのです)。
もう、読むだけで胸糞悪くなってしまうような長谷川さんのエントリなのですが、大事なことも書いてあるんですよ。
「生活習慣病の予防のためには、食生活や運度の改善が必要で、それによって病気になったり、病気を進行させるリスクを減らすことができる」
それは間違いありません。
でも、100%確実に予防できるわけではない。
健康に注意してきた人は星の数ほどいるけれど、不老不死の人間は、有史以来いないのです。
日常、多くの人と接していれば理解していただけると思うのですが、暴飲暴食をしている人が必ずしも糖尿病になるわけでもないし、そんなムチャな生活をしているわけでもないのに、糖尿病を発症してしまう人もいる。
昔は、1型糖尿病という、先天的にインスリン分泌能に問題がある患者さんは「遺伝性」で、それ以外の2型は後天的な生活習慣の問題、と大まかに考えられていましたが、現在では、この2型にも遺伝的な要因がかなりあると認識されています。
ここに書かれているように、病気がそのまま遺伝する、というわけではなくて、「糖尿病になりやすい体質が遺伝する」ので、たしかに、食事制限をキチンと守り、運動をしっかりすれば、大部分の人は「予防」できる可能性が高いのですが、「なりやすさ」に個人差があるのです。
かなり気をつけていても、発症してしまったり、コントロールがうまくいかない人はいる。
「病気は予防するのがいちばん」なのは間違いないけれど、だからといって、「発症したら自己責任だ、お前が悪いんだ」って見捨てるのか、という話です。
予防できるように気をつけるべき、というのと、発症した人を切り捨てる、というのは別の話。
たしかに、糖尿病から人工透析導入になる人のなかには、医者や栄養士の指導を聞き入れてくれない人や暴飲暴食を繰り返し、家族も匙を投げてしまっているような人もいます。
「こちら側」としては、虚しさを感じることもありますよ。
でも、大部分は「僕でも仕事をリタイアしたり、ストレスがたまっていたり、飲み会の誘いを断れなかったりしたら、このくらいの食べ過ぎ、飲み過ぎにはなるかもしれないな」と思うレベルの「不摂生」です。
逆に「こんなに頑張っているのに、うまくコントロールがつかなくて、申し訳ないな」と思うようなケースもあります。
一部の人を槍玉にあげて、「そういう人がいるんだから、糖尿病からの透析患者はみんな自己責任、自己管理できない奴は殺せ!」とか言うのは、あまりにもマッチョすぎないかね。
これ、「一部の不正受給者を槍玉にあげての、生活保護バッシング」と同じじゃないですか。
長谷川さんはアリとキリギリスの話をされていて、おそらく、自らはアリだと認識されているのだろうと思います。
自堕落な僕は、こういう喩えをみるたびに、「こうして、キリギリスをみんな殺していったら、アリだったはずの自分も、いつかキリギリスとして断罪されるときが来るのではないか?」と怖くなるのです。
予防は大事だろうけれど、もし病気になってしまったら、あるいは病気が進行してしまったら、「それでも、できる範囲で、幸福に生きられる社会」というのが、「豊かな社会」ではないでしょうか。
現実問題として、日本の医療や介護が行き詰まっている、というのは実感しています。
人間があまりに長生きしすぎてしまっているのかもしれません。
しかしながら、「人間一般が長生きしすぎだ」と言いながらも、「自分の大切な人には長生きしてほしい」というのが人情なんですよね。
この世界に存在している人のほとんどは、誰かにとっての「大切な人」なわけで。
医療の現場でずっと働いていて感じるのは、法律が変わらなくても、多くの人の意識はこの20年くらいでだいぶ変わってきている、ということなのです。
僕が医者になりたてだった頃(20年前くらい)は、亡くなりそうな患者さんは、癌の末期であっても、いわゆる「延命治療」を全力でやってください、とお願いされることが少なからずありました。
それは、大きな病院に勤務していたからなのかもしれませんが。
最近は「延命治療」については、「望みません。苦痛が少ないように、なるべく自然なかたちでお願いします」と言われることがほとんどです。
自力で食事が摂取できなくなった高齢者の多くに行なわれていた「胃瘻」という処置も、最近はだいぶ減ってきました。
ヨーロッパでは、ずいぶん前から、「自力で食べられなくなったときは、寿命だから」ということで、胃瘻は基本的に行なわれていないそうです。
実際は、胃瘻がなければ自然に枯れていくのみ、というほど家族も医者も割り切れているわけではなくて、結局は経管栄養や点滴に頼ることになり、それはそれで現場としては大変なところもあるのですが。
みんな、悩んだり迷ったりしながらも、「人間の寿命」に対する意識を、少しずつ変えてきているのです。
日本には、透析をしている人が30万人以上います。
僕たちも、日常生活において、彼らと接したり、すれ違っているはずです。
でも、誰が透析しているかなんて、外見でわかりますか?
(血液透析の患者さんならば、腕の血管をみればわかるといえばわかるんですけどね。シャントという透析用の血管がつくられていることが多いので)
透析を受ける以外は、普通に生活をしている人たちに「お前らは不摂生で病気になったのだし、カネがかかるから死ね」って言うのだろうか。
「若者のために使え」って言うけどさ、病気になっても、ちょっと不摂生な生活をしたからという理由で、「自己責任だ!」と切り捨てられるような社会で、若者が安心して子どもを生んだり育てたりできる?
透析患者さんにはワガママにみえる人も多いけれど、「年を重ねると自分を曲げられなくなる」のは人間の全体的な傾向でしかありません。
それに、若い人ならともかく、70代とか80代の人にハードな運動療法は無理ですよ。
もし、彼らにペナルティが与えられなければならないのだとしたら、「週に3回、必ず病院に行き、半日くらい拘束されてベッドに横になって透析を受けなければならない」だけで十分なはず。
だって、死んじゃうんですよ、定期的に病院に行かないと。
そのプレッシャーとめんどくささ、生活における制限だけでも、並大抵のことではありません。
「ディズニーランドでもほとんど並ぶ必要がない」
って、透析している人がそんなにしょっちゅう行くわけないだろ、ディズニーランド!
「自己管理している人は、保険料を払うだけでメリットがない」
って言うけれど、「健康で、身体が自由に動くこと」が最大の「メリット」のはず。
ただし、現在でも生命保険などでは、喫煙習慣の有無によって保険料が変わる、といった「自己管理能力に対するインセンティブ」が設定されているものはあります。
そのレベルでの「格差」はあっても良いのかな、と僕は思いますが。
透析にかかるコストや透析の適応については、見直す、あるいは改善すべきところもあるとは思うのです。
いわゆる「寝たきり」になってしまっても透析をやめられない、という状況もあるのだけれど、「やらないと死んでしまうこと」を止めて良いのかどうか、というのは、「人間として」悩ましい。
いやほんと、大部分の日本人にとって、他人事じゃないから、人工透析は。
要因のひとつに「不摂生」はあるかもしれないけれど、それは「普通の人が、普通にやらかしてしまうくらいの不摂生」でしかないから。
人間の臓器って、どんなに摂生していても、年を取れば機能が低下するものだから。
医療費や健康保険の問題点を指摘したい、という気持ちはあるのだとしても、これでは単なる「弱者叩き」にしかなっていません。
もっと「ちゃんと伝わる」やり方、実例はたくさんあるはずなのに、どうしてこんな「炎上商法」にはしってしまうのか。
『フジテレビ』という大企業の論理に「切り捨てられた」はずの長谷川さんなのに、なぜ、「自分はつねにアリの側である」と信じられるのだろうか。
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こちらは随時更新中の僕の夏休み旅行記です。有料ですが、よろしければ。
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