ごあいさつ | 日本災害復興学会

ごあいさつ

日本災害復興学会会長
京都大学 防災研究所 教授
矢守克也

外なるクロスオーバー/内なるクロスオーバー 

 2021年1月、今、コロナ禍の渦中でこれを書いています。

 そのコロナ禍をめぐって、ここ数ヶ月、米国の知人とrapid -onset-disasterとgradual-onset-disasterの違いについて議論しています。一言で言えば、私たちは、前者に対しては一定の経験や知恵を蓄積したけれど、後者に対する理解や対応スキルは圧倒的に不足しているという議論です。onsetとは「始まり」「端緒」のことです。地震・津波、風水害など、その発端点がピンポイントに特定できる災いは前者であり、コロナ禍を含むパンデミックや地球規模の気候変動など、それがいつ始まったのか、あるいはいつ災いと言える程度にまで深刻になったのか、を明瞭に特定しにくい災いは後者です。

 gradual-onset-disasterは、この今が、「始まり」の「前」なのか「後」なのかが明らかでないという厄介な性質をもちます。たとえば、これを書いている今(2021年1月)がまさにそうです。日本社会に限っても、また全世界に目を向けても、コロナ禍は、今ピークを迎えて静穏化へ向けた軌道に入りつつあるのか、こんなものは、残念なことに災禍の序章に過ぎず、より過酷な状況が数年後に待っているのか、そうした時点感を大変得にくいのです。このことが、感染拡大抑制か社会活動維持かといった種々の難題の底辺にあります。

 なぜ、こんなことを書いているかと言いますと、雑駁な分類は許していただくとして、「防災(減災)」と「復興」の棲み分けや分業が、これまで、「始まり」の特定を前提になされていたからです。つまり、「防災(減災)」は、基本的には、「始まり」が「まだ」訪れていない災いをフォーワードに展望しつつなされる研究・実践で、「復興」は、基本的には、「始まり」が「もう」完了した災いをバックワードに回顧しつつなされる研究・実践だ、こういう理解です。

 ところが、gradual-onset-disasterにはこの役割分担が通用しません。ここ数年、日本社会でも実感できることですが、地球規模の気候変動による(と考えられる)災害は、「まだ」を前提に準備や対策が急がれつつも、「もう」現実化していて、すでに生じた打撃からの回復も大きな課題になっています。コロナ禍も同様で、「もう」多くの犠牲者が出てしまっていて、生活や暮らしの立て直しが急務である一方で、「まだ」やって来ていない(かもしれない)真の脅威に対する備えも必要だと人びとによって認識されています。

 私の誤解であればご容赦いただきたいのですが、これまで、日本災害復興学会は、rapid-onset-disasterを前提として、主として、「始まり」の「後」を守備範囲とし、他方で、関連の諸学会は、同じ前提のもと、主として、「始まり」の「前」を担ってきたように見受けられます。しかし、gradual-onset-disasterと対峙するとき、この境界線は前向きな意味で、横断、つまりクロスオーバーされねばなりません。

 ここで、会員のみなさんから疑問が提起されそうです。たとえば、事前復興という考え方はどうなのか、地震・津波後の原発事故など、複合災害による長期的な影響はどうなのか、「始まり」の不明瞭はともかく、「終わり」が見えない災害についてはこれまですでに取り組んできたが…といった疑問です。疑問はもっともです。「前」と「後」とのクロスオーバーを見据えた研究・実践は、萌芽的にはすでに生じています。ただ、コロナ禍やグローバルな気候災害は、その必要性をだれの目にも明らかな形で白日のもとにさらしたとは言えるでしょう。日本災害復興学会が、外に向けたクロスローバーにより前向きに取り組む必要があると考えるゆえんです。

 さて、以上の意味での外なるクロスオーバーを実現するためには、内なるクロスオーバーが欠かせません。幸い、日本災害復興学会は、小規模な学会でありながら、すでに豊かなダイバーシティをもっていると思っています。会員各位の研究領域も、専門分野も、あるいは、これまでのご経験やご経歴も、実に多種多様です。また、諸課題に取り組むときの基本的な姿勢や構え、そして方法論もさまざまです。これは大変重要な財産だし、外なるクロスオーバーを図っていく上で、豊かなポテンシャルをもっていると心強く感じるところです。

 ただし、留意しなければならないこともあると考えています。ダイバーシティの基本は相互のちがいをリスペクトすることですが、リスペクトは、場合によっては、体のいい棲み分けや閉鎖的な縄張り意識を生ぜしめます。そうではなく、ダイバーシティを切磋琢磨や相互研鑽の土台として前向きに活かすべく、学会内部での内なるクロスオーバーもこれまで以上に推進していきたいものです。そして、そのためには、まず一人ひとりが、自分自身の、さらに内なるクロスオーバーに挑戦する必要があるでしょう。これまでの自分を少しずつ乗り越えていく、その小さな挑戦がすべての基本だと感じます。

 この度、有形無形、多くの財産を学会に残してくださった諸先輩のあとを受けて、図らずも学会長に選任されました。文字通り微力ではありますが、学会内外のクロスオーバーをお手伝いするとともに、その前提となる自分自身のクロスオーバーにもチャレンジしていきたいと存じます。

 会員各位のご支援をどうぞよろしくお願い申し上げます。

 (2021年1月)

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