ヤマト運輸のデータ・ドリブン経営4階層の組織体制で、AIとデータの事業実装を推進 - 経営層インタビュー- DXコラム - 株式会社エクサウィザーズ
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ヤマト運輸のデータ・ドリブン経営
4階層の組織体制で、AIとデータの事業実装を推進

ヤマト運輸株式会社 執行役員(輸配送データ活用推進担当)
国立大学法人筑波大学 システム情報系客員教授
中林 紀彦 氏

宅配業界最大手であり、全国に約3400拠点の営業所を擁するヤマト運輸株式会社(以下、ヤマト運輸)。

ヤマト運輸を傘下に持つヤマトホールディングス株式会社は、2020年1月に経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を策定し、データ・ドリブン経営への転換を明確に打ち出しました。中でも、人工知能(以下、AI)や機械学習(以下、ML)などの技術を活用した「『宅急便』のデジタルトランスフォーメーション」を重要施策の1つと位置付け、営業所における業務量予測の精度向上に向けた取り組みを行い、宅急便事業のさらなる安定的な収益基盤化を推し進めています。

本記事では、その仕掛け人であるヤマト運輸執行役員(輸配送データ活用推進担当)の中林 紀彦氏に、AIやML活用による成果獲得を目指す企業が陥りやすい課題や、全社規模でデジタルトランスフォーメーション(以下、DX)を成功させるためのデータ分析環境や組織体制の構築方法について話を伺いました。

ヤマト運輸

AIやML活用は手段に過ぎない

現在、多くの日本企業がAIやMLの活用推進プロジェクトに取り組んでいます。しかし、その大半が概念実験(以下、PoC)で止まってしまい、事業への導入や実運用まで進んでいない現状があります。なぜそのようなことになっているのでしょうか。

端的に言えば「手段が目的化している」からだと思います。近年、AIやML、ビッグデータなどといったキーワードがトレンド化し多く取り上げられるようになったことで、多くの会社が自社にも導入してみようと考えます。

しかし、AIやML、ビッグデータなどの活用は、会社の戦略を実現するツール(手段)の1つです。これらのツールを効果的に活用するためには、企業が「パーパス(存在意義・理念)」を定義することが重要です。そして、それを実現するためには何をすべきかを明確にしたうえで、必要な組織体制やツール、データなどを整えていく必要があります。「会社の戦略を実現するために、AIなどのツールをどのように活用していくか」を考えることが大切です。

AIやMLのような新技術の導入には、ある程度の期間や投資も必要です。経営層はこの課題をどのように捉えるべきでしょうか。

新技術を導入する規模感や期待する効果によって、その期間や投資額は異なります。たとえば、ヤマトグループでは経営戦略に基づいてデジタル技術を導入しており、実際のオペレーションや業務で活用するフェーズに至るまでは、3年から5年のスパンで考えています。

近年は、データを切り出してアルゴリズムを設計し、その効果の検証を簡単に行うことができるツールもあります。しかし検証した結果を実際のオペレーションやシステムの中に組み込み、浸透させることが重要です。これらを進めていくためには、費用対効果など経営層の理解を得ることが必要だと考えます。

中林 紀彦 氏

ヤマト運輸では、営業所の業務量予測などに、エクサウィザーズとともに構築した「MLOps(Machine Learning Operations)」を導入されています。2020年7月からMLOpsを活用されていらっしゃいますが、その目的やメリット、効果をお教えください。

弊社では、毎月複数の機械学習モデルを運用しています。これらの機械学習モデルの運用の高速化と継続した精度の改善を目的とし、「機械学習チーム(Machine Learning)」と「運用チーム(Operations)」がお互いに協調し合い、機械学習モデルの実装から運用までのサイクルを円滑に進めるための管理体制である「MLOps」を導入しています。

MLOpsの優れている点は、業務量予測が実情と乖離していた場合でも、フィードバックを繰り返し行うことで、開発・実装から運用までのサイクルを高速に改善できる点です。PoCで作成したソースコードをソフトウェア全体に組み入れ、検証しながら実用に耐えられるツールとしてブラッシュアップすることができます。課題解決に向けてデータを分析・活用することなどが主な業務であるデータサイエンティストでもMLOps環境で開発すれば、実運用で活用できる機械学習モデルの設計が可能になります。また弊社では、全国にある営業所ごとに数カ月先の日別の業務量予測を行っており、現在は数百の特徴量と数千のデータ単位を利用していますが、これが実行できるのは、MLOpsの環境があるからです。

中林 紀彦 氏

中林さんからご覧になって、ヤマト運輸がMLOpsの導入に成功したポイントは何だとお考えですか。

導入に成功したポイントは、2つあります。

1つ目は、経営のグランドデザインの一つとして「データに基づいた経営へ転換」を掲げていたことです。具体的な方針の一つとして、今まで社員のシフトや車両計画などの経営資源のコントロールを、担当者の「経験と勘」に頼っている状態から、データ分析に基づいた業務量予測による経営資源の最適配置を進めることを明確に定義していました。

2つ目は組織と人材です。もともとデータ整備や分析を専門に行う組織や職種がありませんでしたが、短期的に外部からデジタル人材を採用し、クラウドやデータの整備、そして迅速にデータ分析ができる組織体制を構築しました。この組織が構築したデータ基盤の上に、機械学習モデルの作成や業務量予測を行い、さらに多くの優秀なデジタル人材に入ってもらうことで、MLOpsを進めていきました。

※ヤマト運輸様のMLOpsの実用化事例の詳細は下記をご覧ください。 

ヤマト運輸、MLOpsで経営リソースの最適配置を実現「お手本がないものを1から作り上げ、機械学習モデルの運用安定と高速化を勝ち取った」
<strong>ヤマト運輸、MLOpsで経営リソースの最適配置を実現「お手本がないものを1から作り上げ、機械学習モデルの運用安定と高速化を勝ち取った」</strong>

業務に馴染み、事業部門スタッフが当たり前にデータ分析できる環境を提供する

組織と人材についてもう少しお聞かせください。AIやMLをはじめとするデジタル技術を活用した全社規模の変革を進める上では、外部人材の採用や内部人材の育成、既存組織との連携が必要になります。このようなプロジェクト全体を推進する人材の採用は、どのように取り組まれていますか。

DXを推進するうえで、人材育成は非常に重要な取り組みです。AIやMLのモデルを作り出すデジタル人材だけでなく、それを活用してビジネスを生み出す事業部門などを含めた全社員のデジタルリテラシー向上が必要になります。

弊社では2021年4月から「Yamato Digital Academy(ヤマトデジタルアカデミー)」という教育プログラムを実施しています。同プログラムでは経営層や事業部門のリーダー層、デジタル人材や営業所を管理する主管支店のスタッフなどの4階層に分け、その階層ごとに教育プログラムを設定し、学んでもらっています。

AIやMLの活用でもっとも大切なことは、「AIやMLが業務の仕組みに馴染み、事業部門が当たり前にデータ分析できる環境を提供すること」です。デジタル人材を専門チームの中にとどめておくのではなく、事業部門のユニットに合わせてチームを作り、事業部門と一緒に活動できるような体制を構築しました。

またデジタル人材と事業部門の間には、データに対する理解度が異なります。まずは事業部門からのリクエストに応えることで、事業部門のデータの理解度が向上し、「こういう施策を考えたいから、このようなデータで仮説検証したい」という会話ができるようになっています。

中林 紀彦 氏

目指すのは「データの民主化」

AIやMLを活用して経営課題を解決するには、「データの質」が非常に重要です。データ基盤の活用やデータの質を高めるための取り組みについて教えてください。

データ基盤の活用やデータ・ドリブン経営を推進する4階層の組織体制を構築しました。まずは1階層部分でデータ基盤の構築を行い、その上層の2階層部分では散在しがちであるデータが正しく使われるようにデータマネジメントの機能を持たせています。さらに、3階層部分では、Center of Excellenceチームが全社横断的なデータ活用の支援や推進を担っています。最上層では、事業部門ごとにデータサイエンティストを配置し、ビジネスの課題解決や新たな価値の創出を推進しています。

前述したとおり、まずはお互いの業務内容を学ぶところから始める必要があります。データの専門組織を作るのみでは、データ・ドリブン経営は進みません。データを活用する事業部門とコミュニケーションを取りながら時間をかけ、データを活用する文化を醸成し、その成熟度を上げていくことが重要です。

社内のデジタル変革を進めるためには、外部パートナーとの連携も不可欠です。ヤマト運輸は外部パートナーを選択するにあたり、どのような基準を設けているのでしょうか。

企業によって擁するデジタル人材の“特色”があると思います。外部パートナーの選択基準は、その“特色”に合致するかどうかが大切であると考えています。また、自社が持っていないケイパビリティを持つ組織との連携も重要です。

AIやML活用の今後の展望を聞かせてください。

私は「データの民主化」を目指しています。データを使って施策を実行し、結果を出せる人材の層を広げていきたいと考えています。そのためには高度なデジタル知識がなくても、データが扱える環境やツールを提供し、事業部門のオペレーションの一環としてデータを活用する土壌を整える必要があります。

DXを成功させるために経営層はどのような心構えを持てばよいでしょうか。

新しい技術を理解する力が必要です。もちろん、コーディングができる必要はありませんが、技術を理解して「この技術は会社にとって、どのような効果をもたらすか」を想定して、経営ツールとして導入していくことです。また、実際に自分自身で試用することも技術を理解をするうえでは重要であると考えています。

もう一つ、経営層で重要なのは「我慢」です。プラス効果が出るまでにタイムラグがある「Jカーブ効果」を見据えて、先行投資する必要があります。その決断をするのは経営層の役目だと考えています。

最後に、データサイエンティストに向けたアドバイスをお願いします。先にご指摘いただいたとおり、エンジニアリングのバックグラウンドがなかったり、実際の業務で役立つAI・MLの設計に苦労していたりするデータサイエンティストは少なくありません。

事業会社で働くデータサイエンティストは、会社の業務内容をきちんと把握したうえでAIやMLを設計する必要があります。しかし、事業会社でデータ活用に貢献することは、その環境でしか味わえない面白さがあると思います。

私がヤマト運輸に魅力を感じて入社した理由の一つに、「フィジカル(物理的)な面で力と可能性を持っている会社」と感じたからです。弊社は、全国に約3400拠点の営業所を擁する物流会社です。そうした環境の中、フィジカルとサイバー空間を組み合わせることで、これまでにないシナジーが生まれると考えています。

こうしたワクワク感は、机上でアルゴリズムを設計しているだけでは体験できません。AIやMLは今後さらに進化していくでしょう。その進化をフィジカルの世界と融合させられれば、さらに新たな可能性が生まれると確信しています。

中林 紀彦 氏

ヤマト運輸株式会社 執行役員(輸配送データ活用推進担当)
国立大学法人筑波大学 システム情報系客員教授
中林 紀彦 氏
2002年、日本アイ・ビー・エム入社。データサイエンティストとして数々の企業のデータ活用を支援。その後、オプトホールディング データサイエンスラボの副所長、SOMPOホールディングス チーフ・データサイエンティストを経て2019年8月、ヤマトホールディングス入社。また、筑波大学の客員教授としてビッグデータ分析の教鞭も取る。