『何も言えなくて…夏」などで知られるex JAYWALKのボーカリスト・中村耕一さんと、圧倒的な歌唱力で注目される気鋭のアーティスト・遥海さん。この2人を中心に据えつつ、豪華キャストでミュージカルファンタジー映画にした『はじまりの日』が劇場公開前から話題となっている。監督を務めるのは、『健さん』でモントリオール映画祭の最優秀ドキュメンタリーを受賞するなど注目を集める日比遊一氏。中村、日比の両氏に作品に懸ける想いを語ってもらった。(前後編の前編)
【写真】中村耕一&日比遊一監督の撮り下ろしカット【6点】──映画『はじまりの日』は意欲作であると同時に異色作だと思います。ミュージカル要素を盛り込みつつ、中村耕一さんを主演に据える。この構成はどのような経緯で決まったのですか?日比遊一 以前から、“歌”をテーマにした映画を撮りたいと考えていました。趣味で歌詞を書いたりもしていたんです。そんな中、あるきっかけで中村さんと出会うことになりました。それは、歌手や監督としてではなく、まったく別の形での出会いでしたが……。
中村耕一 本当に“偶然、出会った”みたいな軽い感じでした。かいつまんで言うと、『名も無い日』という日比監督の前作があるんですけど、それが本当に素晴らしい映画なんですね。うちのかみさんもその作品が大好きで、いろんなところで宣伝して回っていたんですよ。頼まれたわけでもないのに自主的に(笑)。
日比 ありがたいことです。それで奥様とお会いする機会があって、話の流れで「パートナーの方は何されているんですか?」と尋ねたところ、「歌を歌っています」となった。さらに「おそらくご存知ないと思いますが、JAYWALKって聞いたことあります?」と言われたんですよ。
──普通、「当たり前じゃないですか!」となりますよね。日比 そう。だけど僕は海外生活が長いものだから、失礼ですが本当に知らなかったんです。それで僕の同級生がやっている飲み屋で奥様も含めて『名も無い日』の宣伝について話し合っていたら、そこに中村さんが車で迎えにきたんですよね。
中村 また、そのときは僕がひどい恰好をしていたんです。短パンに雪駄でね。しかも直前まで天ぷらを揚げていたものだから、ヨレヨレのTシャツには油が飛んでいて(笑)。
日比 僕の同級生たちはみんな「おお! 本物の中村耕一が来た!」とザワついていたけど、僕は「このオッサン、本当に歌えるのか?」と半信半疑でした(笑)。でも、その後で中村さんのライブを観て、めちゃくちゃ感動しました。それと同時に痛烈に感じたのは、初対面のときの少ししょぼくれた印象とのギャップがすごかったということ。この振り幅を映像でしっかり捉えられれば、すごいドラマになると思いました。
──『はじまりの日』の中でも、さえない清掃員の中村さんが歌い始めると、周囲がハッと息を呑む場面があります。日比 普段は猫背でボソボソ話す中年男性が、封印していた歌を解き放つ瞬間の落差ですよね。これがもし有名な俳優だったら、少し違った印象になったかもしれません。プロの役者さんなら、歌を一生懸命に練習することで完成形がある程度見えてくるものです。でも、演技未経験の中村さんだからこそ、そのギャップに説得力が生まれると考えたんです。
中村 実を言うと、出演は3回くらい断ったんです。「演技なんてやったことないから無理です」って。だって僕、今まではPVの中でさえ演技するのを固辞してきたんですよ。ましてや、それでいきなり映画だなんて……。
日比 だから脚本も少しずつ変えて、 セリフも削ぎ落としていきました。「セリフはだいぶ少なくしましたから」というのを説得材料にして。
中村 まぁ蓋を開けてみたら、それでも結構セリフはあったんですけどね(笑)。
日比 根本的な話として、中村さんに“演技”してもらおうなんて僕は全然考えていなかったんですよ。
中村 あぁ、それはたしかに言われました。「そのままの状態でカメラの前に立ってもらえたら、それでOKですから」って。最終稿に近い段階の台本を「読んでみてください」と渡されて、それがすごくいい話だなと思ったんですよね。内容的には自分の実生活と被る部分もあったけど、そこに対する抵抗感もありませんでした。