1901年(明34)扶桑堂刊。前後続篇の全3巻、萬朝報の新聞連載で124回。
当初はベンヂソン夫人(Mrs.Bendison) 原作、野田良吉訳、黒岩涙香校閲という表記であった。しかしまず英国作家でベンヂソンという人物は探し出せず、原作も不明だった。また野田良吉は助手的な下訳者だったかもしれない。結果的に表紙には黒岩涙香・訳述といういつもの表記が出ている。大正時代に入って米国映画「灰色の女」(A woman in grey) がその原作の映画化であることを涙香研究家の伊藤秀雄が突き止め、正しい作者名もアリス・マリエル・ウィリアムソン(Mrs. Alice Muriel Williamson, 1869-1933)という英国の女流作家であることがわかった。彼女は流行作家の一人とされ、人気も高かったようだが、現在ではこの作品は英米圏でも着目されることはない。
倫敦から遠く離れた田舎の古い城館を舞台に、隠された秘宝とその謎を知る美女をめぐる冒険譚である。作者のプロット構成の巧みさ、もつれた糸を解きほぐしていく叙述の細やかさ、感情の起伏や心理の推移など、特に涙香の文体で書き綴られることで充実度が高まったように思う。後年江戸川乱歩がこれを現代文表記にリライトするほど没入したのは理解できる。☆☆☆☆
国会図書館デジタル・コレクション所載。口絵は富岡永洗。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%BD%E9%9C%8A%E5%A1%94
《今の学者には学閥といふ者がありまして、同じ学校から出た同士とか、同じ目的を持って居る同士とかいふ様な工合に友達から友達へ縁を引き、陰然として一の団体、一つの党派を作って居り、そうして盛んに毛嫌ひをするのです。党派の中から出た発明は詰らぬ事でも互ひに称揚して大いな事の様に言ひなし、寄って集って広く売り付ける様にしますが、党派の外から現れた発明は、非難に非難を加へ、何うやら斯うやら信用を失はせて了ひます。》(第78回『発明の実益』)