2020年5月4日、日本政府は新型コロナウイルスの感染拡大に対する緊急事態宣言を5月末まで延長するとした。日本だけではなく世界各地で新型コロナウイルスによる非常事態は続き、経済活動も停滞している。その影響は、エネルギー需給にどのような影響を与えているのか。日本再生可能エネルギー総合研究所の北村和也氏が分析する。
エネルギーの世界も新型コロナをきっかけに大きく変化している
街に人が出はじめている。
5月下旬の緊急事態宣言の全面解除をきっかけに、新型コロナ禍前の景色が少しずつ戻ってきているように見える。しかし、誰もが感じ、誰もが話すようにそれは以前の記憶の姿とは同じではない。エネルギーの世界も新型コロナをきっかけに大きく変化している。
前回のコラムでは、エネルギー需要の激減と個別のエネルギー源への影響をまとめた。IEA(国際エネルギー機関)の今年4月の報告書では、一次エネルギーにおいて石炭などの化石燃料は大幅に減り、一方で、再生エネはその中で微増すると予測されている。
新型コロナが図らずも招いたCO2排出の大幅削減
地球温暖化の主たる原因となる二酸化炭素の排出量は、2020年通年で、驚くほど減るとIEAは予測している。
IEA Global Energy Review 2020削減量はおよそ2.6Gトンで、昨年2019年比でおよそ8%のマイナスとなる。これは、リーマンショック後の2009年の6倍以上である。
個別の国でも同様な傾向を見せている。ドイツの著名な再生エネの研究機関であるアゴラ・エナギーヴェンデが4月にまとめた今年第1四半期のドイツ国内のCO2排出量は、およそ2,000トンの大幅削減となった。そのうち、4分の1が新型コロナによる生産活動などの低下が原因と分析している。残りの4分の3は、比較的穏やかな冬を背景に、良好な風況による風力発電の増加によって石炭発電が代替されたことを理由に挙げている。
前回のコラムでも示したが、新型コロナによる電力需要減の影響を限界費用の高い石炭がもろに被る構造になっている。
IEAでも、年間のCO2削減量のほぼ4割が石炭の使用量減少が起因と考えている。石炭の利用削減と温暖化防止は切り離せない関係であることをはっきり示す結果となった。
この結果、ドイツでは2020年のCO2削減目標(1990年比)、マイナス40%をクリアする可能性が突然高まることになった。目標達成は不可能と考えられていただけに、確かに良い意味での予期せぬ出来事ではある。
しかし、アゴラ・エナギーヴェンデは、これは一時的な影響であり、ドイツ政府の気候政策の成果ではないと、強くくぎを刺している。
世界的なエネルギー投資の落ち込みと懸念
IEAは5月26日から29日にかけて、世界のエネルギーに関する投資をまとめた報告書を続けてリリースした。
そのうちのひとつ、World Energy Investment 2020(5月27日リリース)によると、2020年のエネルギー関係の投資は前年比マイナス20%という大幅な減少に転じる見込みである。新型コロナ前の予測では、2%の微増を見込んでいただけにその差は強烈である。もちろん原因は新型コロナである。
IEA World Energy Investment 2020セクター別の投資では、石油とガスが3割以上、石炭が15%の減少と大きいが、電力は10%、エネルギーの最終消費と効率化はマイナス12%と影響は小さくない。
IEA World Energy Investment 2020IEAでは、「再生エネは来年度以降の投資が回復傾向であるが、CO2の持続的な削減を支えるためには全く足りない」と懸念を表明している。新型コロナが招いたエネルギー需要の激減がCO2削減に結び付いただけでなく、再生エネの相対的な割合を高めたことは事実である。しかし、それは仮の姿であり、温暖化防止のためには各国の政策対応が必要であると警鐘を鳴らしている。
脱炭素社会がもたらす再生エネの「安心と安全」
新型コロナによるエネルギーの需要減は、石炭をはじめとする化石燃料に打撃を与え、一方で再生エネの比重を高めた。特に、再生エネが持つCO2削減効果が改めて確認されることにもなった。
私たちは、世界を覆う不安に敏感になったのだと思う。新型コロナの不安が落ち着いたとしても、私たちの周りにある別の共通の不安に気づく。最大のものは温暖化である。
これまで、人類共通の危機や世界全体への影響、と言われたところで、遠い存在とあまり向き合ってこなかった人にさえ、新型コロナが「実際に起きる」ことを突き付けた。
半年足らず前、今年の正月に見た燃え盛る森林の映像が蘇る。オーストラリアの惨事は温暖化の象徴であったし、日本で起き続けている水害などの災害を思い出すとよい。
新型コロナだけが「今そこにある危機」ではない。CO2削減の最有力の対応策が再生エネである。再生エネは、私たちの住む地球を安全にするためのカギとなる。
距離のリスクと地産地消
もうひとつ、再生エネが持つ重要な特徴を新型コロナが浮かび上がらせた。
それは、分散型エネルギーである。今回の新型コロナ禍では、様々な場面で距離がポイントになった。いわば、「距離のリスク」である。人と人の距離=ソーシャルディスタンスは誰もが知り、使われる言葉になった。今年の流行語大賞の最右翼候補の一つである(対抗馬は、「アベノマスク」か)。2mという距離が十分かどうかは別にして、誰かが近づくだけで多くの人は一種の拒否反応さえ感じる。
また、住んでいる場所をここまで強く認識することもこれまではなかった。
感染者がいる地域に入る、また、感染地域からの人を受け入れるかどうかを意識することも新しい経験である。感染者がゼロのままの岩手県と最後まで緊急事態宣言が残った私の住む神奈川県との距離は、物理的な距離をはるかに超えた、一種の断絶状態にまで一時落ち込んだ。以前の私にとって、隣の東京へ行くのは何でもないことだったが、多摩川を超えるのに抵抗感が芽生えた。緊急事態宣言をコアにして2ヶ月間東京へは足を踏み入れなかった。
都心の土地価格が下落しているという(「千代田区神話」に異常あり、中古マンション価格が下落:日経ビジネスオンライン6月3日)。「中古マンションの価格が下落しにくい「千代田区」「港区」「渋谷区」の“ビッグ3”と呼ばれる地域」でのことである。特に千代田区ではおよそ15%下がった。新型コロナ禍の中、手元資金を手っ取り早く手に入れるためと理由を挙げているが、「リモートワークなど働き方の変化によって非通勤の住宅需要が見直される」とも分析している。
「グローバル」の、えも言われない不信感や不安が湧いたのに対し、「地域や地元」への共感や安心感が新たに醸成されてきたと言ってもよいであろう。
人やモノの移動は精査されたうえで制限を受ける対象になった。そんな中で、自粛で苦しむ地元の店を見て、地域のものを買おうという動きも自然に出てきている。地産地消がまた別の新しい価値を持った。
地域や地元で作り出され、その場所で使うことのできる再生エネは、地産地消が可能な良きツールである。再生エネは、グローバルからの脱却、ローカルへの移行がベースとなる新しい新型コロナとの共生時代を先取りしていると言える。
アフターコロナの道
新型コロナ禍は、間接的にだが、意外な効果をもたらしている。
それは、環境へのプラス効果である。経済活動の自粛が世界各国で続いた結果、澄んだ空気やきれいな水が戻ってきたとの報告があちこちで聞かれたのである。
インドでヒマラヤがくっきり見えたり、ベネチアの運河の水が透けて魚がわかるようになったり、緊張の中で少しほっとさせるニュースが私たちに届けられた。
もちろん、これは一時の出来事で、経済活動が再開されれば、過ぎ去った逸話のひとつになるであろう。しかし、新型コロナのおかげで、私たちの通常の経済活動が環境に対していかにマイナスの打撃を与えているか、まさに「見える化」されたことは間違いない。
これらのことを忘れ、元の生活に戻ることだけを目指すのか。それとも、温暖化への対応を頭に刻んで、新しいアフターコロナに対応する道を選ぶのか、私たちは岐路にいるのかもしれない。
(新型コロナのエネルギーへの影響を概観してみた vol.1はこちら)参照