食の生産現場では、以前から安価な取引や担い手不足による経営への影響が深刻化していましたが、昨年来の世界の穀物や飼料・資材を中心とした価格高騰は、農業者の生産意欲を奪い、廃業に至るケースも増えています。
農業経営の苦境は1970年代前半にもありました。このときは異常気象による世界的な穀物危機に加え、第4次中東戦争による原油価格の高騰が重なり、トイレットペーパーなどの日用品がなくなるかもしれないという集団心理からパニックが起こり、売り場から商品が消える異常事態となりました。
欧米は国内自給の維持が国防であると考えており、関税以外に農業所得の9割以上を税金で賄い、農家のリスクを政府が負うことで農業を保護し、農家が安心して農業を営めるようにしていますが、日本の国防は食料の輸入確保を基本としているようです。
こうした内外の情勢や国内自給率の低下を背景に、農政の憲法ともいわれる「食料・農業・農村基本法」の改正法が2024年5月に成立しました。1999年以来の改正は「食料安全保障」が焦点となり、円安による食料などの買い負けが続いていることから「食料安全保障の確保」として食材の輸入国支援に初めて踏み込みましたが、この結果、国内の生産現場は置き去りにされたのではないかと危惧します。
輸入に依存する日本は常に食料危機のリスクを抱えており、普段の買い付け競争で生産国との信頼関係を作っておくことは理解できますが、はたして不測時にも安定した輸入を維持することにつながるのでしょうか。
海上交通路(シーレーン)による食料や資源の輸送の確保ができなくなれば、日本はたちまち困窮します。生産現場を担う農家が経営を持続できる環境づくりこそ、最も大切な食料安全保障政策ではないでしょうか。
江戸時代末期、やはり異常気象による大飢饉が起こった際には、自領の米を流出させない「津留(つどめ)」がなされたことで、江戸や大坂では米不足が深刻化して、米問屋の打ち壊しが勃発しました。同様のことが国際的に起こった事例としては、昨年の米国の小麦輸出制限です。つまり、輸出より自国民の食料確保が重要であることを示しています。
さらに今回の改正に附帯した関連法には、異常気象などで食料が不足する事態が予見されたとき、首相を本部長とした対策本部を設置し、農家に対し生産の拡大・転換を指示する「食料供給困難事態対策法」も成立しました。
この法律は、米や小麦などの農産物が大幅に不足した場合に、生産や販売の計画作成と提出を指示できるというもので、従わない場合には農家に罰金を科します。まるで年貢米で農家を苦しめた江戸時代や第2次世界大戦前夜の様相です。
和歌山県有田川町の棚田「あらぎ島」は、2013年に国の重要文化的景観に選定され、今や年間15万人の観光客が訪れます。地元もこの景観保全に取り組んでいますが、「もう来年は作れないかもしれない」と耕作者の高齢化が影を落としています。
今年も各地の百選棚田などを見聞しましたが、どの棚田も地主が耕すことができなくなって、外部支援者に頼るケースや遊休荒廃化しているケースなど、この景色を将来に残せるかと悩んでいます。
国内の多くの農村は山に囲まれた中にあり、家族経営をベースに大型化や省力化とは無縁な農業を営んでいます。農業経営体は再生産が困難だとして、2022年には100万件を割り込みました。その要因はもちろん収入が少なすぎることです。
例えば、国内の最低賃金は1,000円を越えましたが、農家の収入を時給換算すると300円前後でしかありません。これでは農家は力尽きてしまいます。誰一人取り残さないとするSDGsの目標からまったく逸脱しているのです。
昨年の異常気象による米の不作から、都市部で「米不足」が騒がれています。農水省では156万トンを備蓄してあり不足はないと火消しに躍起ですが、インバウンド客の「おにぎり」人気による需要増加(農水省は増加分3万トンと試算)もあり、産地で大災害があれば国民が食せる米は確実に不足すると考えられます。今年も酷暑が続いて作柄に影響を与えており、危機は目の前にあります。
大規模農業は生産に高コストな中山間地域では成り立ちません。誰もがわかるとおり、欧米と比較して日本の農地は狭く、無理をして農地を拡大しても、飛び地ができるだけで省力化に無理が生じます。しかしそうした小さな農業が日本の自給率を裏で支えているのです。
大型スーパーなどに商業が集約され、地域の小売店が廃業に追い込まれ、多くの買い物難民を生んでいますが、これと農業分野に置き換えても、同様の事象が起きているのです。
農業・農村は、自然と共生して暮らす経験や知恵など、なくしてはいけない大切なものを防衛する最前線にいます。
輸入のセーフティネットを整備することも大事かもしれませんが、国内の農業・農村を持続させるセーフティネットの確立の方がもっと大切だと思います。
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