「交通取り締まりを受けないためには、どうすればいいですか?」
そんな無邪気な質問をネットでしたら大変だ。「違反しなきゃいいに決まってるだろ!」、「運転すんな。免許証を返納しろ!」などと袋叩きにされそう。
違反しなきゃいい、確かにそうだ。しかし現実に、車庫を出てから戻るまで、全く何の違反もしない人はそう多くないのではないか。たとえば制限速度を厳格に守っていると、ムチャな追い越しが次々に起こったりする。いわゆる“あおり運転”の被害を受けかねない。流れにあまり逆らわず、少し制限速度をオーバーする人が多いように見受けられる。こんなこと言う人もおいでだろう。
「自分勝手な運転をするから捕まるんだ。安全運転を心がけていれば捕まらないよ」
「絶対に事故を起こさず、マナーのよい運転でいきましょう。少々の違反なら大丈夫。みんなその程度の違反はしてるし」
ちょっと待て!と私は言いたい。失礼ながら、そんな甘っちょろい考えでいると、交通取り締まりのカモになますぞ! ずばり言えば、理想の取り締まり、ではなく、現実の取り締まりには、交通安全や事故防止は関係ない。びっくりした? どういうことか、4つの要点に分けてご説明しよう。
1、交通違反は「抽象的危険犯」
2、ペーパードライバーは最高の優良運転者
3、おまわりさんもつらいよ
4、交通違反の検挙率は0.005%
■違反の成立に具体的な危険性は不必要
1、交通違反は「抽象的危険犯」
「ぜんぜん危険などなく、誰の迷惑にもならない、こんな些細な違反をなぜ取り締まるんだ。違反は違反だけど、納得いかない!」
そうした声がよく聞かれる。危険も迷惑もない些細な違反を、なぜ取り締まるのか。理由がしっかりある。警察だけでなく検察、裁判所も、次のような考え方の上に立っているのだ。
「交通の安全と円滑、事故防止のために道路交通法(以下、道交法)を定めた。したがって道交法に違反する行為は、イコール、安全と円滑を害し事故につながる危険な行為なのである」
この理屈、私が勝手に思いついたんじゃない。道交法違反は「抽象的危険犯」とされる。抽象的危険犯、ネットで検索すればたくさんヒットする。なわけで、抽象的に、形式的に違反に当たればアウト。違反の成立に、個別具体的な危険性や迷惑性はそもそも必要ないのである。
2、ペーパードライバーは最高の優良運転者
ペーパードライバーは取り締まりを受けない。みんなゴールド免許だ。なぜ? 運転しないから。長く運転しない人を「長く無事故・無違反の優良運転者」と称え、ゴールド免許を与える、そこに特段の疑問を感じないのが、日本の交通社会なのだ。
通勤や仕事で日々運転する人は、当然に取り締まりの遭遇率が高まる。なのに何年も無事故・無違反なら大したもんだ、ゴールドの地にダイヤモンドをちりばめた免許証を差し上げましょう、とはならない(笑)。
具体的な危険性だけでなく、そもそも運転するかどうかさえ、気にしない。抽象的危険犯にならえば、抽象的安全運転、仮想安全運転か。
3、警察官もつらいよ
基本的に警察は“数字”で実績を管理する組織だという。数字をあげられなければ「実績低調者」「無能者」などと呼ばれるそうだ。
「こんな成績でよく休暇を申請できるもんだな」
「いまから取り締まりに行ってこい。1本とるまで帰ってくんな!」
などと叱責されたりするという。部下の実績は上司の実績にも反映するのだ。それで尻を叩かれ、違反をデッチあげた警察官の裁判を私は傍聴したことがある。罪名は「虚偽有印公文書作成・同行使」。判決は懲役1年6月、執行猶予3年だった。
そんな組織であなたが警察官だったらどうする? 危険で迷惑な違反だけをビシビシ取り締まりたくても、なかなか遭遇しない。実績低調者になってしまう。実績のためには、善良な運転者たちが、
「ここの規制は実情にあってない。ちらっと違反しても危険も迷惑もない。みんなちらっと違反している。大丈夫」
と思いがちな場所で待ち伏せるほうが断然、効率がいい。待ち伏せるに当たり、警察官の制服が見えれば運転者たちは違反をしない。ゆえに隠れて待ち伏せる。そうなってしまうのも、やむを得ないのではないか。
4、交通違反の検挙率は0.005%
警察庁(いわば全国警察の総元締め)の「犯罪統計」によれば、2024年1月~7月の全刑法犯の検挙率は37.7%。殺人に限っては92.8%だという。では交通違反の検挙率はどうか。私は以前、警察庁に尋ねたことがある。そのデータはないと言われた。
私が知る限り、交通違反の検挙率が登場するのは、元警察官僚の平沢勝栄氏(現在国会議員)の著書『警察官僚が見た「日本の警察』(1999年初版)だけだ。神奈川県警交通部の調査により、道路を走るクルマの「潜在違反」を推計したところ年間103億件に達したという。当時の神奈川の年間取り締まり件数は48万件。よって検挙率は0.005%すぎないと同書に出てくる。
駐車監視員の制度(施行は2006年6月1日)が始まる頃、警視庁(いわば東京都警察本部)が「瞬間違法駐車台数」をしきり発表した。こんなに多いんですよと。私は、警視庁の駐車取り締まり件数から検挙率を計算した。「瞬間」を2時間としても、1%より遥かに下だった。
そんな低い検挙率の取り締まり、しかも交通安全には関係のない実績稼ぎの取り締まりに遭遇するかどうか、運の要素を否定できない。たまたま運がよかっただけなのに「俺は安全運転だから」と勘違いしていると、いつか事故りますぞ。
■取り締まりどうのこうのよりも大事なこと
じゃあ、どうすればいいのか。具体的な危険や迷惑など考えず、ひたすら杓子定規(しゃくしじょうぎ)に交通ルールだけ守ればいいのか。いや、私の考えは違う。
まず、絶対に事故を起こさず、マナーのよい運転を心がける、それは運転者に課された当然の責務だ。取り締まりがどうこうには全く関係がない。ここがいちばん大事なとこなんで、よく肝に銘じてほしい。
当然の責務を果たし、そのうえで、実績稼ぎの待ち伏せ取り締まりからも身を守ろう。たとえば、善良な運転者がなにげに違反してしまいそうな場所は要警戒だ。「えっ、こんなところに警察官が立ってる。なぜ?」ということがある。どんな違反をどう待ち伏せるのか、勉強になる。
それでも取り締まりを受け、「いくらなんでもこれはひどいだろ」と思った場合、もし可能なら、反則金を払わず、法律に定められた手続きでちゃんと争う、不服を主張する、それが大事だろうと私は思う。
参考記事:反則金を払わないと逮捕される? そもそも反則金って何?【交通違反の基礎知識・その1】
ひどい取り締まりをする警察官は腹の中でこう思っているようだ。
「いくら文句を言われても、聞き流しとけ。切符を切って反則金の納付書を交付すれば、こいつらどうせすぐに反則金を納付する。納付されればこっちの勝ちだ」
実際、反則金の納付率は毎年100%に近い。2022年(現時点でそれが最新のデータ)はは96.7%だ。
反則金の納付は任意。不納付ゆえに逮捕されることはない。だが、ムカついたからと警察官の肩をぽんと押したりすれば「公務執行妨害」(刑法第95条。3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金)で逮捕されかねない。警察官が作成中の違反切符を奪って破けば「公用文書毀棄」(刑法第258条。3月以上7年以下の懲役)で、これは間違いなく逮捕されるだろう。
参考記事:待ち伏せ取り締まりの罠にハマり、素敵な若奥さんがブチ切れ。違反切符を破いた理由とは
というわけで、ショッキングな言い方になるけど、「取り締まりの目的は交通安全、事故防止である」「安全運転を心がけていれば取り締まりを受けない」という甘い幻想は、すっぱり捨てるほうがいいと私は思いますよ。
文=今井亮一
肩書きは交通ジャーナリスト。1980年代から交通違反・取り締まりを取材研究し続け、著書多数。2000年以降、情報公開条例・法を利用し大量の警察文書を入手し続けてきた。2003年から交通事件以外の裁判傍聴にも熱中。交通違反マニア、開示請求マニア、裁判傍聴マニアを自称。
ドライバーWeb編集部
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