横顔を眺めながら ~爪 切男の助手席ドライブ漂流~ 第8話「シマウマな彼女」(ルノー・アルカナ × 比留川マイ) | ドライバーWeb|クルマ好きの“知りたい”がここに
2024/09/03 コラム

横顔を眺めながら ~爪 切男の助手席ドライブ漂流~ 第8話「シマウマな彼女」(ルノー・アルカナ × 比留川マイ)

ルノー・アルカナ × 比留川マイ

大したルックスでなくても、クルマさえ持っていなくとも、すばらしい女性とドライブに行ける秘策を思いついた! ダメ男を返上して自信満々な「私」が出会ったのは、絵に描いたような美人秘書。ふたりを乗せたクルマは、意外な場所に向かうのであった。話題の作家、爪 切男が紡ぐ、助手席からのちょっぴり切ないストーリー。


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 とにかくクルマと縁のない人生だった。
 私の人生にとって、クルマとは無用の長物に過ぎない。どこか遠くになんて行きたくもない。自転車で行ける世界だけで、生きていくには十分だ。生活に変化などいらない。余計な波風が立たぬ凪のような日々に、確かな幸せを感じていた。
 そんな達観の境地にいたはずの私が、クルマを運転するイイ女との出会いを追い求め、リビドー垂れ流しの日々を送っている。
 クルマが私の人生を確実に変えてくれた。それが良いか悪いかは今は考えまい。迷わず乗れよ、乗ればわかるさ、助手席に。

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 今までの女性たちとの出会いを省みて気づいたことがある。
 私は逃げていた。ビビッていた。助手席専門の身だからといって、少々卑屈になり過ぎていたのだ。
 何を日和る必要があるものか。男の価値はクルマで決まるのではない。目の前の女をいかに楽しませてあげるのか。結局のところはそれに尽きるのではないか。
 実は秘策もある。
「たいしたルックスでもないのに、クルマすら持っていないのに、どうしてこの男は自信満々に私を口説けるのだろう」
 そう思わせてしまえば勝負はこっちのものだ。恋はいつだって「相手に興味を持つこと」から始まるのだから。

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 根拠のない自信、すなわちハッタリにも似た熱い想い。持たざる者だからこそかましてみせよう乾坤一擲の大博打を。
 いつも以上に鼻息荒く、今回のマッチングアプリは攻めに攻めた。及び腰になってしまいそうな高嶺の花にも積極果敢なアプローチを幾度も試みる。
 その結果、私は勝ち取ったのだ。美人秘書との出会いを……。美人秘書、クルマと同じぐらい私の人生に縁のなかった存在である。


■■■2■■■

 時は来た。
 丸の内の商社で社長秘書として働くルミちゃんとのドライブデートの日がやってきた。
 彼女から指定された舞台は静岡県下田市。社長の出張に合わせて前乗りをしないといけないらしく、その下見も兼ねてのデートというわけである。うまくいけばお泊りの可能性も? 淡い期待に胸膨らませながら、馴染みのない東海道線に身を任せるのであった。
 下田駅のひとつ手前にある蓮台寺という少々マイナーな駅で待ち合わせ。ローカル線の駅から始まる恋ってのも乙なもんである。
「ごめんなさい、デートなのに仕事着で……」
 目の前に停まった真っ赤なクルマの窓から、色気とあどけなさを絶妙の比率で持ち合わせた才女が顔をのぞかせる。仕事着で来ただと? けしからん! だが、それがいい。逆にお礼を言いたいぐらいである。

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 あいにくの小雨模様だが、雨の湿気と彼女の色気が、これまた絶妙にブレンドされ、知性と獰猛さを兼ね備えたフェロモンを辺り一面にまき散らしている。イイ女に会うのには、晴れの日よりも雨の日の方がいいのかもしれない。彼女に異名を付けるなら”黄金比率の女”とでも呼ぼうか。
「明日のランチで行こうと思っているカフェにご一緒してくれませんか?」
 女秘書が話す敬語ってたまらない。まことに最高なのだけど、この敬語のバリアをどうにか崩してやりたくもある。そんな闘争心が沸々と湧き上がる私なのだった。

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 彼女の愛車はルノー・アルカナ、クルマ音痴の私にはさっぱりわからないが、ルノーというフランスの有名な会社のクルマらしい。
 運転するのではなく自分の手足のようにクルマを操る彼女。もともと運転が好きで、仕事でも自分から運転を買って出ることが多いのだという。
 待てよ。ハンドルを握るのが秘書だとすれば、助手席の私は考えようによっては社長というわけか。悪くない。社長というものは後部座席に座ることが多い気もするが、細かいことは気にせずいこう。

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 江戸時代の黒船来航により開港された場所としても有名な下田は、歴史溢れるレトロな景観に加え、海が近いということで自然の風景もたくさん見受けられる。ドライブもいいが街ブラ散歩をしたくなるような魅力的な街である。ああ、ペリーのようにこの子の知られざる本性を開港してやりたいぜ。

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 いわゆる「隠れ家カフェ」と呼ばれる目的地に到着。
「社長が味にうるさいので、いろんな料理を確かめないと……」と、見た目からは想像できない旺盛な食欲で、運ばれてくる料理を次々と腹に収めていく彼女。
「秘書さんってさ、歳の離れた社長に気を遣うもの?」と聞いてみると「全然大丈夫。だって社長っていってもこの街で一緒に育った私の幼馴染ですもん」
「えっ、君、じゃあ下田が……」
「はい、下田生まれの下田育ちです!」と驚きの答えが返ってくる。
 どうりでカーナビなど使わずスイスイとクルマを走らせていたわけだ。しかし、なんだよ幼馴染って。あれか、新進気鋭のIT企業の若社長ってやつか。いかんいかん、また卑屈になるクセが……。

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 なんとも微妙な気持ちでランチを終え、クルマは次なる目的地へ。どうしても行きたい場所があるらしい。助手席の男に拒否権はない。ああ、若社長へのジェラシーが爆発しておかしくなってしまいそうだ。ここはお得意のイケナイ妄想で気持ちを落ち着けよう。
「いいかい若造、エッチな妄想ってのは、実はアンガーマネジメントに有効なんだよ。ビジネスマンなら身につけておきたいテクニックのひとつだね!」
 負け惜しみにも近い上から目線で、私は運転席の彼女のスーツを乱暴に脱がしていくのであった。

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ドライバーWeb編集部

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