2024 年 49 巻 p. 99-116
本論文は,科学・政治・社会の協働による「対話の場」の構築を通じた社会的学習プロセスの形成に求められる要件を,理念・社会制度・倫理の観点から検討した。理念の観点から,科学(専門家)と政治(政策担当者)と社会(市民)の対話を通じて,相互理解・相互尊重を深め,信頼を形成する必要がある。そして,トランス・サイエンス的課題および厄介な問題に際しては,多様な「対話の場」の実践による社会的学習の蓄積が不可欠である。社会制度の観点から,「対話の場」の構築という地域社会における既存の政治的利害調整システムへの政治的介入を正当化する論理が求められる。地域社会における政治的利害調整システムを構成する諸要素による分業構造をふまえて,「対話の場」に社会的学習の機能を備えることを保証する法制度や調整様式を確立させることが重要である。加えて,対話の場の公正性を担保するための要点としては,①多様な立場の利害関係者を媒介し「対話の場」を構築する専門家の役割,②「対話の場」に参加する者の安全性確保,が挙げられる。倫理の観点から,トランス・サイエンス的課題および厄介な問題に際しては,専門家への市民による過度な期待,市民の専門家に対する不信が生じがちである。専門家が市民の間に立って「対話の場」を構築し,有益な対話を促すためには,専門家が市民の懸念に真摯に対応することで,自分達が誠実さという徳を備えた,信頼に値する人間であることを示す必要がある。「対話の場」を社会的学習のプロセスへと進化させ,科学(専門家)と政治(政策担当者)と社会(市民)が相互理解と信頼形成を通じて,相互に尊重し,分断と対立を克服することを可能にするためには,「対話の場」の参加者が総合知を形成し,境界知作業者(boundary knowledge worker)となることが期待される。