「ぬれ煎餅で稼ぐ」銚子電気鉄道の社長はなぜ、度重なる経営難でもいつも楽しそうに働くのか?
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「電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです」、そのキャッチコピーで話題となったぬれ煎餅、他にも「まずい棒」「鯖威張る(サバイバル)弁当」、さらには「お化け屋敷電車」「鮪(ツナ)渡り号」、映画『電車を止めるな!』の製作までーー。
自社の経営難をあえて前面に押し出す、自虐的かつ奇想天外な企画を立て続けに発表し、ファンの心を惹きつけて止まないのが、度重なる経営危機に見舞われてきた千葉県銚子市の鉄道会社、銚子電気鉄道。その立役者が代表取締役社長の竹本勝紀さんです。
苦境に立たされながらも、どうして竹本さんは「楽しそうに」仕事に取り組むことができるのでしょうか。竹本さんの働き方から、閉塞感漂うとも言われるこれからの時代における、ビジネスの”成功”モデル、仕事人としての幸福のあり方を考えます(写真は2020年1月23日撮影)。
預金50万円、借金2億円。銚子電鉄の社長を引き受けたのは「断れなかったから」
―竹本さんはもともと銚子電鉄の顧問税理士を務めていらっしゃったんですね。
いまも税理士として事務所を開いて、さまざまな企業のご相談を受けているんですよ。銚子電鉄の社長を引き受けたのは、ハッキリ言えば「断れなかったから」なんです。当時の社長はぬれ煎餅の事業を軌道に乗せた立役者で、顧問税理士であった私を取締役に引き立ててくれた方です。しかし高齢で体調がすぐれないこともあり、大震災後の業績悪化から経営立て直しの舵取りをするには難しい状況だった。そこで当面の間、会社の指揮を執るピンチヒッターが必要との判断から、社外取締役である私に白羽の矢が立ったのです。2012年の暮れに開催された取締役会でのことです。
当時、会社の残高はわずか50万円で、借金は2億円。やりたがる人は誰もいません。けれども、その取締役会にオブザーバーとして来ていた顧問弁護士の先生が「3カ月か半年くらいの間、竹本さんに一時的に代表に就任してもらうのはどうか」と口火を切り、他の役員がこれに同調する形で否応なしに就任することになったのです。最終的に社長と私の二人で話し合い、社長には一時的に取締役相談役になってもらい、あくまでもワンポイントリリーフのつもりで引き受けたわけです。
―立て直しの算段はついていたのですか。
ぬれ煎餅の事業が比較的好調に推移していて、電鉄部門の2倍もの売上をあげるようになっていました。1995年に副業として始めた食品事業でしたが、当時食品事業は年間数千万円の黒字で、鉄道事業は1億円を超える赤字。もはや銚子電鉄は「食品会社」になっていたんです。
ただ、2004年に当時の社長が会社の資金を使い込んで逮捕されたことがきっかけとなって資金繰りが急速に悪化、ついには労働組合から借金して給料を支払うという状況にまで追い込まれました。ローカル線には補助金でなんとかしのいでいるところも多いけれど、銚子電鉄はその事件の影響で補助金を打ち切られていました。
それでメインバンクから、「このままぬれ煎餅の収益を保ちながら、運賃改定で電鉄部門の底上げをして、補助金を復活できるなら、支援してもいい」と言ってもらえたんです。その後ろ盾のもと、千葉県中小企業再生支援協議会の協力を受けつつ、15年間にわたる再生計画を立てることになりました。
同時に、地元の有識者や財界を代表する方々で構成される「銚子電鉄運行維持対策協議会」を市役所内に設置、銚子の街に本当に銚電は必要なのか否かを徹底的に議論することになりました。再生計画の進捗内容を逐一報告しつつ、銚電の必要性を訴え続けたのです。目的は10年前に打ち切られた公的補助の復活です。
この協議会では、民営化前の国鉄の労働組合のように、社員たちが構造改革に反発してボトルネックになるんじゃないか、という懐疑的な声も聞かれました。
けれども顧問税理士、そして社外取締役として会社を見ていく中で、労使一体となって、再生に向かって取り組んでいけるんじゃないかという感触はありました。そもそも会社の危機を救ってくれたのが労働組合でしたし、半官半民の第三セクターではなく完全民間の弱小会社ですから、お互いさまで苦しいときも一緒にやってきたわけです。
ですから、改めて心機一転、しっかりとぬれ煎餅を売りながら、運賃改定を含む経営改善策を忠実に実行し、地域の皆さまに必要とされるような電鉄会社として歩んでいきたい。そのために補助金をお願いしますと頭を下げて、10年ぶりに補助金を復活させることが決まりました。
私としてはそれが決まった時点で使命は終わったつもりだったのですが、まだ再建途中なのだから辞めるべきではないとの声に押され、もうしばらくの間、社長としての職責を果たそうとしていたところ、今度は脱線事故が起こってしまったんです。
―電鉄会社としては致命的な事故ですね……。
幸い、けが人は出ませんでしたが、事故車両は台車が破損し、運行本数を減らさざるを得なくなりました。でも地元の高校生たちがクラウドファンディングを立ち上げて、修理代を500万円集めてくれたんです。脱線車両の修理には多額の費用が掛かりましたが、彼らが勇気を持って立ち上がっていなかったら本当にどうなっていたか分かりません。その後も経営危機のたびに市民の皆さまにはさまざまな支援をいただいて、どうにかやってこられました。
お金がないから、あるものでなんとかするしかない
―銚子電鉄と言えば、「お化け屋敷電車」やお菓子の「まずい棒」などユニークな企画で話題を集めています。「鉄道会社がぬれ煎餅を作っている」だけでも十分インパクトはあると思うのですが、どうしてそれほど次々にアイデアが出てくるのですか?
鉄道会社と言っても、銚子電鉄は全長6.4kmしかありませんから、他の鉄道会社さんの「レストラン列車で豪華なフレンチ」みたいなのはできないんですよ。それでいて終点まで19分もかかるから、人間が走ったほうが速いんじゃないかという声もありますが(笑)。
地域活性化と言うとおこがましいけど、とにかく「乗って楽しい」鉄道会社にしよう、と。他のどこにもない「グローカル企業」を目指して、他の地域から人を呼んで、地元に還元してもらえるような企画をいろいろと考えるようになったのです。
でもなにせお金がありませんから、もともとあるものをどうにか活かすしかないんです。例えば、これまで何度も廃線の危機を乗り越えて、粘り強い「運」があるだろうということで、2004年から「合格祈願切符」を発行しているのですが、これは「本銚子」駅と「本調子」を掛けています。
2015年から始めた「お化け屋敷電車」は、今風に言えば妖怪や怪談を町おこしに使う「クリプトツーリズム」。日常空間を非日常空間にしたらどうなるかという社会実験です。地元の学生たちにお化けをやってもらって、「日本初の走るお化け屋敷」と銘打ったら大変な話題になって、中国のテレビ局やなんとアルジャジーラまで取材に来てくれました。
それとその年の冬にはじめたオールピンクの「イルミネーション電車」。いちばん安い電球がピンク色だったから、寒いし暖色系でいいかなと思って飾ったんですが、テレビで見たという方から「公共交通機関なのに夜の店みたいじゃないか」とお叱りをいただいてしまった。お金もないから買い換えられなくて。でもおかげさまでネットで評判になって、大勢のお客さまが乗ってくださったんです。
―乗客を増やそうと真剣に考えると、つい「MaaS」や「シェアリングサービス」など、いま話題になっているサービスと絡めた企画を考えがちですが……。
私たちも実はナビタイムジャパンさんと共同で、カーナビアプリに期間限定で「銚子観光モード」をつけて、観光促進する実証実験をやったんですよ。でもそういう真面目なのは、もう他の鉄道会社さんがやってるじゃないですか。なかなか話題になりにくい。だから私たちはやっぱり「面白い」ほうに行っちゃうんですね(笑)。それこそが付加価値になっているんです。
提案を受けた企画は、できるだけ断らないようにしています。というか、断れない性格なので(笑)。24時間テレビの企画で「オンボロ駅舎をリフォームしたい」ということで、築90年を超えた本銚子駅の駅舎を、小学生たちがデザインしたステンドグラスで大正ロマン風に作り替えてもらいました。テレビでオンボロ駅舎と連呼されてちょっと複雑な思いでしたが、お陰さまで今では観光名所の一つになっています。
それと大学生発案で「線路の上を歩きたい」という願いを叶えるナイトウォークも開催しました。大切な人との思い出づくりにと、地元のホテルと組んで宿泊つきのイベントにしました。
終電後に行うイベントなので人件費もかかるし、収支としては赤字でしたが、やっぱり何かしらやっていくことに意味があるだろうし、みんなに楽しんでもらいたい。新しいことをやって、新たなファン層を獲得できれば、何かにつながるかもしれないし、こうしてメディアにも取り上げられる。
単に鉄道を「A地点からB地点の移動」と考えると大したことはできないけど、「日本一のエンタメ鉄道」と考えれば、いろんなことができる。みんなに笑顔になってもらって、何度も足を運んでもらうことが、地域の方への恩返しにもなるんじゃないかと思うんです。
―企画はどのようにして考えているのですか。
お化け屋敷は私の発案ですが、イルミネーションは社員の発案。みんなで決めてやっています。しょっちゅう会議を開いて、ああでもないこうでもないって話して。はじめのうちは1日に一言二言しか話さないくらい無口だった社員たちも、「会社をなんとかしなきゃいけない」という思いからたくさんアイデアを出してくれるようになりました。
あの「ぬれ煎餅を買ってください! 電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです」という言葉も、当時の経理課長がひねり出したキラーワードですけど、もはやキャッチコピーではない、悲痛なお願い文です。それが当時の『現代用語の基礎知識』に載ることになったんです。
経営資源が圧倒的に不足していますから、「ランチェスター戦略」における弱者の戦略、すなわち局地戦と接近戦に徹しています。加えてゲリラマーケティングでなんとか注目を集めなければなりません。「Attention(注意)」「Interest(関心)」「Desire(欲求)」「Memory(記憶)」「Action(行動)」の「AIDMAの法則」に則って、「あ、面白そうだな。行ってみよう」と思ってもらえるような企画をひたすら地道に実践してきたのです。
そうやってようやく、テレビでも「あの銚子電鉄が……」なんて言われるようになって、「何をしでかすか分からない会社」として、少しずつ知ってもらえるようになったのかなと思います。
解決策はいつも思わぬところからやってくる
―さまざまな施策を経て、業績は上向きつつあるのでしょうか。
2019年4月から8月までは比較的好調で、前年より1000万円上回りましたけど、9、10月の台風被害でぬれ煎餅工場の一部が破損してしまいましたし、いまは新型コロナウイルス対策で「鯖威張る(サバイバル)弁当」や「ライブ電車」の休止も余儀なくされて、相変わらず経営は「まずい」ままです。
やっぱり、自分ひとりの力ではどうしようもないんですよ。だから社長就任以来、なるべくいろんな方と知り合って、「開かれた鉄道会社」と思ってもらえるように、地域の方と関わるようにしてきました。
例えば社外取締役もその一環なのですが、実は基本的に彼らは無報酬なんです。その代わり「月収ぬれ煎餅30枚円」で役職をお願いしている。ウチの通貨単位は「ぬれ煎餅1枚円」です(笑)。ある人は旅行代理店の幹部を務めながら、ある意味本業以上に熱心に企画立案や運営をやってくれているし、ある人はリクルート出身で現在は有名企業の副部長を務めています。本業に徹していればもっと偉くなっているはずの人なんです。彼らは本当に優秀ですから、大した報酬を出せなくて本当に申し訳ないんだけど、「乗りかけた電車ですから」と(笑)。「むしろ感謝していますよ」と言ってもらえてありがたいかぎりです。
―社外取締役の皆さんはどういったモチベーションで銚子電鉄に関わっているのでしょう?
鉄道ファンの方もいれば、銚子出身の方もいて、それぞれ考え方は違うでしょうけど、やっぱり「銚子電鉄って、面白い」と思ってもらえてるからじゃないでしょうか。リクルート出身の彼は「本業に邁進することも一つの選択肢だけれど、いつか年老いて自分の人生を振り返ったとき、やっぱりあの時、銚電に関われてよかった。面白かったなあときっと思えるに違いない」と言い切ってくれています。
旅行代理店とダブルワークの役員は、中央大学鉄道研究会出身で小田急ロマンスカーの大ファン。決して銚電ファンではない。彼には「ウチにはロマンスカーはないけど、ロマンはある」と説得して役員に就任してもらいました(笑)。やっぱり、本業からちょっと外れたところに個々人のノウハウが活かせる場があって、仕事だけではたどり着けない面白さやロマンがあるんじゃないでしょうか。
もちろん、一度きりの人生で与えられた仕事をまっとうするのも立派な生き方だと思います。一方で、いまの時代、そうでない生き方も許容されるんじゃないでしょうか。それがダイバーシティでもある。実際、とある副業支援サイトで同じように「ぬれ煎餅30枚円」でプランナーを募集したところ、40人の応募があってそのうち3人とご縁を結ぶことができたんです。
―本業だけで精一杯な人も多いと思いますが、そういった方々にアドバイスを送るとしたら、どんな言葉でしょうか。
私たちもいろいろとバカなことをやっているように見えるけど、「銚子電鉄を走らせ続ける」という目的がしっかりあって、そのために手段を選ばないだけ。自虐ネタを連発していますが、あくまでも真剣にふざけているのです。自虐ネタは他人を傷つけないけれど、ただの自虐だとテンションが下がってしまうので、そこにギャグを入れて「自ギャグ」にしています(笑)。
何か新しいことを始めると、やっぱりコンフリクトは起こる。そこを反目しないようにうまくやっていくためには、目的を明確にすることが重要です。そして試練も次々に起こります。台風被害もそうだし、新型コロナもそうだし……でもこんなときこそ、前を向きたいですよね。どんなに苦しくても解決策はある。そう信じることが大切だと思います。
「どんな問題も必ず解決できる。解決できるからこそ自分の身に起きたんだ」という言葉を糧にしているのですが、解決策って思いもよらないところから起こることが多いんですよ。お化け屋敷電車だって、たまたま出会った怪談蒐集家の寺井広樹さんがシナリオを書いたり演出してくれたりしてくれましたし、「まずい棒」も寺井さんのアイデアからホラー漫画家の日野日出志さんにお願いすることになった。本銚子駅のリフォームだって、かなりの費用が掛かってますからね。一本の電話がなければ、今でも古くて怖い駅舎のままだったんです。高校生たちのクラウドファンディングもまた然りです。
与えられた状況で、自分だけでなんとかしようとしても当然に限界があります。苦しいときにちゃんと声を上げれば、周りの人が助けてくれる。私も社員たちには「みんなの力が必要なんだ」って言い続けています。昨日よりも今日、今日よりも明日……。みんなで力を合わせて小さな革新を積み重ねることが大切だと常に思っています。
例えていえば、薄いパイ生地を重ねて形あるものにしていくようなものです。私はこれを「ミルフィーユ改革」と呼んでいます。ちなみにミルは日本語で「千」、フィーユは「葉」、つまり千葉を意味しています。
―銚子電鉄がこれからどんな企画を始めるのか楽しみでもありますが、今後のビジョンはどんなものですか。
何か新しいことをしても、お客さまが来ずに閑古鳥……では意味がありません。私たちには「『この町に銚子電鉄があってよかった。ありがとう銚子電鉄』と言ってもらえるような鉄道会社になろう」という理念があるのですが、公共交通機関とはいえ中小企業ですから、資本の論理からは逃れられないわけです。
でも、あるとき運転免許を返納された高齢のご夫婦が、わざわざ本社に出向いてくださったことがあったんです。「これからお世話になりますので、よろしくお願いします」と。ウチは2013年から65歳以上で免許返納された市民の方を対象に、運賃を半額にしているんですよ。そういった方々のためにもやはり、この銚子電鉄を残していかなければならない。
経済合理性の観点から「赤字ローカル線は不要」との意見もよく聞かれますが、我々は残すことを前提に一生懸命やっていくのみです。この先、何が待っているか分からないけれども、鉄道を残してほしいという方々の負託を受けて、ただそのために力を尽くしていく。そんな気持ちで日々を過ごしています。
銚子電気鉄道株式会社代表取締役社長 竹本勝紀
1962年千葉県木更津市生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業。千葉県内の税理士事務所勤務の後、2009年に竹本税務会計事務所を開設。05年より銚子電気鉄道顧問税理士、08年社外取締役、12年代表取締役社長に就任。
[取材・文] 大矢幸世 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 中司優
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