2019年02月のバックナンバー : 映画批評的妄想覚え書き/日々是口実
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『THE GUILTY ギルティ』 音が導く空想の世界

 デンマークの監督グスタフ・モーラーの長編デビュー作。
 サンダンス映画祭では観客賞を受賞した。

グスタフ・モーラー 『THE GUILTY ギルティ』 ロッテントマトでの評価はとても高い。

 警察内の緊急通報指令室だけですべてが進行していくという作品。主人公のアスガー・ホルム(ヤコブ・セーダーグレン)は緊急通報指令室のオペレーターで、電話の向こう側の声や物音に耳を澄ませる。観客としても与えられる情報もそれだけということになる。

◆誘拐事件発生
 アスガーはその日、イーベン(イェシカ・ディナウエ)名乗る女性からの電話を受ける。電話の近くに犯人が居て詳しく話すことはできないのだが、彼女は誘拐されたのだという。車に乗せられている彼女がどこに向かっているのか、その車の車種や色は、そうした詳細を確認しようとするうちに電話は切れてしまう。アスガーは無事にこの事件を解決できるのか?
 通常の緊急通報指令室の仕事は、恐らくその電話をどこかに回した時点で終了なのだろう。しかし、アスガーは役割を超えてその事件に首を突っ込んでいく。自宅にいるイーベンの娘マチルドからの情報によれば、イーベンを連れ出したのは元夫のミケル(ヨハン・オルセン)で、彼はナイフを手にしているらしい。マチルドは母親が殺されないかと心配しているため、アスガーは「必ずお母さんを家に帰す」と彼女に約束することになる。

 この状況は最近取り上げた『ジュリアン』とよく似ている。DV夫の凶行で苦しむのは、常にか弱い妻と子供たちということだ。『ジュリアン』では、家に乗り込んでこようとする夫のただならぬ様子を察した妻が緊急通報し、電話の向こう側のオペレーターの的確な指示によって何とか事なきを得ることになった。『ジュリアン』ではバスルームで怯える妻とジュリアンの様子と、電話の向こう側から冷静な指示を出す警察官の両方が描かれるのだが、『THE GUILTY ギルティ』ではカメラは常にオペレーターのアスガーの顔だけを捉えていて、誘拐事件に関しては電話からの音だけで推測していくしかない。
 車の走る音、雨が打ちつける音、ドアが開く音、歩く音や泣き声、そうした音だけが頼りなのだ。それはアスガーも観客も同じで、当然もどかしい思いもあるのだが、本作はその原則を最後まで貫いていく。
 電話の向こう側から聞こえてくる音は、実際に役者たちが物語の進行と同じように演技をしているものと思われる。効果音でもつくるように単なる音をつくっているだけならばかなり安上がりだけれど、そうではなくてリアルな音が使われているような気がする。イーベン役やミケル役の役者も配役表に名前は挙がっているのだが、顔などは一切出ることがない。事件現場の映像をまったく見せず、音だけで観客に想像させるというのはユニークな手法だったと思う(ただ、映像メディアにとっては危険な賭けでもあり、繰り返し使える手法ではないかも)。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『THE GUILTY ギルティ』 アスガー・ホルム(ヤコブ・セーダーグレン)は一時的に緊急通報指令室で働いている。

◆事件の顛末
 ほとんど音だけしかないというのは情報量としては圧倒的に少ないということになる。人間が認識する情報の8割から9割くらいは視覚からであり、聴覚からの情報は1割にも満たないという話もあるくらいなのだ。だから、その少ない情報からだけで電話の向こう側の事件について正確に把握することは難しい。実際にアスガーは大きな勘違いをしていることに後に気づくことになる。
 というのは誘拐事件の犯人だと信じ込んでいたミケルは、元妻に執着心を抱くストーカーではなかったのだ。実はイーベンは精神に異常をきたしていて、赤ん坊をナイフで切り刻んでしまったのだ。それを知った元夫ミケルがイーベンを精神病院へと連れて行こうとしていたというのが真相なのだ。
 ここまでで私が思い描いていたのは『ジュリアン』のモンスターのような父親の姿だったのだが、ここで唐突にイーベンの病に憔悴しきった哀れな男に変貌するように感じられた。音だけの情報で事件のあらましを勝手に想像していたからこその“どんでん返し”ということになるだろう。

◆もうひとつの物語
 さらに本作では誘拐事件と同時に進行しているもうひとつの物語がある。それが主人公アスガー自身の物語だ。アスガーは本来別の部署で働いていたのだが、今は一時的に緊急通報指令室にいる。彼は明日開かれる法廷の結果によって、現場に復帰できるかが決まるらしい。
 恐らく緊急通報指令室にいるオペレーターたちは警察OBとかの類いで、現役バリバリのアスガーは同僚たちにも失礼な態度を示したりもする。すぐにも現場に戻りたいアスガーとしては、リタイア組と一緒にされるのは堪らないということなのだろう。本作ではカメラの被写界深度が浅く、ほとんどアスガーの顔だけしか捉えていないのは、アスガー自身の視野の狭さの表れということなのかもしれない。

 アスガーは結構嫌な奴ではあるのだが、オペレーターの役割を超えてまで積極的にイーベンを助けようとする、正義感にあふれた警察官でもある。そのためには相棒にも不法行為を強いたりもする。やり過ぎなところがあるのも否めないのだ。また、アスガーは妻との関係にも問題を抱えている。妻はアスガーが警察の仕事に入れ込み過ぎることが理解できずに出ていったのかもしれない。
 その点でアスガーはミケルに同情を覚えた可能性もある。ミケルはイーベンの病気をあちこちに訴えたものの無視され、今回の事件は起きてしまった。自分の訴えを誰も聞いてくれなかったじゃないかとの叫びはミケルのものだが、妻にすら理解されないという不遇感の点で、アスガーとミケルには共通するものがあるのだ。
 アスガーはある事件で、若い犯人を撃ち殺している。そんな必要はなかったのにも関わらずだ。彼はその罪を認めずに、明日の法廷では相棒に嘘を言わせ、現場の仕事に復帰しようとしている。一つの過ちを認めることよりも、自分が現場に復帰するほうが大いなる正義にかなうとまで考えているのかもしれないのだ。

 ラストではアスガーはイーベンに対して自分の抱えている罪を告白することになる。ただ、これはアスガーが悔い改めたせいではない。罪を認めようとはしないアスガーに罰が当たったとでもいうかのように、彼は自分の過失を最小限にするために行動して、さらなるどつぼにはまっていくようにも見えた。
 誘拐事件と主人公の物語のふたつをうまく絡ませて、88分間を退屈させることがない作品だった。ほとんど一人芝居で、音だけで展開される物語にも関わらず(だからこそなのかもしれないが)、空想のなかでは様々な映像が思い描かれ、もっと広い世界が描かれていたようにすら感じていたのが意外だった。

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Date: 2019.02.28 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (4)

『アリータ:バトル・エンジェル』 「上の世界」に行かないの?

 原作は木城ゆきと『銃夢』という日本の漫画。
 『ターミネーター』『アバター』などのジェームズ・キャメロンが原作に惚れ込み、映画化を望んだとのこと。
 監督は『エル・マリアッチ』『シン・シティ』などのロバート・ロドリゲス

ロバート・ロドリゲス 『アリータ:バトル・エンジェル』 

 宙に浮いた都市ザレムと、そのゴミを引き受けているアイアンシティ。舞台となるアイアンシティでは人間の多くが身体をサイボーグ化していて、医者であるイド(クリストフ・ヴァルツ)の役割は病気を治すことではなく、手足に付けられた機械を修理すること。
 そんなイドが鉄屑のなかから拾ってきたのは300年前のサイボーグだった。イドは亡くなった自分の娘用の身体を彼女に与え、記憶を失った彼女をアリータと名付ける。

 原作漫画と似ているのかはわからないけれど、アリータの造形はモーション・キャプチャーを使ったフルCGでできているようだ。『アバター』も同様の技術でつくられていたわけだが、あちらは違う生物だったためにそれほど違和感はなかった。それに対して『アリータ:バトル・エンジェル』はサイボーグとはいえ人間と変わりない見た目。ただかなり目がデカい。もっと違和感アリかと思っていたのだが、アクションシーンが始まればそんなことは気にならなくなる。
 アクションは実際にはアリータを演じるローサ・サラザールの動きを撮影してCGにしているらしいのだが、アクションシーンのなかで髪の毛が妙に野暮ったく見えた。CGだから仕方ないのだろうか。
 『アクアマン』は水のなかで揺れる髪の毛を、実際には役者陣に風を当てて撮影し、それをCGで修正したとか。そっちのやり方のほうが自然に見えた。『バード・ボックス』(Netflix作品)にも顔を出していたローサ・サラザール自身も目が大きくてかわいらしい女性だし、実写とCGを部位ごとに組み合わせるというみたいな技術ができればさらによかったのかもしれない。

 パンツァークンスト〈機甲術〉と呼ばれる古武術を使うアリータのアクションが見どころ。ハンター・ウォーリアーたちのたまり場での乱闘とか、モーターボールでのローラースケートを履いた闘いはなかなか楽しめる。
 個人的にはグリュシュカ(ジャッキー・アール・ヘイリー)を倒したときの“回転式かかと落とし”が一番決まっていたと思う。あの技はブル中野の必殺技だった“回転ギロチン”をモデルとしているんじゃないかと勝手に思っているのだが、製作陣のなかに女子プロレスのファンも混じっていたのだろうか。もちろんアリータはあの頃のブル中野には似てはいないが……。
 この作品自体は序章的な扱いで、「上の世界」と「下の世界」というディストピアものなのにも関わらず、「上の世界」にたどり着く前に終わってしまうのが拍子抜けだった。

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Date: 2019.02.24 Category: 外国映画 Comments (3) Trackbacks (5)

『ファースト・マン』 月までの推進力

 『ラ・ラ・ランド』『セッション』デイミアン・チャゼルの最新作。
 アポロ11号の月面着陸を成功させ、人類で初めて月に降り立ったニール・アームストロングを描いた作品。

デイミアン・チャゼル 『ファースト・マン』 ニール・アームストロング船長を演じるのはライアン・ゴズリング。

◆成功の裏側
 月面着陸と聞けば、誰もがアメリカが成し遂げた偉業だと刷り込まれていると思うのだが、当時から「そんな無駄なことに金を使うなんて」といった反対意見もあったようだ。しかし、今では反対意見は忘れ去られていったらしい。
 『ファースト・マン』では、その偉業を達成する前に犠牲となった多くの人々についても描かれている。莫大な予算を蕩尽しつつも簡単には成し遂げられない月面着陸という計画を、黒人たちは「俺は病院代を払えない。なのに白人は月に行く」と非難することにもなる(「whitey on the moon」という曲らしい)。
 その流れのなかで作家のカート・ヴォネガットも少しだけ顔を出していた。そう言えば、ヴォネガットは『タイタンの妖女』(1959年)の冒頭で宇宙開発のことを皮肉っていた。

 これらの不幸な手先(引用者注:宇宙開発のために送り出した先遣隊)が見出したものは、すでに地球上でもいやというほど見出されているもの――果てしない無意味さの悪夢だった。宇宙空間、無限の外界の報賞は、三つ――空虚な英雄趣味と、低俗な茶番と、そして無意味な死だった。


 ヴォネガットが言うように、人類史上初めて月面を歩いたニール・アームストロングは英雄として崇められることになったし、今では偉業の影で忘れられている“無意味な死”も多かった。宇宙開発の当事者たちは“無意味な死”とは言わないだろうが、ともかくも大きな犠牲が払われたことも確かなのだ。冷戦時代における国家の威信をかけた戦いだったのかもしれないのだが、同じことを再びやろうとしないのは、その犠牲があまりにも大きかったことの証左とも言えるのかもしれない。だからだろうか、アポロ11号という輝かしい成功を収めたミッションを描きつつも、本作はどこか陰鬱でもある。

『ファースト・マン』 ニール・アームストロング(ライアン・ゴズリング)と妻ジャネット(クレア・フォイ)。ジャネットはアポロ11号発射前に怒り狂う?

◆期待の若手デイミアン・チャゼルの最新作
 『セッション』『ラ・ラ・ランド』と立て続けに満足度の高い作品を世に送り出したデイミアン・チャゼルにしては、本作は評判があまり芳しくないようだ。『セッション』『ラ・ラ・ランド』が音楽を題材にしたすこぶる気分が高揚する作品だっただけに、陰鬱な雰囲気に戸惑ったということかもしれない。
 同じアポロ計画を題材とした『アポロ13』は、実際には月に着陸できなかった失敗したミッションであるにも関わらずエンターテインメント作品となっていたのと比べると、本作のアプローチは意外だったようにも思える。ただ、チャゼルは初めからエンターテインメントなどやる気はなかったようでもある。
 『アポロ13』のようなハラハラドキドキの展開のためには、客観的な情報が不可欠だろう。そのために『アポロ13』では宇宙船を外から見た描写が度々挟まれるし、地上の管制室でのスタッフのやりとりによって状況を説明したりもする。それによって「酸素がなくなるから対策を」とか、「電源を節約して地球まで帰還するには」といった問題設定も明確になり、それを克服していくというスリルが生まれる。
 それに対して『ファースト・マン』は、X-15航空機でもジェミニ8号でもアポロ11号でも、ほとんどがアームストロングの目線になっていて、狭いコックピットのなかからカメラが動くことがないのだ。だからアームストロングたちがどういう状況にあって何をなすべきなのかもよくわからない。観客はその息苦しいほどの狭さと船体が軋むほどの揺れのなかで恐怖を感じたとしても、困難な障害を克服していくといったエンターテイメント性には欠けるのだ。

◆月までの推進力
 『宇宙からの帰還』という本を書いた立花隆によれば、ニール・アームストロングは「精神的に健康すぎるほど健康な人で、反面人間的面白みにはまるで欠けた人物」なのだそうだ。本作でライアン・ゴズリング演じるニール・アームストロングは確かに面白みに欠けている。しかもバズ・オルドリン(コリー・ストール)の軽口をたしなめる生真面目もあって、無駄口を叩くこともない。そんなアームストロングがどれほどの想いを月面着陸に抱いているのかがその冷静な表情からは読み取れなかったのだが、月面でのある行動によって急に本作の憂鬱さも理解できるものとなったような気がする。
 アームストロングは技術屋と呼ばれたりもして、飛行機や宇宙船の操縦の腕前はずば抜けているし、危機的な状況においても常に冷静さを保つという精神力も兼ね備えている。ただ、それだけでは何人もの犠牲者を目の当たりにしても、彼が月に行くことをあきらめようとはしなかったことがよくわからない。チャゼルはそこにフィクションをひとつ付け加えた(もしかしたら本当だったのかもしれないのだが)。アームストロングは月のクレーターに亡くなった娘カレンの遺物を置いてきたのだ。
 上記のアームストロングの行動から推測するに、彼は娘に近づくために宇宙飛行士となり、月へ向かったとも言えるのだ。宇宙飛行士の訓練には困難がつきまとい、様々な事故によって同僚も犠牲になっている。さらには月に行って、そこに着陸するという前代未聞の事柄にはさらなる困難が予想される。もしかするとアームストロングは“死の世界”に近づくことで娘に近づけると考えていたのかもしれないし、向こう側に行ってしまっても構わないとすら考えていたのかもしれない。
 そんなふうに推測するのは、アポロ11号の発射前の妻ジャネット(クレア・フォイ)の怒りっぷりが異様なほどだったからだ。アームストロングが家に残していくふたりの息子ではなく、亡くなったカレンのいる“死の世界”に魅せられているようにすら見えたからこそ、ジャネットとしては再び地上に帰還することを彼に釘を刺しておきたかったのだろう。国家の威信をかけた旅に出る旦那に対しての態度としては場違いにも思えたのだが、アームストロングが“死の世界”に魅せられていたとすれば、“生の世界”に引き戻すためにも息子たちの前に彼を引きずり出すというジャネットの行動も理解できるのだ。
 そしてアームストロングにとっては、月こそが“死の世界”ということなのだ。(*1)アームストロングは“死の世界”にたどり着き、カレンの存在を身近に感じることができたのだろうか。とりあえず言えることは、チャゼルの描いたアームストロングにとっては、娘への想いが月にまでたどり着くための推進力になっていたということだろう。だからこそ本作は気分が高揚するような展開ではなく、どこか陰鬱とした雰囲気を選んだのだ。アームストロングは国家の威信のためではなく、“死の世界”にたどり着き娘の近くに行きかったからこそ月へと向かったのだから。

 様々な困難のあとにたどり着いた月面世界はIMAXで撮られているとのこと。しかもコックピット内から出た瞬間からそこには無音の世界がある。ただ何もなく無闇に広い岩だらけの空間。生命が存在することのできない領域。この場面はずっと狭いコックピットからの視線に慣らされていただけにインパクトがあった。チャゼルは音楽を題材としたエンターテイメント作品だけに留まる監督ではなかったようだ。

(*1) たしか星野之宣の漫画で月にたどり着いた宇宙飛行士が、そこを「死の世界だ」と感じる作品があったと思うのだが……。

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Date: 2019.02.21 Category: 外国映画 Comments (15) Trackbacks (3)

『女王陛下のお気に入り』 王冠を戴く頭には憂鬱が消えることはない

 監督は『ロブスター』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』などのヨルゴス・ランティモス
 ベネチア国際映画祭では銀獅子賞(審査員大賞)と女優賞(オリヴィア・コールマン)を獲得し、アカデミー賞でも最多の10部門にノミネートされているとのこと。

ヨルゴス・ランティモス 『女王陛下のお気に入り』 女王(オリヴィア・コールマン)とサラ(レイチェル・ワイズ)アビゲイル(エマ・ストーン)の三つ巴の闘い。

 タイトルにある女王陛下とはアン女王。グレートブリテン王国最初の君主として知られる人物だ。その女王(オリヴィア・コールマン)の寵愛を巡っての女同士の闘いを繰り広げることになるサラ(レイチェル・ワイズ)とアビゲイル(エマ・ストーン)という人物も実在する。
 ヨルゴス・ランティモスの過去作品では奇妙なルールが設定されていた。たとえば『ロブスター』のように独身者は動物にされてしまうとか……。この意味不明なルールも、実は現実のある部分のグロテスクな表現となっているのがおもしろいところ。しかし『女王陛下のお気に入り』はランティモスのオリジナル脚本ではないし、史実をネタにしているだけにそうした妙な設定はない。とはいえ観終わった後に嫌な気持ちになるという点では、ランティモスらしさを感じさせる作品となっていたと思う。

 アン女王は最高の権力者であり「何でも思いのまま」と思いきやそんなことはなく、痛風に苦しみ精神的にもかなり不安定な状態。政治的な事柄には関心がなく、それを取り仕切っているのがサラ。実は裏ではサラが女王のことを意のままに操っているのだ。というのも、アンとサラは女王と側近以上の関係だから。
 そうしたところに現れたのがアビゲイル。彼女は元貴族で、サラの従妹でもあるのだが、父親の借金のカタとして売られ酷い目に遭ってきた。アビゲイルはサラと女王に取り入ることに成功し、次第にサラの位置を狙うようにまでなっていく。

『女王陛下のお気に入り』 実際の宮殿で撮影された映像はそれだけで見もの。

 女王の寵愛を巡るサラとアビゲイルの闘いというのがスタートだが、次第に三つ巴の闘いとなっていく。サラ以上の閨房術で女王を悦ばせてくれるアビゲイルが新たに女王の寵愛を受けることになるのだが、これはサラに嫉妬を抱かせる女王の作戦でもあるのだ。
 地獄から這い上がってきたアビゲイルは、貴族に戻るために政治家たちを巻き込んだ策略を巡らせる。それによって追い落とされることになったサラは、毒を盛られ瀕死の傷を負い、アビゲイルと同じような地獄を見ることになる。
 結局、女王は戦費のためと偽って私腹を肥やしていたサラを追い出し、アビゲイルを選ぶことに。しかし、そのことでアン女王が幸せになったかと言えばそんなことはない。女王は17人の子どもを妊娠しつつも、その子どものすべてを亡くしてしまうという不幸もあり、常に憂鬱さを抱えていて、子ども代わりのウサギを可愛がる日々だった。アビゲイルは女王に取り入るためにウサギにもやさしくしているけれど、実際にはそれは手段でしかない。女王はアビゲイルがそのウサギをこっそり踏みつける様子を見てしまう。女王の寵愛を巡る闘いとはいえ、アビゲイルが欲しているのは女王の持つ権力でしかないのだ。
 一方で追放されたサラは、女王の幼なじみでもあり、女王を利用していたとはいえ正直な部分もあったのだ。それを失った女王の憂鬱はさらに増すほかないというのがラストシーンだったのだろう。サラもアビゲイルも地獄を味わい、女王もまた地獄のような憂鬱のなかにいる。最高の権力者がそうだとすれば、ほかの人間は言わずもがな。やはり嫌な気持ちになる作品だった。まあ、宮殿のなかの男たちは裸になってはしゃいでいたりもして能天気にも見えたけれど……。

 国家の一大事である戦争が、実は女王とふたりの女性の閨房での争いによって決まっているというのでは、振り回される民衆のほうはたまったものではないだろう。アビゲイルは娼婦から抜け出して貴族に戻ったものの、結婚初夜もそっちに興味はないらしい。旦那も女王も利用する対象なのだが、結局は娼婦と同じように性的な奉仕作業に従事しているというのが何とも皮肉な話だった。
 舞台となる宮殿はハットフィールド・ハウスという本物の宮殿とのこと。すべてが自然光だけで撮られていて、フェルメールの絵画みたいな場面もあったりするし、宮殿の内部を垣間見られるだけでも価値がありそう。多用される魚眼レンズは周囲がひん曲がるほど極端な画面を生み出していて、その意図はわかりかねるが異世界にいる気分にはなる。

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Date: 2019.02.19 Category: 外国映画 Comments (38) Trackbacks (5)

『アクアマン』 見た目はヒールなヒーロー

 監督は『ソウ』『死霊館』シリーズのジェームズ・ワン
 『ジャスティス・リーグ』などのDCエクステンデッド・ユニバースの第6作。

ジェームズ・ワン 『アクアマン』 ジェイソン・モモア演じるアクアマンは、トライデントを手に入れて大見得を切る。

 『ジャスティス・リーグ』で初めてお目見えしたアクアマン。そのマッチョぶりはほかのヒーローたちと比べても際立っていた。というか、ほかのヒーローが様々なコスチュームに身を包んで着飾っているのに対し、アクアマンは半裸だからそんなふうに見えるわけだが……。
 アクアマンを演じるジェイソン・モモアは、ハワイ生まれのアイオワ育ちで先住民の血をひいているのだとか。長髪にタトゥーという風貌はプロレスで言えばヒール(悪役)風でもあり、地元で寄ってくる連中もそうしたいかつい奴らばかりというのもおもしろいところ。
 ブラックマンタ(ヤーヤ・アブドゥル=マティーン2世)との因縁が描かれるエピソードは、ジェイソン・モモアのマッチョな身体が活かされた場面だった。アクアマンの武器といえば矛なのだけれど、この時点では由緒正しき三叉槍(トライデント)は持っていないわけで、肉体そのものが武器と言わんばかりに海賊たち相手に肉弾戦を展開する。しかもプロレスラーのように“受け”を重視していて、パンチもまったく効かないし、銃弾すらも跳ね返して「何でもない」という表情。雑魚を蹴散らしていく闘いが気持ち良かった。
 物語は海のなかの七つの国を巡ったり、なぜか空を飛んでみたり、シチリアで大暴れしてみたりとあちこちへと飛ぶ。それぞれ独特の世界観を持つ七つの国の造形はそれなりに見せるし、『スター・ウォーズ』のストームトルーパーのような兵隊たち(登場の仕方がいい)とか、『インディ・ジョーンズ』のような謎解きもあって盛りだくさんな内容だった。トライデントを手に入れアトランティス王として大見得を切るあたりが一番の見せ場だろうか。最後に右手を突き上げるシーンはまるで猪木のようでもあった。さすがに140分は長すぎだけれど、楽しめる作品になっている。
 目が覚めるほどの赤い髪のアンバー・ハードも魅力的だし、貫禄で女王を演じたニコール・キッドマンもいい。大物みたいな雰囲気を漂わせつつ何もしなかったドルフ・ラングレンや、仏様のような髪型のウィレム・デフォーなど脇役も賑やかだった。

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Date: 2019.02.16 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (4)

『バーニング 劇場版』 “見えるもの”と“見えないもの”

 原作は村上春樹の短編「納屋を焼く」(『螢・納屋を焼く・その他の短編』所収) 。
 監督は『ペパーミント・キャンディー』『オアシス』などのイ・チャンドン
 タイトルに劇場版とあるのは、昨年末にNHKでドラマ版が放映されたから。ドラマ版は劇場版の148分より50分くらい短いとのこと。

イ・チャンドン 『バーニング 劇場版』 ジョンス(ユ・アイン)の家の前で飲み明かす3人の姿。

 原作は30ページ程度の短編。小説家らしい主人公(映画ではジョンス)はある金持ちの男(映画ではベン)から「ときどき納屋を焼くんです」と聞かされる。そして次のターゲットの納屋はこの近くだと宣言されて、主人公は納屋を巡ることになるのだが、一向に焼けた納屋を見つけることはできないという話。
 80年代に発表された原作だが、映像化された作品は舞台が現在の韓国へと変更されている。私はドラマ版を観ていないのだが、ドラマ版は原作に忠実らしい。一方で劇場版では、原作では仄めかされる程度だった部分を明確に掘り下げていき、原作にはなかったラストを描いている。

◆“見えるもの”と“見えないもの”
 原作でも劇場版でも印象に残るのはヘミの言葉。ヘミ(チョン・ジョンソ)はパントマイムを習っていて、それをジョンス(ユ・アイン)の前で披露する。何もない居酒屋のテーブルでみかんを食べるというパントマイムをしてみせるのだ。ヘミは一番大事なのは「(みかんが)ないことを忘れる」ということなのだと言う。
 みかんをむいて食べるということは、実際にみかんがあればもちろん誰にでもできる。それをパントマイムでやろうとするときは、実際にはないみかんを「あると信じる」ことで成り立つと考えるのが一般的なのかもしれないのだが、そうではなくて「ないことを忘れる」ことが秘訣なのだとヘミは語るのだ。
 「あると信じる」ことと、「ないことを忘れる」こと。この違いが何なのかは私にはよくわからないのだが、イ・チャンドンはこれを“見えるもの”と“見えないもの”の対比と解釈している。劇場版にはそうした対比があちこちに顔を出す。ヘミの飼っているネコは人見知りで、ジョンスがやってくるとどこかに隠れてしまって見えなくなってしまう。それから韓国の南北問題はベン(スティーヴン・ユァン)の暮らす都会ではほとんど見えることがないのだが、ジョンスの暮らす田舎では見えやすい。ジョンスの家は山ひとつ越えたところに国境線がある地域にあり、北朝鮮が韓国に向けて流しているプロパガンダ放送が常に聞こえているからだ。そして後半になるとヘミも姿を消して見えなくなってしまう。

『バーニング 劇場版』 ヘミ(チョン・ジョンソ)は夕暮れのなかで踊りだすことになる。山の向こうは北朝鮮らしい。

◆韓国の3人の若者像
 ジョンスが「ギャッツビーのようだ」と評したベンは、洒落たマンションとポルシェなど、金で買える物ならすべてを持っている。ただそれだけでは飽き足らないのか、「ときどきビニールハウスを燃やしている」ことをジョンスに告白する。
 ヘミはアフリカでベンと知り合うことになったわけだが、ヘミはアフリカの部族からリトルハンガーとグレートハンガーの違いを学んでくる。リトルハンガーとは空腹な人であり、グレートハンガーとは人生の意味を探している人のことだ。
 ベンが物だけでは飽き足りず放火という犯罪に手を染めるのは、“見えないもの”を追い求めていることになるのだろうし、ヘミはグレートハンガーとして“見えないもの”を追って彷徨っている人と言えるだろう。
 もうひとりのジョンスは母親には捨てられ、父親は裁判沙汰になり拘束されている。その父親は、弁護士曰くプライドが高すぎて失敗したということになっている。プライドとはもちろん“見えないもの”であり、ジョンスはそうした血を受け継いでいることになり、3人が3人とも“見えないもの”に囚われているとも言えるのかもしれない。

◆曖昧さ? 複雑さ?

 劇場版独自の結末について触れておけば、ジョンスはヘミの失踪をベンの放火という行為に結びつける。「ビニールハウスを焼く」というのはメタファーであり、ヘミはベンによって殺されたのではないかと考えるのだ。
 ちなみに原作ではジョンスは「ないことを忘れる」というヘミの言葉通り、ヘミの失踪そのものを忘れたかのように、追跡をあきらめてしまったままで終わっている。それが劇場版では、“見えないもの”であったはずのネコが姿を現したことで、ジョンスはヘミの失踪をベンの殺人行為へと結びつける。“見えないもの”は一時的に見えないだけで探せば出てくるはずで、いつまでも“見えないもの”のままというのはヘミは消されてしまったということなんじゃないか。そんなふうにジョンスは考えたのかもしれない。
 ただ、そうした解釈は多くの読みのなかのひとつでしかない。小説家志望のジョンスは消えたヘミの部屋で小説を書き始めているわけで、ラストのエピソードはジョンスが描いた小説の話という可能性もあるからだ。ほかにもそうした曖昧さは見られ、ジョンスが幼いころにビニールハウスを焼いているという場面は、ジョンスとベンが同一人物なんじゃないかという疑いすら抱かせたりもする。実際には、ジョンスが出て行った母親の服を父親に焼かされたというエピソードと、ベンの話が奇妙に交じり合ってそうした幻想になっているということなんだろうと思う。
 ジョンスのベンに対する気持ちは、当然ながら愛しているヘミを奪われたという嫉妬はあるだろうし、貧困層であるジョンスから富裕層であるベンに対しての羨みもある。ただそれだけでは足りなくてジョンスは、ビニールハウス巡りをしているうちにベンの悪癖である放火を自らもやってしまいそうにもなる。ここではジョンスはベンと一体化していくようでもあり、そうした複雑なあれこれが最後の行為へと結びついていくことになる。

 イ・チャンドンは信頼できる監督であり、どの作品も傑作揃いと言ってもそれほど言いすぎではないだろう(『グリーンフッィッシュ』は未見だが)。『バーニング 劇場版』も148分という長尺でも観るべき価値がある作品となっている。村上春樹の原作ということで、ジャズなど村上春樹っぽいテイストを交えたり、水の枯れた井戸などの村上春樹的アイテムを取り入れつつも、独自の作品に仕上がっていたと思う。夕暮れの庭でジャズ(マイルス・デイヴィスの曲とのこと)を聴きながらヘミが踊るシーンは特に印象深い。
 ただ、ちょっと気になってしまったのは村上春樹の選んだメタファーの部分。「納屋(ビニールハウス)を焼く」という行為が、なぜ殺人のメタファーになるんだろうか。私が昔この短編を読んだときには、まったくそうしたメタファーとは気がつかなかったような気がする。もともとはウィリアム・フォークナーの短編に「納屋を焼く」という意味の「Barn Burning」という作品があるらしいのだが、これは韻を踏んでいるからわかるのだけれど……。

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Date: 2019.02.11 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (2)

『七つの会議』 ゴジラの人が破壊したもの

 原作は『半沢直樹』『下町ロケット』などの池井戸潤
 監督は上記のテレビドラマを演出した福澤克雄
 キャストは野村萬斎香川照之及川光博片岡愛之助朝倉あきなどから始まって、ゲスト的な扱いで様々な大物も顔を見せる賑やかさ。
 主題歌はボブ・ディラン「Make You Feel My Love」

福澤克雄 『七つの会議』 野村萬斎以下豪華なキャスト陣。

 『半沢直樹』『下町ロケット』などのドラマは見てはいないし原作も読んでいないのだけれど、世間でやたらと流行っているくらいということくらいは聞こえてくる。本作もそうした人気コンテンツのひとつなんだろう。
 社会学者・大澤真幸がどこかで書いていたことには、『半沢直樹』はすべてがことごとくリアルなのだけれど、その主人公である半沢直樹という人物が例外的にリアリティを欠いているのだとか(どの本に書いてあったかも忘れたから、以下想像も交えて記す)。これは半沢直樹のキャラがリアルではないからダメだと言っているわけではない。というか誰もが半沢直樹のように会社で振舞ってみたい。しかし現実にはそんなことはもちろん無理。そんな気持ちがあるからこそ半沢直樹の倍返しに誰もが快哉を叫ぶことになる。

『七つの会議』 八角(野村萬斎)と対立する北川(香川照之)。

 これはそっくりそのまま『七つの会議』の主人公八角にも当てはまることのように思えた。八角を演じるのは野村萬斎である。野村萬斎は狂言師として知られ、あの『シン・ゴジラ』でゴジラを演じた人でもある。野村萬斎は八角という人物を単なるぐうたら社員ではなく、狂言のなかの登場人物として演じているようだ。立ち振る舞いは異様だし、漫画の擬音でもあるかような笑い方もおよそリアリティに欠ける。もちろんこれは演出なんだろう。
 というのも『七つの会議』で描かれるような日本の会社の実情は、まったく馬鹿げた話だけれどリアルな話だろう。部下が嘔吐するほどのパワハラ、ライバル同士での足の引っ張り合い、下請けへの無理強い、同業他社を出し抜くための偽装工作と隠蔽などなど。本作では滑稽なくらいにデフォルメされているようにも見えるけれど、会社の内部の人からすれば心情的にはリアルなものと言えるかもしれない。そんな馬鹿げた何かに日本の多くのサラリーマンが(つまりはほとんどすべての働く世代の人々が)苦しめられているということなのだろう。
 かつては日本のやり方が絶大な効果を生んだこともあった。それでもさすがに変えていったほうがいいだろうというのが誰もが心のなかでは思うこと。しかしそれが変えられないのが日本の企業ということでもあるのだろう。そこに登場するのはおよそリアリティを欠いた居眠り八角という主人公で、彼は会社の不正を暴くことになる。八角はクビを恐れないし、それでいて会社に対する忠義を忘れることもなく、最後の最後まであきらめることはない。
 そんな人物がどこに居るのだろうか。いや、居るわけがない。そんな反語的表現が最後の八角の独白だったようにも思えた。というのも、ここでの八角はそれまでとは一変するような語り口で、ここでは製作陣の気持ちが込められているようにも感じられたからだ。最後に八角は日本社会に不正も隠蔽もなくならないでしょうと語る。その理由として挙げられるのは武家社会の幕藩体制が今なお続いていること。藩から出て生きていくことは難しく、藩のなかにいれば守られる。そうした意識が会社組織のなかにも残っているからだと分析する。威勢のよかったキャラの突然の心変わりも、八角みたいな存在があり得ないということを示しているかのようだった。
 豪華キャスト陣の顔芸が楽しめる作品で、やはり香川照之のそれはわかっていても見てしまう。

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Date: 2019.02.10 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (5)

『赤い雪 Red Snow』 紅白だけどめでたくはない話

 映像作家・アートディレクターの甲斐さやかの脚本・監督作。

甲斐さやか 『赤い雪 Red Snow』 主演の永瀬正敏以下、出演陣は意外と豪華。

 ある雪の降る日、少年が行方不明になる。その少年の兄である白川一希(永瀬正敏)は、弟を追いかけていき見失ったということだけを覚えている。あの日、一体何があったのか?
 30年も前の出来事のことを追って記者の木立(井浦新)がその村にやってくる。木立はその出来事の目撃者である江藤早百合(菜葉菜)の居場所を見つけたらしく、その事実をわざわざ白川に知らせにきたのだ。
 白川の弟が行方不明となった日には火事も起きていて、そこからは少年の骨も出てきたという。その日を境に村から姿を消した早百合とその母親が、失踪と火事の両方に関わっているというのが木立の見立てなのだ。それに対し白川は、何も覚えていないし、目撃者にも会いたくないというのだが……。

 ※ 以下、ネタバレもあり!

『赤い雪 Red Snow』 弟が消えたアパート付近では雪に赤サビが交じり合って赤い雪になっている。

 冒頭、真っ白な雪のなかを赤いセーターを着た少年が駆けてゆく場面が印象的。兄である白川はその赤い点のような姿を追いかけていくのだが、曲がり角で見失ってしまう。弟はどこに消えたのか。
 これが本作の始まり部分なのだが、この部分はゲームの『サイレントヒル』の導入部とよく似ている。タイトルにもなっている“赤い雪”というのは、弟が消えたアパート付近で赤サビが雪に交じり合っている状態のことを指すのだろう。このあたりの雰囲気も『サイレントヒル』の裏世界を意識しているように感じられた。
 冒頭シーンでちょっと凝っているのは、弟を追って走っていく白川の姿は見えないのだが、息づかいが途中から変わるところ(記憶違いかもしれないが)。最初は永瀬正敏演じる大人になった白川のものだが、途中から少年時代のそれへと変化するのだ。これは大人になった白川がうなされるように見ている夢と、少年のときに体験した記憶の部分がつながっていくという演出だ。そして、ゲームというかアニメのようでもある夢の部分から、いつの間にかに写実的な映像へと変化していく。白川は未だにあの出来事に縛られているのだ。

 ちなみに白川は漆塗りの職人であり、何度も塗りなおしていく漆の赤と、降り積もっていく雪の白さのイメージは重なってもいる。共に下にあるものを隠してしまうという点で似通っているのだ。そこに何が隠れているかと言えば、あの出来事にまつわることになる。白川が漆を剥がして漆器の木目が露になり、白川と同様にあの出来事に執着する理由を持っている木立が雪を掘り下げていくと、隠されていたもの顔を出してしまうことになる。
 知らなければ済んでいたのに知ってしまうと耐えがたいというのは、オイディプスっぼいと言ったら言い過ぎだろうか。だから都合よく記憶喪失になって自分を守るという防衛規制もあったわけだが、妙な横槍が入って悲劇は拡大してしまう。

 悪女というよりは愛想のない荒んだ女を演じた菜葉菜の印象がこの『赤い雪 Red Snow』のトーンとなっていて、何とも陰鬱な作品となっている。母親役の夏川結衣もこれまでとはまったく違う役柄で、出番が少ないのがちょっと惜しいところ。佐藤浩市は普通のおじさんっぽく見えるのだが、実は諸悪の根源とも言うべき役柄で、これを楽しそうに演じている。
 すべては巡り合わせでひとつのピースでも違ったら、こんなことは起きなかった。そんなことを述べさせる物語は果敢に攻めている。そこは悪くはないのだが、正直なところ説得力には欠けるところがあるように感じられた。

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Date: 2019.02.06 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (1)

『サスペリア』 ダンスが凶器?

 1977年の『サスペリア』(ダリオ・アルジェント監督)のリメイク。
 監督は『君の名前で僕を呼んで』などのルカ・グァダニーノ

サスペリア

 オリジナルの99分に対して本作は152分ということで1時間近くも長くなっていて、まったく別物に仕上がっている。オリジナル版では原色そのままのどぎつい色合いとゴブリンの音楽が強烈なインパクトだった(特にテーマ曲は一度聴いたら忘れられないほど)。一方の今回のリメイクは地味な色合いの重厚なつくりで、かなりのアート志向なのだ。似たようなリメイクをやっても意味はないわけで、これは正解だったんじゃないかと思う。
 ダリオ・アルジェント版の『サスペリア』は実は3部作となっているのだそうだ。『インフェルノ』(1980)『サスペリア・テルザ 最後の魔女』(1977)という続編があるようで、そちらも含めてのリメイクとなっている模様。

◆リメイク版に追加されたのは?
 152分という長尺となって付け加わったのは、1977年当時のドイツの政治的な状況だ。そのころはまだ東西ベルリンが分断中で、舞台となる舞踏団の学校もベルリンの壁のすぐ近くにある。そして、「ドイツの秋」などと呼ばれるバーダー/マインホフが起こしたテロ事件がニュースで取り上げられている。
 登場人物のひとりクレンペラー(ティルダ・スウィントン)という精神科医は、ナチスの第三帝国やバーダー/マインホフがやろうとしていることを妄想だと指摘する。舞踏団から逃げ出したパトリシア(クロエ・グレース・モレッツ)が、舞踏団が魔女に支配されていると語るのも、そうした妄想の一種だと考えている。人は妄想を抱くことで何とか生きていける場合がある。第一次大戦で敗れたドイツがナチスを政権に押し上げたように。
 それでは魔女というのは一体何か。“魔女狩り”という現象にも表れているように、魔女というのは社会から排除された存在だ。実際には魔女はいないのだが、その社会にとって耐え難い出来事があったとき、異端である人々がその元凶とされ、スケープゴートとしての魔女が生み出されることになる。そして、現実のドイツで排除されたのはユダヤ人たちだった(実はクレンペラーはユダヤ人)。人は妄想に頼ってしまう場合があるが、その妄想によって排除される人もいる。それが魔女であり、ユダヤ人だということだ。
 ただ、本作の魔女は比喩ではなくて本物である。魔術を操り多大な力を持つ存在だ。最後には魔女として覚醒した主人公スージー・バニヨン(ダコタ・ジョンソン)は、事件の証人たるクレンペラーの記憶を消す。その時、スージーはこんなふうに語る。「私たちは恥と罪を必要としています。しかしあなたのものではありません」と。このスージーは神のような視点からドイツの歴史を見ているようにも思える。つまりはこの作品の魔女は、二種類いるということかもしれない。メタファーとしての魔女と、リアルな力を持つ魔女と。だから、何だかややこしい。それでもドイツ社会の縮図が表現されていることに間違いない。

サスペリア2

◆ダンスが凶器?
 オリジナルでは魔女の呪いによって、何者かがナイフを使ったり、犬が殺しを代行したりしていたわけだが、今回はもっと凝っている。『キネマ旬報』の「キネ旬レビュー」では、「常軌を逸したカットつなぎが連打され、しかもカット尻が全部少しずつ短い感じがあって、それだけでまず観る側の神経をおかしくする趣向」という評価がされていた。
 とにかく何か異様なものを見ているという感じがして、それがショッキングなシーンへと結びついていた。舞踏団のダンスやスージーの過去、性的なものや何だかわからない禍々しい映像、そうしたものが隣接するイメージでつらなっていくようでもあった(一度観ただけだから曖昧だが)。
 そのショッキングなシーンというのがダンスでの殺人シーンだ。マダム・ブラン(ティルダ・スウィントン)に術をかけたれたスージーが踊り出すと、別室に閉じ込められているオルガの身体もそれに合わせて動き出し、ダンスが殺人へとつながるのだ。
 ここはひとりでバックドロップをやってみせるオルガ役の女優さんの身体能力もすごかったのだが、最後はひとり卍固めのようになってしまう。しかもオルガは息も絶え絶えながら生きていて(だから殺人シーンではないのだが)、後の儀式に使われるという残酷さ。ラストの血みどろシーンはグチャグチャでもはや何だかよくわからなかったけれど、ダンスでの殺人シーンだけでも十分にスゴいものを観たという気がした。

 それからエンドクレジット後のスージーの仕草も謎めいている。公式サイトには町山智浩の推測も交えた解説動画がアップされている。それによればスージーが最後に手をかざしているのはベルリンの壁だとか。

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Date: 2019.02.02 Category: 外国映画 Comments (4) Trackbacks (2)
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