2016年05月のバックナンバー : 映画批評的妄想覚え書き/日々是口実
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『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』 ムーアが日本に侵略に来ていたならば……

 『ボウリング・フォー・コロンバイン』『華氏911』などのマイケル・ムーア監督の最新作。

『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』


 マイケル・ムーアはある相談のためにアメリカ国防総省に呼ばれる。「アメリカの軍隊は第二次大戦以来負け続けているが、どうすればいいだろうか」というのが相談の内容。ムーアはそれなら自分がひとりで侵略戦争をしようと考える。何の兵器も持たないたったひとりの軍隊であるムーアは、他国に行ってその国の良いところを学び、それをアメリカに持ち帰るのだ。

 侵略の目的が他国の資源や財産を奪うことだとするならば、ムーアがするように他国から何かを学びとって自国に持ち帰ることも侵略の一種という論理らしい。ムーアが今回侵略に向かうのは、イタリア、ポルトガル、フランス、ドイツ、フィンランドなどなど。
 今回の取材は突撃ではなさそうで、各国の有名企業や政治家などから教えを乞うこととなるわけだが、ムーアは各国のシステムの素晴らしさに驚き、アメリカの酷さを確認することになる。たとえばイタリアでは有給休暇が長くて労働者たちはバカンスを楽しむ余裕があるし、毎日のランチは2時間の時間をとって家族と優雅に過ごす。フランスは子供たちの給食にまで美食が行き届いていて、スロベニアでは大学の学費が無料。一方でアメリカはと言えば……。そうして各国を回るうちにムーアが発見するのは、こうしたシステムはかつてのアメリカにその理念があったのではないかということだ。
 『キャピタリズム~マネーは踊る~』では、最後にルーズベルト大統領の訴えた新しい権利章典についての言及がなされている(こちらのサイトを参照)。ルーズベルトはその実現を前にして亡くなってしまったため、結局アメリカではルーズベルトが訴えたような人々の権利――たとえば、「充分な食事、衣料、休暇を得る権利」「適正な医療を受け、健康に暮らせる権利」――が未だに実現されていない。一方で第二次大戦後アメリカは敗戦国であるドイツ・イタリア・日本に新しい憲法を制定したために、アメリカでは実現していないことがそれらの敗戦国では実現しているとまとめている。この結語の部分をわかりやすく示したものが『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』なのだ。
 もっともアメリカにフランスのような美食の文化はないような気もするから、すべてがアメリカ発ということはないのかもしれないが、他国で実現できていることがなぜアメリカではできていないのかという部分がムーアの訴えることなのだ。

 ムーアは英語を話せる国という限定で今回侵略する国を選んでいて、日本はその対象から外れている。もし日本に来たならば、日本ではアメリカが与えてくれた(あるいは押し付けた)“憲法9条”という滅多にない土産を持ち帰ることができたかもしれないのにとも思う。
 さすがにムーアも「アメリカに“憲法9条”を」とまで過激なことを言うのははばかられたのかもしれない。あまりに非現実的だから……。あるいはもしかすると、ムーアはほかの国がアメリカの与えたシステムを発展させているのに、日本では“憲法9条”という理想をダメにするばかりか、それを変えてしまおうとする動きを知っていて、そうした日本の姿勢には学ぶところはないと考えたのかもしれない。

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マイケル・ムーアのその他の作品
Date: 2016.05.30 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (3)

『ディストラクション・ベイビーズ』 共感はできないけれど、目を離すこともできない

 監督はこの作品がメジャーデビュー作となる真利子哲也
 暴力的な衝動がモチーフになっているところからも推測されるように、タイトルは村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』を意識しているようだ。そして、“ディストラクション”とはDistraction(気晴らし、動揺)とDestruction(破壊)という似た発音の言葉から発想されたものだとか。

真利子哲也 『ディストラクション・ベイビーズ』 

 泰良(柳楽優弥)は最初から最後までケンカばかりしている。街を徘徊して獲物を狙う目は獣のよう。しかし獣にすらあるはずのケンカのルールも、泰良にとっては関係ない。目的は金でもなければ弱い者をつぶすことでもない。骨のありそうな奴を探しては殴りつけ、殴り返される。血だらけになり這いつくばっても「まだやれるやろう?」と相手に向かっていくことが生きがいらしい。泰良は理解不能のバケモノなのだ。
 ケンカが強い男は人を惹きつけたりもするけれど、泰良はひとり彷徨っている。泰良のケンカは誰かに対する示威行動ではなく、ただケンカそのものが目的なのだ。そして時にはヤクザにこっぴどく打ちのめされても意味のないケンカをやめようとしない。そんな薄気味悪さが相手をたじろがせるのだ。泰良が何のためにケンカをするのか誰にもわからないし、泰良も「楽しければええけん」と言うだけで説明することもない。

 ケンカに明け暮れる泰良の姿を街で見かけた裕也(菅田将暉)は、そんな泰良に取り入って騒ぎを拡大させることになるけれど、そんな裕也でさえ泰良のことを理解できない。裕也は泰良の尻馬に乗ってうっぷん晴らしをするわけだが、泰良にとって裕也は眼中にないのだ。一方で巻き込まれて人を殺すことになったキャバ嬢の那奈(小松菜奈)の行動には興味を抱いている。それは殺人という暴力に対する興味なのかもしれない。裕也はうっぷん晴らしの仲間として共感できる部分があると考えていたようだが、それは泰良のことを見誤っていたに過ぎないわけで、泰良は誰の理解も超えているのだ。

 泰良が松山の中心地でケンカをする場面は、カメラはちょっと離れた位置からそれを捉えている。あまり近づきすぎると巻き添えを喰らうかもしれないが、何だか面白そうで目が離せないという野次馬の目線なのだ。共感はできないけれど、目を離すこともできない。そんな泰良を演じた柳楽優弥の存在感は素晴らしかった。


 ※ 以下、ネタバレもあり! 結末にも触れているので要注意!

『ディストラクション・ベイビーズ』 泰良は誰もいない細い路地でケンカをふっかける。迫ってくる柳楽優弥が不気味!

 「衝撃作!」というキャッチフレーズも大袈裟ではないくらい、日本映画では珍しく攻めている作品だと思うのだが、途中からその終わり方をどうするのかという点が気になっていた。
 中盤で裕也が加わってからは、泰良のやることはケンカというよりは通り魔として扱われ、世間でも注目を浴びてしまう。犯罪者となったからには最後は社会的制裁を受けることになるというのが一般的だろうが、この作品はそうした終わり方にはしなかった。それは泰良が着地する場所などどこにもないということのようにも思えた。

 冒頭では泰良の弟・将太(村上虹郎)が兄を見つける。そのとき将太は川の向こう岸に泰良を発見する。将太は泰良を追いかけるが捕まえることはできない。ここでは「此岸」に弟がいて、「彼岸」に兄がいる。「彼岸」というのは「あの世」ではないけれど、現実世界である「此岸」からは遊離した場所であるとは言えるかもしれない。
 泰良と将太の養父(でんでん)は、彼らの地元・三津浜にはルールがあると語る。三津浜では毎年恒例の喧嘩神輿では死者が出ることもあるというが、それは「ハレ」の日ということで大目に見られている。ケンカも祭りという行事の最中なら許されるというのが三津浜のルールだが、泰良はなぜかそうしたルールを逸脱して「ハレ」の状態に留まるのだ。これが泰良の居る「彼岸」ということだろう。
 そして、一連の騒ぎのあとのラスト。その日はまさに喧嘩神輿の当日だが、その日に一度は姿を消した泰良が再び姿を現す。今度は養父がその姿を対岸に発見することになる。向こう岸には泰良だけではなく、将太も泰良を思わせる風貌で姿を現すのだ。タイトルの“ベイビーズ”とは泰良と裕也のことだとばかり思っていたのだが、どうやら泰良と将太が“ベイビーズ”であったらしい。
 タガが外れたふたりの子供たちがどうなるかはわからない。けれどもこの作品では最後の最後まで泰良は社会のくびきに囚われることはない。なぜかと言えば、彼らを屈服させ彼らの死によって現実世界に着地させることは、彼らをわれわれの尺度で測ることだからだろう。理解できないバケモノは理解できないままに終わらせるというのがあの結末になったのではないだろうか。作り手としてとても誠実だけれど、それだけにこれまでになく危なっかしい作品となっている。柳楽優弥が演じた泰良と同じように、『ディストラクション・ベイビーズ』という作品も目が離せない魅力がある。それが到底共感できないとしても……。

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Date: 2016.05.27 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (6)

『海よりもまだ深く』 なりたいものにはなれなくて……

 『そして父になる』『海街diary』などの是枝裕和監督の最新作。

是枝裕和 『海よりもまだ深く』 良多(阿部寛)は台風の夜を元家族と共に過ごすことに……。

 阿部寛樹木希林が共演する是枝作品ということで、『歩いても 歩いても』の姉妹編のような印象。『歩いても 歩いても』のタイトルがいしだあゆみの歌った「ブルー・ライト・ヨコハマ」の歌詞から採られているように、『海よりもまだ深く』のそれはテレサ・テンの「別れの予感」から来ている。樹木希林扮する母親が阿部寛の袖口あたりを引っ張りながら歩いてゆく場面とか、金のない息子が無理して母親に小遣いを渡すエピソードなどがどちらの作品にも共通して登場するのは、家族の関係が中心にあるからだろう。
 『海よりもまだ深く』で阿部寛が演じる良多はダメな男である。かつては一度文学賞(『死の棘』で有名な「島尾敏雄賞」という設定)を受賞した作家だったのだが、今では落ちぶれて創作のための取材と自分に言い聞かせながら探偵の仕事をしている。そのノウハウを活用して別れた妻・響子(真木よう子)と新しい彼氏(小澤征悦)との関係を探ってみたり、仕事で知った個人情報をゆすりに使ったりもする。未だに大人になりきれず、夢をあきらめきれないままで、さらに元妻や息子(吉澤太陽)には未練タラタラという何とも情けない中年男である。
 そんな良多とその息子、さらには元妻がたまたま母親の家に集まった夜、折からの台風の影響で帰るに帰れなくなった元家族たちはマンションの部屋で一晩を過ごすことになる。

『海よりもまだ深く』 樹木希林が演じる母親と小林聡美が演じる姉。樹木希林は何も演じても樹木希林に見えるけれどそれもまたいい。

 是枝作品はどこにでもある日常を丁寧に描きつつ、さりげない形でそれぞれの登場人物同士で醸成されていくせめぎ合いを見せていく。交わされる会話は普段のそれと同じように「それはあれなのよ」といった曖昧な言い方を連ねたりする一方で、急に人生訓めいたことを言ってドキッとさせたかと思うと、気恥ずかしくなってか笑いに紛らせてみたりする。そのあたりのバランス感覚は絶妙だ。
 作家になりたかった良多は探偵の真似事をして稼ぐしかないし、父親らしいことをしたかったはずなのにそれもなかなか叶わない。なりたかったものにはなれないにも関わらず、嫌っていた父親と同じようにギャンブルにはまって実家の金を漁るようなことまでしてしまう。なりたいものにはなれないけれど、なりたくなかったものになっていく……。そんな感覚はそれなりに歳を重ねた人ならば共有しているものであり、妙に身につまされるところがあった。

 舞台となっている東京都清瀬市の旭が丘団地は是枝監督が実際に住んでいた場所とのことで、脚本には自身の過去も色濃く反映されているのだろう。その分、いかにも自然で血が通った作品になっていると思う。マンガが原作だった前作『海街diary』は、今回のようなオリジナル作品と比べると色々と足かせあって不自由だったんじゃないかという気もした。

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Date: 2016.05.26 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (9)

『SHARING』 震災の痛みを共有することは可能か?

 『おかえり』『東京島』などの篠崎誠監督の最新作。
 実はすでに東京での上映は終了してしまっている。3週間のレイトショー上映というかなり限定的な公開だったのだが、私が観た日は監督と観客との質疑応答などもあってか満席だった。このあと全国で順次公開することになるらしい。

篠崎誠 『SHARING』 何だかよくわからないけれどカッコいいポスター


 2011年の東日本大震災から3年後。瑛子(山田キヌヲ)には、たまたまその日に宮城へ行ったために死ぬこととなった恋人・清志がいた。突然に愛する人を亡くした瑛子は3.11を忘れることはできないし、未だに夢のなかで清志の姿を追い続けている。一方、瑛子の教え子でもある薫(樋井明日香)は、東京で3.11についての舞台を稽古中。経験してはいない地震と津波について思いを馳せ、演劇で何かを語ることができるのか格闘している。

 『SHARING』では3.11を忘れることができない瑛子と、3.11を体験せずにそれについて語ることを模索する薫がいる。そうした出来事に遭わずに済んだ人にとってもそれはまったく関係ないわけではない。ただ、3年という時間が経過し、それぞれが日々の生活に追われていると、そんなことなどなかったかのように暮らしていたりもする。震災の痛みを共有する(SHARING)ことは可能なのか? 薫はそれを可能だと考える。
 演劇では自分の知らない役でもそれを演じなくてはならない場合もある。殺人者の役は殺人者しか演じられないとすれば演劇は成り立たない。そこを補うのが演技者のイマジネーションであり、それによって3.11の被災地とは遠く離れていても3.11について語ることはできる。薫はそんなふうに信じるが、ほかの者はそうではない。
 平穏無事な東京に居ながら3.11について語ることは傲慢ではないか。他方ではそういう考えもあり、演劇部の仲間は被災者の気持ちになりきることはできない。紆余曲折を経て完成した演劇は、もとの設定からズレて薫だけの一人舞台となることに鑑みると痛みの共有は簡単なことではないのかもしれない。

 瑛子は社会心理学者で予知夢についての研究をしていたりもする。というのは動物と人間を隔てるものは、人間に備わっている未来を想像する能力だと瑛子は考えるからだ。動物は今そこにある危機を察することはできるが、人間のように未来に対する漠然とした不安を感じることはないのだ。
 この作品の重要な登場人物である彷徨う男(高橋隆大)は、大学構内に爆発物を仕掛けることになるが、動物にはない過剰な何かが自ら破滅を導くような行動をしてしまうのかもしれない。彷徨う男はドッペルゲンガーを伴って登場するのだが、彷徨う男の未来には破滅と道とは別の道も示される。(*1)その別の道では、彷徨う男はある女の子と一緒になって幸せになっているように見える。ただ、そうした僥倖は決して訪れないのではないかという未来に対する不安があればこそ、爆弾を仕掛けるというバカな真似をしてしまう。

(*1) 今回観たのは111分版なのだが、この作品には99分の『SHARING アナザー・バーション』が存在する。彷徨う男に別の道が示されたように、『アナザー・バージョン』は111分版とは違う結末となっているらしい。ちなみに『アナザー・バージョン』には彷徨う男は出てこないとのこと。こちらも観たかったのだが……。

『SHARING』 瑛子と薫が対峙する場面では、最後にベルイマンの『仮面/ペルソナ』のような分割画面に……。

 前半は対話劇としてゆっくりとしたテンポで進む。瑛子と同僚は酒を酌み交わしながら、薫は演劇論を仲間と戦わせながら、3.11について語り合う。しかし、次第に瑛子の夢が現実を浸食していき、瑛子は何度も「夢から醒めた夢」を見ることになると事態は混沌としてくる。一方の薫はイマジネーションの力で被災者の体験を幻視してしまうことになる。そんなふたりの対話がひとつのクライマックスでもあるのだが、ふたりがそれぞれの気持ちを共有できたかといえばそうではないようだ。
 結末はそれが瑛子の夢という可能性を残しつつも苦いものになっている。そうした結末から痛みを共有することの必要性を読み解くこともできるのかもしれない。(*2)ただ、この映画『SHARING』は3.11以後のわれわれに説教を垂れるばかりではなく、3.11を題材にしながらそれをエンターテインメントとして仕上げているという点でとても貴重な作品となっている。
 瑛子の夢が現実を浸食していくにつれて、映画は不安をあおるようになっていく。久しぶりにゾクゾクさせられる感覚を味わったような気がする。それでは何が怖かったのかと言えば、ドッペルゲンガーでも爆弾でも幽霊でもなくて、未来に対する不安なんじゃないかとも思う。
 こんな限定的な公開ではもったいない作品。しかもソフト化するかどうかもあやしいようなので、観る機会がある人はぜひとも。

(*2) 篠崎監督の『忘れられぬ人々』では、第二次大戦でお国のために戦った兵士たちのその後の姿が描かれる。震災も戦争も忘れてはならない出来事ということなのだろう。

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Date: 2016.05.22 Category: 日本映画 Comments (0) Trackbacks (0)

『ヘイル、シーザー!』 ハリウッド万歳なの?

 ジョエル&イーサン・コーエンの最新作。

コーエン兄弟 『ヘイル、シーザー!』 スカーレット・ヨハンソン演じる花形女優。賑やかで楽しい撮影現場。


 ハリウッド超大作「ヘイル、シーザー!」の撮影中、現場からスター俳優ベアード・ウィットロック(ジョージ・クルーニー)が誘拐される。スタジオの“何でも屋”のエディ・マニックス(ジョシュ・ブローリン)はスター俳優を取り戻して撮影を続行させるべく動き出す。

 一応は誘拐事件の解決というプロットはあるものの、コーエン兄弟はそれをネタにして50年代に黄金期を迎えたハリウッドの内幕物をやりたかったということなのだろう。マニックスは様々なスタジオ内のトラブルを解決していくが、そこで撮影されている映画の断片が賑やかでとても楽しい。
 スカーレット・ヨハンソンが人魚になってシンクロナイズド・スイミングをやってみせたり、チャニング・テイタムがまたもや身体能力の高いところを見せるミュージカルがあり、アルデン・エーレンライクが馬にまたがってのアクロバティックな技を披露する西部劇も登場する。エーレンライクは役得で馬や縄を扱わせると一流なのだが演技はド素人で、プロデューサーの肝入りで文芸作品に出たもののあまりに下手で監督を呆れさせるところが笑わせる。
 こちらのサイトの記事によれば、それぞれのキャラには実在のモデルがあるのだとか。劇中で撮影中の「ヘイル、シーザー!」は山上の垂訓らしき場面が登場するし、明らかに『ベン・ハー』を意識しているようで、50年代の映画に詳しい人は余計に楽しめるのかもしれない。

『ヘイル、シーザー!』 スター俳優ベアード・ウィットロック(ジョージ・クルーニー)は撮影でシーザーを演じる。

 この映画は犯人探しが目的ではないから言ってしまうと、誘拐犯は共産主義の信奉者たちだ。彼らはハリウッドで赤狩りの犠牲者となった「ハリウッド・テン」と呼ばれた人たちを思わせる設定になっているようだ。
 おもしろいのは誘拐されたウィットロックは、共産主義者たちの主義・主張ももっともだと誘拐犯たちに同調するようになっていくところ。作品の冒頭あたりでマニックスはある女優の横っ面を張り倒して真っ当な仕事へと復帰させるが、後半ではマニックスはウィットロックを散々張り倒して共産主義の洗脳から目を覚まさせることになる。

 ただ何となく気になるのは、ウィットロックを演じているのがジョージ・クルーニーだということだ。クルーニーは『グッドナイト&グッドラック』という作品を監督している。この作品でクルーニーは赤狩りに反対したエドワード・R・マローというニュースキャスターの仕事を敬意と共感をもって描いている。(*1)
 赤狩りはハリウッドでも汚点であったはずで、たとえばチャップリンはハリウッドを追放されたし、『エデンの東』のエリア・カザンは裏切り者とならざるを得なかった。そうした後ろ暗い経緯があるからこそ、クルーニーは赤狩りに反対したマローという人物のことを取り上げたのだろう。
 この『ヘイル、シーザー!』では、共産主義に対して同調的だったウィットロックを張り倒して、「ハリウッド万歳」という映画愛へと持って行くわけだけれど、そのウィットロックをわざわざ『グッドナイト&グッドラック』を撮ったクルーニーに演じさせるところが意図的なものなのか、単なる能天気なのかはちょっとはかりかねるところがあった。

(*1) マローは共産主義のために闘ったわけではない。アメリカの経済システムとは相容れない共産主義という考えでも、それを語り合う自由がアメリカにはあるということであり、その自由を守るために闘ったということになるのだろう。

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Date: 2016.05.19 Category: 外国映画 Comments (2) Trackbacks (10)

『ヴィクトリア』 ワンカット撮影で登場人物の時間を体験する

 140分のワンカット撮影というチャレンジングな作品。
 監督は役者としても活躍しているというセバスチャン・シッパー

セバスチャン・シッパー 『ヴィクトリア』 ヴィクトリアを演じたライア・コスタ。


 ベルリンの街に来たばかりで友達もいないヴィクトリア(ライア・コスタ)は、クラブで声をかけられた男たちと仲良くなる。マンションの屋上で盗んできたビールを飲みながら下らない話で盛り上がったヴィクトリアは、夜明け前のひと時を楽しく過ごす。一度は彼らと別れるものの、男たちはドラブルを抱えており、ヴィクトリアもそれに巻き込まれることに……。

 ワンカットで撮影された作品というのはこれまでにもないわけではない。全編ワンカットで話題になった『バードマン』はCG技術でうまくつないでワンカットを装っているし、ヒッチコック『ロープ』も画面を遮るなどして編集点を作ってワンカットに見せかけている。松江哲明『ライブテープ』は74分ワンカットで撮影されているが、これは吉祥寺を舞台に歌いまくるミュージシャンのドキュメンタリーであって、役者が何かを演じて物語を構成するわけではない。『ヴィクトリア』は正真正銘140分のワンカット撮影で、しかも物語を語るというのだからなかなかスリリングな体験だったと思う。

 映画で描かれる物語はある期間に生じた出来事を凝縮して語ることが普通だろう。3日間の出来事をワンカットで撮影したならば、上映にも3日かかることになるし、そのなかには物語にとって意味のない時間もあるわけで、そんな部分は省略されることになる。そんなふうに選択されものをつなぎあわせて2時間程度にまとめたものが作品となる。
 その反対に登場人物によって重要な出来事はスローモーションなどで時間が引き延ばされる場合もあるし、ハリウッド映画によくある決定的な瞬間に至る過程を細かなカットをつなぐことで引き延ばすという手法もある。そういう意味では時間を省略したり引き延ばしたりという操作は、映画にとっては最も基本的であり重要な要素なのだろうと思う。『ヴィクトリア』はそうした操作はせずに、ヴィクトリアが体験する特別な140分を延々と追い続けることになる。
 たとえば『ニック・オブ・タイム』やテレビドラマ『24』シリーズなどは、作品内時間と現実の時間が一致するとされているが、これらの作品はカットを細かく割っているためいくらでも操作が可能になる。登場人物が体験する時間を真に体験させるとすれば、撮影を中断したりせずにワンカットで撮影することが必要だ。『ヴィクトリア』ではすべてをワンカットで捉えているために、作品内の時間と現実の時間が一致している。ライア・コスタという女優はヴィクトリアという役柄に成りきったまま最後まで演技を続け、暗闇が支配する早朝4時ごろから始まった物語は、陽が昇り明るくなったベルリンの街が動き出すまでをノンストップで映し出していく。(*1)『ヴィクトリア』はベルリンの街を舞台にした一幕物の演劇をカメラが追い続けたようなものなのだ。

(*1) ヒッチコックの『ロープ』では、作品内の時間進行とともに背景が夕焼けに染まって行くが、これはセット撮影で時間経過を演出しているわけで現実の時間と一致しているわけではない。

『ヴィクトリア』 ヴィクトリアはクラブで知り合った男たちと仲良くなるのだが……。

 ヴィクトリアはなぜあんなチンピラたちについて行くのか。「どう考えてもロクなことになりそうにはないからやめとけよ」と観客としては思うだろう。しかし、彼らとグダグダしたときを過ごしたあとで、ヴィクトリアがピアノの演奏するシーンでその理由が示される。
 ヴィクトリアはリストの「メフィスト・ワルツ」を素晴らしい音で聴かせる。その演奏は単なる趣味を超えている。彼女は長い間ずっとピアノをやっていて、それが無駄に終わったのだ。ベルリンにいるのも新しい人生を模索していたところだったのかもしれない。そんな空虚な心に忍び寄るのが“寂しさ”なのだ。
 ヴィクトリアはクラブのバーテンにも声をかけたりしていたくらいで、ベルリンの街に友達がいない。だからチンピラたちにも付いて行ってしまうのだ。ピアノ演奏のあとのヴィクトリアの表情は、それだけで彼女の内面をよく示していて、その後のゾンネ(フレデリック・ラウ)へ向けての語りが不必要に思えるくらいだった。このあたりはそこまでワンカットで見せてきたからこその場面で、長回しで撮影する意味がある部分だったと思う。
 しかし一方で長回しでの撮影が足かせになっている部分もあったと思う。移動しながらの撮影はブレが多いのはやはり気になるし、向かい合ったふたりの会話シーンをカメラが首を振って追いかけるというのは何ともいただけない。
 『ロープ』という擬似ワンカット作品を監督したヒッチコックは、その後のインタビューでこんなふうにもらしている(『定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー』より)。

 「いまふりかえって考えてみると、ますます、無意味な狂ったアイデアだったという気がしてくるね。というのも、あのようなワン・カット撮影を強行することは、とりもなおさず、ストーリーを真に視覚的に語る秘訣はカット割りとモンタージュにこそある、という私自身の方法論を否定することにほかならなかったからなんだよ。」


 結局、ヒッチコックもその後は無謀な長回しは控えることになるわけで、やはりどんな手法にも効果的な使い方というものはあるのだろう。多分、『ヴィクトリア』の監督たち製作陣もそれはわかっているはずで、140分をワンカットで撮影しようという無謀な挑戦は「誰もやってないことをやってやろう」という意地みたいなものだったのかもしれない。監督のセバスチャン・シッパーは次の作品ではさすがにワンカット撮影はやらないと語っているらしいし……。

 個人的に疑問を感じたのはラストの部分。長い1日を終えたヴィクトリアがひとりになってカメラの前から去っていくのだけれど、そのときヴィクトリアは拘束を解かれたかのように羽ばたくような仕草をしている。ヴィクトリアという役柄から解放されるライア・コスタの仕草としては理解できるのだけれど、ヴィクトリアという役柄の立場ならばそうはならなかったように思える。寂しさを抱えたヴィクトリアが140分という濃縮した時間でさらに一層寂しさを意識したとすれば、ヴィクトリアの歩いていく表情をそのまま追ったほうがよかったんじゃないだろうか。
 それからワンカットで撮影された映像でも、台詞を消して音楽を被せるとその部分は異質なものに感じられるというのが不思議だった。直線的な時間の流れをしているはずなのに、なぜかそこだけは別の時間のように感じられるのだ。
 ともあれ滅多にない試みだし、一度は観ておいても損はないだろうと思う。あんなことが140分で立て続けに起きることはないだろうが、ライア・コスタは緊張感を最後まで維持したままの熱演だった。

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Date: 2016.05.15 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (5)

『緑はよみがえる』 緑なき白銀の世界

 『木靴の樹』エルマンノ・オルミ監督の最新作。
 この『緑はよみがえる』に合わせて『木靴の樹』のほうも全国で順次再映されているとのこと。

エルマンノ・オルミ 『緑はよみがえる』 色彩を消したような白銀の世界が続く。


 1917年のイタリア。白銀の雪に埋もれるような塹壕でイタリア軍兵士たちはオーストリア軍と対峙している。敵の姿は見えないが遠くから砲弾の音は聞こえる。司令部からは現地を知らない無茶の命令が届き、塹壕のなかの兵士たちは困惑するのだが……。

 戦争を描いた映画だが、戦闘シーンはほとんどない。それでもオペラ好きのイタリア人が朗々と声を響かせるなどしているうちに、いつの間にか戦火は近づいてきている。司令部からの命令に従って塹壕を出て雪のなかを進もうとすると、次の瞬間、どこからか銃撃されて一歩も進むことができない。次第に砲弾の音は近づきつつあり、塹壕の兵士たちは追い詰められていく。
 とても静かな映画で、演出に派手なところはない。昼間は白銀の世界、夜になると月明かりで辺り一面は幻想的に染められ、最後まで色を消したような映像が続く。これは最後のほうで引用される第一次大戦のものと思わしきモノクロの記録フィルムとシームレスにつながっていく。そんななかで月明かりに浮かび上がるカラマツが黄金色に色づく場面はとても印象的だった(題名にあるような緑はほとんど感じられない)。
 あまり目立たない主人公らしき男は「人が人を赦せなければ人間とは何なのでしょうか」と訴えかける。その訴えは真っ当なのだけれど、イタリア軍が赦すべきオーストリア軍の顔は見えないわけで、何を赦せばいいのかはよくわからないというのが正直なところ。実際の戦争は敵の姿など見えず、自分たちを追い込む司令部は伝令だけにしかその正体を見せず、わけがわからないまま兵士たちは死んでいったということなのかもしれない。
 ただ物語としてはドラマチックな部分に欠ける。ミニマリズムに徹っして塹壕のなかの兵士たちのやりとりに終始しているために、いかにも単調だったという感は否めない。76分という上映時間にも関わらず、そんなふうに感じてしまった。『木靴の樹』は3時間以上の映画だったにも関わらず一時も退屈するときがなかったと記憶しているのだが……。とりあえず、一部で現在公開中の『木靴の樹』は誰にでもお薦めできる作品であることは間違いないとだけは言えると思う。

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Date: 2016.05.07 Category: 外国映画 Comments (48) Trackbacks (3)

『追憶の森』 理屈と膏薬はどこへでも付く

 『マイ・プライベート・アイダホ』『エレファント』などのガス・ヴァン・サント監督の最新作。原題は「The Sea of Trees」
 富士山麓に広がる青木ケ原樹海を舞台にした作品。

ガス・ヴァン・サント 『追憶の森』 アーサー(マシュー・マコノヒー)は樹海の奥で自殺を試みるのだが……。


 アメリカから片道切符で日本へやってきたアーサー・ブレナン(マシュー・マコノヒー)は青木ケ原樹海へと向かう。アーサーはそこを死に場所として選んではるばるやってきたのだ。薄暗い樹海の奥にある光の射す場所に腰を据えたアーサーはためらうこともなく薬を飲み始めるのだが、そのとき近くから男の声が聞こえる。血だらけになった日本人の男ナカムラタクミ(渡辺謙)が出口を求めてさまよっていたのだ。

 ネット検索で「the best place to die」と入力すると本当に青木ケ原樹海が1位にヒットするのかはわからないけれど、日本人にとっては「自殺の名所」として有名な場所で特段説明の必要もないだろう。ただ「自殺の名所」という評判は噂がつくった面も多いらしく、ウィキペディアなどを調べてみると、「樹海から出られなくなる」とか「方位磁針が狂う」とかいうのは俗説なのだとか。それでも青木ケ原樹海で毎年結構な数の人が遺体となって発見されることもまた事実らしい。
 この映画ではアーサーはわざわざ金と時間を費やして極東の島国までやってくることになるが、そのほかにも劇中ではドイツからやってきた人物の死体も発見されたりして死ぬにはうってつけの場所という設定になっている。一方で死に切れなかった男タクミは樹海を抜けようと必死だが抜け出すことができない。アーサーは家族に会いたいと訴えるタクミのことを見捨てることもできず、自分の自殺よりも彼のことを助けることのほうが目的になっていく。
 男がふたりでさまよい歩くというのはガス・ヴァン・サントは『ジェリー』でもすでにやっているわけだけれど、『ジェリー』では誰もいない場所で相手の男が邪魔になっていくのと反対に、『追憶の森』では互いのことを励まし合って生き延びるために必要な存在となっていく。

 この作品はカンヌ映画祭ではブーイングで迎えられたという珍しい作品。ブーイングの理由に関してはよくわからないけれど、劇中で描かれていることが世間の常識とかけ離れた衝撃的な問題作ということではないことからすると、ガス・ヴァン・サントというそれなりにネームバリューのある監督だけにかえって陳腐なものとして受け止められたのかもしれない。確かにありきたりな話とは言えるし、この作品の重要な秘密も勘のいい人ならば途中で気がつくかもしれないとも思う。

 ※ 以下、ネタバレあり! 結末に触れているので要注意!!


『追憶の森』 タクミ(渡辺謙)とアーサーは樹海のなかをさまよう。

『追憶の森』 アーサーと妻のジョーン(ナオミ・ワッツ)のありし日の姿。

 ネタバレをしてしまえば、渡辺謙が演じるタクミは幽霊なのだ(反転するとネタバレ)。アーサーは自分と妻ジョーンとの過去についてタクミに話すことになるが、タクミは青木ケ原樹海には霊(スピリット)が漂っているのだと語る。アーサーは若くして死んでしまったジョーンとの断絶を感じているわけだが、タクミは霊を介してこの世界は死者の世界ともつながっているのだということを仄めかしていたのだ。タクミはジョーンからのメッセージをアーサーに伝えることで、アーサーが亡くなった妻といまだにつながっているということを示すことになる。
 なかなか感動的なオチであり、泣かせるところもあるのだけれど、すべてが腑に落ちてしまい「なるほどね」で終わってしまった感じも否めない。隠された謎が明らかにされるとかえって興醒めするということはままあること。そんな意味ではコロンバイン高校銃乱射事件を題材にした『エレファント』では、犯人の少年たちの動機に関しては謎のままだったのと対照的なラストだった。ブーイングするほどひどいとは思わなかったけれども……。

 ガス・ヴァン・サントの『永遠の僕たち』でも幽霊が登場していたが、そこでもやはり幽霊は日本人だった。第二次大戦の特攻隊員だった加瀬亮もだいぶ長い間さまよっていることになるわけだが、『追憶の森』の渡辺謙もついこの最近死んだわけではなさそう。というのも渡辺謙は仕事を干されて資料室へと異動となったサラリーマンであり、バブル期の企業の余裕が感じられるからだ(今ならすぐにリストラされてしまう)。幽霊がなぜか日本人から選ばれるのは何かしらの意味がありそうな気もするが……。
 それにしてもナオミ・ワッツ演じるジョーンの辿る運命はひどい。泣きっ面に蜂というか、あんなに散々な目に遭わせなくてもとちょっと同情した。

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Date: 2016.05.03 Category: 外国映画 Comments (0) Trackbacks (6)
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