23時間で550㎞を走りスーパーカブに“ヤラれた”。
大学1年の春だった。若尾祐基さんは、実家の群馬県太田市から京都の下宿先まで、約550㎞をボロボロのホンダ・スーパーカブで自走して帰った。
「地図で見たら5㎝ほどだったんで『楽勝だな』と思ったんです」
京都市内に入ったのは翌日の夕方前。23時間、ほぼノンストップで下道を走り抜いた。
「もう身体はボロボロ。『バイクが壊れたら旅も終えられる』と思うほど疲れました。でもカブはビクともせずに走ってくれて……」
そしてヤラれた。1950年代生まれの空冷4スト単気筒。スーパーカブのタフさ魅了された若尾さんは、そこから下宿先の軒先にそいつを置いてカスタムしては乗り回した。
その道は今も続く。今、若尾さんは太田市で『ガレージ521』を営んでいるからだ。ダートラ仕様、チョッパースタイルなど、いじり倒したセンス溢れるカスタムカブを数々リリース。今やココは日本でもっとも有名なカブカスタムのショップのひとつだ。もっとも今に至る経緯を聞くと、若尾さんはなぜか映画監督の名をあげる。
「『キル・ビル』観ました? VOL.2。人生にムダなことはなくすべて今につながるっていう。やっぱりクエンティン・タランティーノで出来てるなって」
レザボアドッグスと男たちの挽歌と、鮫肌男と。
カスタム癖が幼少期からあった。ミニカーやラジコン、親からもらったおもちゃをいつも分解して別の部品をつけたり、足した。
「第2次ミニ四駆ブームでトラダガーXを魔改造したり」
成長と共に改造の対象も成長させた。中学でモデルガンをニコイチにし、自転車にロンスイカスタムを施した。高校に入ると母親が放置していたスズキ・ジェンマをレストア。冒頭の群馬から京都まで走ったカブも、高3で友人からもらい、赤×黒のホットロッドカラーに塗り替えたものだった。
「血、かもしれない。手先も器用で絵も工作も好きで得意だった」
何せ父親はスバルのカーデザイナー。母方の祖父は広島で発明家をするぶっ飛んだ人だった。そんなサラブレッドの遺伝子に、若尾さんは「映画好き」を加えた。
高校時代が’90年代。『レザボア・ドッグス』でタランティーノが登場。香港の巨匠・ジョン・ウーがハリウッドへ進出。石井克人の『鮫肌男と桃尻女』が公開された。スタイリッシュなカルト・アクションが花開いた頃で、カブ同様に若尾さんはヤラれていたからだ。
だから、高校も公立ながら新設された芸術科へ進学。デッサンや油絵、彫刻などを学びつつ、仲間たちと自主映画を作ったりした。そして京都造形大学(現・京都芸術大学)映像学科へ進学する。
「映画製作の道に進もうと思っていました。ただ群馬から持ち込んだカブをきっかけに情熱はバイクいじりに傾倒しちゃうんだけど」
しかし、ある映画監督との出会いが、映画の道へと走らせる。
映像と小道具づくりの経験がバイクと店に存分に。
「川崎で映画撮ってるから来い」
大学卒業後、京都でバイクをいじっていた若尾さんの電話が鳴った。電話の主は林海象。濱マイクシリーズで知られる映画監督だった。実は大学の教授で、若尾さんの腕を認める恩師でもあった。
「バイクいじりの延長で、大学ではセットや小道具などの映画美術に没頭していた。そんな僕に目をかけてくれていたのが林監督で、『美術の仕事と、映画で使う劇用車の管理を手伝ってほしい』と」
林組に参加し『探偵事務所5』というシリーズの小道具を手掛けた。「爆弾が欲しい」「液体が混じると爆発する仕掛けはどうですか?」「バイクを使いたい」「こんなカスタムでどうでしょう?」。監督の要望にアイデアを盛って返すのが楽しかった。念願の映画の仕事をできる幸せも感じた。
もっとも2年半でスタジオは解散。若尾さんは群馬に戻り、一旦就職する。アジア製のある車両を販売する仕事だった。パッと見は良品だが、すぐに故障。若尾さんがクレームを受ける羽目になった。拙いものづくりに呆れる一方、あらためてあるモノのタフさ、素晴らしさを感じる機会にもなる。
「やっぱカブってすげえと。カブなら自信を持って勧められる」
そして立ち上げたのがスーパーカブをメインに扱う自身のカスタムショップ『ガレージ521』だ。最初は転職先の会社のいち事業としてスタート。シンプルでタフなカブの特性を活かしつつ、チョッパースタイルにしたり、ボバースタイルにしたり。変幻自在ながらも、必ず「スタイリッシュさ」を持つ若尾さんのカスタムカブに“ヤラれる”人が続出した。早くからインスタグラムに完成車をアップ。ユーチューブなどで積極的に動画をアップしていたことも、広くファンを集める起点になった。
「どう映すと写真が映えるかは高校で学び、動画編集は大学で学びましたからね。経験が活きた」
カスタムカブにも、店づくりにも映画美術の経験が紐づく。ヤレたヴィンテージ加工を塗装で表現するのは小道具づくりで培った。2020年から完全に独立してつくった今の店舗。プラモや玩具で溢れさせた店内は、実はカベのチープさをごまかすためでもある。セットづくりの知見を使った。
「人生にムダなんてないから」
今も年間60台近くカスタムのバックオーダーを抱える。加えて、映画やドラマ用にカスタム車を提供する仕事も両輪として回す。しつこいようだが若尾さんは人生の経験すべてを生かし、楽しむ。
「タランティーノと林海象とやっぱスーパーカブのおかげですね」
【DATA】
GARAGE521
群馬県太田市世良田町1130-2
TEL0276-55-0399
営業/11:00〜18:00
休み/木曜
https://www.garage521.com
※情報は取材当時のものです。
(出典/「Lightning 2024年9月号 Vol.365」)
Text/K.Hakoda 箱田高樹(カデナクリエイト) Photo/S.Kai 甲斐俊一郎
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