脚本の宮田達男氏は、今回のみの登板。
石は、背後に意思ある者が行った命令であれば、思考でも声でも問わない?あるいは2メートル以内で、文章の命令を見せても従うのかも知れない。
ハヤタ隊員いわく"鬼田が気を失った途端に、鬼田の心がギャンゴに乗り移った"らしい。石と同調した鬼田が主体としてギャンゴを「忘れる」「意識しなくなる」とギャンゴは消えるが、「忘れる前に不慮の事態で気絶」し、本人の意図でない事がポイントか。
石を最後に「ウルトラマンに頼んで宇宙に帰してもらったほうがいい」と言ってハヤタ隊員が司令室を後にするが、第1話で既にハヤタ隊員は自分とウルトラマンは何らかの関係を持った、意思疎通できたと認めている。もちろんハヤタ隊員はウルトラマンなのでは?と怪しむイデ隊員も居るので不用意ですが、隊の中では黙認事項…?
※スケジュールの事情を感じさせるイデ隊員の扱いや、青島幸男のゲスト出演と、『ウルトラマン』も古典SFドラマである前に、66年当時のお茶の間の児童向けテレビ番組のひとつなんですよね。
メタ的には、設定の厳密さを追求するよりも、その場での面白い効果、番組としての軽妙さを重視したと。
未知の怪事件や怪獣への対処、怪獣とウルトラマンが戦う特撮スペクタクルがクライマックスとなる骨子さえあれば、お話自体は自由で『ウルトラQ』同様にバラエティー感を持たせる作り。今回は不思議な石を見つけた子供たちの描写で分かるように児童劇だと。ウーのように妖怪が出る世界観の回もあります。
後の「帰ってきたウルトラマン」では、光年単位の距離を持つ蟹座の星が暗黒怪獣バキューモンスに食べられるのが地球からリアルタイムに観測され、「蟹座の精」ザニカが苦しむ回もあり。ウルトラマンシリーズは必ずしも考証ガチガチのSFではなく、児童向けファンタジーの性質を持っています。児童にとってはSFも魔法も、楽しい空想の世界と言う点で変わらないのです。