「告白」湊かなえ著
始まりは「娘は事故で死んだのではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」
我が子を校内でなくした女性教師がホームルームで告白するこの言葉です。
とにかくこの言葉が響いたのでしょう。
出版当時もかなり話題で、本屋大賞をはじめとする多くの賞やランキングを賑わせたこの作品でした。
それでも「出先で文庫本」な読書スタイルの私は、映画化とあわせて出版された文庫版で読むことにいたしました。
まあ、すぐに文庫版出るだろうな、と思っていたこともあります。
読み終わった印象は「ちょっと期待しすぎたかな?」というものでした。
でも、誤解の無いように。
そう、期待しすぎていた、というだけで、面白く読めたことには違いありません。
その上、内容的にもう少し本格ミステリよりだと思っていましたので、サイコサスペンス風味の内容だったこの作品に対して、私の中での評価が下がってしまったということもあります。
だから、お薦めはできる作品ですのでそれはご安心を。
物語の構成としては非常にシンプルで、上記の女教師の告白に始まり、章ごとに語り手が「犯人の級友」「犯人の家族」「犯人」と変わってゆき、事件やその背景が変容してゆくというものです。
第一章で、娘を殺されたお母さんとして登場する森口先生は、自分の視点では当然自分が被害者であり、犯人に対する制裁も、それは彼女の正義となります。
しかし、犯人はもちろん、犯人の肉親や近いものから見ると、その単純な構図はたやすく崩れ去ります。
犯人が一人の少女を死に追いやったということ自体が真実であるにもかかわらず、崩れ去り、森口先生は単純な悲劇のヒロインではなくなってしまうのです。
人の見方により、どんどんその形を変える事件を描くことで人間心理の自分勝手さを深く追及した問題作?どうなんでしょう?
結局のところ、この物語の根本にあるのはいわゆる「価値の相対化」、絶対的な価値など無い、事象を見る人それぞれの主観で、物事の姿形はいかようにも変容しうる、ということだと思うのですが私にとって、それはごく自然に日常感じていることなので、正直なところ衝撃はなく、これくらいのことで、人間の心の暗部を暴いている、とも思えません。
このような「価値観の相対と絶対」に関しては、戦争を外から眺めている人は、どちらが正義でもない、絶対的な正義はないんだ、なんて簡単に言ってしまえますが、いざ自分が当事者になるとこれまた簡単に「我こそ正義」になってしまいがちになる、ということに例えられます。
この平和な日本においてすら、初詣で世界平和って祈りながら「北朝鮮なんて・・」的なことを思ってる方も多いようですが、典型的です。
外国の紛争なら冷静に見ることができるのに、自分のことになると「我こそ正義」になってしまうのです。
そういう人ほど、自分が敵認定した相手からコチラのことを敵認定されたら「あいつはこっちを敵視している!けしからん!」と息巻くわけです。
向こうも同じこと思ってますよ? って言葉が届かなくなるんです。
戦争を引き合いに出したのは分かり易いかな、と思ったからですが、「告白」のセカイもやはり同じなのです。
娘を殺された復讐を自らのてでおこなった母親。
その復讐により犯人である息子が壊れてゆく様をまざまざと見せつけられる、犯人の母親。
そして犯人自身もさることながら、クラスメイトを犯人と知って陰湿にいじめるクラスメイト、生徒を助けるつもりで自分の価値の向上を図ってしまっている教師、その他もろもろ。
みんな自分が正義なのです。
犯人ですらも。
そして、読者だけは高みの見物で「人間とは恐ろしい」とか冷静な感想を持って、ちょっと賢者気取り。
ただ単に部外者だからそう思えるだけ、なのに。
だから、私にとって、この物語は、ただ虚しい。
特別な世界ではなく、普通の世界、人間の心に当たり前に、厳然と存在していながら、みんなが目を背けている消しようのない利己心、それがストレートにあっさりと描かれているから。
そんなことは知っている。
矛盾に満ちている。
人間が逃れられない矛盾。
だからできるだけ見ないようにして生きているのですから。
私は、この作品をそれなりに楽しく読みました。
私は、でもこの本を再読はしないでしょう。
結論いたしますと、お薦めできる作品だ、といいました。
それは、このような人間の価値観というテーマを深く描いているからではなくて、読みやすく簡単にまとめてあるからです。
独白形式の文章ですから読みやすいのはわかるとしても、各章の長さ、テンポも、丁度どんどん読み進めたくなるくらいのバランスになっていますので、あまり読書慣れしていない人にも読みやすいでしょう。
内容的には本格ミステリではないということを押さえた上で、深い人間描写を味わいたい人にはそれほどお薦めとは思いませんが、人間心理を題材にしたサスペンスとして軽く読みたい人にはお薦めできます。