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二次大戦の戦闘機、スピットとかは翼端が尖塔アーチ的な形になってますけど、零戦は丸型です、零戦でも32型は角形に切り落としたりされてますが、この差ってなんですか?

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回答(4件)

当時は翼面形状の最適解がまだよくわかっていなかった時代です。 風洞実験はしていても、どのような形状が戦闘機に良いのかわかっていなかったためです。 それでも、楕円翼は翼端抵抗が小さく、比較的丈夫に作れる為、大戦前にはそこそこ多かった。 ただし、工数が多く量産性が悪い。エンジン出力が上がると多少効率悪化しても作りやすい形状が主流になった。 零戦も、元々二一型で翼端50cmのところで折り畳んで空母収納する構造でした。 三二型で運動性上昇と速度上昇の為、折り畳んでいた場所を端にした、テーパ翼にしています。 ただしエンジン稼働率が悪くなったことと携行弾薬が増えた事で悪化面が強く出てしまってます。 そして、零戦の翼端捩り下げ部分は折り畳み機構の先。三二型の翼では不十分だったと思われます。 翼面積が減り、全幅が短くなった分ロールが速く、急降下速度も上がったけど、前線から長時間飛べる機体が望まれた為、翼形が元に戻された。 尚、翼端を捩り下げるというのは黎明期の航空機から取り入れられた構造。 当然、スピットやP-40などほかの航空機も同じ。 ただ違うのは翼全体を少しずつひねってゆくのを日本戦闘機は翼端を強く捩りこんでいる。(零戦だけでなく一式戦や四式戦も同じ)

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楕円翼は理論上空気抵抗が少ないため、特に戦前はよく用いられていました 零戦三二型の主翼は横転性能の改善のために短くされましたが、堀越技師が過労で倒れたことから一式陸攻等を担当した本庄技師が設計して、主翼のねじり下げを気にして折りたたみ部分を外すだけとしました 三二型の速度が伸びなかった原因は主翼形状よりも換装したエンジンに運動制限が掛けられていて、公称馬力が低下していた所が大きいです

ゼロ戦は翼端を少しねじったねじり下げと言う、今の新型ジェット旅客機のウイングレットのような効果を生み出す事で空気抵抗を減らして長い航続距離を実現していました。しかしゼロ戦設計者の堀越技師が入院中にゼロ戦の速度を向上させる為に翼を短く切り落とした32型が作られましたが、逆に空気抵抗が増えて航続距離が半減してしまうという結果になったのです 翼端の形状はこのように空気抵抗に大きな影響があります

翼端形状は翼端渦の形成に影響します。 当時のレシプロ戦闘機では、微妙な違いでも運動性能や速度性能に影響が出たことで各社各国色々工夫しています。 まだコンピュータシミュレーションなんてもちろんない時代ですし、風洞実験も模型でしかできないわけですから、色々作って試してと試行錯誤していたのでいろんな形があるわけですね。 零戦の場合だと、主翼の折りたたみ機構を無くして生産性と強度を上げるために32型で翼端を切り落とした直線形状にしましたが、運動性の低下(ちょっとではありますが主翼面積が小さくなったことと、翼端渦の発生が増えて抵抗が大きくなったためでしょう)が現場で問題となり、22型で再度丸くした…みたいな感じですね。 最近の航空機はエンジン出力に余裕があったりでそこまで細かい工夫はないですけどね。 それでも旅客機ではウィングレットで翼端渦を軽減することで燃費向上を図ったりといった試行錯誤は続いていますね。