知恵袋ユーザー

2024/5/24 19:04

33回答

光る君へで中宮定子は帝に会い伊周と隆家の減刑を頼みました。定子は御所から追い出されていましたが「右大臣が入れてくれました」と言いました。

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お礼日時:5/26 19:41

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> 不仲な右大臣道長が定子が御所で帝に会えるよう取り計らったのは何故ですか? 道長は、亡き兄道隆が、露骨な身内贔屓によって他の公卿達の反感を買っていったのを反面教師にしているので、ライバルといえどもちゃんと政治に参加させたいと考えていて、このまま伊周・隆家が朝廷から居なくなることが、自分にとって良いことだとは思っていないからです。 > 倫子はそんな道長の思いを汲まずに呪詛事件を仕組んだまたは女院に協力したのですか? 汲んでますよ。 だから倫子は「この件は自分に任せて」と道長に言ったのです。 結果的に帝に呪詛の件がバレたのは、女院には倫子以外にも協力者がいて、そこから漏れたものと思われます。

道長は (今のところは?)善玉役だから 伊周隆家兄弟の罪を軽くしようとしていたと思います。 呪詛事件を仕組んだのは 女院だと思います。 倫子が 道長には「(女院が仕組んだことだから)内々で収める」と言いながら 大事になってしまったのは、倫子が 女院の企みに便乗した可能性が 少しはあると思います。

知恵袋ユーザー

質問者2024/5/24 23:27

倫子様が女院詮子の自作自演だと思っているのは確かですね。女院の枕元に近い場所にまで呪詛の御札を隠せるのは女院か、または伊周グループの間者でしょうか。 詮子は先ず「中宮は私を嫌っている!」と言いましたが。詮子も中宮らを嫌ってますからね。ともかく呪詛が見付かり詮子の病状はどうなるのかです。