ロシアの持つ軍事力をもってすればすぐにカタがつきそうですが、実際にはそう単純にはいきません。その理由は、グルジアとその周辺地域特有の「地政学」的な事情があるためです。
グルジアとその周辺地域であるコーカサスは、日本ではヨーグルトやワインの産地で有名ですが、実は様々な言語を話す民族が非常に多く、かつ複雑に入り乱れた地域であり、古来より様々な人々が行き交う民族の十字路でした。旧ソ連時代も、この地域をうまく統治するため、あえて民族同士がいがみ合うように国境を設定したり、民族まるごと別の地域に追放したりして、不満がソ連の中央政府に向かないような巧妙な政策を行っていました。今回のグルジアの一件についても、このような地域の民族分布と旧ソ連時代の民族政策が多分に起因しているといえます。
グルジアもその例外ではなく、国内に様々なエスニック(オセット人、アブハジア人、アジャリア人、メスヘティア人、アルメニア人 等)を抱えていて、つねに独立しようとする動きがあっては、それを牽制するグルジア中央政府とのいざこざの絶えることのない国内事情があります。これらの独立の動きは激しく、過去にソ連の外務大臣を務めたシュワルナゼ元グルジア大統領も、これらの独立運動に対する鎮圧の中で危うく命を落としかけた経緯もありました。
また、グルジアは旧ソ連の構成国といいながら、旧ソ連崩壊以降の政策は、近隣のウクライナなどと歩調を合わせ、ロシアと距離を置き親欧米寄りの外交を積極的に展開したり、NATOへの加盟を推進するなどの独自色を打ち出していました。
これに対して、地政学的見地からみたグルジアの位置は、ロシアにとってたまたまカスピ海沿岸からの石油やガスを送るパイプラインの中継地点だったり、民族紛争やロシアからの独立運動の激しいチェチェンの近隣に位置しており、エネルギーセキュリティーや安全保障上、グルジアは大変重要であり、親欧米路線を歩むグルジア中央政府の対応には常に警戒感を抱いているというのが実情です。
そのため、ロシアにはコーカサス地域へのさらなる影響力保持のため、グルジア国内の独立運動を助け、コーカサス地域に親ロシア派勢力を増そうというのが、今回の介入に関する第一の思惑であろうと考えられます。一方、グルジアにとっては、国内問題に他人のロシアが首を突っ込むこと自体内政干渉もはなはだしく、さらに領土侵害の何者でもないことから、一連のロシア側の介入には激しく反発しています。
ただ、先ほども申し上げたように、コーカサスではチェチェン紛争のようなイスラム原理主義やアルカイダとの接点もうわさされるロシアからの独立運動が頻発していています。今回の介入に対してグルジアが泥沼がロシアの敵であるこれらの勢力(敵の敵は味方)と結びついて抵抗しないとも限りません。そうなると、コーカサス地域一体で親ロシア派(オセチア、アブハジア、アジャリア)と反ロシア派(チェチェン、グルジア)との泥沼の抗争に発展することも考えられます。過去の歴史において、ベトナム戦争やアフガニスタン等、大国の軍事介入が必ずしも成功するとは限らない過去の例をみると、今回の件はロシアにとってはデリケートな内容も多く、慎重に対応すべき一件といえそうです。