僕は18才になる妹と二人暮らしをしている。僕が高校生三年のときにやってきた妹と僕の間に血の繋がりはない。妹は7月に身体を壊して僕の部屋で療養している。そんな妹がひと月ほど前からお弁当をつくり始めた。今朝も早起きしてキッチンを賑やかにしている。朝六時半。眠りから覚まされた僕はシルクのパジャマを脱いでタンクトップを着てキッチンへ顔を出し声をかける。「あまり無理するなよ。また身体を壊すぞ」
「あ、お兄ちゃんオハヨー。大丈夫!大丈夫!もしかして…起こしちゃった?」上目遣いで僕に許しを乞う。「ちょうどいい目覚ましになったよ…」と僕。妹の笑顔が弾ける。「てへへゴメーン。それよりお兄ちゃん見て見て!これー!」「やれやれ参ったな。気が済むまでやればいいさ」そういって傍らに立ち、すっと覗きこむ。妹は白いエプロン姿で両手を後ろで組みもじもじしている。
妹の左手の指の先にあるフライパンのなかではウインナーが三つ炒められてパチチと合唱をしている。「美味しそーでしょー。見て見てー!お兄ちゃんのオチンチンみたーい!キャハハ!」「おいおいお兄ちゃんのはこんなもんじゃないぞー」そう言って僕はひっくり返した寸胴鍋の上に置いてあるトウモロコシを指差した。「控えめにいってもあれくらいはあるんじゃないか…」「えーウソだー!全裸パ?全裸パーカッションっていうの?あれやってるときあんなんじゃなかったような気がするじょー!もう!お兄ちゃんの嘘つきー!」ぶぷうと妹が笑う。
「まあいいさ。しかし裸にエプロンはあまりよろしくない。いくら兄と妹でもね」僕の話を聞かないふりをして妹はぴょんと飛び上がり、宙でくるっと時計回りに半回転して背中を僕に向けるかたちで着地した。僕は両手で目を塞ぐ。「だからダメだって言っているじゃないか」「じゃじゃーん!残念でしたー!お兄ちゃんのエッチー!」妹はエプロンの下にピンク色の紐ビキニを着ていた。「ほ・ど・い・ち・ゃ・っ・て・も・いいんだぞー」薄いお尻をプリプリふりながらそんなことを言ってくる。揺れるピンクの紐。「妹にそんなこと出来るわけないだろう」「わかってるもーん。お兄ちゃんオッパイ連呼したりしてちょっとオカシイけどあたしには優しいもんねー。さ、ここは私に任せてお兄ちゃんはお仕事の準備準備準備ー!」
僕は言われるままに洗面所に向かい歯を磨き泡を立て髭をシェーバーで剃りシャツの袖に手を通し腕時計をはめネクタイをしめスーツを着てインスタントコーヒーをすする。それから僕は革靴の汚れをブラシで落として履く。そのタイミングでいつも妹は出来上がった弁当をバンダナでくるんで飛んでくる。今朝も同じだ、妹が奥から飛んできた。「ギリギリセーフ!!はいお弁当!」「ありがとう」と言って僕は弁当を鞄に入れる。「逆さにしちゃ、ダメー!」「わかってるさ」僕は鞄を左手に持ち立ち上がり振り返る。妹の様子がおかしい。「お兄ちゃん…」「いったいどうした?」「ゴメンね…」「…」「あたし調子悪くて冷凍出来なくて…本当は冷凍庫にいっぱい食べ物入れてお兄ちゃんに色んなお弁当作ってあげたいんだけど…」妹の両目から大粒の涙が溢れだした。「…」「いつも同じよーなお弁当ばかりで…」
「気にしなくていいさ。嬉しいよ。誰だって調子の悪いときや駄目になるときはあるさ。お兄ちゃんだって同じだよ」「ホント?」「ウソなんて僕のスーツのポケットには入ってないよ」「ホントに?」「ホントさ」妹は涙をゴシゴシと手の甲でかき消した。「お兄ちゃん大好きー!今日はおにぎり海苔つき二個だよー!お仕事頑張れお仕事頑張れお仕事頑張れ!レッツゴー!レッツゴー!レッツゴー!レッツゴー!」妹、新垣栗山ゆま蛯原クリステル璃子のエールを背に受けて僕は会社に向けて走り出す。なぜだろう、右手の指先に海苔がびっちりと付いていた。僕は立ち止まり、誰にも見られないようにしてそれを舐めとる。それからまた僕は視線をあげ、走り出す。僕の足元から、街が滲んでいった。