大人気ホラー『近畿地方のある場所について』背筋さんに、2冊の新作についてインタビュー「自分の中にある、相反する3つのホラーに対する価値観を反映」
更新日:2024/10/22
2023年、小説投稿サイト「カクヨム」上で発表された『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA)。なにが起こっているのかわからない。でも、確実にやばいなにかがそこにいる――。そんな不気味な読書体験が支持を集め、書籍化されるや否や、重版が続いた。同作はなんと、新人作家のデビュー作としては異例の累計発行部数25万部を突破し、モキュメンタリーホラーの面白さを世に知らしめた。
作者の名は「背筋」。デビューしてからしばらくは年齢も性別も不明だったが、つい先日、素顔を解禁したことが話題になったのは記憶に新しいだろう。
そんな背筋さんの2作目がついに登場した。『穢れた聖地巡礼について』(KADOKAWA)と名付けられたそれは、フリーの編集者・小林と心霊スポット突撃系YouTuberの池田が、心霊スポットの考察をでっちあげていくというストーリーの長編ホラーだ。また、同時期には『口に関するアンケート』(ポプラ社)という「アンケート付き」の珍しい体裁の短編ホラーも発売した。両作品は書店の売上ランキングでも上位を占めており、背筋さんがホラー作家として注目されていることがうかがえる。
ホラー小説界の新鋭はいま、なにを思うのか。忙しい執筆の最中時間をいただいて、背筋さんにインタビューを敢行した。
取材・文=イガラシダイ
キャラを立てた作品を書くために、試行錯誤しました
――王道のモキュメンタリーだった前作『近畿地方のある場所について』とは異なり、新作の『穢れた聖地巡礼について』ではかなり物語色が強められている印象を受けました。
背筋さん(以下、背筋):『近畿地方の~』が校了する頃、担当編集者と次回作の話になって、「次はモキュメンタリーではないものに挑戦してみたい」と伝えていたんです。そもそも『近畿地方の~』を書いたときも「モキュメンタリーを書くぞ!」と思っていたわけではなくて、短編をまとめていくにあたってどんな器を用意したらいいのか……と考えた結果、モキュメンタリーに行き着いただけでした。そういう発想だったので、次回作も絶対にモキュメンタリーにしたかったわけではなくて。もちろん、モキュメンタリーという手法自体は大好きなんですよ。ただ、それ以上にホラー全般が好きなので、せっかくなら違う手法にも挑戦してみようかなと。
――その結果、本作では、編集者の小林、YouTuberの池田、幽霊が見える宝条というそれぞれにキャラの立った3人の登場人物が出てくることになったんですね。
背筋:そうなんです。ただ、「キャラを立てる」ということがどういうことなのか、最初はうまく掴みきれなくて。私は『近畿地方の~』で初めて小説を書いたような人間なので、わからないことも多くて、試行錯誤の連続でした。
小林、池田、宝条の3人には、私のなかにあるホラーへの価値観や考え方を少しずつ切り分けています。「幽霊なんているはずない」「いや、いるかもしれない」「そんなのどっちでもいいじゃないか」といった風に、私のなかにも矛盾するような考えがあって、それを3人に振り分け、キャラクターとして落とし込んでいったイメージです。
――各章には3人の会話劇パートが挿入されています。心霊スポットについてあれこれと考察を繰り広げていきますが、読んでいてワクワクしますね。
背筋:3人が登場するパートを会話劇にしたのは、ライブ感のようなものを感じてもらいたかったからです。それと、ファミレスの隣の席でなんだか面白そうな話をしているのを、盗み聞きしているような感覚も味わってもらいたくて。
また、地の文を排することで、それぞれのキャラが本心ではなにを考えているのかを伏せた状態で、うわべだけの薄っぺらい会話としても表現したかった。読んでいただくとわかる通り、全員なにを考えているのかわからないんです。
――それもあって、中盤で3人の背景や抱えている過去が明らかになると、それまでの発言の重みや受け止め方がガラッと変わります。
背筋:そうそう。それもギミックとして作用すると面白いかな、と狙っていました。「だから、こんなことを言うんだ!」と感じ取ってもらえると嬉しいです。
――しかも、3人が好き勝手に考察している裏側で、想像もつかないような呪いのシステムが動いていることが徐々に示唆されていきます。ときには笑いながら心霊スポットをコンテンツにしようとしている3人の姿との対比で、恐怖が何倍にも膨れ上がっていきますね。
背筋:3人は作中の登場人物なので、自分たちが見聞きした情報しか知らないわけです。でも読者は神の視点から物語全体を把握できます。すると、3人の会話劇パート以外で書かれている心霊スポットでのエピソードも理解できるわけで、それによって、裏側で起こっている恐ろしいことにも気付ける。でも3人はそれを知らない。その視座の違いによる恐怖が生まれたらいいな、と思いました。