今回の大会では、最優秀ポスター賞とヒマラボ賞の2つの賞を設けました。
どちらも参加者が審査員となって、投票によって受賞が決まります。
まずは、最優秀ポスター賞を紹介します。最優秀ポスター賞は全てのポスター発表が対象で、参加者が最もおもしろいと思った発表に対して1票を投じました。最も多くの票を得たのは、太田佳似さんによる「鳥たちの気象防災講座(磁気嵐編)」でした!太田さんの発表ファイルは、鳥類学大会のページの「ポスター発表PDF(希望者の発表を公開)」の場所からご覧になれます。太田さんは昨年の鳥類学大会2023でも「鳥たちの気象防災講座(台風編)」の発表で最優秀ポスター賞を受賞され、2年連続での受賞でした。
太田さんには、表彰状とともに副賞として、バードリサーチが寄付金付きTシャツやサポートカードによる支援をいただいている株式会社モンベルの製品の中から、ご本人の希望の品をお贈りしました。
太田さんからの受賞コメント
この度は、昨年に引き続き、素晴らしい賞を賜り、本当にありがとうございます。今回の皆様のご発表も、身近なスズメから珍しい鳥のお話まで、とても楽しませて頂きました。まさか、40もの発表の中から選んで頂けるとは思っていませんでしたので、驚きと喜びでいっぱいです。
日本にやって来る迷鳥の多くが悪天候などの気象要因(wind drift)によるもので、その中でも北米渡来の迷鳥は磁気嵐が主な原因らしいことが分かってきました。今後、1年ほどは太陽活動の最盛期です。この間、鳥たちの渡りがどのような影響を受けるのか、皆様も大変気になるところかと思います。今回の発表では、1年で最も大きな磁気嵐が起きるのが、鳥たちが渡る春と秋であることや、2024年5月のような大きな磁気嵐の時は、渡りを中断する鳥が多いためか、逆に北米からの迷鳥が記録されなかったことなども示しましたが、まだまだ十分なサンプル数があるわけではありません。今後の皆様の観察を通じて、鳥たちの磁気嵐事情が解明されて行くことに期待したいと思います。是非、多くの皆様にポスタースライドをご覧頂き、ご興味を持って頂ければ嬉しいです。この度は本当にありがとうございました。
太田さんの発表スライドより
次に、ヒマラボ賞を紹介します。これは協賛団体の一般社団法人ヒマラボから提供していただいている賞で、、発表者から「日々の生活の中で行なった研究活動」だと申告のあったポスター発表と、研究者がメインテーマとは別にちょっとやってみたという研究が対象です。参加者が発表を聞いて、「自分でも空き時間にやってみよう!」と意欲をかき立てられた発表に1票を投じるものです。得票数の多い順に1位と2位の発表に対して賞が贈られました。
今年の得票数1位は長久保定雄さんによる「カルガモの換羽」でした!
長久保さんからの受賞コメント
このたびはヒマラボ賞を受賞し、ポスターをご覧いただいた皆様、投票していただいた皆様に心より御礼申し上げます。また、鳥類学大会を成功に導いてくださったバードリサーチのスタッフの皆様にも、深く感謝いたします。
例年通り独自のカルガモ個体識別法を用いた観察により、今回は「カルガモの換羽」について取り上げました。夏の完全換羽のプロセスについてはうまく整理できたと思いますが、秋から冬の部分換羽については明確な結果がまだ得られていません。部分換羽を解明するためには、写真の撮り方を工夫する必要があると考えています。
しかし、ポスター発表の場や懇親会で、換羽に関するさまざまな情報をいただき、大変参考になりました。ありがとうございました。
私が仕事で新しいことを始める際に「形になるまで3年。人に認められ、次のステップが明確になるまで5年」と言うことがあります。カルガモの本格調査を始めてまだ3年です。あと2年は今まで通りの調査を続け、大好きなカルガモと一緒に遊んでいきたいと考えております。
長久保さんは昨年の鳥類学大会でヒマラボ賞を2位で受賞され、今年は1位での受賞となりました。多くの参加者の興味を引き、懇親会でも盛り上がっていたようです。長久保さんの発表ファイルは、鳥類学大会のページの「ポスター発表PDF(希望者の発表を公開)」の場所からご覧になれます。
そして、ヒマラボ賞2位は鈴木由清さん、境野圭吾さんによる「移動時間で調べた栃木県のサシバ分布とその行動」でした!ヒマラボ賞らしい響きの発表タイトルがいいですね。
鈴木さんからの受賞コメント
この度は、ヒマラボ賞に投票いただき、ありがとうございます。ポスター発表を見てくださった皆様に感謝申し上げます。
私が地元に戻ったのは、コロナが世界的に蔓延した時期(2020年)でした。林業をしながらどんな風に鳥類に関われるかなぁと考えていた時に、通勤の道中や山の現場でサシバをよく見かけるので、サシバのマッピングでも始めてみようと思ったのがきっかけでした。
試してみると、日に日に確認地点が増えるのが面白く、調査を行い辛い場所に行ける林業は、鳥類の記録を取る上で相性が良い実感を得ました。同時に、間伐した森林にサシバが繁殖するのを見たり、繁殖期に営巣林が伐採されて繁殖に影響が出たり、事前に生息が把握されず開発される森林も見てきました。全ての森林を保全することはできませんが、日々の観察を継続して、人の森林の営みがサシバをはじめ、生き物の生活に少しでも良い方向になる施業を考えて試していこうと思います。
境野さんからの受賞コメント
この度は貴重な賞をいただき、誠にありがとうございます。運営に尽力いただいたバードリサーチの皆さま、また投票いただいた皆さんに心より感謝申し上げます。このような素晴らしい賞をいただき、大変光栄に思っております。
当日の発表でも触れましたが、私が暮らす栃木県南東部は繁殖期になると数多くのサシバが飛来してきます。一方で「数多く」という曖昧な表現ではなく、具体的にどれくらいの数が生息しているのかを明らかにしたい、というのが今回の調査を始めたきっかけです。共同発表者である鈴木さんの協力のもと、今回その一端をポスター発表という形でご紹介できたことを嬉しく思います。また、情報が不足している地域も多いため、今後も調査を継続し、新たな知見を広げていきたいと考えています。
里山のシンボルであるサシバが数多く生息していることは、当地の生態系が豊かであることの証だと思っています。自然環境を取り巻く話題には課題も多いですが、今回の発表をきっかけに、サシバや栃木県の自然環境に興味を持つ方が増えれば幸いです。これからも努力を続けてまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
ヒマラボ賞の受賞者には表彰状とともに副賞として一般社団法人ヒマラボからAmazonギフトカードが贈られました。
表彰式を行っているときの会場の様子
発表者から発表内容を公開しても良いと申し出のあった発表を公開しています。鳥類学大会のページの「ポスター発表PDF(希望者の発表を公開)」の場所から内容をご覧になれます。そのうちいくつかの発表をピックアップして紹介します。
希少鳥類の保全上の新たな課題 ~シカ等の増加による低層湿原の衰退の可能性~
多田 英行 (日本野鳥の会岡山県支部)
全国各地でシカやイノシシが増加して、生態系や農林水産業に大きな影響を与えています。モニタリングサイト1000陸生鳥類の調査でも、森林環境で薮などの下層食性がシカに食害されることで、ウグイスやコマドリなど薮で繁殖する鳥が減少していることがわかっています。多田さんの発表では、シカやイノシシが海沿いの湿地にも侵入して植生を変化させていることが紹介されました。調査地は岡山県瀬戸内市の錦海塩田跡地の湿原で、チュウヒの繁殖地、オオセッカの越冬地として重要な場所です。この数年間のうちに、湿地内で獣道が増えて植生が衰退している様子、それに伴ってチュウヒの営巣地がなくなったこと、オオセッカの縄張りが消失したことなどが紹介されています。
ドキュメント60日ヨタカの砂浴び場の前で
吉村正則
ヨタカの声は聞いたことがあるけど、姿を見たことはないという人は多いと思います。夜間に活動する鳥なので観察は難しいですよね。そんなヨタカが砂浴びする場所を見つけてそこにトレイルカメラを設置し、60日間にわたってヨタカの砂浴び行動を調べたのがこの発表です。得られた記録から、ヨタカが砂浴びに来る時間、来た個体の雌雄比、滞在時間などを調べたほか、天候との関係について考察しています。とにかく観察をしてデータを得てみるということは生態研究に欠かせない第一歩ですが、好奇心に突き動かされてデータをとっておられる様子が発表からも伝わってきてすごく…良いなぁ と思いました。ヨタカに負担を与えないデータの取り方なのも良いですね。継続的にデータをとられるようなので今後も楽しみです。
樹⽊が枯れるとキツツキ類と樹洞に営巣する⿃が増えるモニ 1000 コアサイトの森
◯⾼⽊憲太郎(バードリサーチ)、⼩川裕也(⾃然環境研究センター)
最後はバードリサーチで担当しているモニタリングサイト1000の陸生鳥類の調査結果をもとにした発表を紹介します。モニ1000陸生鳥類調査のコアサイトでは、鳥類調査のほかに樹木や地表徘徊性昆虫の調査も行われています。毎木調査から得られる樹木枯死率のデータを活かして、森林性鳥類との関係を調べてみました。解析から、樹⽊枯死率が⾼い森ほど、⿃全個体数に占めるキツツキ類の割合が⾼く、樹洞に営巣する⿃の割合も⾼いことがわかりました。今後、気候変動によって枯死や倒木が増えることが予想されるなかで、調査を継続して動向に注目していきたいと思います。
鳥類学大会は2025年も開催予定でいますので、ぜひご参加・ご発表お願いします!!
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写真1.巣より標高の高い急傾斜地に位置する老齢林で探餌するイヌワシ Photo by 谷祐樹
●紹介する論文●
Natsukawa H, Yuasa H, Fujisaki M, Kobayashi T, Maruyama H, Masukawa K, Nunokawa K, Saito H, Sato G, Sutton LJ, Takahashi M, Toba T, Washizawa S, Yanagawa M, Yoshida K, Sergio F. 2024. Importance of the interplay between land cover and topography in modeling habitat selection. Ecological Indicators 169: 112896 https://doi.org/10.1016/j.ecolind.2024.112896
ヒトによる土地被覆の改変は,乱獲や化学的汚染,気候変動といった他のあらゆる人的攪乱よりも生物に与える悪影響が大きいとされています(Jaureguiberry et al. 2022).ゆえに,世界各地で生じている生物の急速な減少を阻止するには,彼らの生息に適する土地被覆を特定し,人的改変から保全する必要があります.
しかし,ある土地被覆の保全を図る際,土地被覆が景観中に単独で存在するのではなく,必ず何らかの地形上(標高や傾斜)に成立することを認識しなくてはなりません.なぜなら,ある土地被覆の重要性は,その土地被覆が位置する地形によって異なる可能性が高いためです.具体的には以下の2つが予測されます:
ここでは新潟県に生息するイヌワシを対象に,これら両仮説を検証しました.イヌワシは以下の理由から本研究に理想的な生物です.
図1.本研究の概要.「良好な土地被覆と良好な地形の重なる場所は,良好な土地被覆それ自体よりも,生物分布との関係性が強い」という説(仮説1)と「良好な土地被覆と劣悪な地形の重なる場所は,良好な土地被覆それ自体よりも,生物分布との関係性が弱い」という説(仮説2)を検証した.
まず仮説1を検証します.検証に先立ち,土地被覆と地形の相対的重要性を整理すると,以下のいずれかになることがわかります.
ゆえに仮説1の実証には,「良好な土地被覆と良好な地形の相互作用」が,「良好な土地被覆それ自体」と「良好な地形それ自体」の両方よりも,生物分布と強い関係にあることを示す必要があります.そこで統計モデル(分布と周辺環境の関係性を解析する際に使用される手法)によって(1)イヌワシ繁殖地の在/不在(巣の有無)と良好な土地被覆と良好な地形の相互作用の関係性,(2)イヌワシ繁殖地の在/不在と良好な土地被覆それ自体の関係性,(3)イヌワシ繁殖地の在/不在と良好な地形それ自体の関係性をそれぞれモデル化し,(1)が(2)と(3)の両方よりも,イヌワシ繁殖地の在/不在と強い関係にあるか否かを検証しました.ここではイヌワシにとって良好な土地被覆として「老齢林(長期間ヒトによる攪乱がない森林;本研究では主にブナを中心とした落葉広葉樹林)」を,良好な地形として「急傾斜地(傾斜30度以上の地域)」と「巣より標高の高い地域」を選定しました.したがって良好な土地被覆と良好な地形の相互作用は,「巣より標高の高い急傾斜地に位置する老齢林」,「急傾斜地に位置する老齢林」,「巣より標高の高い地域に位置する老齢林」の3タイプ,良好な土地被覆それ自体は「老齢林」のみ,良好な地形それ自体は「巣より標高の高い急傾斜地」,「急傾斜地」,「巣より標高の高い地域」の3タイプになります.これら7タイプの面積とイヌワシ繁殖地の在/不在の関係性を個別に解析し(表1),仮説1の検証に必要な組み合わせで,各関係性を比較しました.具体的な組み合わせは付表を参照ください.
表1.仮説1の検証にあたって構築した統計モデルの一覧表. | ||
モデル | 環境要因 a | 環境要因のタイプ |
モデル1 | 巣より標高の高い急傾斜地に位置する老齢林b | 良好な土地被覆と良好な地形の相互作用 |
モデル2 | 急傾斜地に位置する老齢林 | 良好な土地被覆と良好な地形の相互作用 |
モデル3 | 巣より標高の高い地域に位置する老齢林b | 良好な土地被覆と良好な地形の相互作用 |
モデル4 | 老齢林 | 良好な土地被覆それ自体 |
モデル5 | 巣より標高の高い急傾斜地b | 良好な地形それ自体 |
モデル6 | 急傾斜地 | 良好な地形それ自体 |
モデル7 | 巣より標高の高い地域b | 良好な地形それ自体 |
a すべて巣/無作為に選定した不在点から半径3km圏内で計測した b 不在点の場合は各不在点の標高を基準とした |
その結果,良好な土地被覆と良好な地形の相互作用である「巣より標高の高い急傾斜地に位置する老齢林(モデル1)」,「急傾斜地に位置する老齢林(モデル2)」,「巣より標高の高い地域に位置する老齢林(モデル3)」のいずれもが,良好な土地被覆それ自体や良好な地形それ自体よりも,イヌワシ繁殖地の在/不在との関係性が強いことが判明しました.また,上記3つの相互作用のうち,「巣より標高の高い急傾斜地に位置する老齢林」がイヌワシ繁殖地の在/不在と最も強く関係することも判明しました.そこで図2にその関係性を視覚化しました.以上の結果は二次林(本研究では主に伐採歴のある落葉広葉樹若齢林)や人工林(本研究では主にヒトにより植栽された常緑針葉樹林),自然草原(本研究では主に高山草原)といった他の土地被覆の存在を考慮しても変化しませんでした.
図2.統計モデルから抽出したイヌワシ繁殖地の在/不在(巣の有無)と巣より標高の高い急傾斜地に位置する老齢林の面積割合(不在点の場合は各不在点の標高を基準とした)の関係性.黒色の曲線は地点にイヌワシの巣が存在する確率(生息確率)を,灰色の曲線は生息確率の95%信頼区間を示す.赤色および青色の棒グラフは,イヌワシ繁殖地(E)および非繁殖地(C)における巣より標高の高い急傾斜地に位置する老齢林の平均値および標準偏差を示す.
次に仮説2を検証しました.仮説2の実証には,良好な土地被覆と劣悪な地形の相互作用が,良好な土地被覆それ自体よりも,生物分布と弱い関係にあることを示す必要があります.そこで統計モデルによって(1)イヌワシ繁殖地の在/不在(巣の有無)と良好な土地被覆と劣悪な地形の相互作用の関係性,(2)イヌワシ繁殖地の在/不在と良好な土地被覆それ自体の関係性をそれぞれモデル化し,(1)が(2)よりもイヌワシ繁殖地の在/不在と弱い関係にあるか否かを検証しました.イヌワシにとって劣悪な地形には,緩傾斜地(傾斜30度未満の地域)と巣より標高の低い地域を選定しました.ゆえに良好な土地被覆と劣悪な地形の相互作用は「巣より標高の低い緩傾斜地に位置する老齢林」,「緩傾斜地に位置する老齢林」,「巣より標高の低い地域に位置する老齢林」の3つになります.これら3つの面積とイヌワシ繁殖地の在/不在の関係性を個別にモデル化し(表2),仮説2の検証に必要な組み合わせで,各関係性を比較しました.具体的な組み合わせは付表を参照ください.
表2.仮説2の検証にあたって構築した統計モデルの一覧表. | ||
モデル | 環境要因 a | 環境要因のタイプ |
モデル4 | 老齢林 | 良好な土地被覆それ自体 |
モデル8 | 巣より標高の低い緩傾斜地に位置する老齢林b | 良好な土地被覆と劣悪な地形の相互作用 |
モデル9 | 緩傾斜地に位置する老齢林 | 良好な土地被覆と劣悪な地形の相互作用 |
モデル10 | 巣より標高の低い地域に位置する老齢林b | 良好な土地被覆と劣悪な地形の相互作用 |
a すべて巣/無作為に選定した不在点から半径3km圏内で計測した b 不在点の場合は各不在点の標高を基準とした |
その結果,良好な土地被覆と劣悪な地形の相互作用である「巣より標高の低い緩傾斜地に位置する老齢林(モデル8)」,「緩傾斜地に位置する老齢林(モデル9)」,「巣より標高の低い地域に位置する老齢林(モデル10)」のいずれもが,「老齢林それ自体(モデル4)」よりもイヌワシ繁殖地の在/不在との関係性が弱いことが判明しました.
本研究では,良好な土地被覆と良好/劣悪な地形の相互作用は,良好な土地被覆それ自体よりも,生物分布との関係性が強い/弱いことが実証できました.以下では,なぜこのようなパターンが確認されたのかを,イヌワシの生息に最も重要であった「巣より標高の高い急傾斜地に位置する老齢林」に着目して,彼らの採食生態の観点から説明します.
第一に,急傾斜地は上昇気流の発生を促進します.頻繁に帆翔するイヌワシにとっては急傾斜地に採食地(老齢林)が存在すると探餌が容易になります.第二に,巣より高い場所に採食地がある場合,滑空降下による餌運搬が可能となり,エネルギー収支を効率化できます.第三に,急傾斜地や高標高地は疎林である傾向が強いことに加え,急勾配によって林冠の高さがズレるため,地上の視認性とアクセス性が高まります.上空から開放地上の餌動物を狩るイヌワシにとって,これらは大きなメリットになるでしょう.第四に,高標高地ほど積雪量や降水量が多く,急傾斜地ほど雪崩や地滑りが発生しやすいため,林冠ギャップの生成と植生遷移に伴う生物多様性の増加により,餌動物の現存量と採食の利便性の両方が向上します.第五に,急傾斜地上に採食地が位置する場合,その実際の表面積は二次元尺度の土地被覆図上で計測される面積よりも必然的に広くなります.ゆえに種数面積関係に則して,餌動物の現存量が増加します.以上が複合的に作用し,イヌワシの分布が「巣より標高の高い急傾斜地に位置する老齢林」に集中すると考えられます.
今回の結果は「土地被覆が位置する地形条件を無視すると,対象種にとって重要でない地域に保全資源(資金や労力)を浪費する可能性がある」ことを示しています.実際,巣より標高の低い緩傾斜地に位置する老齢林を保護したとしても,イヌワシの保全に資する可能性は低いと考えられます.その一方で,巣より標高の高い急傾斜地に位置する老齢林の保護は,イヌワシの保全に貢献できると考えられます.
本研究は山岳地に生息するイヌワシについての事例研究ですが,「土地被覆が位置する地形条件を考慮する」という概念は,他の多くの生物や生態系においても応用可能だと考えられます.なぜなら,分類群に関係なく,陸域と水域に生息する多くの生物が,何らかの土地被覆や地形に対して選好性を示すためです(例えば,Borland et al. 2021, Rahbek et al. 2019,Watling et al. 2020など多数の総説).以上のことから,生物の生息に適した地域の特定や保全を図る際は,土地被覆とそれが位置する地形の相互作用を考慮することが重要といえます.これにより,さらに効果的な保全策の立案が可能になると期待されます.
付表.良好な土地被覆と良好な地形の相互作用,良好な土地被覆それ自体,良好な地形それ自体,良好な土地被覆と劣悪な地形の相互作用の各環境要因とイヌワシ繁殖地の在/不在(巣の有無)の関係性の強さを比較した際の組み合わせ.各関係性は表1と表2の統計モデルから推定した. | |
比較 | 比較結果の解釈 |
モデル1とモデル4 |
モデル1で推定された関係性がモデル4,5,6,7で推定された関係性よりも強い場合,仮説1は支持される |
モデル2とモデル4 |
モデル2で推定された関係性がモデル4,6で推定された関係性よりも強い場合,仮説1は支持される |
モデル3とモデル4 |
モデル3で推定された関係性がモデル4,7で推定された関係性よりも強い場合,仮説1は支持される |
モデル4とモデル8 |
モデル8,9,10で推定された関係性がモデル4で推定された関係性よりも弱い場合,仮説2は支持される |
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図1:飛翔するイヌワシ photo by 板谷浩男
日本のイヌワシの個体数減少と繁殖成功率低下の問題に対し、全国規模で繁殖地の環境要因を分析した研究成果が公開されました。著者の木本さんらは、GISを用いて落葉広葉樹林面積、地形傾斜、道路からの距離、林業活動など6つの指標を数値化し分析しました。その結果、イヌワシの繁殖継続について、自然度の高い落葉広葉樹林や起伏の大きな地形が繁殖継続に正の、道路の存在や林業活動が負の影響を持つ可能性が示されました。この研究は、日本のイヌワシ保全のために科学的根拠を提供すると考えられます。
●紹介する論文●
木本 祥太, 板谷 浩男, 長船 裕紀, 守屋 年史, 上野 裕介, 日本国内においてイヌワシが繁殖を継続するために必要な生息環境の要因の検討:全国スケールでの評価, 保全生態学研究, 論文ID 2329,公開日 2024/12/02. https://doi.org/10.18960/hozen.2329
日本イヌワシ研究会によると、日本のイヌワシ (Aquila chrysaetos) は、2013 年時点での生存ペア数は 241 ペアでしたが、1981 年から 2013 年までの 33 年間で 99 ペアが消失しており、減少傾向が顕著です。また、1980 年代には 30-50% 程度だった繁殖成功率は、1990 年代から 2000 年代には 20-30% 程度に低下し、2010 年代には 20% を下回るようになりました。環境省のレッドリスト 2020 では絶滅危惧 IB 類 (EN) に選定されており、近い将来における野生での絶滅の危険性が高いと考えられています。
一方、国外のイヌワシ個体群は、米国西部など一部地域では減少傾向が見られるものの、北米全体では減少しているとは言えず、英国やスペインでは安定傾向にあるという報告があります。 このことから、日本国内のイヌワシ個体群の減少は、世界的に見ても特異かつ危機的な状況にあると言えます。
国外では、イヌワシの生息環境を広域スケールで定量的に評価する取り組みが、多数行われており、国土スケールでのイヌワシ保全に役立てられていますが、国内のイヌワシについて、生息環境を定量的に評価した例はあまり多くありません。そのため本研究では、繁殖を継続する生息地と消失した生息地を比較することで、イヌワシが繁殖を継続する生息環境の要因を全国スケールで評価しました。
まず、全国の鳥類関係者への聞き取り調査および文献調査を実施し、本州各地で、イヌワシが営巣していた地点が含まれる3次メッシュ(1km×1km)を36ヶ所を抽出し、各地点を、2010年以降も繁殖が成功している地点と、2010年以降に繁殖成功が確認されていない地点に分類しました。また、営巣地間の距離が50km未満の場合を同じグループと見なし、全国で12の地理的グループに分類しました。
そして、各営巣地の周辺環境をGISを用いて指標を数値化し、繁殖に影響を与えると考えられる以下の6つの生息地指標を選定しました。
■採餌環境:自然度の高い落葉広葉樹林面積、草地等の開放的環境面積、針葉樹人工林面積
■営巣環境:傾斜の大きさ
■人為的撹乱:国道・自動車専用道路までの距離、林業活動(木材生産による林業産出額)
これらの2010年以降の繁殖成功の有無を目的変数、6つの生息地指標を説明変数、地理的なグループをランダム効果としてモデルを構築し、一般化線形混合モデル(GLMM) を用いて分析しました。
分析の結果、自然度の高い落葉広葉樹林面積、傾斜の大きさ、国道・自動車専用道路までの距離、林業活動の4つの指標が、イヌワシの繁殖継続に有意な影響を与えていることが示されました。
イヌワシの繁殖継続には、広範囲にわたる自然度の高い落葉広葉樹林の存在や傾斜の大きさが重要でした(図2)。落葉広葉樹林は、イヌワシの餌動物となるノウサギやヤマドリなどの多様な生物が生息する環境を提供します。傾斜の大きさは、急峻な谷が多く起伏の大きな地形を営巣地として選好する傾向があるためと考えられます。 これらは、イヌワシの営巣や採餌に適した環境であると考えられます。道路建設や林業活動などの人為的撹乱は、イヌワシの繁殖成功に負の影響を与える可能性がありました。 道路の建設や存在が、イヌワシの生息地への人間の接近を容易にし、繁殖に対する人為的な撹乱をもたらす可能性を示唆しています。 例えば、米国では、イヌワシは特に車両から降りて歩行する人間に対して敏感であり、生息地への接近の容易さが繁殖に悪影響を及ぼすことが報告されています。また、活発な林業活動が、繁殖環境に負の影響を与える可能性を示唆しています。ただし、林業活動については、都道府県レベルで集計された数値を平均化して算出しており、必ずしも営巣地周辺の正確な状況を反映しているわけではないことに注意が必要です。
図2:生息環境で確認された自然度の高い落葉広葉樹林と起伏の大きな地形 photo by 長船裕紀
イヌワシのように広い行動圏をもつ種の保全には、広範囲での環境保全を考える必要があります。本研究の結果、イヌワシの繁殖の継続のためには自然度の高い落葉広葉樹林や起伏の大きな地形の存在が重要であり、これらの景観要素を保全するとともに、開発行為や繁殖妨害といった人為的撹乱の影響を抑制することが重要と考えられました。ただし、イヌワシの保全にとって地域ごとに重要性や緊急性が異なることや、過去の繁殖地における直接的な繁殖放棄の原因については明らかにできていないため、今後もより詳細なデータの収集や分析手法の改良によって、更なる精度向上を行い、日本の生物多様性を保全する上で、アンブレラ種であり山地生態系の指標の一つであるイヌワシの保全を進めることが必要と考えられます。
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今年も、7回目となる写真コンテストを実施しました。
今年は「山の鳥」というテーマで募集しました。沢山のご応募をありがとうございました!
選者であるバードリサーチ職員による審査の結果をお知らせします。
○最優秀作品:「鷦鷯」(ミソサザイ)西眞史さん
○優秀作品:「好奇心のまなざし」(アオゲラ)ZHIBOさん
○佳作:「静かな時」(ライチョウ)小沢夏都さん
○佳作:「森の中の探検者」(オオアカゲラ)黒木奈津子さん
○佳作:「残しておいて欲しいなー・・・」(ゴジュウカラ)川上由希さん
○佳作:「食べごろを選定中、アオゲラ」(アオゲラ)山賀徹志さん
○佳作:「カラマツの芽吹きの森」(エゾフクロウ)藤井薫さん
○佳作:「綺麗になったね!」(ビンズイ)野間修一さん
○佳作:「山の朝」(モズ)齊木孝さん
○佳作:「エナガの巣作り」(エナガ)中村健三さん
最優秀賞の西眞史さんの写真は年報の表紙に使わせていただき、賞品として「シロチドリのTシャツ」を、優秀賞のZHIBOさんには「全国鳥類越冬分布調査報告書(非売品)」を、 佳作の小沢夏都さん、黒木奈津子さん、川上由希さん、山賀徹志さん、藤井薫さん、野間修一さん、齊木孝さん、中村健三さんにはバードリサーチ特製野帳を、それぞれ贈呈しました。
以下、入賞作品と受賞者の皆様から頂いたコメントを紹介します。
(写真をクリックすると大きく表示されます)
「鷦鷯」(ミソサザイ)西眞史さん
コメント:この度は最優秀賞に選んでいただきありがとうございます。苔むした薄暗い山林など、日本で最も小さな野鳥の一種であるミソサザイと出会うことができます。全身こげ茶色で目立たないですが、春先では日本三鳴鳥に匹敵するほどの美しい囀りに心惹かれます。
「好奇心のまなざし」(アオゲラ)ZHIBOさん
コメント:木を登っているアオゲラがこちらを振り返る瞬間を捉えており、まるで鳥と交流しているような印象を与えます。森の中で見せるこの鳥の鮮やかな緑と真剣な表情がとても印象的でした。
観察者である私に、森の中で共に息づくような感覚を与えてくれた瞬間です。
「静かな時」(ライチョウ)小沢夏都さん
コメント:佳作に選んでいただきありがとうございます。この写真は、夏休みに母とライチョウを探して立山周辺を歩きまわった時に撮ったうちの一枚です。登山道脇でじっくり砂浴びをした後に、道を横切って写真の場所に移動しました。ヒナを連れていてもおかしくない時期に一羽だけでいたこともあり、何かを見つめるようにじっとたたずんでいたのが印象的でした。
「森の中の探検者」(オオアカゲラ)黒木奈津子さん
コメント:鳴き声が山の中に響き渡っていたので、鳴き声の主を探してみると
苔のついた大木に佇むオオアカゲラ。高い位置にいたので森の中を見渡しているような感じに見え
そして静かな森の雰囲気が出るように光に気遣いながら撮影しました。
「残しておいて欲しいなー・・・」(ゴジュウカラ)川上由希さん
コメント:ヤマガラの悲痛な懇願とゴジュウカラの高笑いが聞こえてきそうでした
エサが少ない冬の金剛山で、しばし見れる光景です
見た目通りの気の強さのゴジュウカラ
しかとカラ類のカースト制度を見せて頂きました
「食べごろを選定中、アオゲラ」(アオゲラ)山賀徹志さん
コメント:色とりどりのエノキの実を前に悩んだのか一瞬動きが止まり、撮影チャンスをもらえました。
「カラマツの芽吹きの森」(エゾフクロウ)藤井薫さん
コメント:冬枯れのカラマツ林が一斉に芽吹きだす初夏の格子状防風林でエゾフクロウに出会いました。
「綺麗になったね!」(ビンズイ)野間修一さん
コメント:春風香る4月の早朝、コマドリに会いに大山(だいせん)へ。ひととおりこの時期の鳥たちに会えました。山を下りて最後に出会ったのがこの子でした。枝の付け根からひょっこり顔を見せてくれました。冬には近くの公園でよく出会うのですが、オリーブ色で目の周りもほんのり赤い夏羽のビンズイはとても新鮮ではっとしました。
「山の朝」(モズ)齊木孝さん
コメント: 佳作に選んでいただき感謝感激です!野鳥調査で車中泊した翌朝、うっすらと靄がかかる山々や高原を背に一本突き出た枯木があり、その先端でまだ動きの鈍いモズが休んでいました。その場所は鳥たちのお気に入りポイントらしく、やがてホオジロやウグイスも入れ替わりやって来てはさえずっていました。この度のことを励みに今後も頑張りたいと思います。
「エナガの巣作り」(エナガ)中村健三さん
コメント: 3月下旬頃、林道端の木を止り木にして、落ちていた鳥の羽毛を
盛んに拾って巣に持ち帰る様子を撮影する事ができました。
巣の場所は定かではないですが、ツガイで巣作りをしているようでした。
【年報記事の写真】
ご提供頂いた下記の写真を年報内の記事で使用しました。
素敵な写真をご応募くださり、感謝申し上げます。
ハクセキレイ 田村のどか さん
カワウ 宮本 桂 さん
エゾビタキ 高石良子 さん
ハマシギ 柴田絵里 さん
タゲリ 数野千恵 さん
シロハラ 川上由希 さん
サンショウクイ 渡辺修自 さん
トモエガモ 川上由希 さん
シロチドリ 湯浅芳彦 さん
アカゲラ 藤井薫 さん
キンクロハジロ 野間修一 さん
募集時にお知らせしたとおり、年報に採用されなかった記事写真も今後のバードリサーチの活動で撮影者のお名前を明記の上、使用させていただきます 。
年始には皆様のお手元に届く予定です。2024年の活動報告とともに写真もお楽しみください!
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細谷淳・田谷昌仁・竹田山原楽・佐藤恭大・佐藤文男(2024)本州下北半島におけるエゾセンニュウの繁殖について ~繁殖の可能性が限りなく高い地域の発見~ .
Bird Research 20: A41-A53
論文の閲覧:https://doi.org/10.11211/birdresearch.20.A41
エゾセンニュウは、サハリン、千島列島、北海道でのみ繁殖することが知られていますが、本州での繁殖は今まで報告されていません。細谷さんらは、青森県下北半島の右側に突き出している尻屋崎の周辺で、ラインセンサスとIC レコーダーによる定点録音を行い、繁殖期である6 月前半から 8 月後半にかけて複数羽がさえずっていることを確認しました。さらに、さえずりの音声解析と分子系統解析を行い、これらが亜種エゾセンニュウ Locustella fasciolata amnicola であることを明らかにしました。
秩父演習林に設置されている鉄塔上ステレオマイク
植田睦之・黒沢令子・斎藤馨(2024)ライブ音配信の聞き取りに基づく北海道と本州中部4地点の森林性鳥類の13年間の変動.
Bird Research 20: A55-A62
論文の閲覧:https://doi.org/10.11211/birdresearch.20.A55
2012 年から 2024 年にかけての 4-6 月の 3 か月間、北海道富良野、埼玉県秩父、山梨県山中湖、長野県志賀高原の森林から配信されるライブ音を聞き取ることで、鳥類の発声行動の記録と鳥類相の変化を記述しました。各地点での増加した種、減少した種のほか、群集気温指数の変化を記述しています。また、近年、鳴き声の AI 学習が国内外で進められており、こうした長期高頻度で取得した聞き取りデータはその検証にも有用と考えられるので、データを公開しました。
上出貴士(2024)和歌山県の河川中流域における秋季渡来期のコガモの個体数と水位の関係.
Bird Research 20: A63-A70
論文の閲覧:https://doi.org/10.11211/birdresearch.20.A63
和歌山県の河川中流域において、秋季渡来期におけるコガモの個体数,降雨および水位の関係を検討し、水位がコガモの個体数におよぼす影響について考察した論文です。 2014-2020 年の 9-12 月、毎朝 7-8 時に調査地でラインセンサスを行って個体数を計測し、計757 日分のデータを得ました。このデータから、降雨によって一定以上の水位上昇があった場合、水位の上昇するとその場所を採餌場所として使うコガモが個体数の減少するということが示唆されました。コガモは特に水深が浅い場所で採餌するカモで、雨などによって水深が変化する影響を強く受けるようです。
図1.樹木の枯死が増えた時に想定される鳥への影響についてのフローチャート
今回取り上げるのは、樹木の毎木調査で調査されている項目の一つである枯死木のデータ(前年の調査で生きていた木のうち何本が枯れたのか、という死亡率:自然環境研究センターの小川裕也氏による集計値使用)と鳥の関係です。枯死木の朽ちた材はそれを摂食する昆虫の増加を介して、それらを食物とするキツツキ類を誘引するかもしれません。立ち枯れた木には、幹折れや自然樹洞が生木よりも多く形成されていると考えられ、また、キツツキによってより多くの巣穴が掘られると考えられるので、樹洞に巣を作る鳥たちの営巣場所になります(図1)。営巣場所が増えれば、それだけ多くの鳥が繁殖できると考えられます。そこで、樹木枯死率が高いと、キツツキ類と樹洞利用種の個体数が多くなっているかどうか分析してみました。
分析の結果、樹木の枯死木率が高い森ほど、キツツキ類の割合が高い傾向がみられ、樹洞利用種の割合も高いことがわかりました(図2)。なお、樹洞利用種のGLM分析に、キツツキ類の個体数を説明変数に加えて分析すると、枯死木率の影響が消えてしまう結果になりました。これは、キツツキ類の個体数と樹洞利用種率の間に強い相関があったためです(図3)。
樹木枯死率と樹洞利用種率の関係にマイナスの影響を与える要因としては、立ち枯れ木ではなく倒木したものも含めた枯死木を樹洞の多さの指標として用いていること、高緯度地域と低緯度地域での枯死木の残り方の違い(気温が高いほど早く朽ちたり、台風の直撃頻度の違いによる倒木率の違いなど)などが考えられます。また、樹洞利用種は繁殖なわばりを形成するので、立ち枯れ木が増えて樹洞が多くなってもどこかで鳥の生息数は頭打ちになります。
このように、相関が出にくくなる要因が考えられる中で、枯死木率と樹洞利用種率の間に関係が見られたことは,多地点で長期間継続して実施しているモニタリングサイト1000の調査の成果だと言えます。樹木枯死と鳥とのこの関係は、鳥類の樹洞利用を詳細に調べた既往研究で明らかにされてきたものと一致しています(例えば Martin et al. 2004)。
図2.2009年から2022年における過去3年間の平均樹木枯死率(前年調査時の生立木のうち何%が枯死したか)と鳥類の全記録個体数に占める樹洞利用種(樹洞利用種率)の割合の関係.プロットの色はサイトの違いを表す.
図3.鳥類の全記録個体数に占めるキツツキ類などの自分で樹洞が掘れる種の割合(キツツキ率)と樹洞利用種率の関係.プロットの色はサイトの違いを表す.
樹木枯死率と樹洞利用種率の関係において、他のサイトとは少し違う傾向のあった秩父サイト(埼玉県)、与那サイト(沖縄県)、大山沢サイト(埼玉県)についてデータを詳しく見てみました。
秩父サイトは、樹木枯死率が低いにもかかわらず、樹洞利用種率が高い傾向がありました(図2)。データを見てみると、このサイトでは樹洞を利用する種の個体数が多いわけではなく、樹洞に営巣しない鳥が少ないために、相対的に樹洞利用種率が高くなっていました。秩父サイトは標高が高いので、樹洞を利用しない代表的な鳥であるヒヨドリが記録されないのですが、より標高の高いところに生息するルリビタキやメボソムシクイなどの樹洞を利用しない高山の鳥がいるほどの標高ではありません。この他の樹洞を利用しない鳥として他のサイトで記録個体数が多いウグイスなどの林床の薮の鳥も少なく、カッコウ類の記録も少ないことが影響したようです。
一方、与那サイトは、樹木枯死率が非常に高いのに樹洞利用種率はそこまで高くありませんでした。ここでは2012年に直撃した台風の影響で枯死木が増え、その影響は3年ほど続いていました。他のサイトに比べ枯死木に占める倒木の割合が高いことが考えられます。樹洞を作れる生木や立ち枯れ木が実際には少ないために、林床に光が届くようになったことで下層植生が繁茂したようです。台風の後の数年にわたり、コゲラと樹洞を利用するシジュウカラが一時的に増加したあと減少しており、両種が減少した時期に樹洞利用種であるキビタキ(リュウキュウキビタキ含む)が見られなくなった一方で、薮に営巣するウグイスの増加が起きていました(図4)。
与那サイトに次いで樹木枯死率が高かった大山沢サイトでは2013-2015年と2020-2021年に枯死木率の高い期間がありました。大山沢の木々は樹齢が高くなってきているために、枯死したり、台風などで倒れやすくなっている可能性があります。コアサイトは人の手があまり入っていない天然林などが多く、大山沢以外のサイトでも樹林が成熟して年数が経ってきています。今後、大山沢サイトのように樹木の枯死が増えることが考えられますので、長期モニタリングの真価が発揮できるようになればと思います。
引用文献
Martin K, Aitken KEH, Wiebe KL (2004) Nest sites and nest webs for cavity-nesting communities in interior British Columbia, Canada: nest characteristics and niche partitioning. Condor 106: 5-19
もう少し詳しく知りたい、という方のために、分析したデータについて、説明します。
樹洞を利用するのは、森林性鳥類の中では、フクロウ類、シジュウカラやヤマガラなどのカラ類やゴジュウカラ、キバシリ、アカショウビンで、幹折れした断面のような場所も利用するキビタキや岩棚も利用するオオルリも樹洞を利用します(以下、樹洞利用種)。なお、既存の樹洞も利用するコガラですが、この鳥は主に自分で巣を掘るので、キツツキ類と同様に樹洞利用種には含めないことにしました。
毎木調査では、枯れた樹木が立っているのか、倒れてしまったのかについてはデータ化されていません。そのため、樹洞の数の指標とするには不十分ですが、前年の調査で生きていた木のうち何本が枯れたのか、という死亡率のデータを用いて傾向を分析しました。樹木の枯死はすぐにキツツキ類の個体数に影響すると考えられますが、樹洞利用種の個体数に影響を及ぼすには年数がかかると思われるので、過去3年と5年の平均値も用いました。
鳥のデータは、種数ではなく個体数を用いました。鳥の調査は、1サイトにつき5地点で繁殖期に4回のスポットセンサス調査を実施しています。そこで、地点ごとの最大値を5地点分合計した値を個体数として扱いますが、サイトごとの鳥の豊富さの違いが結果に影響しないようにするため、キツツキ類や樹洞利用種の個体数の多さは、記録された全種の個体数に対する比率で評価しました。
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ヒメアマツバメ 撮影:髙野丈
全国鳥類繁殖分布調査によると、ツバメとアマツバメの仲間は多くの種が減少傾向にあり、共通の食物である飛翔性昆虫の減少が疑われています。しかし実際にどんな昆虫を食べているかはあまり分かっていません。少数例の観察ですが、ヒメアマツバメのフンに含まれる昆虫の破片を調べたので、それを報告したいと思います。
ヒメアマツバメは比較的最近になって日本で見られるようになった種です。1960年代から関東以西の太平洋岸で見つかるようになり、現在は関東から九州までの太平洋岸で留鳥として繁殖しています。南西諸島では一部留鳥もいるようですが、大部分は渡り時期に見られる旅鳥のようです。海外では中国南部と東南アジアに分布しています。
ヒメアマツバメの食物については、バードリサーチの生態図鑑で堀田昌伸さんが、親鳥がヒナに給餌する昆虫を調べたところ「昆虫類とクモ類の10 目35 科からなり、そのうちの17 科(48.6%)はハエ目であった」と記述しています。香港でヒメアマツバメのヒナのフンに含まれる餌昆虫のDNAを調べた研究では、163サンプル中に見つかった割合(DNAが検出されたフンの数÷163)が、ハチ目(42%)、カメムシ目(37%)、ハエ目(26%)、コウチュウ目(8.4%)、ゴキブリ目(5.1%)でした。ハチ目のうち84%はアリで、これはフン全体でも最も高頻度で検出された昆虫でした。ゴキブリ目はすべてがシロアリでした。
さて、私たちは東京都と神奈川県それぞれ1カ所ずつのヒメアマツバメのコロニーで2021年秋にフンを採集し、それを水洗いしてから顕微鏡で観察しました。野鳥の繁殖時期としては遅い季節ですが、ヒメアマツバメの繁殖期間は長く、4月から11月頃まで続きます。フンから識別できた昆虫の分類名と写真を以下に紹介します。定量的な分析はしていませんが、カメムシ、甲虫、アリが多かったのは香港の調査と似ていました。フンは2カ所のコロニーで1回ずつの採集すし、消化されやすい種類の昆虫はフンに残っていないかもしれませんが、日本のヒメアマツバメの食性の一端を知ることができたと思います。フンから見つかった昆虫の外骨格は、宝石のようにキラキラしていました。スマートフォンを顕微鏡代わりにするレンズキットなども販売されていますので、身近な野鳥が何を食べているのかフンを見て調べてみると楽しいかもしれませんね。
神奈川県真鶴町(2021/9/28採集)
東京都千代田区 三井住友海上駿河台ビル(2021/10/14採集)
神奈川県真鶴町
東京都千代田区 三井住友海上駿河台ビル
参考文献
堀田昌伸. 2012. 生態図鑑ヒメアマツバメ. バードリサーチ. 東京.
Chung, C.T., Wong, H.S., Kwok, M.L. et al. 2021. Dietary analysis of the House Swift (Apus nipalensis) in Hong Kong using prey DNA in faecal samples. Avian Res 12:2-16. https://doi.org/10.1186/s40657-021-00242-z
]]>トモエガモは大群で頻繁に移動することがあるため、調査期間が長いと同じ群れを別の場所で重複して記録してしまうことが起こります。そこで、2023年10月から2024年3月のあいだ毎月10日から19日まで の10日間を調査期間として、記録の提供を呼びかけました。さらに直接寄せられた記録に加えて、バードリサーチのフィールドノートやCornell Lab of OrnithologyのeBirdといった野鳥観察データベースの情報も追加しました。観察記録は地名や緯度経度を手がかりに湖沼を単位にして整理し、同一地点から複数の報告があった場合は最大値を採用しました。海や川などひとまとめ にできない場所は個別の地点としました。また、個体数のない記録は1羽として利用しました。その結果、調査期間内のデータが175地点478件、調査期間外まで含めると303地点1399件の記録が集まりました。この結果を1次メッシュを縦横に2等分したメッシュで地図上に表示すると、すべての都道府県でトモエガモが確認されていました(図2)。
調査期間外のデータも含めると1,000羽以上の記録があった調査地点は17か所あり、鹿島市有明海沿岸200,000羽、諫早湾145,720羽、 印旛沼138,670羽、不知火干潟120,000羽、宍道湖58,000羽、新拓溜池50,000羽、河北潟16,000羽、巨勢川調整池11,200羽、片野鴨池7,653羽、 小野湖5,025羽、酒直水門5,000羽、大山公園3,700羽、新前川堰3,000羽、琵琶湖(琵琶湖博物館前)1,500羽、朝日池1,007羽、木屋川河口1,000羽でした。
月ごとの個体数は1月を頂点にする山型になり、2023/24年の最大個体数は1月の387,856羽で、2022/23年の最大数167 ,757羽から倍以上に増加しました。また1月の記録のうち有明海沿岸と千葉県北部だけで約8割を占めているのも2022/23年と同様で、個体数分布には偏りがあることが分かりました。
それから個体数推定で重要な点になりますが、2022/23年に長崎県の諫早湾と千葉県の印旛沼で10万羽を超えたタイミングはそれぞれ12月下旬と1月上旬で、九州北部と関東で異なる時期に10万羽を越えたので、同じ越冬群が移動した可能性も考えられました。しかし2023/24年は同じ1月に諫早湾で20万羽、印旛沼で10万羽の群れが確認されたので、前年の諫早湾と印旛沼の群れが別の群れであった可能性も出てきました(図4)。有明海と千葉県で越冬する大群が別の群れなのかについては、この冬の調査で明らかになることを期待しています。春の渡りに関しては、2022/23年は2月にすでに減少が見られましたが、2023/24年は2月にも14万羽が記録され、3月にも2万羽が確認されました。2023/24年は前年と比べて3月の平均気温が約3度低かったため、その影響かもしれません。岩手県・秋田県以北では10月と3月の記録がほとんどであることから、日本列島沿いに各地の湖沼を中継しながら移動する個体もいると思われますが、越冬期に個体数が増えた場所以外で渡り時期に大きな群れが記録された場所はありませんでした。
今シーズンもトモエガモ全国調査がはじまりました。毎月10~19日にカウントしたトモエガモの最大数をtomoegamo@teamkamoike.comへ送って下さい。なお、バードリサーチが事務局をしている環境省のモニタリングサイト1000と渡り鳥飛来状況調査の記録や、ガンカモWebデータベース、野鳥データベース「フィールドノート」に記録を入力されている場合は、そのデータを利用させていただきます。集まった記録は随時、鴨池観察館のWebサイトで報告されます。
印旛沼で越冬するトモエガモ(2024年1月18日)
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大会の新しい試みとして、9月14日の「ひみつ計画」がありました。これは、研究議論の様子を覗いてみようというテーマで、今回は中村司奨励賞受賞者の飯島大智さんと山梨県富士山科学研究所の研究員水村春香さんの研究を巡って、ほかの相談相手の2人とそれぞれの研究について議論していました。議論を通じて飯島さんと水村さんの研究の細部から全体像までがより明確になり、研究ディスカッションの様子を楽しむことができました。
口頭発表は3会場で74題、ポスター発表は6会場で144題、高校生(小中学生もいました)のポスター発表が27題、さらに自由集会が15題ありました。また、黒田賞を受賞した森口紗千子さんの講演や、公開シンポジウム「野生鳥類と高病原性鳥インフルエンザ:大規模感染に立ち向かう」も行われました。
大会のリンクはこちらですhttps://osj2024.ornithology.jp/index.html
発表者の許可をもらいましたので、私の印象に残った研究を紹介します。
シジュウカラはジェスチャーを使う―翼をパタパタ「お先にどうぞ」
鈴木俊貴
鳥の行動や鳴き声にはどんな意味があるのか?この二つの疑問は、鳥を観察するたびに浮かびます。鈴木さんの発表は、これまでに全く知られていなかった鳥の行動とその意味を明らかにしたものでした。それは、シジュウカラに、ヒトと同じようにジェスチャーがあることです。鈴木俊貴さんの発表で、シジュウカラが翼の動きで「お先にどうぞ」とつがい相手に巣箱に先に入るよう促すことが分かったそうです。これから虫を持ったシジュウカラが羽をパタパタさせる姿を見たら、この研究のことを思い出すでしょう。
東日本に定着した外来鳥類ガビチョウの分子系統および集団遺伝解析
発表代表者 田谷昌仁
ガビチョウは「有名な」侵入生物として、1980年代から各地域の研究者や地方組織の注目を集めてきました。実際に、バードリサーチ事務所の近くにある高尾山でも数が増加していますし、多摩川でも繁殖期にはたくさんの鳴き声が聞こえます。今回、田谷昌仁さんの研究により、東日本のガビチョウは東北地方と関東地方で2つの系統に分かれ、遺伝的に異なる由来のガビチョウが侵入したことが明らかになりました。この結果は、ガビチョウの生態や環境への影響を理解する上で重要です。今後の詳細な解析によって、日本全体のガビチョウの遺伝構造や形質の進化的応答についての新たな知見が得られるとのことです。
里地里山ランドスケープにおける土地利用の変化に伴う鳥類の応答
発表代表者 清水花衣
新潟大学の清水花衣さんらのグループでは、里地里山環境にある農地や森林の放棄が鳥類の分布に与える影響をモデル化しました。その結果、繁殖期、渡り期、越冬期における一部の草地性鳥類は放棄農地からプラスの影響を受けていることが分かりました。このモデルを構築するためには、土地利用情報、農業管理方法や鳥の生態についてさまざまな情報が必要となっています。しかし、現在も鳥類の生態に関する基礎データベース、特に利用環境の遷移段階を含めた植生のデータベースが不十分であり、より正確な予測を行うためには詳細な植生データベースの構築が必要だという点が重要だと思われました。
参加型調査による鳥の採餌観察記録の収集とデータベース化
植村慎吾
上の発表と同じ会場で、バードリサーチの研究員植村慎吾さんが、鳥の食性情報の重要性についての研究を発表していました。野鳥の全国分布調査は充実してきましたが、鳥が何をどこで食べるかの情報はまだ不足しています。この研究では、2022年から参加型調査を行い、全国から採餌情報を集めて食性データベースを構築しています。すでに約4800件の記録が集まり、季節変化や新たな発見が得られています。今後のデータベースの充実のため、全国で鳥の観察をしている皆さんの協力を、お願いいたします。
今回の鳥大会では、私自身も鳥類学若手の会の運営メンバーとして自由集会に関わり、多くの先輩方のお話を聞いて勉強になりました。渡り鳥追跡の自由集会では、嶋田哲郎さんと樋口広芳先生の渡り鳥公開プロジェクトの発表を間近で聞くことができました。この集会では、中国の李国政さんの発表を通訳をしたおかげで、最新の追跡技術の原理についても学ぶこともできました。さらに護身術の自由集会にもアシスタントとして参加し、調査中の安全確保についても学習できました。大会では、興味のある飛翔機能形質に関する発表もたくさんあって、とても満足でした。
]]>植田睦之・佐藤望(2024)東京都本土低地部における繁殖鳥類の1970年代から2010年代の40年間の変化. Bird Research 20: A33-A40.
論文の閲覧:https://doi.org/10.11211/birdresearch.20.A33
全国では減少していたが東京都では増加していたコサギ
全国鳥類繁殖分布調査の方の結果では、一部の夏鳥を除くと森林性の種の多くが1970年代から1990年代、2010年代と続けて分布を拡大していることがわかりました。しかし、東京都鳥類繁殖分布調査の結果からは、1970年代から1990年代までの間には森林性の種でも減少した種が多く、その後2010年代にかけては分布や個体数が回復していたことがわかりました。東京都における強い土地利用圧と、近年の都市緑地を増やす施策によって全国とは違う変化パターンが見られたのかもしれないと著者らは考察しています。
この論文ではその他にも、森林以外の環境に生息する種の状況、留鳥と夏鳥での分布や個体数の変化、外来鳥の変化などについても解析がされています。東京都は世界でも最も都市化が進んでいる場所である反面、都市緑化にも早く取り組んでいる地域です。これからも、人為的な影響によって鳥類相に変化がみられるかもしれません。
バードリサーチとして、今後も東京都の鳥類相の変化をモニタリングできる体制を整えて行けたらと思います。